06
「魔法は専用の媒体があれば発動する。明確なイメージを以って発動させる意志があればな。何故発動するかは簡単だ。魔力がそういう性質を持っているからだ」
ニーヴェラルダさんはそれだけ言うと、こちらの返答を待つかのように黙ってしまった。
……え、終わり? 長話はどこへ行ったんですか?
「媒体と言うのは、どういう物なのでしょうか」
「この杖も媒体の一つだ。姫さんは指輪だな」
「はい。こちらです」
姫様は指輪を見せるように右手を挙げた。王様も似たような指輪をつけたいたような気がする。
「この媒体は何でもいいわけではなくてな。魔力を通しやすい素材で、術式を刻める丈夫さが必要なんだ」
媒体を作るのにも技術が必要なら、魔法が使われ始めたのはそこまで昔ではないのだろうか。
「聖剣は素材としては文句ないが、俺らは触れねぇからな。術式が刻めんから媒体にはならん」
俺が術式刻めたら媒体になるのかな。そんなことしてる暇あるなら別の媒体が欲しいけど。
そんな思いが伝わったのか、ニーヴェラルダさんは懐からいくつかの指輪を取り出した。なんでも入ってるな。
「いくつか持ってきたが、あんたに合うのはこいつだろう。ほれ、つけろ」
そのうちの一つ、青みがかった指輪を投げてよこされた。とても取りやすい位置に投げてくれたので、取りこぼす事なく受け取ることができた。
サイズが合うか心配しながら右手の人差し指に宛がってみると、見事なまでにぴったりとはまった。
「よし、じゃあ実際に使いに行くぞ。使い方はもうわかっただろう?」
「ラルダ! 流石に今の説明で終わりというのは短すぎるでしょう。もうちょっとしっかりと説明しなさい」
「なーに言ってんだ。姫さんは話が長すぎるからそんな風に思うんだよ。普通の奴にはあれくらいがちょうどいいんだ」
「わ、私の話は長くありません!」
いや、十分長いと思うよ。
しかし、ニーヴェラルダさんの今の説明だけで魔法が使えるかと言われれば、自信はない。
明確にイメージして、発動しろって思えば発動するんだっけ。曖昧過ぎやしないだろうか。
「とにかくだ。使おうとしてみて使えなかったらまたじっくり説明すりゃいいだろう。なんでもやってみねぇと始まらんわ」
それもそうだと思い、立ち上がり部屋を出ていくニーヴェラルダさんの後について訓練場へ向かった。
姫様はまだ何か言おうとしていたが、俺が立ち上がるのを見て渋々といった様子でついてきた。
所変わって訓練場。
まずは何でもいいからイメージしやすい、簡単な魔法から使ってみる。ニーヴェラルダさんのお手本では、桶の中の水が球体になって浮き上がった。見本があれば容易い。
頭の中で桶の中の水が浮き上がる様子をイメージして、「発動しろ」という意志を込めて「浮き上がれ」なんて言ってみる。
果たして水は浮き上がらなかった。
今のは練習、失敗しても恥ずかしくはない。「浮き上がれ」とか言っちゃったけど恥ずかしくはない。
「あんたは聖剣を通して魔力を使うんだから、腰に下げてちゃ使えねぇぞ」
おっさんそれを早く言え。余計な恥をかいたわ。
気を取り直して聖剣を手にして、もう一度イメージをし直す。
頭の中で水が浮かぶ様子をイメージして、「発動しろ」と念じる。今度は黙ったままだ。
驚くほどあっさりと桶の中は空っぽになり、その上に無重力を感じさせる水の球体が浮かんだ。
魔法、使えたな。
「どうだ、簡単だろ。あとはあんたのイメージ次第でなんだってできる。ヴァラドガムスには何の意味もないがな」
「こんなにもあっさりとしていていいものなのでしょうか……」
結果が良ければあっさりでもいいと思うのだが、姫様はなぜか納得していない様子だった。
「じゃ、俺はこれで失礼するぞ。あとは実戦の中で頑張ってくれ」
「あ、わざわざありがとうございました」
「おう、できればまた会えることを願ってるぜ」
昼頃まで基礎を学ぶとかいう予定だった気もするが、昼にはまだまだ早い時間に魔法が使えるようになってしまった。というか姫様はニーヴェラルダさんの性格を知らなかったのだろうか。もしくは俺がここまで簡単に魔法を使えるようにならないと思っていたのか。
