07
「回復魔法が得意と聞きましたが、どの程度怪我まで回復できるのですか?」
「今までの経験から言うと、怪我をしてからの経過時間がそれほど長くなければ、四肢の再生までは出来ました」
そりゃすごい。死ななければ大体治ると思ってよさそうだ。
「ただ、さきほどラルダさんから聞いた話では、失われた部位は魔力を用いて再生されるらしく、体に魔力を宿していないハジメ様には効果がない可能性が高いということです」
思ってよくなさそうだ。
もし治るからセーフと大怪我覚悟で戦ってたら危なかったということか。治る可能性もあるだろうが、ニーヴェラルダさんナイスアドバイスってやつだ。
「なので、本来自然治癒できる範囲の怪我以外は治せないものと思っていてください。こうして同行者として選ばれたにも関わらず、大してお役に立てそうになく申し訳ありません」
「いえいえ、戦い続ける上で怪我がすぐに治るというのはとても大事なことです。頼りにさせてもらいますよ」
「ハジメ様…… ありがとうございます」
しかしこの世界の魔力はかなり万能なように思える。衣食住を揃えることができ、身を守ることもできて怪我も治せる。ここまで来たら病気も治せるだろう。そりゃ頼り切るわ。
ヴァラドガムスをきっかけに魔法に頼ることは徐々に少なくなっていくだろうけど、半分以下になることはなさそうだ。
「出発した後の食料なんかは、現地調達ですか」
「そうなります。一応、ある程度は魔法鞄に食料を入れて持って行きますので、食材が調達できなくても数日は問題ありません」
「魔法鞄、というのは見た目以上に物が入る鞄で合ってますか?」
「はい。それだけではなく、中に入っている物の状態を保存し、腐ったりしないようになっています」
そこで俺は、とても重要な事を忘れていたことに気付いた。
「あの、その状態を保存する魔法は今すぐ使えますか?」
「今すぐですか? 申し訳ありませんがこの魔法は、僕は使えませんがトート様なら使えますので、呼んできましょうか」
「あぁ、いえ。もうすぐ戻ってくるでしょうし、食後にでも頼んでみます」
そう、現在所持しているマヨネーズを長期的に少量ずつ摂取しようと思っていたが、長期間どうやって保存しておくかは考えていなかったのだ。こういう時は魔法がとても便利だね。
しかしニーヴェラルダさんに聞いた話では、イメージさえできればどんな魔法でも使えるのだと思っていたけれど、人によって使えたり使えなかったりするのが当たり前なのだろうか。聞けばいいか。
「魔法はイメージすれば使える、と聞いたのですが、人によって使えない魔法というのはあるのですか?」
「ラルダさんに聞いたのですね…… ラルダさんが言うには全ての人が全ての魔法を使えるのが当然らしいのですが、実際には人によっては使えない魔法がある、というのが一般的な認識です」
研究者であるニーヴェラルダさんが言うのだから、何か根拠があるのだろう。しかしそれが分かっていながら現状のままにしてあるのは何故なのだろう。
人口がまだそこまで減っていないから、全員が万能型であるよりはそれぞれ必要な要素の特化型が揃っている方がいいから、というのもあるかもしれない。もしくは解決するには結構な難度があること原因というのもあるだろう。
何にせよ、実戦の中でいきなり新しい魔法を使おうとしない方がいいということだ。使おうとして使えなかったら大ピンチになるからね。
「一応、どうすればすべての魔法が使えるのか聞いたのですが、話が難しくて僕には半分も理解できませんでした」
後者だったか。ニーヴェラルダさんしか理解できないことを、全員に理解させて実践させるのは一人では難しそうだ。
「人は生まれつき魔法についての個性がある、ということと、媒体には何らかの制限がある、ということくらいしか記憶に残っていませんが、ハジメ様ならラルダさんの話も理解できるのでしょうか」
「聞いてみないことにはわかりませんが、俺はそこまで頭がよくないので、おそらくは理解できないでしょうね」
あの人の説明は大雑把にすぎると思うし。聞けば細かく話してはくれるだろうが。
