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ゲームプレイ その1

「はい! 達っちゃん」

 目の前に、段ボールが叩きつけるように置かれた。段ボールを置いた中年女性は、汗で額に張り付いた前髪を払う。そしてゴミの始末がついた時にする、清々しい笑みを浮かべた。玄関を開けた瞬間にこれである。達樹は事情が呑み込めず、挨拶代わりに苦笑いを浮かべた。

「おばさん。お久しぶりっす。どうしたんすか?」

「高校入学おめでとう! という訳でお祝い持って来たわ!」

 達樹の叔母である中年女性は、そう言って持ってきた段ボールを、達樹の方に押した。達樹はそこで改めて、段ボールの方に注目した。段ボールは両手で抱えるほどの大きさがあり、中には様々なゲーム機の本体や、ゲームカセットが滅茶苦茶に詰め込まれている。ゲーム機はほとんどがレトロゲームで、大事に扱われていたのか美品ばかりである。しかし乱暴なおばさんの扱いで、新しい傷が少し目立った。ソフトも古いものばかりだったが、こちらには正規の製品に混じって、ホワイトラベルにマジックでタイトルが書かれている開発データや、試製ROMが多少混じっていた。ここで達樹は大体の事情を察して、呻き声を上げた。

「これって、マキ姉のゲームじゃないっすか?」

「そ~よぉ~……なんでもマニア垂涎のレアもんが揃ってるそうじゃない。売ればあなたの入学祝に見合う値段になるはずだわ」

 おばさんはそう言って瞳を輝かせる。達樹はおばさんに合わせて、苦笑いをひきつった笑みに変えながら頭を掻いた。

(だからってそのまま持ってくるかね~普通……)

 そんな達樹の内心に微塵も気付かず、おばさんは愚痴り始める。

「うちの子ったらさ、今年で二十一よ! 二十一! なのにロクに仕事探さずに、朝から晩までゲームゲームゲーム! 男連れて来たと思ったらただのオタク仲間だし、オタクじゃない普通の友達なんて見た事ないし、もうこの先心配で心配で、あの子ったら言っても聞かないし、これからの人生設計聞いてもなーんにも具体的な答え返ってこないし……もう……ほんとに」

 おばさんは愚痴を吐き終えたところで、大きなため息をついて玄関の敷石に座り込む。しばらく俯いて、悄然と玄関の敷石を眺めていたが、縋るように達樹の顔を見上げた。

「達樹ちゃん……うちの娘……どう?」

 冗談じゃない。達樹は心の中で即答した。マキ姉こと石村真妃は、容姿端麗で頭の回転もそこそこ速い。だが自分の好きな事しか興味を持たず、それのみに没頭する性格をしている。考えてみて欲しい。自分の興味のない事を延々と話され、なおかつそれに付き合う事を強要されるのを。たまに遊ぶ間柄ならまだ許せるが、人生の伴侶としてはお断りだった。

「従姉とは結婚できませんよ」

 気のない返事をする達樹に、叔母さんは立ち上がって詰め寄ってきた。

「ここは日本よ! 法が許しているわ! 私も許してあげるわ! どう!? このままじゃ私死ぬに死ねないのよ!」

「おばさんは後五十年くらい生きますよ」

「達ちゃん~? 今私が元気そうに見えるからってそんなこと言っちゃ駄目よ~。達っちゃんが私の不幸を知らないからそんな事言えるの。よく聞いて――」

 再びおばさんの愚痴が始まる。達樹は入学式の予行演習のつもりで、校長の訓辞のように退屈で、冗長で、眉唾な愚痴に耐え続けた。やがて全ての愚痴を吐き終えたのか、彼女の顔はスッキリとして険が落ちた。彼女は満面の笑みで達樹の頭を撫でた。

「ん~、やっぱり達っちゃんは聞き上手ねぇ。話してよかったわぁ~」

「えっ? あ……それは良かったです」

 無我の境地に入っていた達樹は、我に返って素っ頓狂な声を上げる。だがおばさんは達樹の不自然な返事を全く気にせず、玄関戸に手をかけた。

「んじゃお母さんによろしく。また近いうちに野菜送るからね」

 おばさんが別れを告げると、達樹は手を振って見送った。達樹は嵐のようなおばさんの訪問に、しばらくぼぅっと立ち尽くしていた。やがて虚しさが心を突き上げてくると、目の前のダンボールを抱えて立ち上がった。

「母さんに似てガサツだなぁ……」

 達樹は誰も聞く事のない愚痴をこぼしながら、二階の自分の部屋に戻ることにした。部屋の中央に段ボールを置いて、どうしたものかと頬を掻く。入学祝と言っていたが、売ったことがマキ姉にばれる事を考えると、怖くてできない。良くてアダルトゲームのパンフが毎日ポストに入れられる。悪ければ魔法少女(二十一歳)が、お仕置きに達樹の家に来襲するだろう。