ともかく、魔法が使えるようになったのだからその辺は置いておこう。次は聖剣で魔法が斬れるかの確認か。
「姫様、ヴァラドガムス対策のために魔法をつかってもらってもいいですか」
「まぁ、姫様なんて言わずにトートと呼んでくださいませ」
「ではトートさん、お願いできますか」
「ふふ、もちろんですわ。それで、私は何をすれば?」
略称は名前の後ろを取るのか。そういえばニーヴェラルダさんのことをラルダって呼んでたな。
姫様、改めトートさんに防御結界を張ってもらい、それに斬りつけた。だが、思った以上に頑丈で、何度か試したものの斬ることはできなかった。
「防御結界が斬れないとなると、ヴァラドガムスを倒すのは難しいか……」
「あら、ヴァラドガムスを想定していたのですか?」
手を止めて独り言のようにつぶやくと、トートさんは少し距離があったにも関わらず聞き取ったようだ。というか、どういう目的で防御結界を斬ろうとしていたと思われていたのだろうか。
「聖剣の性能の確認かと思い、全力を出してしまいましたわ。ヴァラドガムスの作る防御結界なら、おそらくこの程度でしょうか」
全力で結界張られたら俺は手も足も出ないのか。王族ってすごい。いや、俺が残念なだけか。
張りなおされた防御結界は多少の斬りにくさはあったが、斬れないことはなかった。これならある程度戦えるだろう。本番のヴァラドガムスに挑む前に他の、名前は忘れたが狼っぽい奴を相手に経験を積みたい。
正直トートさんの防御結界があればすごく安全に戦えると思う。勿論、ヴァラドガムスには意味がないけれど。
人類の最高戦力の王族であるトートさんが旅についてくることはないだろうから、そんなことはできないだろうけど。
「これなら問題なさそうです。あとは、実際に戦ってみるのが一番でしょうか」
「お役に立てたようで嬉しいです。他に何かここですることはありますか?」
「いえ、特には。意外に早く終わったので、今から出発してもいいかもしれませんね」
「それでは、まずはハジメ様に同行する者を紹介いたしますわ」
昼食ついでに紹介されることになったので、一応水を浴びてから城っぽい建物へと戻る。
「では呼んできますので、少々お待ちください」
こういう場合、普通は他の者に呼ばせに行くものだと思うのだが、人手不足なのだろうか。
そういえばこの建物内でトートさんと王様以外の人は見かけていないな。ニーヴェラルダさんは除外しておく。研究者っぽいからいても部屋に籠っているだろう。
色々と疑問に思うことはあるが、すぐにここを出ていくのだから気にする必要もないと思い、考えるのをやめた。
何も考えずにいたら、無意識にマヨネーズを一口摂取していた。つい、ね。
「ハジメ様、お待たせしました。こちらが同行者のナビフェムト=ジーガキルテです」
「初めまして、ナビフェムトと言います。回復魔法が得意で、他にも旅の間の雑事をさせていただきます」
連れて来られたのはチャラチャラしていない茶髪の好青年だった。服装は俺と同じなのに、スタイルがいいのか着こなしている感じがする。
「同行するのは私とムトの二人になります。ハジメ様の邪魔にならないようにサポートさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」
「あれ、トートさんは王族なのにいいんですか?」
ここを守るための戦力ではなかったのか。
「私は攻撃魔法があまり得意ではないので、王族と言ってもおまけのような扱いでしたので。おかげで戦うことより家事や雑事をこなすことに長けてしまいましたわ」
恥ずかしそうにトートさんは頬に手をあてて説明してくれた。まぁ、なんにせよついてきてくれるならさっき考えてきた安全な戦いが実現できそうだ。
「ではお昼ご飯を用意してきますので、なにか気になることなどはムトに聞いてください」
そうか、昨日からの食事はトートさんが作っていたのか。
予定外に多めにマヨネーズを摂取したため、今ならいろんなことに気付けそうだ。