16話 【現在】 聖女メルヴィと保健室(2)
【現在】
「リズさん、お身体を診察させて貰えませんか?」
「……はい?」
白髪の美少女にそう詰め寄られる。
ここは学校の保健室、この国の聖女であるメルヴィ様に、私は体の診療を勧められていた。
聖女メルヴィ様、勇者様のパーティーの回復魔法役を担う大切なお人であった。
綺麗な長い白髪をしており、小柄な体は人形の様に可愛らしいお方であった。
でも少し疑問が残る。
なんでメルヴィ様は私の体を診察しようとしているのだろう?
私は健康そのものなのだが?
「あぁ、そういうことか」
しかし、勇者であるカイン様は彼女の言葉に納得したように頷いた。
「あの? 私別に体に悪い所なんて無いんですけど……?」
「いいから診て貰えって、リズ。メルヴィの診断は的確だ」
「あー、えっと……あのあの、リズさん。普段自分が気付かなくても、体が悪くなっている時とかありますから。定期的にお医者様の診断を受けることをお勧めしますよ?」
「うーん? じゃあ、お願いします?」
少し納得がいかなかったけれど、取り敢えずメルヴィ様の診断を受けることにした。メルヴィ様がやって下さるのだから、普通にありがたい話ではあるし。
てゆーか、何気にメルヴィ様も私の事『リズ』と愛称で呼ぶんですよね?
「じゃあ、あのあの……すみませんが上着を脱いで下さいますか?」
「はい、わかりました」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あの、カイン様?」
「ん……?」
なんでこの人はさも当たり前の様にこの様子を眺めているのだろう? 私、これから上を脱ぐんだけど?
「あぁ、すまん。そうだったな。わりぃわりぃ、失念してた」
「すみません、あっち向いてて貰えますか?」
「あぁ、いくら見慣れているとはいえ、デリカシーが無かったな」
「み、見慣れて無いでしょう!? 私の裸なんて!? 私の裸なんてお父様以外の男性に見せたこと無いですよっ……!」
見慣れてるって……!? 私の裸を見慣れてるって……!? な、何を言い出すんだ、この人はっ!?
「そうだったそうだった、わりぃわりぃ」
適当にプラプラと手を振って返事される。
くっ……! 余裕だ……!
「俺もお前の診察内容は気になるから、あっちを向いているだけで、ここで話を聞いてていいか?」
「あ、はい……別に構わないのですが……」
なんでカイン様が私の体調なんて気にするんだろう?
「確かに、リズさんの今の様子を一番気にしているのはカインさんですもんね」
「……けっ」
「……?」
「はい、じゃあ診察を開始しますね」
カイン様が向こうを向き、私は上着を脱いでブラジャーだけの姿となった。メルヴィ様の診察が始まる。
メルヴィ様は指先に魔力を集中させ、その指を私の肌に滑らせ、私の体を測っていく。恐らく私の体の魔力の流れを調べているのだろう。彼女の柔らかい魔力が私の体の中に入り込んでくるのを感じる。
「……やっぱりまだまだ色々な部分の魔力の流れが閉じている感じがありますね」
呟くようにしてメルヴィ様がそう言う。
彼女の指が私の体を這う。
「……でも、前よりかは大分安定している。やっぱり徐々に回復はしているんだ……」
「……前?」
「あ、いえいえ。そのその……なんでもないです……」
私は以前にメルヴィ様に診察して貰ったことなど無い。最近時々ちぐはぐな会話が増えてきた。
「外から魔力を刺激した方が早く回復するんでしょうか……。いや、無理に何かをするより、ゆっくりと休んで回復した方が……?」
メルヴィ様は真剣な顔つきで私の体を眺めている。
しかし、そんな真剣な診察の元……非常に申し訳ないのだけれど……、
「んっ……」
つい声が漏れてしまった。
いや、だって……! メルヴィ様の綺麗な白い指がつつと私の肌を撫でていくのだ!
その触り方は優しく、慈愛に溢れていて……でもそれ故にとても気持ちがいい! 彼女の柔らかな指がとても温かい!
