15話 【現在】 聖女メルヴィと保健室(1)
【現在】
ぽわっと手から光が漏れる。
とある少女の魔法が男子生徒の手を覆い、擦りむいた手の甲の傷が見る見る内に治っていく。
「はい、これで治療は終了です。お大事になさってくださいね?」
「あ、ありがとうございますっ……! 聖女様っ……!」
聖女と呼ばれた白髪の少女がにこりと微笑むと、治療を受けた男子生徒の頬が赤くなる。
ここは学園の保健室。
勇者の仲間である聖女メルヴィ様が学校の怪我人を治療しているのだった。彼女は保健委員に所属していた。
「次の方ー、お入りくださーい」
聖女様の手伝いをしている私が部屋の外に呼びかける。すぐにがらがらと保健室の戸は開き、次の人が入ってくる。
保健室の前の廊下では長蛇の列が出来ていた。
「あの……実は俺……」
「はい」
「3日前にタンスの角に小指をぶつけまして……」
「しょうもない理由っ!」
思わず私は叫んでしまう。
聖女メルヴィ様が保健委員になられてから、こうした下らない理由で保健室にやってくる人が増えたのだ。
言うまでも無く、メルヴィ様目当てだ。
彼女は世界で一番多く人々から信仰されているラッセルベル教の聖女メルヴィ様だ。勇者カイン様の旅に同行し、仲間の傷を癒す白魔導士として活躍していた。
彼女は小柄な体付きをしており、ふわふわとした綺麗な白色の髪を長く伸ばしている。瞳はぱっちりと大きく、全体的にあどけない愛おしさがある。
人形のように可愛らしいお方であった。いや、人形以上に可愛らしい女の子であった。
彼女の年が私と1つしか違わないというのが信じられない。
お胸は小さかった。
「あのあの……と、取り敢えず足の方診てみましょうか?」
困ったように笑いながらも相手の事を否定せず、診断を進めようとする彼女は聖女の様であった。あ、いや、聖女か。
「あ、ありがとうございます、聖女様……!」
「はい、では靴を外しますからじっとしていて下さいね?」
そう言って、彼女は床に膝を付き男子生徒の前にかがみこむ。男子生徒は椅子に座っており、その靴を取り、そして靴下を脱がす。
彼女の白くて細い指が男子生徒の足に触れる。メルヴィ様は小さな体をさらに屈め、男子生徒の足をじっと眺める。私たちは彼女を見下ろすような形となる。
メルヴィ様は彼の足の指をくいくいと弄った。
「……あのあの、どこか痛い所はございますか?」
屈んでいた顔が上がり、上目遣いで男子生徒の目を見る。
男子生徒は思わずごくりと生唾を飲む。私だって生唾を飲んでしまう。
人形の様に可愛らしい彼女が身を小さくして、下から覗き込んでくるのだ。しかもその正面には男子生徒の足の股がある。
彼女の大きな瞳が男子生徒の目を射抜く。
エロい。
女性である私ですらそう思わざるを得なかった。
こんな可憐な少女に体を触れられ、心配そうに囁かれる。
端から見ているだけだというのに、私は保健室の魔力というものを存分に思い知らされていた。
「せ、聖女様……!」
「きゃっ……!?」
男子生徒がばっと動き、メルヴィ様の手を掴んだ。
「こ、ここ……今度僕と一緒にデート……しょ、食事を一緒になさいませんか!?」
「えっ……? えぇっ……!? あ、あのあの……えぇっ……?」
男子生徒は衝動に耐えられなかったようで、彼女をデートに誘っていた。
いや、その目のぎらつきよう……求愛、求婚と言っても過言ではなかった。
彼を止めなければ!
