08
防壁の外に出る時、壁に門があるのだと思っていたが違った。突破口を作らせないためか、外へ行く道は地下にあった。
人しか通ることはないため、道幅は狭く天井も低かった。外にある出入り口は壁から離れているらしく、狭い道を長距離を歩かされ気が滅入っていましそうになる。魔法により明るいのがせめてもの救いか。
ようやく外に出ると、なぜか地下道よりも暗く感じる。まだ昼間なのに、と思ったが、出入り口はちょっとした林の中にあり、太陽の光が遮られているだけだった。
出入り口の扉を閉めると地面と完全に同化し、少し目を離した隙にどこにあるのかわからなくなってしまった。同行してくれている二人にはわかるらしいが。
暗くなる前に何度か謎生物たちと戦っておきたいので、ギリギリ見える防壁に沿うように歩き出す。そもそも壁の内と外を繋ぐ出入り口は一か所しかなく、ヴァラドガムスがいた方向とは逆側にあった。なので一度壁の周りを半周する必要がある。
壁を飛行魔法で越えたり、壁の反対側へ転移魔法を使ったりして外に出れないのか、とも考えてはみた。しかしどちらにせよしばらく壁の近くで戦闘訓練じみたことをする予定だったので、既存の出入り口を使用した。
一応、また後で実際にできるかどうかは聞いておこう。あるのだとすれば、緊急時に壁の中に避難するときに便利だ。
「ハジメ様、あちらをご覧ください」
ナビフェムトさんが声を潜めて話しかけてきた。その言葉に従ってあげられた右手のほうを見ると、何やら狼っぽい奴らがいた。三匹いるようだ。
「あれがギリウドムです。他の生物に比べればそこまで強くありませんが、必ず数匹で行動しているので厄介な奴です」
「ハジメ様が戦いやすいよう、私たちで二匹は足止めしておきましょうか」
さらっと言うけど確か五人がかりでようやく倒せるんじゃなかったか。今は倒すのではなく足止めだけだから可能なのだろうか。
「いえ、どうせその内通る道です。とりあえず俺に防御魔法でもかけてくれますか」
「かしこまりました。しかし防御魔法とは言っても衝撃までは完全に防げません。あくまで肉体の損傷を防ぐだけのものですので、お気をつけください」
重さのないすごく頑丈な鎧のようなイメージだろうか。衝撃は防げないなら、体勢を崩されて囲まれると大ピンチってわけだ。
「いざとなれば空に逃げますから、そうなったら助けてください」
「その時は全身全霊を以って。ではハジメ様、お手を」
トートさんは安全祈願と言った時と同じようにして、今度は魔法が発動し、俺の身体が光った。
「持続時間は私の魔力が尽きるまで、と言いたい所ですが、攻撃を受けるたびに効果が薄れていってしまいます。完全になくなることはありませんが、薄れるとその分怪我をしやすくなりますので、避けられる攻撃は避けてくださいね」
「さすがに自分から攻撃を受けに行くようなことはしませんよ。衝撃だけでも十分に痛そうですからね」
防御魔法もかけてもらったので、聖剣を手にしてギリウドムのいる方へ向けて走りだす。
聖剣の斬れ味はすさまじい。トートさんの防御結界は斬れなかったがそれ以外の物は全て一刀両断だった。その斬れ味を信じて、とにかく一撃必殺を狙う戦法でいく。
斬れなかった時は一旦空に逃げて体勢を整えよう。ヒットアンドアウェイな感じで行こう。
ギリウドム達は半分の距離まで来た辺りでこちらに気付いた。三匹で一斉にかかってくるかと思ったら、俺を囲むためのフォーメーションを組んでやがる。頭いいのか、こいつら。
俺から見て前に二匹、後ろに一匹の正三角形の形で待ち構えているので、まずは右側の奴に飛びかかる。
実際に目の前にまで迫ってみると、かなりの大きさだ。ギリウドムの顔の位置が俺の頭の上にある。
