10
俺たちが行く予定だった方向から来たという未確認生物は、ダチョウっぽい奴だった。ただしサイズは俺の知っているダチョウより二回りほど大きい。
鳥類っぽくて未確認生物。これは卵の可能性が大いにあると、期待が膨らむ。
推定ダチョウの未確認生物は、どうやらラデハドムと命名されたようだ。多分意味のある言葉の組み合わせなのだろうが、俺にはわからない。なぜか会話はできているが、この世界の言語について理解できているわけではないのだ。
ラデハドムと名付けられた生物は、見た感じ三十ほどの群れであった。俺一人でなんとかできるようなものでもないし、トートさん曰く情報を得る必要もあるとのことで、戦士が十数名応援にくるそうだ。
出入り口は反対側にあって、そこから来ると時間がかかると思っていたのだが、戦士たちは普通に壁を越えてやってきた。やっぱり飛行魔法あったんだね。
やってきた戦士たちはとても今から戦うとは思えない、普段着に見える格好をしていた。いや、防御魔法があれば鎧は必要ないのだから、動きやすい恰好が最善であるのだ。
剣などの武器を装備している人もいないので、全員が魔法戦士ということだろう。いや、後ろの方に一人だけ剣を腰に佩いている人がいる。剣を使える人なら、後で教えてもらおう。
「では皆さん、敵は未確認生物であるので、私の防御結界より前に出ないようにしてください。まずはどの程度で倒せるかを試していきましょう」
トートさんは王族だからか、リーダーのような立場で戦士たちに指示を出している。というかトートさんの防御結界が破られない前提の指示になっているが、大丈夫なのだろうか。その効果については昨日で実感しているので、信じるしかないのだが。
現在地はラデハドムがギリギリ見えるなだらかな丘の上。そこでトートさんの前に戦士たちがずらりと並ぶ。俺はどうすればいいのだろうか。
突撃したいところではあるが、隊列を乱して他の人を危険にさらすわけにもいかない。ちらりとトートさんの方を見ると、力強く頷いてくれた。いや、それじゃわかりませんって。
「トートさん、俺はどうすればいいでしょうか」
仕方ないので直接聞きに行く。日本人は空気を読んで行動するというが、それはあくまで理解が及ぶ範囲の集団の中だけの話だろう。異世界人の集団の中で発揮されるものではない。
「ハジメ様はお好きなようになさってくださいませ。この戦いに参加してもしなくともかまいませんので」
どっちでもいいとなると、どうしたものか。まぁ、最初に思った通り突撃させてもらおう。そう伝えると、防御魔法をかけてもらった。
戦士たちは左側から攻撃し、俺は右側へ突撃することになった。列の右端に並び、トートさんの攻撃開始の合図を待つ。
「防御結界展開完了です。皆さん、攻撃開始です!」
トートさんが言い終わった瞬間、一斉に魔法がラデハドムに向かって飛んでいく。俺も同時に飛び出したのだが、当然魔法の方が速い。ラデハドムまであと半分という所で着弾し、巨大なダチョウがこちらに向かって走り出した。
攻撃魔法の第二陣が発射されるより早く、俺はラデハドムに切りかかる。首ではなく脚を狙い、聖剣を横なぎに振るった。
巨体を支え、速く走るための脚は想像以上に頑丈で、一瞬手の動きが鈍ってしまう。力を入れなおし、全身を使って聖剣を振りぬいて脚を斬り飛ばしたものの、横からもう一匹のラデハドムに蹴飛ばされてしまった。
攻撃魔法の射線上に飛ばされてしまうが、聖剣の力で空を蹴り、俺を蹴り飛ばした奴の所に戻る。
ついでに横目で魔法の効果を確かめると、まだ倒れているのはいないみたいだった。多少、動きは遅くなっているように見えたが。
攻撃魔法が再び着弾する音を背に、さっき俺を蹴飛ばした奴の首を斬り落とす。空中からの斬り下ろしだからか、首だからかはわからないが、脚よりは容易く斬れた。
