14話 【過去】 魔法使いの名が有名でない理由
【現在】
勇者カインの仲間は皆、一騎当千の強者ばかりだ。
大国バッヘルガルンの姫騎士シルフォニア、
大教会ラッセルベルの聖女メルヴィ、
大峡谷ダーズの大戦士ガッズとレイチェル、
大魔導研究所ボーダスの熟練魔導士ラーロ、
冒険者ギルドで数々の伝説を残してきたベテランのフリアン。
皆、勇者カインの冒険譚を語る上で欠かせない人物であり、世界的に有名な人物であった。1人1人が芝居や歌の中で主人公となれる程の凄まじいエピソードを残している。
皆、後世まで語り継がれるべき英雄たちであった。
しかし、その中で1人、世間には名前が伝わっていない人物がいた。
一番初めに勇者カインの仲間となり、ずっと彼を支え続けてきた大魔法使いのリズという少女であった。
彼女はサキュバスの先祖返りという、普通の人には無い事情を抱えていた。
敵である筈の魔族の力を宿す少女であり、それ故彼女は自分の力の理由を大切な仲間と家族以外には話せないでいた。
彼女の名前だけが世の中に知れ渡っていない。
それには深い理由があった。
冒険中のとある日。
「助けて頂き感謝致します……! 勇者様方々っ……! 私は貴方がたの戦いぶりに感動いたしましたっ……!」
「…………」
勇者カイン達は1人の男性から熱い感謝の言葉をぶつけられていた。
彼らはつい先程8人で1万もの魔物を迎え撃ち、大きな街を1つ丸々救っていたところだった。
彼らが人から感謝の言葉を貰う事は珍しくない。今もその救われた街では喜びの大歓声と、勇者達一行を労う大きな宴が準備されている所であった。
しかし、目の前の男性はいつもとは少し異なる肩書を持っていた。
「貴方がたのご活躍を是非とも歌にさせて下さいっ……! お願い致しますっ……!」
「はぁっ……?」
「歌……?」
今勇者カインの手を握っている男性はデルフィーナ男爵という男であり、その者は広く世に知られている吟遊詩人であった。
吟遊詩人。
それは旅をする音楽家であり、神話や逸話、英雄譚などを歌い継ぎ、各地に歌を残していく人間の事であった。
彼らはたくさんの伝説を歌にして、それを世界に広めていく。今世界の各地で語り継がれている昔の英雄譚などの多くは、吟遊詩人が歌い、各地に広めたものだった。
「デ、デルフィーナ男爵と言えば私の国でも有名な吟遊詩人だぞっ!?」
「あ、あわわ……わ、わたし達、有名になっちゃいます……」
デルフィーナ男爵を前にして姫騎士シルファと聖女メルヴィがどよめく。
彼に歌い継がれるという事は自分たちの名が強く世に広まり、未来に語り継がれていくことと同義であった。
後に彼らの英雄譚は小説や演劇など、様々な形で語り継がれることとなるのだが、それらは全てこのデルフィーナ男爵が作った歌を参考にして、多大な影響を受けながら作られたものであった。
「この歌が出来上がりましたら、どうかその歌を一番最初にお聞きください! 魂を込めて歌いあげますっ……!」
そう言いながらデルフィーナ男爵は子供の様にきらきらした目を勇者たちに向けた。彼の創作意欲は強く刺激されていたのだった。
勇者たちは彼の提案を断れなかった。断る理由も無かったし、とても断り辛かった。
1週間後。
「歌が出来上がりましたっ! どうかお聞き下さいっ……!」
カイン達が泊っている宿をデルフィーナ男爵が尋ねた。
カイン達は自分たちが助けた街に宿泊しており、先日の戦いの疲れを癒していた所であった。
デルフィーナ男爵が揚々と歌い上げる。
気品と情熱を持ち合わせた姫騎士シルフォニア。彼女の剣は魔法と共に舞い、その姿はまるで清廉な精霊の様であった。
慈愛を体現した聖女メルヴィは仲間を癒す。どんな傷も癒えていき、彼女は勇敢な者達の命を優しく抱きしめていた。
大戦士ガッズとレイチェルは嵐の様に荒れ、孟け狂う。魔法使いのリズとラーロの知識は世界の深淵に届くかのようだった。冒険者フリアンの立ち回りはまるで芸術。長き経験が生み出す戦い方は洗練の極みにあった。
そして何よりも美しいのは勇者カインのその姿だ。
彼の聖剣の輝きは世界の希望そのものであり、彼の立ち姿は神々の祝福に溢れていた。
歌い終わり、デルフィーナ男爵がぺこりと頭を下げる。
その街の防衛戦の一部始終の様子が誇張と共に、臨場感溢れる歌となっていたのだった。
「…………」
「…………」
勇者達一行は少なからず赤面していた。
その歌は自分たちが昔から聞いてきたたくさんの英雄譚と遜色のない出来であった。
そんな自分たちの英雄譚を自分たちが聞かされ、気恥ずかしくなるのは無理もない事であった。
聖女メルヴィなんて、真っ赤になった顔を手で押さえ、小さくなって震えている。