「お待たせしました。この後すぐ出発ということですので、消化しやすくエネルギーになる料理をご用意いたしました」
時計がないので体感時間でしかないが、おそらく十分程度しか経っていないのに、トートさんが戻ってきた。ホテルなんかで見かけるワゴンの上いっぱいに料理を載せて。
とても十分で作れる量じゃないと思ったが、料理も魔法でしているのだった。
「どうぞ、お召し上がりくださいませ」
流れるような動きで配膳を済ませ、トートさんは席についた。ちなみにテーブルはほぼ正方形で、俺の右隣の辺にトートさんは座った。ナビフェムトさんは正面だ。
エネルギーになる料理と言っていたから、栄養についての知識があってそれを考えて料理をしているのか。王族というより侍従とかそっち方向な感じがする。
そうだ、重要な事は忘れない内に言っておかないと。
「トートさん、状態を保存する魔法が使えると聞きましたが」
「はい、使えますが…… あっ、マヨネーズは食品でしたね。私としたことが気が回らず」
随分と察しが良いトートさんはわざわざ食事の手を止め、俺のすぐ傍にやってきた。
「すぐに済ませますので、しばしマヨネーズをお借りしてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。よろしくお願いします」
一つずつ渡すべきだったのだが、気が逸ってしまい三つ一気に渡してしまった。トートさんは特に気にした様子もなく受け取り、少しの間祈るように目を閉じた。
マヨネーズの容器が淡く光り、一秒もしない内におさまった。
「これで私の魔力か命が尽きるまではその容器の中身の状態は保存されます」
「ありがとうございます」
命が尽きるまでとか中々怖いことをおっしゃる。もしくは守ってくださいね、というか弱い乙女アピールかも、ないか。
その後静かに食事を再開し、静かに食べ終えた。俺が最後だったらしく、フォークを置くと二人は立ち上がった。
「では必要な荷物を持ってまいりますので、もうしばらくお待ちください」
ナビフェムトさんはそう言って少し早足で部屋を出ていった。そこまで急ぐ必要もないと思うが。
「移動速度を上げるため、乗り物を使おうかと思ったのですが、外であまり目立つのはよくないと言われ断念いたしました。残念ながら徒歩で行くことになります」
「最初から徒歩で行くつもりだったのであまり残念には思いませんよ」
「そうなのですか。ヴァラドガムスの予想現在位置までは歩いて数日の距離がありますので、私は楽をしようと考えてしまいましたわ」
徒歩で数日の距離に天敵がいるのはよろしくない状況なのではなかろうか。ヴァラドガムスの移動速度が極端に遅いだけかもしれないが。
「いきなり遠くまで行ってヴァラドガムスと戦うのは怖いですね」
「なるほど。確かに最初の内はこの近くで戦闘を行った方が、何かあった時に安心できますわね」
ヘタレに思えるかもしれないが、慣れない内はやはり安全を第一に行きたい。死んだらマヨネーズ食べれないからね。
「お待たせいたしました。お二人の準備はよろしいでしょうか」
「私は問題ありません。ハジメ様はいかがでしょう?」
「俺はこれがあれば大丈夫です。他の事はほとんどお任せすることになりますが」
そう言ってマヨネーズを入れたレジ袋を掲げる。よく考えたら良い感じに丈夫な手提げ袋でももらった方がいい気がしてきた。
「その袋では片手がふさがってしまうので、よろしければこちらをお使いください」
ナビフェムトさんはそう言ってボディバッグのような鞄をくれた。何も言わずとも欲しいものを用意してくれる所に、そこはかとないイケメンオーラを感じる。
「ではハジメ様。お手を」
「? はい」
マヨネーズを鞄に入れ、胸の前に固定して満足しているとトートさんに右手をとられた。両手で包み込むようにして、再びトートさんは祈るように目を閉じた。
何か魔法を使われるのだろうか。出発前に防御魔法をかけてくれるのかもしれない。
「ふふ、出発前の安全祈願です」
ほんのりと頬を上気させてはにかみ、トートさんはナビフェムトさんの背中を押して部屋を出ていった。
一体いつなんのフラグが立ったんだ。勘違いかもしれないので、気にしないようにして後に続いた。