愛する人との別れ。
最近、体調が悪い。
そういえば、生理が遅れている。生理がくるから、調子悪いのかもしれない。
でも、これくらいで仕事を休んではいられない。若いOLなら、休んでも多目にみてもらえるかもしれないが、私のような35歳の年増のOLなんて、やたら休んだら、リストラの対象になるかもしれない。
だから、少々体調が悪いくらいで、休みたくない。
「京子さん、顔色悪いですよ。大丈夫ですか」
新人の南美が、気づいて声をかけてくれた。
「大丈夫。この資料やってしまわないと、いけないから」
「早退しなくて、大丈夫ですか」
「大丈夫。ありがとう」
そういったが、かなり調子が悪かった。
気を紛らすために、トイレに行ったら、お腹に立っていられないくらいの痛みが走った。
「京子さん?」
南美が、トイレに入ってきた。私は、うずくまり、立てなくなっていた。
「はい。リョウタは、うちのバイトですが。お待ちください」
店長が、電話にでた。
「リョウタ。なんか京子さんの会社の人から電話だ」
京子の会社?なんで京子の会社の人が、オレのバイト先の電話番号知ってるんだろ。
「はい。お電話変わりました」
電話は、京子の後輩の南美さんからだった。
「わかりました」
電話を切って、オレは、ぼーぜんと立ち尽くした。
「リョウタ?京子さん、どうかしたのか?」
店長が、オレに聞いてきた。
「京子、・・・流産したって」
店長の奥さんが、顔を覆った。
「リョウタっ。なにやってんだ。早く京子さんのところに行けっ」
店長が、オレを怒鳴った。
オレは、何が起きたのか解らなかった。
タクシーの窓から見える風景が、真っ白だった。
南美が、救急車を呼んで、病院まで、付き添ってくれた。リョウタのバイト先の居酒屋に、電話をかけるために、街中の居酒屋に、かたぱっしから、電話をして、リョウタの働いてる居酒屋を探したみたいだった。
「京子」
京子は、病室に寝ていた。
京子は、オレが、来たのに気づくと
「リョウタ、ごめんね」
そう、オレに、謝った。
「なんで、謝るんだよ」
「リョウタに、迷惑かけたから」
なんで、こんな時に、オレのこと気にするんだよ。
「私、妊娠は難しい体なの。だから、もし妊娠しても、こうなること分かっていたの」
「なんで、言わないんだよ。そんなにオレが頼りないのかよっ」
オレは、京子を責めていた。
「お兄ちゃん、そんなに責めちゃダメだよ。いちばん辛いのは彼女のほうなんだから」
隣のベットにいた初老のご婦人が、たまりかねて言った。
「すいません・・・」
オレは、謝って、うなだれた。
「私もね。若いとき、二回流産したの。でも、三回めの妊娠は無事に産まれてきてね。今はもう社会人になって、元気に働いてる。」
ご婦人は、話を続けた。
「だから、諦めることないよ。」
ご婦人の言葉に、京子は、泣いていた。
オレは、一晩、寝ている京子の手を握っていて、付き添っていた。
次の日、京子は、午前中に、退院した。
リョウタのバイト先の居酒屋。
「リョウタ。京子さんについてなくて、いいのか」
店長が、心配して言った。
「はい。京子のお母さんが、来てくれたので」
「リョウタくん。辛いのは京子さんなんだから、リョウタくんが支えなきゃだめよ」
店長の奥さんがオレに言った。
店長と、奥さんには、子供がいない。それは、なぜなのかは、知らない。
でも、奥さんは、同じ女として、京子の気持ちが分かるようだった。
オレが父親になるなんて、考えたことも、想像もしたことなかった。
オレに似てたのだろうか。
京子に、似てたのだろうか。
男の子だったのだろうか。
女の子だったのだろうか。
オレが、もっと、ちゃんとしてれば、産まれてきてたのかもしれない。
オレが余りにも頼りないから、産まれて、こなかったのだろうか。
バイトを、終えて、マンションに帰ると、京子のお母さんがいた。
「リョウタくん。おかえり」
お母さんは、こんな時間まで起きていた。
「京子ね。リョウタくんを待っているって言ってんだけど、私が寝なさいと言ったの」
「はい」
「リョウタくん、座って」
京子のお母さんは、オレをソファーに促した。
「京子から聞いたわ。京子、妊娠が難しい体なんだってね。あの子、何にも言わないんだもの」
「オレも知りませんでした」
「リョウタくん。リョウタくんは、若いんだから、京子に、縛られることないわ。リョウタくんは、健康な若い女性を探したほうがいいと思う。あんな京子みたいなオバサンじゃなくて、リョウタくんは、イケメンだから、すぐ可愛いくて、健康な彼女見つかるわよ。もし、そうなったとしても、京子は、リョウタくんのことを恨んだりしないから。あの子は、分かっているから」
オレは、黙っていた。
「このままじゃ、リョウタくんのご両親に、申し訳なくて・・」
そう言って、京子のお母さんは、泣いた。
「オレ、子供が欲しくて、京子と付き合っているわけじゃないですから」
そして、京子のお母さんは、声をあげて泣いた。
寝室に入ると、京子は寝ていた。
寝室の窓から月が、この部屋を照らしていた。
月は、地球上の誰を見ているのだろう。
オレ達のことも、見守ってくれてるのだろうか。
京子は、一週間、会社を休んだ。
「リョウタ、私、明日から会社に行く事にした」
「大丈夫なのか。まだ無理しないほうがいいよ」
「大丈夫。私みたいなオバサンOLが、いつまでも休んでたら、クビなってしまうよ」
「京子」
「なに?」
「オレみたいな奴を、たとえ一瞬でも、父親にしてくれて、ありがとう」
「うん」
京子は、泣きたいのを我慢して、精一杯、微笑っていた。
「今度の休みに、一緒に供養に行こう。オレ達の子供なんだから」
京子は、泣いていた。
オレは、京子を抱き寄せて、一緒に泣いた。
10歳も、年下のリョウタに、こんな思いをさせて。
年上の私が、もっと、ちゃんとしてれば、リョウタに、こんな思いをさせることなかった。
あのとき、もっと、強くリョウタを突き放してれば、リョウタに、こんな思いをさせることなかった。
でも、今の私には、リョウタの優しさが、心の奥まで染みた。
いつも、無邪気で、ワガママで、駄々っ子のリョウタが、本当は、誰よりも、優しくて、いつのまにか、私より、大人だった。