そう思った時、不意に保健室の扉がガラガラと開いた。
「えっとね? 君ね? 彼女は僕の婚約者なんだ」
「……っ!?」
現れたのは勇者カイン様だった。
ぱっと現れて、ぱっとその男子生徒の首に腕を回す。
「僕にはメルヴィが困っているように見えるんだけどね? 違うかな?」
「…………!」
カイン様はその男子生徒に顔を近づけ、囁くように喋る。穏やかな声のトーンではあるものの、それはとてもとても恐ろしい光景であった。
彼は自分の事を「僕」と言っていた。今は対外的な言葉使いをしているようだ。
「君、今日はもう帰りなさい。僕のライバルになる訳にも、いかないだろう?」
「か、帰りますっ! 帰りますっ……! す、済みませんでしたぁっ……!」
そう言って男子生徒はばっと駆け出し、保健室から出ていった。彼の片方の靴と靴下がぽつんと置いて行かれていた。
「はぁ……」
カイン様は下らない仕事をしたと言わんばかりにため息をつき、葉巻を咥え火を付けた。本来の彼は粗野な人物だ。
「そのその……カインさん、ありがとうございました」
「面倒な手間増やすんじゃねえ、メルヴィ。ああいう輩は頭叩いて追い返せばいいんだ」
「あ、あはは……」
勇者であるカイン様と聖女であるメルヴィ様は婚約者の関係にある。
大教会ラッセルベルが勇者を獲得したいが為に、自分の所の聖女と婚約させた形であった。姫騎士のシルファ様の大国バッヘルガルンを牽制する狙いもあったらしい。
カイン様の話を聞く限り、シルファ様とメルヴィ様自身の仲はすこぶる良いらしいけれど。
「廊下の前にいたバカ共は散らしておいたぞ」
「あ、ありがとうございます。で……でもでも、ちゃんとした怪我人は追い返さないで下さいね?」
「確認したけどいなかったぞ、そんな奴」
まぁ、普通保健室を利用する程の怪我なんてそうそうないからなぁ。
「リズも保健委員なのか?」
カイン様は私に語り掛けてくる。
「いえ、私は忙しくなってきてしまった保健委員の手伝いですね。私も回復魔法を使えるので」
「おめえとメルヴィがいる保健室とか、やべーだろ。ただの誘惑部屋じゃねーか」
「なっ!? 何を仰いますか!? カイン様!?」
カイン様がとんでもない事を言いだした。私とメルヴィ様はぽっと赤面する。
「わ、私は男子を誘惑した事なんて一切ございませんよっ……! 先程のメルヴィ様は確かに煽情的でしたけどっ……!」
「えぇっ……!? リズさんにそう言われるなんて、そのそのっ! わたし心外ですっ! とっても心外ですっ……! よりにもよってリズさんに……!」
「よりにもよって、って何!?」
私、聖女様にどういう評価受けてるのかなぁっ!?
「はいはい、分かった分かった。どうでもいいから、無闇矢鱈に色気振りまくなよ? このバカ共」
「うぅ……、す、すみません……」
メルヴィ様は素直に謝っていたけど、私は納得いかない。私は色気なんて振りまいたこと、人生の中で一度だってないのにっ……!
「あのあの……さっきは助けて貰ってありがとうございました……」
「けっ」
そっけない返事をしながらカイン様は少しそっぽを向いた。でも彼の頬はちょっと赤くなっていた。
「あ、あのあの……、そのそのっ……! リズさんにヘルプを頼んだのは訳があったんですよ」
「ん?」
「はい?」
メルヴィ様が手を叩いて話を転換させる。
「ヘルプを頼んだ訳、ですか?」
「はい、わたし、ちょっとやらなければいけない事があって……」
やらなければならない事? 私に頼みたい事でもあるのだろうか?
メルヴィ様が言う。
「リズさん、お身体を診察させて貰えませんか?」
「……はい?」
私は聖女様に体の診療を勧められた。
どういう事だろう? 私の体は健康そのもので、医者に掛かる必要などない程元気であるのだが……?
それでも聖女様の大きな瞳が、真剣そうに私の目を射抜く。
聖女様との裸のドキドキの診察が始まる。