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【前編】

前作『ふとめ令嬢は王子様の夢を見るか』http://ncode.syosetu.com/n4080dz/


上記作品の続編となっております。前作を読まないとよく分からない不親切設計ですので、宜しければ前作を読んでからお楽しみください。

誤字脱字等、見苦しい所は多いかと思いますが、お楽しみ頂ければ幸いです。

「なぁ、カルロ。お前、無理をしているんじゃないのか?」


 労わる様にそう言われ、カルロは目を瞬かせた。


「何の話ですか、父上。オレは別に無理なんてしていません」

「いや、しかしな…」


 淡々と答える息子のカルロに、彼の父であるブルーバード侯爵は視線を手元へ落とす。

 そこには、一般的な侯爵子息が持ち得る筈のない金額が詰まった袋があった。

 それはカルロが14歳の時に立ち上げた事業で稼いだものだ。

 カルロは決して馬鹿ではないが、ずば抜けた能力は持っていない。彼が生まれつき他者よりも優れているのは、父から受け継いだ血統と、母から受け継いだ美貌だけ。後は彼の努力によって培われたものだった。

 だから、その金は才能ではなく、執念で作り出したもの。

 苦労知らずの貴族令息だと馬鹿にされながらも、自分より格下のものへ頭を下げ、必死で学び、どうにか成功させた事業で得たものだ。

 それを見て溜息をついた後、母親譲りの圧倒的な美貌を持つ我が子を、老いて尚、精悍な姿を保ったままの父が戸惑いながら見つめる。


「この金はお前が必死で稼いだものだろう?」

「はい。間違いなく、オレが稼いだものです。それをホワイトハート男爵家への返済に加えて下さい。これで借り受けていた金額の八割に届く筈です」

「うむ、確かにそうだが…」


 誇らしげな顔をしている息子に対して、侯爵の顔色は優れない。

 そうして、そっと袋をカルロへ返した。


「これはお前が持っていなさい。男爵への返済は私が自分で必ず行うと誓おう。これは私の失態の尻拭いだ。お前が犠牲になる事はない。何、私だけでもあと数年もあれば…」

「あと数年も待てません!」


 バンッ! と、カルロが袋を父の前に叩きつけるように置く。

 驚く侯爵にカルロは拳を握って叫んだ。


「今年中です! 後一年以内に…正確には次のマルティナの誕生日までに完済させます!」

「今年中!」


 カルロの言いだした無茶に、侯爵は目を白黒させる。


「い、いや、しかしだな…確かにお前が協力してくれたお陰であと僅かな所まではきた。だが、それでも決して少なくない金額が残っている。それを今年中になど無茶苦茶だ」

「無茶は承知の上です! でも、もう待てない! マルティナは今年十八歳ですよ! 貴族間では適齢期ギリギリです! これ以上、彼女との結婚を延ばしたくないのです!」

「結婚したらいいじゃないか。お前たちはれっきとした婚約者同士。何の問題もない。それくらいの金なら出してやれるし、返済はその後もきちんと…」

「何言ってるんですか! 妻の実家に借金を残したまま結婚しろと? 冗談じゃありません! 結婚前の完済は絶対です! その後、オレは改めてマルティナにプ、ププ、プロポーズを、しますっ!」

「顔が真っ赤だが大丈夫か?」

「余計なお世話です! 父上は借金の返済の事だけを考えて下さい!」

「あ、ああ…お前の気持ちはよく伝わった。では、この金はお前から借りる事にする。そして、後一年以内の返済を目標にする。それでいいか?」

「はい! 後、お金は返さなくてもいいです!」

「そうはいくまい。それにしても…お前は本当にマルティナ嬢が好きなんだなぁ」


 カルロと同じ青い目を細めて侯爵は笑う。

 昔からそうだった。

 小さな頃から母親によく似た美貌は否応なしに人目を惹き、余計なトラブルにも悩まされる事が多かった。そのせいか、元々少し気の弱い所があったカルロは、すっかり人見知りになり、内へと引き篭もってしまっていたのだ。

