花火。
リョウタは、バイト先の居酒屋につくなり
「おまえ、何やったか、分かってんのか。関係ない奴を巻き込むなよ」
春菜に、突っかかった。
「あのオバサン、ちょっと綺麗だからって、年下の男に手だして、調子にのってるから、あれくらい当たり前よ」
「おまえのやってることは、ストーカーだ」
「なんでリョウタさん、そんなに怒るんですか。オバサンより、私の方が若くて、可愛いのに、リョウタさんが、おかしいんですよ」
「オレは、おまえみたいな性格ブスは、嫌いだ」
春菜は、反省したふうもなく、自分のやってることが、分かってないようだった。自意識過剰すぎて、イカレてる。
こんなんじゃ、バイト辞めなきゃいけない。このまま続けたら、また京子に迷惑をかけるかもしれない。
あの日から、京子は、LINEも既読スルーしている。
「リョウタ、春菜ちゃんには辞めてもらったから」
帰り際、店長に言われた。
「リョウタの彼女に暴力ふるうなんて、普通じゃない。それに、お客さんから、言われたんだけど、気にいったお客さんにも、付きまとってたらしい。そういうバイトに、男探しに来てるような子は、勘弁だ」
「でも、人手たりなくなるんじゃ」
「それは、オレと女房で、考えるから、心配するな。リョウタには、真面目に働いてもらって助かってるから」
「京子さん、顔の腫れひきましたね。転ぶなんて、京子さんも、けっこうボッーとすることあるんですね」
新人の南美が、昼休憩中に、私の顔を見ていった。
日曜日に、リョウタのバイト先の女の子に、叩かれ、顔は、次の日腫れた。月曜日に、そんな顔で、出勤したから、みんなに聞かれて、転んだと言った。
リョウタから、LINEや着信が何回もきたが、返信しなかった。
もう、リョウタと一緒にいては、いけない気がした。
私のような35歳の女が、もう、リョウタと時間を共有してはいけない気がした。
「京子さん、今日、金曜日だし、飲みに行きませんか。私、安くて美味しいお店知ってるんですよ」
新人の南美が、珍しく誘ってきた。
「今日は、街コンないの?」
「そんなー毎日ないですよ」
南美と行くのも気が進まなかったが、一人でマンションにいるのも、気が滅入る気分だったので、行くことにした。
南美がお薦めの店は、お洒落な居酒屋で、リーズナブルで、メニューも女性が好きそうなものばかりだった。
「私、取り柄がないので、年収の良い男性見つけて、お嫁さんになるのが夢なんです」
南美が自分のことを語り始めた。
「でも、私はバカだから、一流企業の人がくる街コン行っても、なかなか上手くいかなくて。」
一応、自分のことは、知ってるようだ。
「でも、私は諦めないで、頑張るつもりです」
そういうのも確かに夢で、目標かもしれない。
「京子さんは、彼氏いるんですよね」
「いないよ」
「そうなんだ。京子さん、会社で、男性社員に、素っ気ないから、いるのかと思った。彼氏一筋なのかなーって、そんな気がしました」
人の夢なんて、人それぞれだ。人にはバカらしい夢に思われても、自分が向かうべきものがあることは、悪いことじゃない。
それを笑う人は、夢を持たない人だったりする。
小さい夢も、大きい夢も、本当は同じ重さかもしれない。
南美と別れて、マンションに帰ると、部屋の前に、リョウタが待っていた。
「遅かったね。残業だったの?」
「同僚と飲んできたから」
「なんで既読スルーすんの?バイト先のバカ女のことで、京子を巻き込んだから?」
「違うよ」
「じゃあ、なんでオレのこと避けるんだよ」
「もう会いたくない」
「なんでだよ」
「リョウタと、いたって、先が見えない」
「なんだよ。それ」
「リョウタと、いたって、自分が惨めになるだけ。もう、ここにも来ないでほしい」
私はリョウタを、突き放した。
