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非売品

 達樹はマキ姉と床に向かい合って座り、順を追って話し始めた。昨日初めてプレイした時の出来事、そして今日の女神と狩人とのやり取りに至るまでを。マキ姉は母親に似て、聞くより話すのが好きな性質だった。だが今だけは腕を組んで、じっと達樹の話に耳を傾けていた。達樹が全て話し終えると、マキ姉は膝元に置いたメモを注視する。そこには話の要点と、キーワードがまとめてある。マキ姉はペンを回しながら、軽く唸った。

「う~ん……話を聴く限り、多分ファンガイアは、ゲームの世界なんじゃないかなぁ?」

 あっさりと答えを出したマキ姉に、達樹は不快そうに反論した。

「何で? ゲーム製作者が介入する前に、アジュクリウが存在していたんだぞ。それに異世界の人も、アジュクリウの存在と、ゲームの製作活動に気付いていたんだ。あそこはもう一つの現実の可能性が高いんじゃないか?」

「あのねぇ達樹。ゲームなんて一から歴史を作る物よ。歴史も一緒に作ったのよ。それと異世界の人がゲーム制作に気付いていたのは、人工知能が高性能だからじゃないの? その――自我を持つぐらいにさ」

 だがマキ姉は自分の推論に、顔をしかめる。

「でもデルフェニは売るためにユークリッド・データを開発してたのよねぇ。なんでこんな凄いゲームがお蔵入りになったのかねぇ。発売されたら私廃人になるまでやるわよ」

 達樹はそこで、言い忘れた情報をつけ足した。

「それが実際、死者が出るらしいんだよ。ファンガイアで死ぬと、この世界の身体が深昏睡に陥るって。そのリツカってプレイヤーが言っていた」

「このゲームの開発者って、たしか過労死してたわよねぇ……それってひょっとして……」

「だから開発を中止したんじゃないか?」

 しばらく、二人は黙り込んだ。

「そのリツカってプレイヤー。何者?」

 マキ姉が聞いた。

「分からない。ゲーム内のバグったキャラクターに異常に執着はしていたな。ユ=シリーズというんだけど、フユミとかいう名で呼んでいた」

「そのリツカって、ゲームのメーカーの人じゃない? 旧開発陣の残したプログラムを護ろうとしているとか」

 マキ姉の指摘に、達樹は唇を噛む。

「う~んどうかな……。それにしては鬼気迫るものがあったしな。金絡みじゃない。もっと大事な何かを――」

 達樹はギョッとした。マキ姉がブレインリーダーを手に取り、サイズ調整のダイアルを回して、自分の頭に合わせ始めたのだ。達樹がブレインリーダーを取り上げようとすると、マキ姉は手の届かない所まで逃げた。

「今度は私の番よ!」

「マキ姉ちょっと待った。このゲームはヤバい! さっき話したじゃないか! 死んでも生き返るけど、ここに帰ってこれなくなるって!」

「達樹! これは私のゲームよ! 私にもプレイする権利はあるわ!」

 マキ姉は頬を膨らませると、達樹にとられないようにブレインリーダーを腹に抱え込む。達樹は何とかしてそれを奪い返そうと、丸まるマキ姉を起こそうとした。

「それは分かってるけど、危険すぎるよ!」

「達樹だって危ないのに二回も行ってるじゃない」

「それは……そうだけど……あそこでやらなきゃならないことが――」

 達樹はアイリスのことを思い浮かべた。だがマキ姉は挑発的な笑みを浮かべる。

「へぇ~? 何ゲームにマジになってんの? それにアタシだってやる時ゃやるんだから。達樹覚えてる? コミケでのアタシの奮闘ぶり」

 コミケと聞いて、達樹は苦笑いになる。

「警察に捕まったこと言ってんのか? 不安が倍増するからヤメロ」

「あ~……何達樹? 私のこと心配なの?」

 マキ姉が頬を赤めながら、顔をひきつらせて上目づかいで達樹を見た。達樹は鼻で息を吐いて、げんなりして腰に手を当てた。

「かなりな。俺が叔母さんの立場だったら、三日足らずで胃に穴が空いて、血反吐はき散らかすだろうよ」

 達樹のぞんざいな口調に、マキ姉は達樹を睨み上げて、猫のようにフーっと息を吐いた。達樹とマキ姉はしばらく睨みあっていたが、やがて達樹の方が負けた。

「ゲームを始めると、草原に出る。遠方に村があるけど、俺のせいでプレイヤーの印象は最悪だから近寄るな。裏には森があるけど、そっちもモンスターが出るからダメ。俺は二回殺されかけた」

