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マヨラー、異世界にて死す  作者: 信濃の梅
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02


 マヨネーズとは何か?


 今ならこの命題に、明確な答えを示せるだろう。


 マヨネーズとは命の源だ。生きる上で、なくてはならない物だ。


 数時間前に異世界とやらに召喚され、異世界の人達を助けることを決めた。

 別に元の世界に大して未練などないし、家族も俺の事を気味悪がっていた。ならば、マヨネーズさえあればなんだっていい、それ以外はすべておまけでしかないのだと、謎の上位生物とやらに戦いを挑むことにしたのだ。


 そこまではよかった。例え流されて決めたのだとしても、そのことには問題はない。


 問題はマヨネーズがない事だ。


 いや、マヨネーズがない事自体もまた問題ではない。無いなら作ればいいのだから。


 「マヨネーズはあるか?」という問いに対して「それはなんですか」と聞かれたとき、マヨネーズがない事を悟った。生きることが最優先で、日々食べるものにこだわっている余裕なんて無かったのだろう。

 当然、味を良くするための調味料が生まれることはない。だが、材料さえあれば作れるのだ。

 俺の要望はほぼすべて叶えてくれるそうなので、必要な材料、植物油、酢、塩、そして卵は言えば用意してくれるだろう。


 俺はマヨラーを自称している。なぜ自称かと言うと、マヨキチ等と呼ばれることの方が多かったからだ。それはともかく、マヨラーを自称する以上、マヨネーズは作れて当然なのだ。

 愛用している市販品に比べると味は落ちるが、人類の生存圏とやらを広げた後に改善させていけばいい。そんな風に考えて、材料を用意してもらうように伝えると、とんでもない事が判明した。


「卵とはなんでしょうか」


 そういえば世界が違うんだから言葉が通じるというのも不思議なことだ。何らかの魔法的なもので言葉が通じていたが、卵という言葉は不具合で伝わらなかったのだろう。

 卵の形状、大きさ、存在理由、とにかく卵について自分の知ることをすべて伝えた。

 卵なしのマヨネーズなんてものも元いた世界には存在したが、俺にとってはそれはマヨネーズ足りえなかった。卵が使用されているからこそ、マヨネーズはマヨネーズなのだ。


 そんなどうでもいい事を含めて語り終えると、女性は大変申し訳なさそうな顔をして、謝罪をした。


「申し訳ありません。今聞かせていただいたお話に該当するようなものを、私たちは存じ上げていません」


 卵の存在を知らない? そんな馬鹿な。鳥が居れば必然的に存在するのに。

 もしや人類の生存圏内に鳥が存在していないのか? それなら圏外に探しに行く必要があるのか。


 だが、違った。鳥は存在していたのだ。


 卵生ではなく、胎生の生物として。


 いやいや、おかしいだろう。生物学には詳しくないから何がおかしいとは言及できないけど、鳥が哺乳類なのはどう考えてもおかしいだろう!


 ついついそんなことを言ってしまい、泣きながら謝罪をしてくる女性を宥めるのに苦労した。


 一番の問題はマヨネーズを作ることすらままならないことだった。


 今自分の持っているマヨネーズは、買ったばかりの新品が二本と、使いかけで半分ほど残っている一本。通常であれば三日ともたない量だ。

 この量で、できるだけ長期間食べ続けられるようにペース配分をしなければならない。

 すぐに卵が見つかればいいが、見つからなかった時の事を考えて行動するべきだろう。

 

 そう長くない時間の制限があるために、一刻も早く卵を探しに行こうとした。

 すぐに外へ行くために女性を急かしに急かした。しかし、その前に聖剣を使いこなせるようになる必要があるし、旅をするための知識を会得する必要もあると言われ、黙って女性の後をついていった。


 薄暗い石造りの部屋を出ると、弱い日差しの空の下、数人の屈強な男たちが早足で近づいてきた。


「姫様! その後ろにいる方は、もしや……」

「はい、ついに召喚に成功し、さらには助けていただけると言ってくださいました」

「おぉ! それは本当ですか!?」


 随分と見た目も声も暑苦しい、近づいてきた中で一番体格の大きい男が、俺の顔をじっと見てくる。

 それにつられたのか、他の男たちもじっと俺の顔を見てくる。一体なんなんだ。

 姫様と呼ばれた女性に助けを求ようかと目を向けると、「お願いします」みたいな表情で頷かれた。


 もしや、さっきの「本当ですか」というのは俺に聞いていたのか。そして今その返事を待っている、と。


「あー、はい。自分にできるなら、頑張らせてもらいます」


 なんと言えばいいのかよくわからず、適当な事を言ってしまった。それでもこっちをじっと見てきた男たちは、一瞬呆けた表情をした後、全員が真面目な顔になって頭を一斉に下げた。


