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ぼくの受難の日々  作者: 安野穏
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再び現れた男の子

「まあ、私とタクミくん、タクトくんは修業の旅の経験者ですから、殿下もモエちゃんも私たちの言う通りにまずは進んで下さい」


 ぼくの作った雑炊で遅い朝食をとった後、ぼくたちは槐の森を抜けた。元の街道に戻り、黙々と歩いている。結局のところ、ぼくは四人の婚約者たちと修行の旅に出る羽目になった。まあ、ぼくとフェルだけでは頼りないから、お目付け役ってことか。それにまた、あの人攫いが来たら、ぼくとフェルだけではどうにもできない。たぶん、フェルの影の人も密かについてきているのだろうけれど、あの暗黒魔法使い相手では太刀打ちできないだろう。


 暗黒魔法使いがまだ存在するとは思わなかったなあ。暗黒時代の終わりにはほとんどの暗黒魔法使いも姿を消した。今の魔法使いと言われる人たちは精霊さんたちから力を借りて使う魔術士がほとんどだからだ。ぼくにも精霊さんたちは見えるけれど、どうしてもそれが魔法に繋がらない。やっぱりぼくはできそこないなのだと思うとやるせない。


 そんなぼくの気持ちとはお構いなしに、ぼくの隣をあるくフェルとレンダークさんがずっと話し続けていた。フェルのお守りはレンダークさんに丸投げだ。


「あいつらを避けるためには、主要街道を歩くのが一番です」


 一番大人のレンダークさんは頼りになる。それはわかっている。ただ、うるさい!タクミくんとタクトくんは、ぼくたちから少し離れて、後ろからのんびりとついてくる。フェルはといえば、バカ正直にレンダークさんの言葉の一つ一つに感銘したり、共鳴したりといそがしい。しっかりと信奉者になっている。それも癪に障る。


 南エリシュオーネの大部分は一年を通じて、比較的温暖な気候で、寒暖の差が殆どない。エリシュオーネ山脈沿いまで行くと、だいぶ気候が変わるらしく、たまに雪が降ることもあるという。今のところ、ぼくたちがいるエイーガ周辺は夜でも気温の低下は少なく、過ごしやすい。だからといって、野宿は考えものだ。


「私たちは男だから別に野宿でも気にしませんが、モエちゃんは女の子ですからね。やはり、街に宿泊すべきですね」


 このパーティのリーダー格のレンダークさんの意見は、今や押しつけになっていて、タクミくんは言われる度に眉をピクンとつり上げている。ぼくはいつまで、タクミくんが我慢できるだろうかと密かに楽しんでいる。タクトくんは馬耳東風とばかりに受け流して、マイペースを崩さない。信奉者のフェルに致っては、当然のごとくで、


「そうですね。モエギさんには、とても野宿なんてさせられませんよね」


 そう言うとそれはそれは当然だとでもいうようにきっぱりと断言した。あの間延びした言い方がどんどんましになっていくのは、レンダークさんのお蔭かもしれない。少しずつまともになっていくようで、ぼくはうれしい。これでマース国の将来を悲観せずにすむ。




 ぼくたちはとりあえず、大陸の南東にある初心者の洞窟に向かうことにした。


 そこはスライムさんたちの住み家で、初心者がレベルアップするための修業場になっている。ここのスライムさんたちはおとなしい種族で、実はこの修業場の経営者だ。暗黒時代が去った後、彼らは自分たちの身体がアメーバのごとく分裂する利点を生かし、子供たち相手の修業場として名乗りを上げた。今ではマース国の観光名所としても、有名だ。


 初心者の冒険者にとっても実に有意義な場所だ。お手軽にレベルアップが図れる。ここである程度のレベルアップをするのが当たり前になっていて、それで初心者の洞くつという名前が地たらしい。


 一回の利用値段は二十エル(エルは南エリシュオーネの共通通貨単位)と回復剤か薬草さえあれば、誰にでも利用できる。子供にも優しい値段である。お小遣い程度なのだ。それでも利用する人が多いのとそれを目当てに商売しようと集まってくる商人さんたちへの利権とかスライムさんたちが困らずに生きていけるくらいのかなりの利益があるという。