「どうだったでしょうか!? 勇者様!?」
「あ、ありがとうございます……。とても素晴らしい出来でした、デルフィーナ男爵」
「お褒めの言葉、大変感謝致しますっ!」
この歌の出来に文句を言うものは誰もいなかった。
自分たちの話であり、客観的な評価が出来辛いという面はあったのだが、それを差し引いてもこの歌の出来が素晴らしい事はよく分かった。
臨場感の溢れる歌、昔から語り継がれる英雄譚と遜色のない出来……。
この場の誰も、この歌を否定することは出来なかった……、
「ちょおっとぉ、待って下さあいいぃぃぃっ……!」
「え……?」
「ん……?」
……とあるサキュバスを除いては。
「この歌は認められませんっ! えぇっ! ダメですともっ!」
「リ、リズ……?」
「ど、どうしたんだ? リズ……?」
リズはふんふんと鼻を鳴らしながら立ち上がった。デルフィーナ男爵はぶるりと震える。
「貴方の歌の中の私は、私なんかじゃありませんっ! 嘘八百を書かないで下さいっ!」
「……!? も、申し訳ございませんっ……! リズ様っ……! 全ては私の実力不足でございますっ……!」
デルフィーナ男爵は勢い良く頭を下げる。歌の中の話の当の本人から否定されては、それを反論することなど出来なかった。
「おいおいおい、止めてやれよ。なに怒ってんだよ、リズ。ちょっとくらい不満があっても別にいいだろうが」
「いーえ! いくらカイン様のお諫めでもこればっかりは譲れませんっ! 一体何なんですか! この歌っ! ほらっ……! ここの部分とかっ……!」
リズはデルフィーナ男爵が持っていた楽譜と歌詞を奪い取り、それを読み上げる。
「『大魔法使いリズが放つ炎は天高く舞い、敵を焼き尽くしていく。彼女の魔導は神々の英知に届き得るものであった』って、なんなんですか!? これ!?」
「な、何が不満なんだよ。かっこよく書かれてんじゃねーか」
その場にいる皆、彼女の不満が理解できない。
リズは叫んだ。
「ぜんっぜん、エロくないですっ……!」
「……は?」
「こんなかっこいい私……私なんかじゃありませんっ……!」
リズは腰に手を当てながら、出るフィーナ男爵に詰め寄った。
「もっと私を淫乱でスケベに書いて下さいっ!」
「……は?」
「おいおい」
カイン達は呆れ、デルフィーナ男爵は訳も分からずぽかんとしていた。
リズはプンプンと怒りながら、大声を出す。
「ほら! こことか! 『勇者カインと大魔法使いリズは互いに背を合わせ、お互いを守りながら戦っていた。その姿はまさに、命を預け合った信頼の姿そのものだった』とか!」
「い、いい所じゃねーか……」
話が燃え上がるシーンであった。
「でもここで、私がカイン様の汗をくんかくんかしていた描写がまるでありませんっ!」
「てめぇっ! 真面目に戦えっ!」
「あいだぁっ……!」
カインはドアホの頭にゲンコツを振り下ろした。とても良い音が部屋中に広がる。
デルフィーナ男爵だけが付いて行けず、呆気に取られていた。
「はぁ♡ はぁ……♡ ゲンコツ、気持ちいいです……♡」
頭に走った衝撃に、リズは身を捩らせて震えていた。
デルフィーナ男爵だけが呆気に取られていた。
「とにかく! こんなかっこ良くて凛々しい姿なんて、本当の私じゃありませんっ! もっと私のありのままのド変態な姿を歌い継いでくださいっ!」
「おい! デルフィーナ男爵めっちゃ困ってるじゃねーか!」
「ほら! こことか……『神々しいまでに美しい雷の魔術が落ちた』ってところ、『ド淫乱でエッチな雷の魔術が落ちた』って描写に変えられませんかっ!?」
「どんな雷だっ!?」
リズは暴走する。
「さぁっ! さぁっ! 今すぐ書き直してください! デルフィーナ男爵! もっと私らしい私を歌い継いで下さいなっ!」
「うわぁっ!? お、おやめ下さいっ! リズ様っ……!」
リズはデルフィーナ男爵に襲い掛かり、両腕を掴み、無理矢理歌詞を直させようとした。
「さぁっ! もっと私を酷く卑しく描いてくださいっ! 惨めで淫乱で、ドスケベで下劣な私の姿を世界中に広めて下さいっ……! よがり狂った本当の私の姿を後世まで永遠に語り継いでくださいぃっ……!」
「ひ、ひいいいぃぃぃぃっ……!」
「やめろーっ! リズーっ! 堅気の人に迷惑を掛けてんじゃねーっ!」
カイン達は全力でリズを止めた。
勇者カインの仲間たちは全員世界中に名が知れ渡っていた。
しかし、魔法使いのリズだけは世間に名を知られていなかった。
それには深い理由があった……。
――つまり、彼女は発禁処分となったのだった。
風が心地よい、爽やかな日の事であった。
深い理由? ねぇよ、んなもん。