「へーきへーき。伊達に警察に追いかけられてないわよ。達樹『今日こそ捕まえてやる』って言われたことないでしょ」

「自宅訪問されたこともないよ。そして友達になった事もな。いいから森と村には行くな」

「分かった分かった。他に何かある?」

「今日リロっていう妖精と知り合ったんだけど、その子によろしくな。それと次リロに会った時に、もし性的虐待の兆候が見られたら俺はマキ姉と縁を切るからな」

 妖精と聞いて、マキ姉が喜悦の表情を浮かべた。

「うほほ! 妖精までいるのぉ~!? 踏んだり蹴ったりじゃない。お~け~お~け~。そのリロちゃんには日本が世界に誇るサブカルチャーの神髄を叩きこんでおくから」

「話聞いてたか? それにそこは至れり尽くせりだろ」

 マキ姉はブレインリーダーをすっぽりと頭からかぶり、嬉しそうに身体を前後に揺らし始めた。だが揺れが収まって、肩が怒気に震えはじめた。

「『このディスクは既に他のプレイヤーによって使用されています。新しいユークリッド・データをお買い求め下さい』ってさ……ってさ……ってさ……」

 マキ姉はブレインリーダーを外すと、両手で鷲掴みにして持ち上げ、地面に叩き付けようとした。達樹は急いでマキ姉の手からブレインリーダーをひったくった。

「叩き付けるのは止めてくれ。絶対壊れるから」

 怒りのはけ口を失くしたマキ姉は、床に仰向けに倒れる。そしてまるで狂ったかのように、四肢を滅茶苦茶に動かして駄々をこね始めた。

「何でなのよォォォォ! これアタシが十三万も出して買ったのにぃ! 何で達樹ができて私ができないのよォォォォォ! ふざけんじゃないわよォォォォォ!」

「買ったって……そういやマキ姉。これ、何処で手に入れたの?」

 ぴたりとマキ姉の駄々が止まった。そして暴れた事により少し乱れた衣服を整え、何事もなかったように立ち上がった。おばさんの話によると、情緒障害はないらしいが、非常に疑わしい話だった。

「そうよ! 買いに行けばいいんだわ! 出かけるわよ達樹!」

 マキ姉は達樹の後ろ襟首を掴む。そして達樹が立つのを待たずに部屋の出口へと引きずっていった。達樹は引きずられる中、何度か尻餅をつきながらも立ち上がる。そしてさっさと部屋を出ようとするマキ姉を、踏ん張ることで部屋内に留めた。

「おいコラ待て! 一回着替えるぞ!」

 マキ姉は達樹を横目でちらりと見ると、時間を惜しむようにその場で何歩か足踏んで見せた。

「そ。じゃあそっぽ向いてるから着替えなさいよ」

「おめぇ~が着替えるんだよ」

「貴様正気か? あそこの店主のおじさん、コスプレが大好物なのよねぇ~。この前バニースーツ着て言ったら三割引きしてくれたのよ。この服なら二割引きはしてもらえるわ。服のほつれによる露出を考えると三割行くかもね」

「真顔でそんな計算するのを止めろ! 頼むからプライドを売るのを止めろ! もう色々と止めろ! 俺のおさがりくれてやるからこっち来い!」

「いやよ。ど~せ何の変哲もないジーパンとTシャツでしょ」

「何が不服だ!? いいから着替えろ!」

 達樹はマキ姉の肩を掴んで、押し入れの方に引っ張った。マキ姉はそれに踏ん張って抵抗する。そうして衣服の引っ張り合いをしているうちに、安物のドレスはその力に耐え切れず、破けてしまった。支えを失くした達樹が大きくたたらを踏み、マキ姉は足を滑らせて達樹の上に倒れこむ。朝の住宅街に、タンスを倒したような大音が響き渡った。