「ひゃっ……!」
「す、すみません、リズさん……! でも失礼します……!」
「んんっ……!」
彼女の指が私の胸に触れる。恐らく心臓の魔力について調べているのだろう。彼女の指が私の左の胸の上に乗り、膨らんだ胸を少し押す。
探るように小刻みに揺れる彼女の指がなんとも艶めかしい。胸の上でメルヴィ様の指が躍る。
「はぁっ……」
「…………」
「はぁっ……」
私の口から熱い吐息が漏れる。
ただ触れられているだけではないのだ。彼女の探知の魔力が私の体の中で動き回り、体の内を刺激する。
蠢いている。私の中を彼女が這い廻っていた。
「あのあの……し、失礼します……」
「……ひゃん!」
彼女の甘い声が耳元で鳴り、彼女は私の背中に回り込む。
彼女の指が私の背中を撫でる。ぞくっとする。頬が熱くなる。彼女の魔力が惜しみなく注がれ、私の体の中を這いずり廻る。
これは……もう結婚なのでは……?
私の中で変な考えが頭を過ぎる。
これは良くない。こんなのを世の男性に経験させてはいけない。これは私の元にしっかり囲っておかなければならないものだ。そう思う。
そもそもこんなことをされて、はい、何も無い、ということは無いだろう。これはもう結婚するしかないだろう。
「こ、ここまで深く調べるのは……カインさんやリズさん達だけですから……!」
「…………!」
こんな快楽を味わえるのは私達だけという事だろうか……!
メルヴィ様めっちゃくちゃ可愛いし、こんなの男性が放っておく訳が無い。カイン様が彼女を守っているが、1人だけでは手が足りないこともあるだろう。
私もメルヴィ様を守らねばらないのだ。そうだ、そうに違いない。
私の思考が変になっている?
いや、そんな事は無い!
私はずっと彼女の傍にいて、可憐な彼女を守り続けなければいけないのだ……!
「メルヴィ様!」
「えっ!?」
私は振り返って彼女の手を取る。
「今度一緒にデートしましょう! 3泊4日で、旅行に出かけませんか……!?」
「え、えええぇぇっ……!?」
私は何か妙な事を叫んでいた。
でも止まれない。メルヴィ様の魔力はまだ私の中に残り、私の体を熱くさせるのだ。
「温泉旅行がいいですね……! はぁはぁっ……! 裸で語り合うというのも、良い事だと思います! シルファ様やレイチェル様も誘って、皆で温泉旅行に行きましょう……!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! リズさん……!」
「大丈夫! 大丈夫……! 女同士ですから……! 恐い事なんて何も無いですよ!?」
私は止まれない。
彼女に刺激された私の内側が、止まるんじゃねえぞと叫んでいる。私の知らない私が何か、刺激されている。
「さぁさぁっ! メルヴィ様……! 一緒に楽しい楽しい温泉旅行に出かけましょう! ここまで私の中を弄り回したのですから、責任取って下さいな! 忘れられない旅に致しましょう……!」
「いやー! また、食べられるー!」
彼女の手を取り、顔を近づける。いつの間にか私はメルヴィ様の上を取っていた。
そこでストップが入った。
「このドアホっ! やめんかっ!」
「ふべっ……!」
カイン様が止めに入り、私の頭をげんこつで殴った。
割と容赦がないげんこつが私の後頭部を強く叩き、私の体は吹き飛ばされる。ごろんごろとんと床を転がって、保健室の棚に勢いよくぶつかった。
がしゃんがしゃんと棚が私の体に倒れ込む。勇者に強く殴られてしまった。
私はたった1発でグロッキー状態になった。
「カ、カインさんっ……! 強く殴り過ぎですっ!」
「し、しまった……! あいつ力戻ってねえんだった……! つい、いつもと同じ力加減で……!」
メルヴィ様とカイン様の慌てた声が聞こえてくる。でも、私の頭はチカチカして、その会話の中身までは頭に入って来なかった。
「リ、リズ……! 大丈夫か……!?」