聖剣を持っているからか、防御魔法をかけてもらっているからか、それともマヨネーズが不足してるからか、恐怖はさほど感じなかった。むしろいい位置に首があるなんて考えてしまう。
走ってきた勢いのまま、ギリウドムの首に聖剣を振り下ろす。技術なんて何もない、力任せの一撃だ。
ギリウドムは避けようとする素振りを見せたが、こちらの方が早く、聖剣はその首を見事に斬って見せた。
手応えとしては、ヴァラドガムス対策で斬ったトートさんの防御結界と同じくらいだ。もし他の生物がこいつよりも頑丈だとしたら、この先がとてもつらくなる。聖剣の斬れ味をよくする方法か、剣を教えてくれる人でもいればいいのだが。
今はそんなことを考えている場合ではなかった。気付けば残りの二匹が迫ってきている。
同時に二匹を斬ることはできないので、このままでは一撃はくらってしまう。怪我はしないだろうけど、防御魔法がある前提で戦う癖がついてはいけない。
わずかな逡巡の後、地を蹴り空を蹴る。驚いたように一瞬足を止めたギリウドムの、左側の奴にとびかかる。顔面に飛び蹴りをかまして、落下ついでに聖剣を胴体に突き立てる。
腹側に聖剣を引き抜き、上段に構えなおす。最後の一匹は怯えることなく再度突っ込んでくる。飛び掛かってくる奴の首めがけ、思いっきり振り下ろす。
「やああああ!」
剣道部の試合で見た動きを真似てみたら、なぜだか声も出てしまった。その効果があったのか、最初よりは良い手応えだった。
「ガウァッ!!」
中々良い感じじゃないか。等と勝った気でいたら、腹を斬られたギリウドムが背後から襲い掛かってきた。
完全に油断していた俺は反応できず、数メートルほど吹き飛ばされてしまう。外傷は一切ないものの、衝撃で体の内側が痛い。若干吐きそうでもある。
追撃をもらう訳にはいかないと、慌てて振り返り起き上がろろうとする。しかし、振り返って目にしたのは、既に力尽きたギリウドムの姿だった。
おそらくは最後の力を振り絞っての攻撃だったのだろう。剣道部の奴が残心が大事だとか言っていたのは、こういうことだったのか。剣の振り方なんかよりもよっぽど大事だと、今身に染みてわかった。
「ハジメ様、大丈夫ですか!?」
少しふらつきながら起き上がると、トートさんとナビフェムトさんがこちらに走ってきていた。
「お怪我はございませんか? 少しふらついているようですが」
「大丈夫です。少し油断して吹っ飛ばされてしまい、衝撃が体に残っていて」
ナビフェムトさんは俺が無事だとわかると、すぐにギリウドムの死体の処理を始めた。かなり手際がいい。
「しかし聖剣はすさまじい力を有しているのですね。まさかギリウドムが一撃だなんて」
「普通はどのように倒すのですか?」
「私たちはまず遠距離から近づかれるまで魔法で攻撃します。大体は十回程度当てると動かなくなりますが、動きが早いため二、三回当てた所で接近されます」
これはおそらく王族以外の、いわゆる兵士みたいな人の場合だろう。王様だったら一撃で倒せそうな気がする。
「近づかれると防御をする者と攻撃する者に別れ、一匹ずつ倒していきます。十人一組で、ギリウドム三匹までならギリギリ勝てるとのことです」
俺はまさに十人力ってことか。
「とりあえずムトが必要な処理を終えたらすぐ移動しましょう。血の臭いにつられて他の生物が来るかもしれません」
「トート様、こちらは直に終わりますので、先に移動をしていてください」
「ムト、大丈夫なのですか?」
「はい、大丈夫です」
よく考えたらトートさんに防御魔法かけてもらってたら、回復役のナビフェムトさん要らなくない? いや、今まさにナビフェムトさん活躍中なんだけど。回復役としてではないからね。