 すぐに階下から階段を駆け昇る音が聞こえてくる。足音は部屋の前で停まると、怒りに笑顔を引きつらせた母親が怒鳴りこんできた。

「達樹! 一体何を騒いでるの!?」

 母親は部屋内の様子を見て、言葉を失った。部屋内では下着にボロ切れをまとったマキ姉が、達樹に馬乗りになっていた。達樹は布の切れ端に頭をすっぽり覆われていて、布を取り払おうと遮二無二手を振り回している。だがマキ姉が邪魔でその努力が報われていないどころか、見方によってはマキ姉をまさぐっているようにも見えた。達樹がようやく布を取り払い、母親の顔を拝んだ時には、その表情は達観したものになっていた。

「邪魔してごめんね……達樹の意思は尊重するわ……私……今日仕事休むから……これから叔母さんの所に話に言って来るから……色々と……話さなきゃいけないから……」

 母親は部屋を出ていく。達樹は狂ったように弁明しながら、その背中を追いかけた。



「マキちゃん。頭でも打ったの? 何普通の恰好してんのよ」

 カウンターに腰かけている店主は、マキ姉の姿を見るなりそう言った。

「達樹が他の男の前でコスプレするなってうるさいの」

 マキ姉は不満げに口の端を歪めながら答える。彼女はジーンズにTシャツという、至極まともな格好をしている。達樹の三十分に渡る説得の結果だった。

「嘘をつくな嘘を。従弟の日比野達樹です。いつもマキ姉が迷惑をかけているそうで」

 達樹は肘でマキ姉の脇を小突く。そして軽く腰を折って、店主に挨拶をした。すると店主は目を丸くして、マキ姉に笑いかけた。

「嘘だァ。こんな普通の良い子が、マキちゃんの従弟なはずないよ。だってまとも過ぎるもん。んで、本物は何時連れて来るの?」

 今度はマキ姉が達樹を小突く番だった。

「早く本性表しなさいよケダモノ。さっき部屋でやったみたいにさ」

「お前にだけはケダモノ呼ばわりされたくねぇ」

 マキ姉が案内したユークリッド・データの購入場所は、市内の路地裏にあるゲームショップだった。そこは入り組んだ路地の袋小路にあり、案内が無ければとても辿り着けるような場所ではない。おまけに店前には看板も何も無く、時代遅れの筐体が二つ置かれているだけだ。よしんば辿り着けても、店の存在にすら気付けないだろう。しかし店内は結構なもので、入って右手にはゲームの基盤がずらりと並べてあり、見本の筐体が幾つか置いてある。左手にはこれまで発売されたコンシューマーのゲームソフトが、所狭しと並べられていた。ゲームはどれもが古いもので、中古品が多かった。奥にはショーケースが置かれてあり、レトロゲームや、限定版などが陳列されている。店は最新のゲームも扱っているが、主力はレトロゲームのようだ。

 達樹は物珍しさや懐かしさに、当初の目的を忘れて店内を見渡している。代わりにマキ姉が店主に話しかけた。

「でさ、おじさん。私結構前にユークリッド・データっていうゲームを買ったじゃん。アレどうやって手に入れたの?」

 店主が何かを思い出したように顔を上げた。

「ああ、アレ? あれはデルフェニ(デルタフェニックス社の略称)の再編時に、旧デルフェニの資産を処分して、過労死者の賠償を支払うことになったでしょ。その時に売りに出されたものをマニアから買ったんだよ」

 そこで達樹は店内の物色を止めて、話に加わった。

「でもユークリッド・データって、幻のゲーム扱いされてるんでしょ。どうしてマニアがマスターディスクを手放すんですか? 何かマズいことでもあったんですか?」

「幻のゲームディスクと言っても、プレイできないし、中に入ってるデータもテキストデータだけで、本物かどうかも怪しい代物だったんだよねェ。だってユークリッド・データの開発者、全滅しちゃって本物だって保証する人がいないから。だから賠償金確保するためのイミテーション扱いされて売れもしなかったし、値もそんなに高くつかなかったんだよ。マニアもディスク覗いてテキスト見て、がっかりして売りに行くの繰り返し。他のユークリッド・データ関連商品は遠くにまで売りに出されたけど、このディスクだけは買い手がすぐ売っちゃうからこの土地に残ってるんだよ」