ラデハドムの脚が強靭であり、蹴りを一番に警戒するべきだと考えて空中で戦うことを選択する。立ち止まると落ちてしまうので、走りながら狙いを定めないといけないので攻撃は難しくなるが。
三匹目の首を切り落とした時には、気づけばもう防御結界の手前まで来てしまっていた。聖剣を持っている時の俺と同じくらいの速さなので、大体時速百二十キロメートルだ。改めて思うととんでもない速度で走ってるな、俺。
三回目の攻撃魔法が発射される寸前で、ラデハドムは防御結界にぶつかる。どうやらこいつらではトートさんの防御結界を破れないようで、手前で何度も体当たりや蹴りを繰り返し始めた。そこに攻撃魔法が降り注ぎ、何匹かがふらつき始める。
走っていないラデハドムは良い的でしかなく、一匹二匹三匹と、次々と首を刎ねていく。目の前の目標にだけ集中していたせいか、何匹かが横に走っていくのを見逃してしまった。
次の目標を探して顔を上げた時、四匹のラデハドムが防御結界を回り込もうとしていた。思わず追いかけたが、同速の相手に追いつけるはずもなく、ラデハドムたちはトートさんの後ろまでたどり着いた。
トートさんは気づいていないようで、前を向いて戦士たちに指示を出していた。ラデハドムたちが襲い掛かる前になんとかしなければと思い、ぶっつけ本番で魔法を使う。
イメージはラデハドムの足元の地面が捲れ上がる感じだ。聖剣から魔力を取り出すようにイメージするのも忘れず、発動しろと念じる。
「捲れろぉっ!」
気合を入れすぎたか、ついでに叫んでしまうものの、魔法はちゃんと発動した。ただ、範囲があまり広くなく、一匹だけ捲れる地面から逃れてまっすぐ突っ込んでいく。
やってしまったと思った瞬間、ラデハドムは見えない壁にぶつかったようにのけぞる。その姿を見てから、よくよく目を凝らすとそこにも防御結界が張ってあった。
どうやら戦士たちの前が一番分厚く、後方はそこまで分厚くないため気づかなかったようだ。前方との差があるため存在が分かりづらかったが、一度気づけばなんてことはなかった。またも醜態をさらしてしまったようだ。
防御結界があることにラデハドムたちも気づき、より近くにいる俺に向かってきた。体勢を崩していた奴らは脅威にならず、一匹だけなら問題なく対処できる。四匹の首を即座に斬り捨てて、前方の密集地帯に戻ろうとしたが、俺が戻るよりも早く倒し切ってしまいそうだった。
「ハジメ様、ありがとうございました。おかげで随分と楽に群れを全滅させられましたわ」
防御結界を解いてトートさんが近づいてくる。いや、トートさんがいれば俺がいなくても余裕で勝てたでしょうよ。防御結界無敵じゃないですか。
「後ろに回り込まれた時は焦りましたが、ハジメ様が対処してくださったおかげで結界も破られずに済みました」
「破られそうには見えませんでしたが」
「いえ、さすがにあれだけの範囲を全力の強度で囲うことはできないので、後方へ行くほど強度を落としていたのです」
トートさんでもできないことがあったのか。今日一番の驚きだ。
「ではこの生物について調べてみましょうか。ハジメ様のお目当ての卵生の生物かもしれませんし」
「そうですね。調べましょう」
そうだ、一番大事なことを忘れるところだった。嘴があるなら哺乳類じゃないと言いたいが、ここではそうでもないみたいだから確実なことは言えない。できれば巣でも見つかればよかったのだが。
「ムト、どうですか?」
「トート様。体の構造などまで解体して調べましたが、ハジメ様のいう哺乳類で間違いないかと」
ガッデム。
3月中に終わらせるって言ったけど、思い付きで書き続けてるからいつ終わるかわからなくなってきた……