12
木々が少なくなってきた辺りで駆け足をやめた。後ろからトレントもどきが追いかけてきている、なんてことはなさそうだ。
一応まっすぐ走ってきたつもりだが、最初の目的の方角からずれていたりはしないだろうか。多少なら構わないが、あまりにもずれていたらヴァラドガムスに遭遇しないまま無駄な時間を過ごす羽目になる。
太陽の位置を確認してから、この世界の太陽も東から昇って西に沈むかと今更な疑問が浮かんだ。そんなことを聞くより、直接方角を聞いた方が早いか。
ナビフェムトさん曰く、少し右にずれたので修正しながら歩きましょう、とのことだ。
改めて辺りを見回してみると、左前方に山が見えた。ひと際標高の高そうな山が目立っているが、どうやら山脈らしく、そのまま奥へと連なっているようだ。
山といえば川。なのだが、遠くに見える川は枯れているように見える。川沿いなのに植物が見当たらないのも、水が無いからに他ならないだろう。案外、ラデハドムが移動してきたのは川が枯れたからかもしれないな。
川の近くまで行くと、枯れていることがはっきりとわかった。底の方も乾いてしまっているようで、枯れたのは随分前の事なのだろう。水場に生物は集まる。ここに水がないなら辺りに生物が見当たらないのも当然だろう。
壁の周りに生物がいたのは、壁の近くに川が流れているからだ。おそらく魔法を使ってどうにかしたのだろうが、壁の中には川から水を引いてきていると聞いた。
この辺りに他の水場がないのなら、敵襲を気にすることなく進める。砂漠に生きる生物もいるのだから、油断しているとまた吹っ飛ばされてしまいそうだが。いや、最悪即死もあり得るのだから、無警戒で進むのはダメか。
出発の前にマヨネーズを一口。枯れた川を後にし、一応辺りを見回してから再び歩き出す。
聖剣のおかげで視力がよくなっているので、遮蔽物がない限りは地平線の辺りまではっきりと見ることができる。左右には何もいないことが確認できたが、数十メートル歩いたところで前方に何らかの生物らしき姿が見えた。見た目は大きな蛇といった感じだろうか。
はっきりと姿かたちを捉えることができても、それが何なのかを判断することはできない。とりあえず何かが居ることだけを二人に伝え、慎重に近づいていく。
距離が縮まるにつれ大きさもわかるようになっていった。胴回りが大体俺五人分で、長さも俺五人分くらいだろう。余裕で丸のみにされてしまうサイズだな。
群れではなく単独で居るので、そこまで脅威ではないだろう。蛇は頭にさえ気を付けておけばいいと聞いたこともある。あのサイズだと巻きつかれたら簡単に死ねそうだが。
ある程度まで近づくと向こうも気づいたようで、威嚇するようにこちらに向けて口を開いた。牙が見えるので、おそらく毒でも持っているのだろう。
よく考えなくてもこいつとわざわざ戦う必要はなかったな。迂回すればよかったのになぜまっすぐ来てしまったのか。
すでに気づかれているので今更逃げるわけにもいかない。聖剣を手に加速する。
正面からぶつかる気はない。巨大蛇の手前五メートルほどで左に飛び、側面へと回る。
蛇の顔がこちらを向く前にさらに移動し、尾に聖剣を突き立てる。肉厚なため聖剣は貫通することなく、身の半ばを越えた辺りで止まった。
これ幸いと、蛇身ごと聖剣を振り回す。聖剣は俺の意志で形を変えられるため、尾から聖剣が抜けることなく振り回せるのだ。
大きさに見合った重さがあるので両手を使わされる。だが、振り回せる程度の重さで助かった。
何度か空中を回した後、思いっきり地面に叩きつける。遠心力で先にある頭に大きな力が加わったことだろう。
叩きつけてから巨大蛇が動かなくなったことを確認し、聖剣を抜き取る。気絶しているだけ、なんてことがあるといけないので、すぐに首を落とす。こいつは食えるのだろうか。
