09
その後、ギリウドム共と二回戦った。二匹の組と四匹の組で、合計三回攻撃をくらった。といっても、二匹の組の時はくらっていない。やはり数が多くなるとどうしても回避が疎かになる。
数の多いのは避けたり慎重に行動していたこともあり、すでに日が沈み始めている。そろそろマヨネーズもきれそうだ。
今日はここまでにして休むことになった。荷物は小さくはない程度の鞄が三つ。どれも魔法の鞄であるため、中身の予想は全くつかない。テントなんかは入っているのだろうか。
野外で寝泊まりする時はテントだと思っていたのだが、どうにもこの世界では違うみたいだ。少し周りより低くなっている所に、突如として大きな岩が現れた。見た目はカモフラージュであり、中は寝泊まりできる空間になっているという。当然、魔法の産物である。
万が一怪しまれて攻撃を受けても大丈夫な強度にしました、とトートさんは微笑みながら話してくれる。さっきから何度も強力そうな魔法を使っているけれど、魔力が尽きることはないのだろうか。
食事前ではあるが、休息の時間となったのでマヨネーズを一口。
岩の中には当然家具も何もない。そこにナビフェムトさんが魔法の鞄から折り畳み式の家具を取り出し、配置していく。とりあえずはテーブルと椅子が用意され、テーブルの上にはコップと飲み物が置かれた。
「トートさんはどれくらいの魔力を持っているんですか?」
皆が席について一口飲み物を飲んでから、疑問に思ったことを聞いてみる。飲み物は透明だったので水かと思って飲んだら、果実水だったようで甘い味した。
「一応は王族であるので、先ほどハジメ様におかけした防御魔法を、国民全員にかけて保持しても尽きませんでしたわ」
王族ってすごい。この人がいれば国民全員が不死の突撃兵と化すのか。恐ろしい。
「今まで魔力が尽きたことは一度しかありませんので、私の魔力が尽きて魔法がなくなる心配はありません。ご安心を」
あ、もし戦闘中に魔法が切れたら、なんて考えてると思われたのか。そうではないのだが、訂正することもないか。
しばらく戦ってみた感想を話したり、この世界の人たちの戦い方や魔法の使い方なんかを聞かせてもらった。そういえば今日は戦いの中で魔法を何も使っていなかった。明日は使うことを意識してみよう。
他愛ないような話は、トートさんのおなかがなったことで終わりになった。ナビフェムトさんが食材を取り出し、トートさんがそれを魔法で調理する。わずか数分で晩ご飯のできあがりだ。
ギリウドムは食べられる箇所が少なく、一匹で一人前になる程度なのだとか。倒す苦労や体の大きさに見合わない成果なので、積極的に倒されることは少ないのだとか。食べられない部位でもマヨネーズをかければ食べられると思うので、やはり早急に卵を見つける必要があるだろう。
「明日もギリウドムと戦う予定ですか?」
そろそろ食べ終わるかという頃に、トートさんがそう聞いてきた。魔法を使いながら戦うことを目的とするなら、再びギリウドムと戦う方がいいだろう。だが本命であるヴァラドガムスには魔法が効かないのだから、急ぐ必要はないか。
「いえ、どうせ歩いていればその内何度も戦うことになるでしょう。それなら早めにニハディハスと戦っておきたいですね」
「わかりました。では明日はそのように」
食事が終わると誰も口を開くことはなく、静かな時間が過ぎていった。食休みのようなものなのだろうか。昨日はなかった気がするが。
どれくらいそうしていたか、短い時間だったかもしれないがぼんやりしていたのでよくわからない。とにかく、いくらか時間が経ってからナビフェムトさんが動きだし、寝床の用意を始めた。
岩の中の空間は大して広くはないが、ベッドを三つと衝立二つを置く余裕はあるようだ。衝立でそれぞれの寝床は区切られ、俺は真ん中のベッドを使うことになった。
寝間着に着替えて脱いだ服を畳んだところで衝立の向こうから声が聞こえてくる。
「ではハジメ様、ムト。おやすみなさいませ」
トートさんがそう言うと、一瞬で暗くなってしまう。多少驚いたものの、明かりは魔法によるものだと知っているので、おやすみなさいと言って眠りについた。
次の日。目が覚めると明るかった。すでに二人は起きているのだろう。
「おはようございます」
「あらハジメ様。おはようございます」
「おはようございます」
確認のために朝の挨拶をすると、両隣から返事があったので俺が一番遅かったようだ。着替えて寝間着を畳むと、こちらの行動が把握できているのか衝立が片付けられた。せめて一声かけてほしいものだが。
片付けるのを少し手伝い、テーブルや椅子を昨日と同じように配置した。
「外に水を入れた甕を置いておきましたのでお使いください」
トートさんはいつの間にか外に出ていたようで、中から様子を窺うと腰くらいの大きさの甕が置いてあった。水は鞄の中にあったのか、魔法で出したのか、どっちなのだろう。どっちでもいいか。
マヨネーズを一口食べ、外に出る。ぐるりと辺りを見回してみるが、生物らしきものは見えなかった。安全の確認もせず外に出ることを勧めたりはしないか。
顔を洗ってからタオルを忘れたことに気付く。どうしたものかと思って、ふと魔法を使えばいいのではと考え付いた。
顔に付着している余計な水分を取り払うイメージをして、発動しろと念じる。だが、聖剣を中に置いてきていたので当然発動しなかった。何をやっているんだ、俺は。
「ハジメ様、どうぞ」
黄昏ていると横からトートさんがタオルを渡してくれた。今の俺にはこの人が女神のように思える。
顔を拭いてから岩の中に戻り、トートさん、ナビフェムトさんの順に外に出ていった。タオルを持って。しっかりしてるね。
朝食を食べた後、跡形もなく消えた岩があった場所から出発する。昨日は壁の周りを四半周したので、今日は昼までに残りの四半周を行く予定だ。その途中でギリウドムに襲われたら迎撃、ニハディハスを見かければ襲撃。
ニハディハスは基本単独行動だという。だが、トートさんの防御魔法でも二、三発ほど殴られたら消えてしまうほどの腕力があるらしい。なので、ギリウドムよりも回避に重点を置かないといけない。ついでに頑丈さも上らしいので、いい鍛錬になることだろう。
だがどうしたことだろうか。歩いていると遠目にギリウドム数匹を見かけることはあるが、ニハディハスは全く見かけない。そうしている内に、壁から出てきた位置から見て大体反対側まで来てしまった。
「ニハディハスを全く見かけませんでしたが、数は少ないんですか?」
「いえ、ギリウドム十に対してニハディハス一程度の割合で防壁の周りに居るはずなのですが……」
「ギリウドムの数もそもそも少ないように思いますね」
これは何か嫌な予感がしてきた。とりあえずマヨネーズを一口。
「まだ壁の近くですので、壁の上から見張りをしている者に少し聞いてみます」
ナビフェムトさんはそう言うと、座禅のような形で座り、目を閉じた。テレパシー的な魔法だろうか。
今襲撃されたらナビフェムトさんが危ないので、今まで以上に周りを警戒する。多分、トートさんがいれば命の危険もないし、そもそも怪我の心配もないだろう。
「トート様、大変です。どうやら、未確認の生物がこの先にいるそうです」
「見た目や行動等の情報はありますか」
「はい。わかっている限りのことを伝えてもらいました」
嫌な予感的中じゃないの。勝てる相手でお願いしますよ?