「…………」
カイン様が私の体を抱え起こす。
私の頭にはまだ強い衝撃が残っている。その衝撃は全身を麻痺させ、自分で体を動かせられる気がしない。
痛みでびりびりと体が痺れていた。
「カ、カイン様……」
「リズ、しっかりしろ……! わ、悪かったから……!」
カイン様が私の体を揺さぶる。メルヴィ様が回復魔法を私に掛け、カイン様も苦手である筈の回復魔法を何とか使っているのが分かる。
私……、私は……。
「もっと殴って下さい…………」
「ん?」
「へ?」
カイン様に殴られた痛みは、どうしてだろう……とても気持ち良かった。
「な、なんでしょう……、この感覚……。い、痛いけれど……嬉しい? もっと欲しい……?」
「ちょ、ちょっと待て、リズ。駄目だ、考えるんじゃない」
「そ、その……カイン様……。わ、私をもう一回殴ってくれませんか……?」
「やめろー! リズー! 覚醒するんじゃないっ!」
私はカイン様の服を掴む。私を抱きかかえていた彼は逃れる術など無かった。
「そ、その……! 私もとても不思議な感覚で……、ちょ、ちょっと整理が付かないので、もう一回殴って貰って良いでしょうか……!?」
「待て待て、リズ! 良くねぇ! そっちは良くねぇ!」
「あ、あのあのっ! お、落ち着いてください、エロ師匠……! せっかく清廉なお人柄になれたのですから、簡単に覚醒してはいけませんよ……!」
エロ師匠……、なんとも懐かしい響きである……。
なんでだろう。
「さぁ、殴って下さい! カイン様! メルヴィ様でも良いですよ! さぁさぁさぁっ……!」
「お、落ち着け落ち着け、リズ! くっつくな! 離れろ!」
私は今、診療の為ブラジャーだけの上半身裸だ。
それでももう一回とても気持ちいい衝撃を味わいたいが為、彼にしがみ付いてげんこつをおねだりしていた。
自分が変になっていくのを感じている。でも、何故だろう……、メルヴィ様に体内の魔力を刺激されたからだろうか……? 自分を止められる気がしなかったし、止まらない方が本当の私のように感じた。
「さぁ♡ 私を殴って……♡ 私を思いっきり殴って下さい……♡」
「あーっ……! もう! めんどくせぇっ……!」
そうこうしていると、がらがらっと保健室のドアが開いた。
「聖女様ぁ~! 聖女様が治療してくださるって本当ですかぁ~? アイナ、さっき転んで、足を痛い痛いしちゃいましてぇ~!」
保健室を訪れたのはアイナ様だ。
こういう言い方は悪いが、勇者様の一行に媚びを売っている女生徒だ。
「聖女様に診て貰えたらなぁ~って思って来たんですがぁ~…………って、え……?」
アイナ様が唖然とする。
今私は上半身裸ブラジャーのみで、カイン様にしがみ付いている。カイン様とメルヴィ様はあわあわと慌てている。
でもそんな事はどうでもいい。
早く……、早く殴って欲しいのだ……!
「カイン様……♡ 下さいっ……♡ 早く気持ちいいの、下さいっ……♡」
「…………」
「カイン様……♡ じ、焦らさないで下さい……♡ 早く、気持ちいいの……♡」
アイナ様が口を大きく開けて呆然としている。石のように固まっている。
私は恍惚とした表情を浮かべているだろう。頬は赤く染まっているだろう。瞳は潤んでいるだろう。
でもそんな事はどうでもいい。
あのげんこつは新境地であったのだ……!
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁっ……!」
アイナ様が媚びるような甘い声では無く、いつもより低い声で叫び、保健室から飛び出していった。
「ちくしょおおおおおおぉぉぉぉぉーーー!」
今度はカイン様が叫んでいた。
何とも空しい悲しみの咆哮だった。
放課後の保健室での事であった。
窓の外には晴れやかな青空が広がっていたのだった。
ちなみに私は夜、正気に返り、自分の部屋で死にそうな程悶絶したのだった。