年下の元カレ。
「笹原ってさ、彼氏いないのかな」
「いたら、35歳だし、結婚してるじゃないの」
「じゃあ、不倫とか?」
男性社員が、喫煙ルームで、話をしている。
35歳で結婚してないと、不倫と言われるのは、もう慣れてる。
「笹原って、仕事以外の話は、あまりしないよな。話しかけてもこないし」
「新人の南美ちゃんは、やたら話しかけてくるけど」
「南美ちゃんね。最初は、若くて愛想よくて、いい子だと、思ったんだけど、仕事覚えないよな」
「若いとか、年とってるとか、仕事に関係ないね。オレは仕事に女を探しに来てるわけじゃないから。やっぱ仕事のフォローしてくれる人の方が助かる」
営業のエースの板谷が、言った。
「板谷は、女に、困んないから、そんなこと言えるんだよ」
「オレなんて、会社しか出会いないよ」
「じゃあ、街コン行けば?おまえの好きな若い子もくるんじゃないの」
「行ってみよーかな」
喫煙ルームで、くだらない話をしている。若い子に、甘い男性社員を見ると、自分の顔見てみろと、言いたくなる。
元カレのリョウタから、LINEがきた。
「熱ある。死にそう。すぐ来て。」
死にそうって、40度くらいの熱かもしれない。行ってあげよう。
リョウタのアパートに言って、熱をはかると
「37.5度」
えっ、これで、死にそう?
「病院行ってないの」
「行ってない。でも、頭痛いし、寒気もある。喉も痛い。苦しいよ」
具合悪いアピールが、すごかった
「薬買ってきたから、何か食べてから飲もうね。今作るから」
「お粥は、やだ。味ないから、やだ。」
「はい。はい。」
こんなに、だだっ子なのは、誰かに似ている。
あっ、4歳の甥っ子に、そっくりだ。
たまに、実家に帰ると、甥っ子は、
「僕ね。お腹痛くて、病院行ったの。幼稚園も休んだの。大きい注射したの。見て。ここに、注射したの」
そういって、甥っ子は、私に注射のあとを見せてくる。
25歳が、4歳の甥っ子と、同じとは、リョウタは、どんだけ甘えん坊なんだろう。
お粥が、嫌というので、卵雑炊を作った。
「食べたら、薬のんでね」
「夜中に熱あがるかも知れないから、京子付いてて」
私は、明日も、仕事なのに。
手がかかる元カレだ。
でも、リョウタは、憎めないから、ほっとけない。
そういうところに、漬け込まれてるのは、分かっている。
朝、熱計ると、リョウタの熱は平熱に下がっていた。
「バイトまで、治ってよかった。休みたくないから」
「よかったね。じゃあ私は会社いくね。」
「うん。京子、ありがとう」
私は、ほとんど寝不足だった。まだ水曜日だというのに、休みまで、遠い。
リョウタのバイト先の居酒屋。
「ホールの春菜ちゃん、リョウタのこと気になるみたいだよ」
ボーカルの裕太が言ってきた。
「春菜ちゃん、22歳で若くて可愛いし、明るいし、いい子だし、付き合ったら?」
「興味ない」
「リョウタ、女を切らしたことないのに、どうしたんだよ」
「だって、ガキじゃん。面倒くせー」
「やっぱ金持ってる女のほうが、いんだ?」
「そういうわけじゃないけど。そんな言うなら、裕太が付き合えば?」
「オレ、彼女いんだろーが」
なんか、面倒くさい話だった。
「きゃーー」
3時に、新人の南美が、叫び出した。
「入力したのが全部消えましたー。」
南美が昨日から、やってた資料は、今日の4時に、取引先に持っていくものだった。
若い子大好きのいつも南美に甘い担当の営業の江崎さんが、さすがに青ざめていた。
「ど、どうしようー」
南美は、泣き出した。
こういうときに、泣いたら、なんとかなるとか、泣いたら、同情されると思ってる奴は、腹立つ。
「泣いたって、仕事は、進まないんだから、南美さんは、表紙と目次を作って。私が本文やるから」
4時に、取引先に持っていくには、最低でも、3時半には、終わらせなきゃいけない。あと30分か。10ページか。やるだけやるしかない。
「江崎さん、私が、入力終わった分から、チェックしてってくれませんか。」
「わかった」
青ざめていた営業の江崎さんは、我にかえったようだ。
このマクロが、面倒くさい。これさえ、終われば、なんとかなる。
どうにか、3時半ギリギリに、資料は、出来上がった。
営業の江崎さんは、猛スピードで、取引先に向かった。
あとは、商談が上手く行けばいいけど。
今日も7時だ。自分の分の仕事が残っていた。
「今日は大変だったな。お疲れ」
そう言って、営業のエースの板谷さんが、私にコーヒーを持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「江崎から、電話あって、商談に、間に合ったそうだよ。商談も、上手くいったらしい」
「それは、よかったです」
「笹原のおかげだって、言ってた」
「仕事ですから」
その時、LINEがなった。