 そんなカルロを、屈託のない明るい笑顔と朗らかで優しい心を持って、外へと引っ張り出してくれたのがマルティナだった。


 容姿は特別美しい訳ではない、どこにでもいる普通より少しふくよかで小さな女の子。

 けれど、誰より優しくて温かくて、一瞬でカルロの一番になった特別な女の子。


 初めて出逢った日から、カルロの口からマルティナの名前が出ない日はない。


 優しい目で見つめてくる父の言葉に益々顔を真っ赤にさせたカルロは、決まり悪げに軽く頭を下げ、慌てたように部屋を出ていった。

 入れ替わるように、カルロの従者であるエドが中へと入ってくる。


「侯爵様、失礼します。ここにカルロ様がいると聞いてきたんですが…」

「丁度出て行ってしまったよ。からかい過ぎたかもしれん」

「ああ、マルティナ様の事ですね」


 エドは納得したように頷いて苦笑した。


「最近、騒がしいんですよ。マルティナ様がマルティナ様が、と」

「それは昔からだな」

「そうなんですか?」

「エドはカルロが事業を始めてから勤めているから、昔は知らないか」

「はい。でも、想像はつきます。何でもマルティナ様が日々綺麗になっていくとか何だかんだ不安みたいですね」

「本当に夢中だな。まぁ、彼女はとてもいい子だからな」

「でもカルロ様、借金関連と世間の噂の事でかなり迷走していますからね。マルティナ様に嫌われてないといいんですが…」

「そうなのか?」

「酷い混乱ぶりですよ。本当は近くにいたいのに、傍にいちゃいけないからって、わざと離れたり、冷たくしたり」

「…大丈夫なのか?」


 思わず心配そうに眉を寄せた侯爵に、エドは短い髪をガシガシと掻いた後、はっきり言う。



「借金の返済が終わったら、まず土下座からですかね」

「………え?」



 ポカンとした侯爵に、エドは深い溜息をついた。


「邪魔が入らなければ大丈夫ですよ、きっと」


 だから、頑張りましょう。色々と。

 そう言って、エドは何とも言えない顔で話を終わらせた。



 ★★★★★



 カルロと侯爵のやり取りがあった数日後。

 カルロは再びマルティナを連れて、王族主催の夜会へ参加するため王宮の大広間へとやって来ていた。


「マルティナ」

「はい、カルロ様」


 いつものように入口まで来た時、カルロはマルティナを呼んだ。

 マルティナはいつものようにニコニコと朗らかに笑っている。

 背の高いカルロを見上げてくるマルティナを見て、カルロは少し口籠ると、徐にマルティナの小さくて柔らかい手を握った。


「カルロ様?」

「………その、だな」


 何やら言い淀むカルロに、マルティナは首を傾げる。そして、ハッとした。

 今、思い出してみれば、今日のカルロは行きの馬車の中でも随分と静かだった…ような気がする。うろ覚えだが。

 なんせマルティナの頭の中は、前にカルロが連れてきてくれた王宮の舞踏会で食べた、あのとっても美味しいご馳走の事で一杯だった。頭の中はそれをまた食べられるかもしれないという期待で一杯だったのだ。