 もちろん、必要な回復剤や薬草はスライムさんたちの体力回復のためだ。いくらスライムさんたちでも、永遠に分裂し続けることには無理がある。分裂した分、減った体力を回復し、元に戻らなければ死んでしまう。それでは本末転倒だ。子供たちの修業のために、分裂した身体を使わせてもらうけれど、本体はきっちりと生存する。それがこの初心者の洞くつのルールなのだ。


 エイーガから初心者の洞窟までは、徒歩で約三日の道のりで着く。悔しいことに、修業の旅は徒歩と決まっていて、ぼくは街道を走り去る馬や馬車を恨めしげに見送るのだ。子供の内から楽なことを覚えると碌な大人にならないとの戒めみたいなものだ。それを守るかどうかは、本人次第だが。もちろん、ぼくはきちんと規則は守る。これはぼくとフェルの修業の旅なのだ。それに付き合わされる三人は不憫だけれど。


 エイーガから次の街リシュラまでは徒歩だと丸一日かかる。そんなわけで、レンダークさんは先を急いでいた。ぼくやフェルがいるからどうしても、歩みが遅くなる。途中、道沿いの茶屋で昼食をとり、リシュラの街の灯が見えた頃には辺りはすっかり薄闇に包まれていた。レンダークさんの魔法で出した光球が、揺らめきながら空中に浮かび、空には大きい月と小さい月が交差している。


-バサッ


 音は微かに響いた。タクミくんとタクトくんが、油断なく辺りを見回す。レンダークさんが低く呪文を詠唱する。


-我願う。風の精霊よ、契約に従い、我に力を与えよ。風楯。-


 ぼくたちの周りを風が渦巻き、シールドになる。そこへバチンと何かがぶつかった音が聞こえた。


「うっふふ、楽しいね。ぼくにはそんな子供だまし通用しないよ」


 男の子の声と共に、ぼくの身体がふわんと浮いた。タクミくんとタクトくんは、襲ってきた男たちの相手になっている。不意にレンダークさんがガクッと膝をついた。顔が真っ青で脂汗が滲んでいる。何か、強力な力がレンダークさんを押さえつけていた。


 なんだろう?これは危機一髪という状態なはずなのに、ぼくの心は何故か他人事みたいな気分だ。


「モエギさん!」


 フェルがぼくの身体を掴もうとして、弾かれた。ベチャッと見事に地面に顔をぶつける。気絶したらしく、ピクリとも動かない。全く、ひ弱なんだから。ぼくは残念な子を見るような目で倒れたフェルを見下ろした。空中に浮かんでいるから、周りの状況がよく見える。


 レンダークさんは自分を抑える暗黒魔法から逃れようと頑張っているが芳しくない。タクミくんとタクトくんは懸命に剣をふるい、如何にも荒くれ者ですという男たちを少しずつ蹴散らしていく。うん、フェルはお約束通り、倒れたままだ。そのそばで、影の人が二人ほど男たちからフェルをかばいながら善戦している。やっぱりいたんだね。影の人たち。彼らの苦労が忍ばれる。


「モエギ!」


 タクミくんが男たちを撥ね除けて、ぼくを見上げる。ぼくは反射的に手を振った。うん、大丈夫だよってそんな感じだ。


「モエ!」


 タクトくんも男たちと剣を交えながら、ぼくに怒鳴る。ぼくは心配ないよと微笑んで見せた。これはぼくの空元気ってやつ。でも、不安は感じない。


「ぼくは狙った獲物は逃がさないんだ」


 あの時のフードのあるロープを着た男の子がいつのまにかぼくの後ろにいた。ぼくはくるっと向きを変えた。男の子の顔がぼくの真正面にある。今度は夜のせいか、フードを外していた。不思議と恐くはない。懐かしい?神官服みたいなグレーのローブ服。短いパールグレイの髪。ラピスラズリの瞳。愛しい?男の子の顔を直に見て浮かんだ奇妙な感覚。ぼくは戸惑っている。思わず、その短い髪に手を伸ばそうとした。


「ぼくの顔をじろじろと見るな!触るな!」


 男の子の手が伸ばしたぼくの手を掴んだ。


-パァァァァァーーーン!


