12話 【過去】 大戦士レイチェルの葛藤(1)
【過去】
「村から出るのは初めてだ……」
ダーズの大峡谷を丁度抜けようとする時、勇者の仲間であるガッズが感慨深そうにそう言った。
崖壁で両脇が覆われた狭い道が終わりを告げ、道が広くなり視界が開けていく。大峡谷の奥にある村へ続く道はかなり狭い一本道となっており、その深い谷では太陽の光があまり届かく薄暗い道であったのだが、崖壁は開け、今は明るい光が差し込んできていた。
つい先日、勇者カイン達に新たな仲間が加わった。
大峡谷の奥深くには神聖な宝珠を守る戦士の村が存在した。そこで若い大戦士ガッズとレイチェルが魔王を倒す為の旅に同行することとなったのだった。
「なに、ガッズ? もしかして外の世界が不安なの? これだからお子ちゃまは困っちゃうわねぇ?」
谷を出て、広い平原をじっと眺め「村から出るのは初めてだ」と感慨深く言ったガッズに対し、レイチェルはからかうようにそう言った。
しかし、レイチェルはガッズの事をお子ちゃまと言ったが、ガッズは背が高く、体は引き締まっていて、とても『お子ちゃま』という表現が似合うような男性ではなかった。
「不安か。確かに不安といえば不安かもしれんな。村での風習、常識は外の世界では通用しないと聞く。この身は広い世界で通用するのか……ドキドキしているな」
「全く! そんなしょうもない事でいちいち緊張して! ガッズは本当、あたしがいないとダメなんだから!」
ガッズの言葉にレイチェルはやれやれと大袈裟に首を振る。彼女の紫色のツインテールがふるふると揺れた。
「ガッズ様とレイチェル様は一度も村の外に出たことが無いんでしたっけ?」
リズがそう尋ねた。
「はっはっは、そうだな、俺達の村は閉鎖的だからな。入り難く、出難い。うちの村の中で外の世界を知っている者はそんなに多くは無かったな!」
「でも話には聞いたことがあるわ! 石で出来た大きな建物とか、数万人が住んでる大きな街とか、馬がかごを引く馬車とかがあるんでしょ!? 村の爺さんが言ってたわ!」
「俺は温泉とかいうのに浸かってみたいぞ!」
「あー! それもいいわねっ!」
きらきらと目を輝かせながらそう語る2人。
この谷から1歩出れば、2人にとってそこからまさに未知への冒険の始まりだった。
「あのあの……お、お2人は仲が良いんですね……?」
勇者の仲間である聖女メルヴィがおずおずとしながらそう聞く。人見知りである小柄な彼女はまだ新しい仲間に慣れておらず、仲間のシルファの陰に隠れるようにしながらそう聞いていた。
しかし、レイチェルは即座に大きな声で否定をする。
「べっ、別に仲良くなんかないわよ! こんなバカとっ……!」
「ひゃいっ……!?」
彼女は頬を赤く染めながら、反射的にそう言っていた。
いきなり大きな声を出され、聖女メルヴィはびっくりし、シルファにぎゅっとしがみ付く。
「べ、別にガッズとはただの腐れ縁ってだけだしっ!? 生まれた頃から一緒にいるだけだしっ! 寧ろこんな奴とずっと一緒にいさせられて、ほとほと迷惑だったんだしっ!」
「はっはっはっ! 相変わらず俺は嫌われているなっ!」
レイチェルは口を尖らしながら恥ずかしそうにそっぽを向き、ガッズは慣れたように豪快に笑った。
それに対し、シルファが口を開く。
「む……? だがレイチェルよ? 君はガッズ殿が私達の仲間に加わって村の外に出ると決まった時に、慌てて君も村を出るって言いだしたんじゃないか? ガッズ殿と一緒にいたくないのなら、私達の仲間に加わらない方が良かったんじゃないか?」
「ち、ちちち、違うしっ……!? ちち、違うんだしっ……!? そ、そそ、それにはべ、別の深い理由があったんだし……?」
「む……? 理由……?」
首を傾げながら疑問を口にするシルファに対し、レイチェルは思いっきり顔を真っ赤にしながらぶんぶんと首を振った。
どもりながら、今まさに言い訳を考えていた。
「シルファ……、お前、そんな分かり切ったことを聞いてやるもんじゃねぇよ……」
「そうですよ、シルファ様。カイン様の言う通りです。察してあげて下さいな」
「む……? な、なんだろう……?」
呆れるカインとリズに対し、シルファは困ったように首を傾げていた。
レイチェルは顔を真っ赤にしながら、その場の空気を吹き飛ばす様に叫んだ。
「あ、あたしは旦那探しの為に村を出る必要があったんだしっ……! あ、あたしの同世代って数が少なかったから! いい男を探す為には旅に出る必要があったんだしっ……! 必要不可欠な行動だったんだしっ……!」
レイチェルの言葉に、シルファとメルヴィはなるほどと頷き、カインとリズは呆れていた。
「はっはっはっ! レイチェルが結婚してくれないとなると、俺も外で嫁さんを探さないといけなかった訳だなっ! 仕方ない、この旅のついでに自分の嫁さんも探してみるか!」
「え゛っ……!?」
そう言って盛大に笑うガッズに対し、レイチェルの表情はピシッと固まる。
自分の発言が自分の状況を不利にさせている事に気付き、目を丸くする。端から見ても同じことに気が付いていたカインとリズはため息を吐く。
「……ふ、ふんっ! ガッズ! あ、ああ、あんたみたいなデリカシーの無い奴にお、お嫁さんが出来る筈がないでしょっ……!? ム、ムリよっ! あ、諦めなさいっ……!」
「はっはっはっ! そうは言われても! 困るっ!」
ガッズは笑う。
レイチェルは腕を組みながら、幼馴染をバカにするように尊大な口調で物を言っていたが、その唇は震え、どもっていた。
「あ、あんたみたいな戦闘バカ、絶対絶対モテる筈が無いんだからっ! ど、どうせ女性に冷たくあしらわれて泣きっ面をかくだけなんだから! あたしは全部分かってるんだからっ!」
「はっはっはっ! お前に言われると、そうなのかもしれないなっ!」
「そうよっ!」
レイチェルは不安を吹き飛ばす様に、ふんと大きく鼻を鳴らした。
「ガッズは本当、あたしがいないとダメなんだからっ……!」
目の前には広い世界が広がっていた。
* * * * *
「ガッズ様! 逞しくて素敵ですっ……!」
「この前は助けて下さってありがとうございましたっ……!」
「ガッズ様……、その……、今度一緒にお食事でもいかがですか?」
結論、ガッズはモテた。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんっ……!」
レイチェルは泣いた。
泣いて伏せた。
2人の旅の始まりは苦難に満ちているのだった。