 前回はタイミング悪くおかわり出来なかったので、今度こそは! と他の参加者とは違うところで燃えている。

 そんなマルティナだが、前回カルロに勝手に外に出て怒られたことは覚えていた。だから、きっとカルロはそれを心配してくれているに違いないと思いつく。

 マルティナはニッコリと笑った。


「カルロ様、大丈夫ですわ! 私、今度はちゃんと大広間内の隅の方で食べますわ! 心配なさらないで!」

「え、あ、うん。いや、それもだが、そうじゃなくて…」


 カルロは落ち着きなく視線を揺らした後、おずおずとマルティナの目を見つめる。

 いつもとは違うカルロの行動にマルティナはキョトンとした。

 疑問符を飛ばす彼女を見ながら、カルロは目元を赤く染めて笑う。


「今日は、一緒に踊ろう」

「え?」

「やっと目途が立ったから…あ、いや、ほ、放って置くとまた迷子になりそうだからな!」


 しどろもどろ何とも気まずげにそう言うカルロに、マルティナの頭の中は疑問符で一杯になった。

 何で急にこんなことを言い出したのだろう。何かお祝い事でもあったのだろうか。

 不思議に思いながらも、マルティナは笑顔を浮かべる。

 どんな理由であっても、カルロが誘ってくれて素直に嬉しいと感じた事を優先させようと思ったのだ。


「はい、カルロ様。喜んで!」


 そう言えば、カルロはパァッと表情を明るくさせる。


「そ、そうか!」

「誘ってくださって嬉しいですわ」

「あ、ああ…その、今までの事を…」

「今まで?」

「…いや、後で話す」


 カルロはそっと握った手に力を籠めた。

 夢中になりすぎて、気が付けば結構注目されている。

 面白おかしく囃し立てる連中の前で、余計な餌を与えるべきではない。


 でも、ようやくだ。ようやく目途が立った。

 これでやっと言える。ずっと言いたかった。

 馬鹿で子供な自分は、酷い事を言ってゴメン、も、ずっと愛してる、も、言えなかった。

 謝って許して貰えるかは分からないし、酷い態度を取ってしまったから信じて貰えないかもしれない。

 でも、許して貰えるまで謝ろう。信じて貰えるまで愛を告げよう。



 ああ、やっと、君の手を取れる。



 感無量な気持ちで、マルティナの手を取り、ダンスの輪へと加わろうとした時、声が掛かった。


「カルロ様」


 声を掛けてきたのは、カルロが手掛けている事業の得意客の令嬢で、カルロは思わず舌打ちしそうになる。

 何てタイミングで来るんだと罵りたい気持ちを抑え、カルロは無理やり笑顔を張り付けた。


「どうも。いつもありがとうございます」

「ごきげんよう。カルロ様を探しておりましたのよ。母に紹介したくて…新しい装飾の事で聞きたいことがあるのですって」

「それはそれは…」


 何て間の悪い事で。

 カルロは言葉を飲み込む。

 そこへ追い打ちをかけるように別の人物がやってくる。


「カルロ殿。ここにいたのですか。貴方の手掛けている事業について少しお話を…」

「え、あ、はい」

「カルロ様、この前買わせていただきました指輪なのですけど…」

「え、あの…」


 天がマルティナに対する仕打ちの仕返しでもしているのかと疑いたいくらいの間の悪さで、令嬢を皮切りに次々人が押し寄せ、カルロは一瞬で囲まれてしまった。


「退きなさいよ!」

「貴女、邪魔よ!」

「キャー! カルロ様ぁ!」


 更に目をギラギラとさせた令嬢たちが突進してきて、マルティナは輪の外へと弾き出されてしまう。

 マルティナはオロオロと輪の周りを歩くが、入れる隙など全くなかった。まるで肉壁である。作っているのは美しい令嬢たちだが。

 いつもならば、入り口で別れた後は帰りの時間まで自由に過ごすが、今日はカルロにダンスに誘って貰っている。勝手に動くことは躊躇われた。


「カ、カルロ様…全くお姿が見えないわ。どうしましょう…」


 ここでカルロを待つべきだろうか、と輪の外で途方に暮れていると、空気を読んで少し離れていたエドが駆け寄ってくる。


「マルティナ様。ここは危険ですので、少し離れていた方がいいですよ」

「ああ、エド。良かったわ。どうしたらいいのか悩んでいたの」


 マルティナがホッと息を吐き、エドは首を傾げた。


「何かありましたか?」

「カルロ様が人気者過ぎてお姿が見えなくなってしまって…先ほど、カルロ様からダンスの誘いを受けたのだけど、どうしたらいいのかしら?」

「え! ついにやったんですか! おめでとうございます!」

「ありがとう…?」


 何故祝われているのか分からないままにお礼を言う。やはり、何かお祝い事があったのかもしれない。

 マルティナが首を傾げていると、エドは何故か上機嫌で料理が並べられているテーブルへと視線を向けた。


「こうなってしまうと、カルロ様はしばらく出て来られませんよ。今の内に食事を召し上がって来て下さい」

「え、いいのかしら?」

「構いませんよ。カルロ様が出てきたらすぐにご案内しますから、余り離れすぎないで下さいね」

「分かったわ! ありがとう、エド!」


 マルティナは満面の笑顔でそう言って、早速テーブルへ突撃していく。

 素早く一番大きなお皿を手にして、次々と料理をお皿に盛った。どれも美味しそうで目移りしてしまうが、少しずつ沢山の種類を乗せる事にする。

 本当は沢山食べたいけれど、後でダンスを踊るのだから余り食べ過ぎは良くない。カルロにも昔からダンスの前は食べ過ぎないように言われている。ここは我慢、我慢だ。

 マルティナは体を動かすことは好きだが、ダンスは余り得意ではない。一生懸命練習したけれど、いつまで経っても上達しなかったのだ。

 けれど、得意ではないダンスがマルティナは好きだった。

 下手の横好きだと言われても、音楽に合わせて動くだけで心が弾んだし、取り合った手の温かさが心地よくて幸せな気持ちになる。

 早く踊りたいと、心なしか先ほどより大きくなった輪の方を見つめていた。



「こんばんは」



 ふいに声がかかる。

 自分に掛けられた訳じゃなかったかもしれないが、マルティナは振り返った。

 もし違っていたって問題ない。それよりも、もし呼んでくれている人がいるのなら、気付いたのに振り向かない方が失礼だと思う。

 けれど、その声は間違いなくマルティナに掛けられたものだった。



「また逢えましたね」



 小柄なマルティナの視線に合わせるように屈んだその人は、綺麗な金色の髪を揺らしてニコリと笑う。



「………アルバート殿下?」



 マルティナの後ろの方で、誰かが驚いたようにそう囁いた。


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