 達樹はため息をつくと、携帯を取り出してマキ姉にかけた。マキ姉が電話に出るのには少し時間がかかった。

『達樹!? ちょっと今忙しいから後でかけ直して!』

 どうやら取り込み中らしい。鼻息の荒い彼女に、いきなり吠えられた。達樹はマキ姉が慌てている理由を知っていたので、構わず続けた。

「叔母さんにゲーム全部捨てられたんだろ?」

 マキ姉の声がピタリと止んだ。だがすぐにやかましくまくし立て始める。

『そ……! そうよ! そうなのよ! ふざけないでよあのババァ! この前はパケットモンスターのカード全部売っちゃうし! もうほんとにもぅ……絶対に許さんぞムシケラババァ! じわじわとなぶり殺しにしてくれるわ!』

 スピーカーの向こうから衣擦れの音が聞こえる。第二形態に『変身』しているのだろう。

「マキ姉。コスプレという名の変身をする前に、ちょっと聞いてくれる?」

『何!? 今パンツ脱いだとこなのよ!』

「マキ姉のゲーム、今俺の所にあるから安心してくれ」

 またマキ姉の声がピタリと止み、今度は疑惑に声は小さくなった。

『ヘ……何で? もしかして買い戻してくれたの?』

「そんな金ねぇよ。入学祝に叔母さんが俺ん家に持ってきたんだ――分かった分かった喚かなくても売らないから!」

 がなり立てるマキ姉に負けないように、達樹も大声を張り上げて遮る。マキ姉は大声を出すのを止めたが、それでもまだ落ち着かないようだった。

『それでゲームは無事? 何か欠けてない?』

 達樹は段ボールの中を漁り始める。きっとおばさんは、ゲームを滅茶苦茶に段ボールへ放り込んだのだろう。ソフトのパッケージには傷ができたり、破れていたりしていた。他にもケースにヒビが入っていたりする。段ボールの底の方には、ゲーム機のものと思われるプラスチック片がいくつか転がっていた。マキ姉が見たら卒倒するだろう。達樹は特に損傷の酷いケースを取り出すと、開いて中を確かめてみた。彼は凍り付いた。

「あー……PC‐ドライブ版の『X‐TYPE』のディスクが……割れてる」

『え……? バグ抜き版? それともバグ版?』

「バグ版」

『ジィザスゥウ! X‐TYPE没データ、幻の8面が入っているのはバグ版だけなのにぃ!』

 スピーカーから力任せに、布を切り裂く音が聞こえてくる。パンツでも引きちぎっているのだろうか。ディスク一枚でこれだから、全て話すと長くなる。達樹はそこまで付き合う気にはなれない。それに達樹自身、ゲームの方に興味を抱き始めていた。春休みが始まって数日が経ち、達樹も流石に暇を持て余していた。段ボールの中には様々なレトロゲームや、達樹の知らない企画書などが詰まっていて、その子供心を大いにくすぐった。

「まぁ、ゲームはこれ以上傷がつかないように、大事に保管しておくから。それでさ、マキ姉。このゲーム預かっている間、遊んでいてもいいかな?」

 マキ姉は一瞬言葉に詰まった。内心大事なコレクションに、手を付けられるのが嫌なのだろう。だが普段から付き合ってくれている上、コレクションを保護してくれる達樹には、流石のマキ姉も態度を軟化させた。気の抜けるような吐息の後、彼女はいつもの調子である、滑らかな口調で言った。

『ン……大事に使うならね』

 達樹は指を打ち鳴らす。

「やりぃ。んで、いつ取りに来る?」

『あ~。ほんとならすぐにでも飛んでいきたいところだけど、ママに見つかったら今度こそどっかに捨てられちゃうし……ほとぼり覚めたら取りに行くわ』

「分かった。んじゃあ都合いい日に連絡してくれ」

 達樹は電話を切った。そして段ボールの前に腰を下ろして、中身の物色を始めた。PC-ドライブからジョイボックスまで、古今東西のゲーム機が入っている。達樹はまずそれらを、段ボールから取り出して脇に除けた。次に企画書やチートコード、開発メモの紙の束や、肉筆のデザイン集を取り出す。達樹はそれらを軽くめくって流し見た後、綺麗に整頓してゲーム機の隣に置いた。これだけでも春休みの暇は十分に潰せそうだった。最後に残ったのはゲームソフトだ。達樹はプレミアが付いて、カタログでしか知らなかったゲームソフトの実物や、市場では見た事のないデザインのパッケージに目を輝かせた。