聖剣を鞘に戻すと二人が近くに来たので、食べられるかどうか聞いてみる。魔法で調べるのかと思いきや、ナビフェムトさんは蛇身を手のひら大に切ると火も通さず口にした。
「大丈夫そうですね。毒の味もしませんし、きちんと処理して調理もすれば美味しくいただけるかと」
ナビフェムトさん、見た目に反して随分とワイルドなんだなぁ……
血抜きだなんだと蛇身の処理をして、鞄に収納したところで再出発。ヴァラドガムスまではあとどのくらいだろうか。
日が傾くまではあと二時間くらいだと思う。早いところ遭遇したい気持ちもあるが、できれば日の出ている時間帯が望ましい。二時間だと十キロメートルも進めないから、おそらくはヴァラドガムスの居る所まではたどり着かないだろう。
今日中に見つからないことを祈りながら、辺りを警戒しつつ歩く。この辺りは砂漠一歩手前のような状態だが、山の麓の方へいけば背の高い草が生い茂っているのが見える。山とは反対側を見ても、遠くにはある程度の草が生えているのが確認できた。
この辺りだけ土がむき出しになっているのは、何か理由があるのだろうか。草食の生物が食べつくしたとか。草がないところが移動跡だとすれば、俺たちと同じ方向へ行ったことになるな。
もっと幅が狭ければ、昔ここは道として使われたということで納得できただろう。しかしこれが道だとすれば、利用しているのは十メートル以上の巨人になってしまう。さすがにないか。
どうでもいいことを考えながら辺りを見回していると、山と反対側の草地に何かしらの生物が居るのが見えた。さっきの巨大蛇とは違って、今度は数十匹の群れであるようだ。
距離的には俺の視認できるギリギリなのでかなり遠い。見た目は、毛の生えた饅頭って感じだ。もしかしてあれがヴァラドガムスなのではなかろうか。
「すみません、ヴァラドガムスの見た目の特徴を詳しく教えてもらえませんか」
「もしかしてそれらしき生物が見つかりましたか!?」
「最初に聞いた特徴と一致してます」
「ヴァラドガムスは厚い毛皮に覆われており、見た目は手も足もなく丸い姿です。色は黒っぽいと聞き及んでいます」
「まさにその通りの見た目ですね」
「群れで行動するらしく、大体二十から三十ほどの数がまとまっているそうです」
もう聞くまでもなくあれが魔法に対する天敵であるヴァラドガムスであろう。見つからないように祈ってたら見つけてしまった。
「ヴァラドガムスは魔法を使うとその魔力に反応して食べに来ます。その範囲は正しく把握できていませんが、目に見える範囲であれば確実に反応するそうです」
「じゃあ確認のために今何か魔法使ってもらえますか?」
「だ、大丈夫なのでしょうか……」
「この辺りにはあまり生物がいないようなので、あいつらがこっちに来るようなら二人は反対側にでも逃げてください」
「しかしハジメ様でも一度にあの数を相手するのは難しいかと」
「俺は魔法無しで空を走れるので大丈夫ですよ。それにこの距離で反応するとも限りませんから」
「……わかりました。では、ハジメ様に防御魔法を……」
例のごとくトートさんは俺の手を握り、祈るような姿勢で魔法をかけてくれる。光が収まり、ヴァラドガムスの動きを見逃さないように目を凝らす。
しばらく観察を続けたが、どうやらこの距離では反応しないらしい。そう伝えると二人は安心したようで、今日はひとまず休むことになった。
ヴァラドガムスから離れる方向に寝床を作り、その中でトートさんが晩ご飯の準備をしてくれている。まだギリギリ日が沈んでいないので、俺は明日の対ヴァラドガムス戦に向けて素振りをしていた。
どこが頭かもわからないので、とりあえず真っ二つにしてしまえば良いか等と考えつつヴァラドガムスを見ていたら、暗くなってきてわかりづらいが、動いているように見えた。
目を凝らしてよく見てみれば、どうやらこっちに向かってきているようだった。
まさか防御魔法には反応せず、調理魔法に反応するとは。とにかく、二人に逃げるように伝えなければ。