「テキストには何と?」

「さぁ? サーバーへのURLらしいコードと、意味の解らない文字の羅列だけみたい。気になるならネットで調べてみたら? 公開されてるよ。と言ってもサーバーに繋がらないけどね」

 ここで達樹とマキ姉は顔を見合わせた。

「ディスクが特別なのかしらね……でも私のジョイボックスだって市販品だし……やっぱりブレインリーダーが鍵なのかしら?」

「それに繋がらないはずのサーバーに、繋がるのもおかしな話しだよな」

 マキ姉は顎に手をやって考え込む。そして別の質問を投げかけた。

「そうねぇ――じゃあさ、おじさん。ディスクはいくつ売られたか覚えてる?」

「お~覚えてるよ。おじさんも競売に行ったからね。ホラ。いい思い出だよ」

 そう言って店主は、レジの隣に置いてあるジオラマを親指で指す。それは狩猟民族の親子が、草原をかける様を表したものだ。父親の方は威厳ある顔立ちをしており、高価な毛皮の狩装束を身にまとって、豪快に馬を駆っている。その後ろを娘が追っている。娘は柔和で心優しげなおっとりとした子で、質素ながらも美しい民族衣装を身にまとっている。心なしか、達樹は娘と、娘が駆る馬に見覚えがあった。そして気付く。激しい剣幕や棘のある態度のせいで最初は分からなかったが、間違いなく娘のモデルはアイリスだ。そして駆る馬ははメアリーだった。

「これは売れないよ」

 店主は達樹が食い入るようにジオラマを見つめるのに気付くと、両手でジオラマを覆って隠す。達樹が慌てて物欲を否定するために首を振ると、店主はようやく話に戻った。

「それで売りに出されたユークリッド・データだけど、全部で三つだったね。面白い事にディスクナンバーが五から七までが売りに出されたんだ。一から四までは行方知れず。ま、おじさんはハナから無いと見ているけどね。リアリティを持たせるための小細工でしょ」

 そっとマキ姉が達樹に耳打ちする。

「開発者は三人いたから、一枚足りないわ。それにリツカと私の一枚を足して、残り二枚ある勘定ね」

 それからマキ姉は、怖気の走る猫なで声を出して、店主に媚び始めた。

「おじさん。でね~、あたしもこれ欲しいの。あたし来たときに二枚あったでしょぉ~。あと一枚残ってるわよねぇ~?」

 しかし店主は顔の前で、手をふって見せた。

「売っちまったよ」

 一瞬、マキ姉は何を言われたか理解できなかったようだ。媚びた笑顔のまま首を傾げる。店主もそれに合わせて首を傾げ返す。二人の首が水平に近くなった時、マキ姉はカウンターを両手で叩いた。

「ななな……なんですとー!」

 マキ姉は力が抜けたのか、へなへなとその場に座り込んでしまった。そうして消沈してしまったマキ姉に代わり、達樹が口を開いた。頭にはリツカのことが浮かんでいた。

「女の人っすか?」

「いんやぁ、男だよ。こう、スーツでびしぃって決めた、エリートサラリーマンみたいな男。井守明のファンみたいでさ、過去井守が創った同人ゲーや、レトロゲーを買い漁っていったよ」

「井守明って誰ですか?」

 聞いたことのある名に、達樹が話しを遮った。

「あれ? 知らない? そうだなぁ……一年で忘れ去られるものなんだねぇ。井守明はユークリッド・データのメインプログラマーだよ。斬新なプログラム組むことから天才って呼ばれていたんだ。ゲーム制作の他にも、ロボットのアルゴリズム組んだり、カオスコンピューターのアイデア出したり結構活躍してたんだよ」

 店主は嬉しそうに話したが、その表情が急に陰った。

「まぁ、ユークリッド・データ開発中に精神を病んで、いろいろやらかしちゃったから、今じゃ全国指名手配されているけどね」

 マキ姉が床を蹴って立ち上がる。彼女は達樹をカウンターから押し退けると、ずいと店主に詰め寄った。

「そんな事は今どうでもいいでしょ! それで!? それからどうしたの!? そんなプレイできないクソゲーすぐに売りに来るでしょ! ねぇおじさん!」

 店主は困惑顔で、それを否定した。

「いやぁ。それがそいつ、そのゲーム買ってからしばらくして、血相変えて飛び込んできてさ。今のマキちゃんみたいに『もう一枚あっただろ! 何処にある!』っておじさんに詰め寄ってきたの。おじさんが売ったっていったら、何処の誰でどんな奴かしつこく聞いてくるのよ。こいつは危ないわぁと思って、マキちゃんの事一言も漏らさなかったけど……どうしたの?」

