幽霊屋敷の座敷童
あなたは日本の妖怪についてご存じだろうか。有名なものでは鬼、天狗、河童など様々な種類が存在する。基本的に悪さをする妖怪ばかりだが、必ずしもそうとは限らない。
その中でも一段と知名度があるとしたら、「座敷童」だろう。
座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。近年では座敷童に会える宿として、一躍商売が繁盛した宿などもある。
だが、いいこと尽くめではない。一度「座敷童」がその座敷や蔵から去ってしまった後は、衰退するといわれている。
柳田國男の『遠野物語』では座敷童子が去った家の一家が食中毒で全滅した話や、座敷童子を子供が弓矢で射たところ、座敷童子は家を去り、家運が傾いたという話が残されている。
良いこともあれば、悪いこともある。もしかしたら、妖怪は人間とそう大差ないのかもしれない。
「今日も寒いな・・・。」
雄大に広がる灰色の海の風景。空気も自然も何もかも、グレーのコンクリートに埋め尽くされている。私はそんな世界が嫌だった。
秋風が頬をかすめ、季節をより一層感じさせた。そんな中この学校の屋上で一人、母の作ったお弁当を食べる。
お弁当の包みを取り、箸といっしょに添えられた一通の母からの手紙があることに気が付いた。
『夢花へ、今日も時間がなくて対したものがなくてごめんね。』
「…くだらない。」
そう呟くと、その紙をクシャクシャにして屋上から投げ飛ばした。どうせお母さんとお父さんは私のことをただの跡継ぎとしか思っていない。
私が地元の高校に行きたい、といった日には「お前は、俺の化粧品会社を継ぐんだ。もっと良い高校ではないと駄目だ!」、と。お母さんはお父さんを恐れて何も言ってはくれない。それからというものの、「一流」という言葉が大嫌いになった。
嫌な思い出を振り返りながらお弁当のふたを開け、卵焼きを箸でひとつ口に運んだ。いつも食べてきた甘い風味が口の中に広がる。
嫌なことを考えている間に、お腹がすいているのかどうかも、よくわからなくなってしまった。
寂しいような、悲しいような、そんなよくわからない気持ちになる。
だが、そんな気持ちを慰めるように一つの足音が聞こえた。
「…隣、いいかな?」
顔を上げると見たこともない、女子生徒がお弁当を片手にそこに立っていた。
スタイルのいいモデルのような風格、髪はさらさらしたロングヘアーで頭には星柄のヘアピンを付けている。身に着けている制服は今時珍しくスカートが長めであった。
突然の出来事に私はどうしていいかわからず、とりあえず「どうぞ…。」と小さく答えると、その女の子は小さくニコっと笑い隣に座っていた。
「私、瑠衣菜。滝沢 瑠衣菜っていうんだ!」
私が何を話すか迷っていると、まるでテレパシーが通じたかのようにあちらから話をかけてきた。
「あっ、私は阿部 夢花っていうの。よろしくね!」
できる限り怪しまれないように返答をする。久々の会話でここまで緊張したのはいつだろうか。
「その髪に着けてるリボン、可愛いね!」
突然、私の髪に着けているリボンを褒められ、私はゆでだこのように赤くなってしまった。正直、こんなリボンなんてどうだってよかったのだが。
「るいなちゃんも、星のヘアピン、すごく似合ってるよ!」
「『るいな』でいいよ。その代わり、私も『ゆめか』って呼んでもいい?」
「も、もちろん! で、でもなんだか、名前で呼び合うのってまるで、友達みたい。」
「ふふふっ。私たち、もう友達だよね?」
と、るいなが言うと、ポケットから星のヘアピンを一つ私に差し出してきた。
「はい、これ! 私たちが出会った記念。」
「えっ、そんな…さすがに悪いよ。」
「いいのいいの! 気にしないで!」
そういうと、るいなは私の手にヘアピンを無理やり持たせてきた。どうしても貰ってほしいようだ。
「じゃあ、私もこれあげる!私の家に沢山あるから。受け取って、るいな。」
「えっ、もらってもいいの?」
「うん、受け取って!」
るいなは早速ヘアピンを外してリボンを付け始めた。それと同時に私もヘアピンを付け始めていた。
「どう…かな?似合うかな?」
「うん!すっごく似合ってるよ!ゆめか!」
私は、とても心が温かくなっていた。私が本当に求めていたもの、それは友達だったのかもしれない。気が付けば授業を知らせるチャイムが鳴り響いていた。
「あっ!いけない! 授業が始まっちゃう!」
そういうと急いでお弁当を片付け、屋上のドアまで走る。だが、背後にるいなが付いてきている気配がなかった。
「あれ…、るいな、授業始まっちゃうよ?」
「うん、少ししたら向かうから。私のことは気にしないで。」
と答えると、おもむろに下を向いて、少し悲しそうな表情を浮かべる。何やら事情があるのだろうか。わかった、と小さく返事をして踵を返した。
これが、るいなと私の不思議な出会いだった。まさかこの出会いが私の人生を大きく変えるとはこの時は考えもしなかっただろう。
「なぁ、聞いたか? 夢花のやつまた一人で喋ってんだってよ。」
「しかも屋上でだろ? それって結構ヤバくね?」
「ちょっとやめなよ。 夢花さんそこにいるし。」
ふとした会話が私の耳に刺さる。いつも独りぼっちだった私が誰かと話しているから、きっと不思議に思っているのだろう。そんな彼らの話に耳を傾けながら、私は今日も屋上へ向かった。
空が茜色に染まる夕方時、るいなが今日も変わらずそこにいた。
「るいな! おまたせ!」
「あっ、ゆめか。 今日は遅かったんだね。」
「えへへ、掃除に時間かかっちゃって。」
いつものように世間話をする。だが、私はその過程に一つの違和感を感じた。
あんなに明るかった、るいなが今日は少し元気がないのだ。
「どうしたの? 元気ないね?」
「るいな…。」
「わ、私でよかったら相談に乗るよ!」
そういって私は彼女の手をとる。まだひぐらしの鳴いている真夏だというのにるいなの手は氷のように冷たかった。
「ゆめか…、聞いて。 もし一つだけ願いがかなうとしたら、何を願う?」
「願い? わっ、私は…。」
願いなんて沢山ある。だが、今最も願っていることは…
「一流っていうのが嫌。 それにこだわる社会も学校も家族もみんな嫌い。 正直消えちゃえばいいって思ってる。」
「それがゆめかの願い?」
私はいつもより重たい言葉を使う彼女にやや緊張感を覚えつつ「うん…」と小さく返事をした。
「あのね、ゆめか。私、もうここにはいられない。もう会えないの。」
「えっ! どうして!? そんな、置いていかないでよ るいな! 私たち折角友達になれたのに。」
「ごめん、ごめんね ゆめか。 でも心配しないで。私たち、これからもずっと友達だよ。」
そう言い残すと、るいなは屋上の柵を飛び越え、茜色の世界へと飛び降りた。
「嘘っ!! いやあぁぁあ!!」
私はあまりのショックの大きさに意識が遠のいていくのが分かった。 意識の途切れる寸前、どこかでるいなの声が聞こえた気がした。
私が目を覚ましたのは、およそ5時間後のことだった。
私が意識を失っている間、なにものかが校庭に火を放ち、学校全体が燃え上がったのだ。学校は全焼。先生や生徒、ちょうど学校に来ていた両親もすべて亡くなってしまったそうだ。 だが、私だけが奇跡的に生きていた。
こんな話を聞いたことがあるだろうか。
座敷童が去った後は、破滅が残る。
もしかしたら彼女は座敷童だったのだろうか。