「惨めになったのは、オレのほうだよ。わかった。もう来ない」
そう言って、リョウタは、帰っていった。
なぜ。リョウタが惨めになったのだろう。
リョウタは、また25歳で、夢がある。
いつも、無邪気な笑顔で癒された。だから、一緒にいたいと思った。でも、それは、私の自分勝手な思い込みだ。
別れてから、私はリョウタの都合の良い女に、成り下がっただけ。
リョウタは、私とは違う時を走ってる。
バンドの練習も、イマイチだった。
スタジオで、オレのスマホの壁紙を見たボーカルの裕太が言った。
「これ、例の年上の彼女?綺麗じゃん」
「でも、もう会いたくないって言われた」
「それは、あの春菜ちゃんに、酷いこと言われたから、リョウタから、身を引いたんじゃないの」
「でも、オレといたって、先が見えないって。惨めになるだけって、言われた」
「まあ年上だから、色々考えちゃったんじゃないかな。リョウタ、イケメンだし、女に、モテるし、年上だから、自信なくなったとか、そんな感じのような気がする」
「でも、自信ないのはオレのほうだよ」
「また会いに行ったら?本当はリョウタに会いたいのかもよ」
20歳の時、京子と別れたのは、オレの浮気だった。
京子は、オレが京子に冷めたから、浮気をしたと思って、あっさり別れを言われた。
そんなんじゃない。
京子が、オレと一緒のバイトを辞めて、転職した時、京子が忙しくなり、なかなか会えなくなり、我慢できなくなったオレは、京子の会社に迎えに行った。
ずっと待って、会社から、出てきた京子は、会社の男と一緒だった。
スーツを着た男と一緒だった。オレとは、違いすぎて、自分が、すごくガキに見えた。
金もない、学生のオレとは、格段の差だった。
やっぱオレのほうが、惨めだった。
リョウタと会わなくなって一ヶ月が過ぎた。
私は相変わらず、忙しく、残業の毎日だった。
遅くにマンションに帰るたびに、リョウタが待ってるかもしれないと、期待してる自分がいた。
自分から、リョウタを突き放したのに、意気地のない自分が嫌になった。
南美が、沈んでる私に気付いたのか、街コンに行こうと、誘ってきた。別に出逢いが、ほしいわけじゃない。
だから、そんな気になれなかった。
リョウタと別れた30歳のとき、浮気したリョウタを私は、恨まなかった。仕方ないと思った。
恨めなかった。
それは、リョウタと付き合って、嫌なことなんてなかった。いつも無邪気なリョウタがいて、笑って、音楽のことを話して、些細な幸せだったけど、それは、他の男性では、難しい幸せだった。
そんな幸せをくれたリョウタを縛ることなんて、出来ないと思った。
だから、そんな幸せをくれる人なんて、もう居やしない。
花火大会があった土曜日のバイト先の居酒屋は、すごい混んだ。
人手も足りなくて、ホールは、オレと裕太と二人で、回した。大学生のバイトは、就活で、休みが多かった。
「裕太、リョウタ、おつかれ。今日混んだから、大入り」
そう言って、店長は、オレと裕太に、大入り袋をくれた。
「ありがとうございます」
「少しだけどな。彼女にアイスでも、買ってかえれよ」
中身は、三千円が入っていた。
今夜は暑い。京子は、家にいるだろうか。それとも、男と花火大会に行ったのだろうか。
「オレ。彼女待ってるから、じゃあな、リョウタ」
そう言って裕太は、帰っていった。
同級生のバツイチの慶子と、花火大会に行った。お互い休みは暇なもの同士、愚痴をいいながら、ビールを飲んで、花火を見た。
花火見たあとも、居酒屋に行って、愚痴の語り合いは、続いた。
気づけば、夜中の2時だった。
若くないのに、ハメ外しすぎたかもしれない。
次の日にひびく。
急いでマンション帰ると
リョウタが待っていた。
「京子、アイス買ってきた」
リョウタは、相変わらず無邪気な顔で、笑っていた。