「「「その決断に感謝いたします!」」」


 重なってより大きくなった声は、さらに暑苦しさが増して聞こえた。


「ではまず、聖剣の所まで案内いたします」


 頭を下げ続ける男たちを放置して女性が歩き出す。聖剣は自分にとってはとても重要なものであるので、もはや男たちの事は気にもせず、後をついて行った。


「こちらに聖剣がございます」


 案内されたのは外観は先ほどの石の部屋と同じようなものだが、こちらは幾分か小さい。ついでに言うと屋根の部分が後から付け足されたように見える。


 重そうな扉を開ける女性の後ろから中を覗き見ると、天井から光が降り注いでいる場所に一本の剣が突き刺さっていた。


「あれが聖剣です。この世界の人間には触れることもかなわないため、実際にはどういった権能が備わっているかはわかりません。しかし、賜ったときのお言葉よりいくつかの推測がなされています」


 なんか祈ってたら神様がくれた。という聖剣は持つ者にいくつかの恩恵をもたらすらしい。


 曰く、頑強な肉体を与える。

 曰く、見極める目を与える。

 曰く、天を駆ける脚を与える。


 おおよそこの三つではないかと言われているが、確かめられないため推測でしかないという。

 まぁ、今俺が手にすれば確かめられるわけだ。


 ゆっくりと聖剣に近づいていき、恐る恐る柄に手を伸ばす。不思議な力にはじかれるなんてことはなく、あっさりと引き抜くことができた。

 頭上に掲げてみると、あまりの軽さに驚いた。肉体が強化された影響か、それとももともと聖剣が軽いのかはわからないが、今なら何でも一刀両断にできる気になっていた。


「あの、なにか試し切りできるものってありますか」


 高揚した気分に乗せられて、なにか斬ってみることにした。どちらにせよ、いずれ何らかの生物を斬る必要があるのだから、試し斬りは重要だろう。


「でしたらこの部屋をどうぞ。聖剣を保管しておくためだけのものでしたので」

「えっ」


 確かになんでも斬れる気分にはなっていたけれど、いきなり石を斬るのは素人には厳しくないですかね。しかも壁は分厚そうだし。


「この部屋の天井は魔法により状態維持されていますので、壁や柱がなくなっても落ちてくることはありません。ですので、安心して斬ってくださいませ」


 流石異世界、常識が違う。普通試し斬りって木とかじゃないの? 剣を握って初めて斬るのが石の壁ってなにさ。

 しかし場の空気に流される俺は、壁に近づいて聖剣を上段に構える。思わず何か叫びそうになるのを堪えて、そのまままっすぐ振り下ろす。


 聖剣は壁に跳ね返されることなく振り下ろせたが、漫画のように壁がずれて崩れるなんてことはない。ただ聖剣が通った跡から光が見えるだけだ。

 頭の中では漫画のような光景を思い描いていたため、動きの無い壁になんとなくいたたまれなくなる。叫んだりしなくてよかったと、本当に思う。


「やはり聖剣はすさまじい力を秘めているのですね」

「みたいですね」


 姫様から声をかけられたことをきっかけに、石の壁から目を逸らす。


「あの、鞘とかってないですかね。このまま持ち歩くのわけには……」

「これも推測でしかなく申し訳ないのですが、聖剣は持ち主の意思によりある程度姿を変えると言われています。ですので、鞘のついた姿を思い浮かべればよいのではないかと思います」


 聖剣すごいな。変幻自在でもあるのか。

 鞘のついた姿ね。鞘、鞘、鞘。


「おぉ、鞘がついた」

「素晴らしいです。聖剣をすでにそこまで使いこなせるなんて……」


 これは使いこなせていると言えるのだろうか。

 何はともあれ、これで聖剣を持ち歩くことができる。次は旅に出る準備だな。


「えーっと、あれ」


 少し頬を上気させた女性に声をかけようとして気付く。


 この人の名前、まだ聞いてなかった。

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