「彼氏?」
「違います」
「じゃあ、あんま無理すんなよ」
そう言って板谷さんは、帰っていった。
LINEは、リョウタからだった。
「まだ、終わんないの。京子の部屋の前で待ってる」
「もう少しかかるから、帰っていいよ」
「一緒に、ご飯食べたいから、待ってる」
「じゃあ、帰りにお弁当買ってかえるから」
「うん。」
リョウタは、キャバ嬢の彼女と別れてから、やたら連絡してくる。
かまってちゃん。なのは、5年前と変わらない。
仕事を終えて、近くのお弁当屋で
リョウタのステーキ弁当と、私の鮭弁当を買った。
「おかえり」
私を見ると、嬉しそうな顔をした。
まるで、犬だ。
「待ってるの暇だったでしょう」
「スマホ見てたから」
「リョウタ、ご飯それじゃあ足りないでしょう。私の分、半分あげる」
「京子の分なくなるから、いいよ」
「私は、今日、会社で色々あって疲れてるから、食欲ないから、いいの」
リョウタは、余程お腹がすいてたのか、ステーキ弁当をあっという間に、食べた。
「ステーキ弁当、美味かった。久しぶりに、肉食った」
そう言って、また嬉しそうな顔をした。
30代、40代になると、些細なことで、喜べなくなって、ちょっとのことじゃ幸せと感じなくなる。
夢を持つことをムダなことと言われ、いつの間にか、安定を望み、変化のない毎日が、当たり前のことになる。
いつか、リョウタも、夢を諦めるんだろうか。
「京子さん、昨日ありがとうございました」
新人の南美に、お礼を言うという常識が、あったんだ?
「誰でも、一回くらいは、消してしまうことあるからね。でも、長い文は、途中で途中で保存してたほうが、安心かもしれない」
「はい。わかりました。気を付けます」
やけに素直だ。
「京子さんに、相談があるんですけど」
南美が改めて言う。
「悪いけど、私は相談されるほどの立場じゃないから、そういうのは、上司に相談したほうが、いいんじゃないかな」
昨日のバツの悪さから、私を機嫌とろうとしてるのかもしれないが、前置きに「相談がある」をつければ、相手も頼られる気がして、悪い気もしなくて、好感持たれるという考えが、大嫌いだ。
だいいち、相談される仲でもない。
「リョウタさん、今、彼女いないって、裕太さんから、聞きました。だったら、私と付き合って下さい」
仕事の前に、ホールの春菜から、言われた。
「ごめん。無理」
「私のどこが、無理なんですか」
春菜は、侮辱されたように顔を真っ赤にして言った。
「今、そんな気分じゃないから、迷惑」
春菜は、泣き出した。泣かれたって、無理なもんは、無理。
バイト先で、そんなこと、いちいち言われるのも面倒くさい。
「日曜日バイト休みだから、京子んちに行く」
リョウタから、LINEがきた。
「日曜日は、買い物に行くつもり」
「じゃあ、オレも行く」
日曜日に、リョウタと買い物して、ランチをした。
「バイト先で、気分悪いことあった」
「お客さん?」
「違う。一緒のバイトの女の子」
「何かしたの?」
「付き合ってください。と言われて、断ったら泣かれた」
「リョウタに、断られて、ショックだっんだね。よっぽど自信あったのかもね」
「こっちの都合も考えず、勝手な女の子だと思った」
確かに、バイト先で、告白されて、断ると一緒に、働きにくいものだ。
リョウタが、若者が入るようなショップで、Tシャツ買いたいというので、私は外で待っていた。
誰かが私を見ている。
知らない女の子が私のところにきて
「オバサン、リョウタさんのなんなんですかっ」
いきなりオバサンと言われた。
「誰ですか?」
「リョウタさんと同じバイト先で、働いてます」
ああ、例のリョウタに告白した女の子かもしれない。
「リョウタさんと、なんで、ずっと一緒にいるんですか。朝から見てました。リョウタさん彼女いないと言ってたのに」
朝から見てた?ずっと私達を付けてたのか。なんだこの子、気持ち悪い。
「リョウタさんが、あなたみたいなオバサンを本気にするわけない。お金でしょう。お金で、リョウタさんを繋いでるんでしょう。最低。」
なんで、知らない子に、こんなこと言われなきゃいけないのか。
「私。男の人に、フラれたの初めてで、こんなオバサンに負けたかと思うと、悔しいっー」
「オバサンなんか、消えろっ」
そう言われて、私は、女の子に、平手打ちをされた。
「何やってんだ?てめー」
買い物を終えたリョウタがきた。
「てめー頭おかしいんじゃないか?」
女の子は、リョウタを見ると、逃げて行った。
「京子、大丈夫か?」
私の頬は、真っ赤になっていた。
これは、10歳も年下のリョウタと一緒にいて、浮かれた罰だ。
きっと、周りから見れば、私とリョウタは、不釣り合いで、可笑しいのかもしれない。
別れても、リョウタが連絡をしてくることを良いことに、利用してたのは私だ。