35歳。
笹原京子。35歳。中小企業OL。
「笹原、南美ちゃんが風邪気味で早退するから、南美ちゃんがやってる資料を笹原が今日中にやってくれないか」
若い子に、甘い課長が、私の仕事を増やしてきやた。
どーせ、仮病で街コンに行くんだろーが。
この新入社員の南美は、いたって普通の顔なのだが、男性社員への媚びが、徹底している。
なので、顔は普通だが、モテない男性社員は、勘違いして、南美に甘い。
南美の口癖、「素敵な彼をみつけて、20代で、早く結婚したいんですよ」である。
そんなわけで、顔は普通なのに、レベルの高い街コン参加に精をだしてる。
今日も残業だ。
6時過ぎて、パソコンをカシャカシャやってると、同期の鈴木がきた。冴えない男である。
「おまえ、また残業してるのか。若い奴等は、帰ったぞ」
うっせー。邪魔だ。来るな。その若い奴に、仕事を押し付けられたのである。
「おまえも要領悪いな」
うっせー。おまえも要領悪いだろ。
「オレは、これから後輩と飲むに行くんだよ。慕われてるから、毎回誘われて、忙しいよ」
このウダツの上がらない男が、慕われるわけない。都合よく、奢らせられてんだよ。バカだから、ちょっと持ち上げれば、調子になるのを後輩に見抜かれてんだよ。
終わったのは、8時を過ぎた。夕飯作るのが面倒くさいから、スーパーで、惣菜買って帰ろう。、、
ソファで、うたた寝していると、携帯が鳴る。
また10歳年下の元カレだ。なんなんだ、いったい。また金か?
「ライブチケット30枚、売ってよ」
また売れないのか。キャパ100人のライブハウスで、無理ないか。だいたい、あのヘタクソなバンドにお金はらって見るのも、もったいない。
元カレは、ギターだが、ボーカルが、声が好きな声じゃないし、顔も金髪にしてるけど、普通だ。ボーカルに必要な色気もない。
「私より今の彼女に、頼んだらいいさ」
「あっ今カノは、金持ってるけど、バンド全く興味ないから、無理。徳永英明しか聴かないみたいだから」
今の彼女って、キャバ嬢だよね。徳永英明聴くなんて、いったい何歳なんだろ。
「今、仕事忙しいから、そんな暇ないから無理」
「京子、変わったな。まえは優しかったのに、オレの為には何でもしてくれたじゃないか」
「無理なもんは、無理なの」
「わかったよ。もう頼まない。じゃあなババアっ」
むかつく。
「クソガキっ」そう、言い返して電話を切った。
く
元カレも、付き合ってたときは、可愛かったのに、変わったのは、お互いさまだ。
元カレは、いつまでバンドを続けるんだろ。
あんなヘタクソなバンドでは、メジャーになれるわけない。
ニルヴァーナを聴く私からみれば、元カレのバンドなんて、カスだ。
でも、まだ25歳だから、好きなことやれるよね。
私とは違う。
朝早く、携帯が鳴る。
今日は、土曜で休みなのに、寝させてよ。
「今日旦那いないから、ランチしない?いいイタリアン見つけたのよ」
香織だ。香織は、自分の都合よい時だけ、連絡してきて、人の都合を考えない。
「ごめん、疲れてるから無理」
「そんなこと言わないで、私が奢るから、行こうよ。イタリアンよ」
奢りに負けて、渋々行くことにした。
11時に待ち合わせて、こじんまりとしたイタリアンに行った。
「子供は?」
香織は、幼稚園の男の子がいる。
「実家の母親に預けたの」
「ママいなくて、かわいそうだね」
「私もたまには、息抜きしないと。子供いたらイタリアンなんて、来れないわよ」
たまには?いつも息抜きしてるくせに。
「京子は、結婚しないの?」
まただ。毎回同じことを言う。主婦の上から目線が始まった。
「相手いないし」
「まだ年下の彼のこと、ひきづってるわけじゃないよね」
「それはない。金づるにされても嫌だし」
「そうよね。男は、やっぱ金持ってないと、大変よね」
香織の旦那は、公務員だ。公務員が金持ってるわけじゃないけど、安定してる。でも、香織の旦那は、40歳で、髪がヤバイ。そして小太りだ。
「でも、京子は自由で、いいわよね。私なんて、家事も大変だし、子供の世話も、大変だし、たまに来る姑の相手も大変よ」
嘘つけ。料理も、子供の世話も実家の母親に、押しつけて、自分は習い事や、ママ友と、ランチに行ってるくせに。私よりも自由だ。
「私も独身に戻りたいわ」
イヤミな奴だ。思ってもいないことを言って、好きで結婚したんだから、仕方ないだろーが。
この主婦のなにかと上から目線は、カンに触る。
気分の悪いランチだった。来るんじゃなかった。貴重な休みをムダにした。
明日は、出掛けないで、寝てよう。
夜中に携帯が鳴る。
もうっ、寝ようてと、思ったのに。
また元カレだ。今度は、なんなんだ。
「ベースがバンド辞めるって」
「えっ、だってライブ近いんじゃないの」
「実家に帰って、公務員試験受けるんだって」
そりゃまた、いきなり現実的だ。
「ライブどーすんの」
「今、サポート探してるけど、あとライブまで、一週間しかないから無理だ」
元カレは、泣き声だ。
「タケシくんは?タケシくんなら、バンドかけもちしても大丈夫じゃない?」
「タケシは、無理。今、タケシのバンド、関西回ってるから。京子、誰か探してくれよ」
もう、ほとんど泣いている。
私は、こういうのに弱い。母性が、うづいて、頼られると、なんとかしてあげたくなる。それが、私の駄目なとこだ。
「仕方ないな。輸入レコードの沢木さんに頼んでみるよ」
「京子、ありがとう。やっぱ京子しか頼めないよ」
こいつは、調子がいい。この間、ババアと言われたのを私は忘れていない。
私が尽くしても、返してくれるわけでない。
人との付き合いなんて、利用の利用だ。
独身だから、暇だと、思われ、都合よく、時間潰しに付き合わされる。
独りだから、誰にも頼らず、判断力と、決断力が、強くなる。
誰かに頼るのを忘れてしまったかもしれない。
元カレのヘタクソなバンドの曲なら1日で、覚えられる。
明日の日曜は、ベーシスト探しになりそうだ。
元カレのバンドのライブは、無事に終わった。
沢木さんが、今活動してないバンドのベースを見つけてくれたのだ。
そのベースのバイト先の人達もライブを見に来てくれて、100枚のライブチケットも、どうにか完売した。
私も、久しぶりに元カレのバンドのライブを、見た。
まだ、この曲演ってるんだね。懐かしい。
でも、全く成長してない。変わらない、あの頃のまま。
変わらないのも、いいかもね。