 ぼくの胸からまぶしい光りが飛び出した。ぼくたちは目も眩むような光りに包み込まれた。




「私の罪です。あのお方は何も悪くありません。私を封印して下さい。未来永劫、あのお方の目の触れることのない場所に、私を封印して下さい」


 何だろう?ぼくが喋っているみたい。神殿みたいな場所。たくさんのグレーのローブ服が見える。何か怒ったような口調で話している。なぜ、この人たちは怒っているのかな?意味がわからない。なんで怒るのだろうか?


「私には一人の女を愛する資格がないのですか?私が人として生きる権利を与えられないのですか?私は神の一族でいることよりも、一人の人間として生きることを望みます!」


 ぼくを強く抱きしめて、誰かが叫んだ。誰?ぼくの胸が痛む。やめて、それ以上追い詰めないで。


「いいえ、私が悪いのです!お願いします。私をこの世から消して下さい!」


 ぼくは悲鳴を上げた。駄目だよ。消えるなんて駄目だよ。ぼくは悲痛な目で目の前の出来事を見る。もうじき、あの事件が起こる。あの悲しい結末が………


「愛しいお方、エリシュオーネ様。モエギを忘れて下さい。全てはモエギが悪いのです」


 真実はぼくの中にある。誰の言葉だったのか?あの時ぼくは永遠に封印された。水晶球の中に。




 それから、ずっとぼくは水晶球の中にいた。あの二人がぼくを解放してくれるまで、ずっとぼくはそこで悔やんでいた。何もできなかった自分の無力さに、愛しい人を亡くした悲しさに、ずっとぼくは嘆くことしかできなかった。水晶球の中から、ぼくの愛した大切な世界が壊れていくのをただ見ていた。これはぼくの罪に対する罰なのだ。わかっていた。神と人間が一緒に寄り添うなど無理なのだと。わかっていたはずなのに、ぼくは罪を犯した。




 ああ、これが真実なのだ。ぼくは悟った。ぼくは男の子のラピスラズリの瞳を見つめる。それは何かに焦がれるような強烈な瞳だった。ぼくたちは再び邂逅し、そして、また別れた。ぼくの持つ力が彼を強く弾き飛ばしたのだ。それはぼくの明確な拒絶だった。


 ぼくにはまだ彼を受け入れることができない。ぼくはまだ未熟だ。ごめんねと謝りながらぼくは意識を手放した。




「モエちゃん、モエちゃん」


 ぼくを起こすのは誰?ぼくはまだ眠いんだ。起こさないで。ぼくは起きたくない。身体がポカポカしている。日向ぼっこをしているか、温泉にでも入っている気分。頬に当てられた手から温かいぬくもりを感じる。これは遠い昔にこうしていつもそばにいてくれた人の温かさ。懐かしい。


「こいつ、いい気持ちで眠ってやがる」


「モエの寝顔、まるっきり子供だな」


 誰だ。ぼくの耳元で騒ぐのは?タクミくんとタクトくん?。うるさくしないで。ぼくは疲れてるんだ。


 急に身体が悲鳴を上げた。身体がびしばしと痛んでいる。ぼくは顔をしかめた。身体に力が入らない。指一本すら動かせない。気怠さがぼくを襲う。


「ぼくがモエギさんをおぶっていきます」


「殿下、無理です」


 アハハハ、フェルのバカ。自分に腕力がないくせにすぐ無理したがるんだから。


「私が抱いていきます。一刻も争いますからね。私が疲れた時は、タクミくんかタクトくんが交代して下さい」


 切羽詰まったようなレンダークさんの声とともに、ぼくの身体が誰かに抱きかかえられる。大きくて、温かい胸、ノブユキさん?そうだ、子供の頃、こうしてよく抱っこしてもらった。ルイさんが「あまえんぼう」って、ぼくをからかって、ぼくはプゥッとむくれたっけ。あの頃のぼくはまだ小さい子供だった。大人の庇護を何も考えずに受け取っていた。


 うふふ、楽しいな。エイーガに行く前が一番幸せだった。ルイさんがいて、ノブユキさんがいて、マーサおばちゃんがいて、ぼくはいつもみんなにかわいがってもらった。あの頃のぼくは幸福だった。しがらみなんて何も考えずにすんで、無邪気に笑っていられた。


 ぼくの人生はいつから不幸になったのだろうか?



本当はこんな雑文をこんな風にここに載せるのは間違いなのかもと思いつつ、誰かに読んでほしいなあと思っています。それだけなんです。

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