「流石マキ姉、珍品際物が揃ってるなァ。ぽしゃった企画の開発データとか開発計画表とか、何処で手に入れてんだか……おっ?」

 達樹は吸い寄せられるように、あるゲームソフトを取った。そのソフトは安物のCDケースに入れられていて、中のブルーレイディスクに直接マジックで題名が書かれていた。

『Euclid Data No.6』

 プロトデータか、それとも開発は完了したが発売することのできなかった代物か。達樹はディスクをしげしげと眺めて唸った。

「ゆーくりっどでーた? 何だろう? どっかで見た事があるんだけど……思い出せねぇな」

 ケースに説明書は付属していない。ディスクを詳しく観察すると、タイトルの下に「JBSP006」と小さく書きこまれている。達樹には「SP006」が何を意味するのか解らなかったが、「JB」はジョイボックスのことだろうと見当がついた。

「まっ、やってみればわかるか」

 達樹は脇に除けたゲーム機の中から、ジョイボックスを取り出す。そして部屋のテレビに接続し始めた。ジョイボックスはその名の通り、箱のような四角い形をしたゲーム機だ。去年、次世代ゲーム機として登場し、現在主力機として世界中で使われている。

 一世代前の『ジョイマックス』との違いは、通信能力を強化したことにある。これによってより快適なオンライン環境を保証し、クラウドゲーミングにも対応した。そしてこの強力なネット環境を活用した、MMORPGやオンラインFPSがジョイボックス最大の売りだった。

 何の問題もなく接続は完了する。達樹は早速ディスクをゲーム機に挿入し、ゲームを起動した。

「デルタフェニックスって……今のトライフェニックス社だな。会社の再編がジョイボックスと同じ時期だから……はは~ん。会社の再編成でポシャったってクチか」

 やがてテレビは注意書きを映し出した。

『このゲームをプレイするためには、ブレインリーダーが必須です。ブレインリーダーを接続して下さい』

「へ~……これブレインリーダーに対応しているのか」

 ブレインリーダーとは、ジョイボックスの周辺機器の一つである。プレイヤーがより直観的な操作を、行えるようにするための機器だ。まずプレイヤーの指定した刺激に対する脳の反応を読み取る。そしてその脳の反応を、コマンドとしてゲームに入力するのだ。例を出すとFPSゲームで、フラッシュという刺激を指定したとする。するとその刺激に対する脳の反応――厳密には反射――をキャラクターの回避コマンドと連動させるのだ。するとプレイヤーがフラッシュを認知した時、キャラクターはほぼ同時に回避行動をとっている訳である。

 更にブレインリーダーには、ゲームのリアリティを高める機能も備わっている。ゲーム画面を直接網膜に投影するアイモニターや、プレイヤーに臨場感を与えるスピーカーシステムがヘルメットに備わっているのだ。

 ブレインリーダーはジョイボックスと同時に発売され、同日に発売されたソフトもブレインリーダーに対応したものだった。だがブレインリーダー自体が高価なのと、ユーザーがそれほど直感的操作を気にしなかったことから、売れ行きはいまいちだった。

 しかし臨場感を与えてくれる視聴覚システムの方が最注目された。後日脳波読み取り機能をオミットした廉価版が売り出されると、飛ぶように売れた。疑似体験のためのソフトがたくさん製造され、観光地にはブレインリーダー用のカメラやマイクが設置された。今では家に居ながらジョイボックスを介して、世界中の名所を巡ることが出来る。

「しかし分からないな。ブレインリーダーはリアリティを高めるためのオプションなのに、それが必須だなんて……」

 達樹は苦笑しながら、一階にブレインリーダーを取りに行った。ブレインリーダーは居間のテレビ台の下にしまってあり、うっすらと埃を被っている。それは世にも珍しい初期型で、最新型のものより無骨で重い代物だ。その昔ゲーム機もないのに、達樹の父が酔って買ってきたものだ。達樹はブレインリーダーを抱えて二階へと駆け上がり、ジョイボックスに接続してテレビの前にあぐらをかいた。

『ジョイボックスにブレインリーダーの接続を確認しました。初期設定を開始します――準備が完了しました。ブレインリーダーを頭にかぶって下さい。どうぞ、地母神ユナの支配する、精霊と妖精と英雄の世界、ファンガイアをお楽しみください』

 画面ではそのようなメッセージが流れていく。そしてユークリッド・データのマスコットキャラクターと思しき勇者たちが、図として表示されたブレインリーダーをかぶることを急かしてきた。

「さ、この休み中にクリアしてやるからな――」

 達樹は心から溢れ出た意気込みを口から漏らすと、ブレインリーダーを装着した。

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