 マキ姉は絶望に顔を暗くする。店主は状況を把握できないようで、どんどん困惑に顔を歪めていく。マキ姉は無理やり笑顔を取り繕うと、何でもないように手を振って見せた。

「ううん。何でもないの……あたしの事黙っててくれてアリガト~」

「うん……別にいいけど。それから買った人がまた店に来たら伝言を頼まれたね。お前の買値の十倍出すから売ってくれって。その人たまに店に顔を出すんだけど、連絡しとく?」

「それはやめて。私のストーカー増えちゃうから」

「十割警察でしょお? その人イケメンだったし、どうよ」

「余計なお世話よ……達樹帰ろ。アリガトおじさん。また何か買いに来るから」

「えっ? あ? うん。また来てね」

 狐につままれたように目を丸くする店主を置いて、マキ姉は強引に達樹の袖を引っ張って店を出た。外に出ると、時刻は昼を過ぎていた。マキ姉は店を出てからずっと、伏せ気味の視線で何かを考え込んでいる。達樹は計らずとも、ユークリッド・データを奪い取ってしまった罪悪感を実感し始め、マキ姉と同じように足先に視線を落としていた。しばらく気まずい雰囲気のまま路地裏を歩いていた二人だったが、マキ姉が唐突に口を開いた。

「達樹の言っていた狩人って、女だったんでしょう?」

「ああ。ネカマってこともあるめぇし……そもそも性別を偽ることができるはずがない。キャラメイクなんてなかったからな。だからさっき話した男は別人だと思う」

「どうやら私たちの他にも、気付いた奴がいたようね」

 マキ姉は深く息を吐いて、顔を上げた。何処か諦めたような面持ちをしている。達樹は唇を軽く噛むと、マキ姉に頭を下げた。

「何かごめんな……マキ姉。ゲーム取っちゃって」

 するとマキ姉はきょとん瞳を瞬かせた後、豪快に笑い飛ばした。

「別にいいわよ。どうせ達樹のブレインリーダーが無ければ、プレイできなかったと思うから。それに後一枚、どっかにある訳だし。私が考えているのはこれからのことよ」

 達樹はそう言われ、今後の事を考えた。リツカからは、大事になる前にゲームを捨てろと言われている。だが達樹はこのまま引き下がるつもりは毛頭ない。ファンガイアが現実なのか、それとも仮想現実かなのかだけでも知りたい。リツカがファンガイアで何をしているのかも気になるし、店主の言っていたユークリッド・データを買った男も気がかりだ。そしてゲーム製作者の井守明のことも。彼は真実を知っているのだろうか。知ったからこそ精神を病んだのだろうか。

「マキ姉。俺ファンガイアで活動を続けていいかな。もう少しこのゲームを調べてみたいんだ」

 達樹が切り出した提案を、マキ姉はあっさりと受け入れた。

「そうねぇ……このまま謎をお蔵入りにさせるのは惜しいからねぇ……ま、私はファンガイアに行きたいのが本音だけど」

「じゃあしばらくあのゲームを借りるよ」

 なし崩しに達樹は言ったが、マキ姉はそこで笑みを消した。

「それはだめ。持って帰る」

「えっ……ちょマキ姉」

 てっきり貸してもらえるものと思っていた達樹は面食らった。しかしマキ姉は達樹のポケットから、家の鍵を奪い取る。そして逃げるように達樹の手の届かない距離まで走った。彼女は一度だけ達樹を振り返った。

「ゲームは持って帰るから。鍵はいつものとこに隠しておく。じゃあね。また明日」

 達樹はマキ姉を追いかけることも、声をかけることもできなかった。彼女が振り向いたとき、悔しさとやるせなさに歪んだ複雑な顔を見てしまったから。

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