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ぼくの受難の日々  作者: 安野穏
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婚約者が増えました

 ぼくはマース国の王都でもある同心円の街エイーガに住んでいる。エイーガの中心にマース城があり、堀を挟んで城を取り巻くように貴族の屋敷や貴族用の公共施設が整然と立ち並ぶ二の街がある。更に堀を挟んで市場や学校や教会等の一般庶民用の公共施設が軒を列ねる比較的大きな三の街があり、その外側にゴチャゴチャと一般庶民の家などが立ち並んでいる四の街があって、城壁となる。ぼくはあまりこの街が好きじゃない。確かに南エリシュオーネは平和だ。危険なモンスターや魔物の類は辺境地にしか出ないし、北エリシュオーネからの侵略はここ十三年ほどない。


 だからといって、エイーガがいつまでも侵略を受けないといった保証はない。もし、攻撃を受けたら、真っ先に一般庶民が危険なのだ。そういった街作りをした過去の偉い人たちの思惑がみえみえで、ぼくは一度この街を徹底的に破壊したくなる。念のために言うけれどもここに住んでいるし、公爵家に繋がる者として周りの迷惑になるので、安易な破壊活動はもちろんしないよ。思うだけだから。


 とにかく、ぼくは両親の方針という事情で、堀を越えた三の街の学校に通っている。ぼくが通っているのは西地区の学校で、ぼくの同級生の中にフェル・リンリンという男の子がいる。どうやら、ぼくと同じ貴族の子らしいフェルは勉強は良くできるけれど、ひ弱で軟弱な奴なのだ。ぼくはぼく以外に貴族の子がいることに最初はちょっと驚いた。子供を貴族の学校に入れないで、一般の学校に入れるなんて風変わりなことをするのは、ノブユキさんだけかと思っていたからだ。


 もっとも、ぼくの家は貴族とは名ばかりで、ほとんど自分でできることは自分でする。元冒険者の両親は自分でできることは自分でする。人に頼るのは自堕落になるから人に頼ることはやめようというそういう方針の人たちなので、ぼくの家には執事とかメイドとかコックとかごく普通の貴族の家にいる人たちはいない。だから僕が家事一切をしているわけだ。


 話はそれたけれど、ぼくのクラスメートのフェルは男の子のくせに弱虫で平和主義だ。とにかく争うことは全て嫌いで、いつもにこにこと微笑みどんな時でも顔に穏やかな笑みを張り付けている。言葉遣いはいたって丁寧で間延びし、聞いているこっちがイライラしてくる。学校に通い始めて八年も経つというのに、未だに馬鹿丁寧な言葉遣いから脱出できずに、皆から一人浮き上がっている。男の子にはもちろん、女の子にも平気で顎で扱き使われている情けない奴なのだ。ぼくはそんなフェルが我慢できなくて、同じ貴族のよしみで、何くれとついつい面倒を見てきた。性格は生まじめで気が優しすぎるのが長所であり欠点でもある。理科の蛙の解剖で唯一人気絶した奇特な奴だ。




「フェルが何?」


 ぼくは自分の猫の絵付きのマグカップを手に取ると、香草茶を口に含んだ。爽やかな香が口一杯に広がってくる。フェルの顔を思い浮かべながら、なんでここで彼の名が出るのか不明だった。


「王子様が十四才の誕生日を迎えて、一年の修業の旅に出られることになったのよ。その旅のお共にモエちゃんが選ばれたの」


 ますます、ぼくの目は点になった。フェルから何で、いきなり、王子の修業の旅になるわけぇ?ルイさんはフフフと意味ありげに笑った。ぼくは????マークを一杯頭に浮かべて、余計なことを言わないようにまた香草茶を飲み込んだ。うん、下手な地雷は踏みたくない。


「若いっていいわねぇ、これこそ、青春よ。うん、未来の王妃様の母親っていうのもよいかもね」


 ぼくは思いっきりお茶を吹き出した。


「ゴッ、ゴボ、ゴボガ、ゴボガゴボゲボ、ゴボジゴボゲ?(ぼっ、ぼく、ぼくが、ぼくがどうして、王妃様に?)」


 お茶が気管支にも入ったらしく、ぼくはむせながらも、ルイさんに一応理由を聞いた。彼女の中では、毎回、すでに話が勝手にまとまっていて、ぼくはいつもその後始末に追われることになる。危険だ。今回もものすごく危ない橋を渡っている気がする。そんなぼくの心の内などお構いなしに、ルイさんはゆっくりとカップを手に取って、おいしそうに香草茶を飲んでいる。


「うーん、しばらく、モエちゃんのお茶も飲めなくなるわねぇ」


 感慨深そうにルイさんは呟いた。むせて咳き込み続けていたぼくは、やっと落ち着いて、ルイさんに詰め寄った。ぼくの危険回避が第一優先だ。


「ぼくが王妃様って一体何なのよ!」


「えっ?あっ、そうね」


 ルイさんはカップをテーブルに戻すと、ぽんと何か閃いたみたいに手を叩いた。


「モエちゃんは知らなかったのよね。フェルくんはね、王妃様の旧姓を使っていたけど、本名はフェル・デュアル・エリオス・マース、つまり、この国の王子様なわけ」


 ぼくは金魚みたいに口をパクパクとさせた。あの情なくて、頼りない、とことんお人好しのフェルがこの国の王子様ぁ?ぼくはクラクラと眩暈がして、一瞬、卒倒しかけた。うっ、うっ、うっ、あんな奴がこの国の未来を握っているっていうの。嘘だぁ!ぼくは認めない!絶対に認めたくない!この国の先行きがすごく不安でたまらない。フェルが国王になったら、この国はつぶれるんじゃないかって本気で心配になる。どこか別の国に移住した方がよいのではと内心思い始めた。


「モエちゃんも知っている通り、マース国の子供たちは、十四才になったら、一度修業の旅に出ることになっているわよね」


 ぼくは叫びたい気持ちを気を落ち着けるつもりで、また、香草茶を口に含んだ。ルイさんの言葉に、マグカップを口に付けながら、ぼくはこくこくと首振り人形のようにうなずいた。




 昔からの習わしでマース国の子供は、十四才の年に一度親元を離れて修業の旅に出ることになっている。一応、期間は十五才の成年式までで、旅のお共には王立研究所発行の冒険ガイドブックを持って行く。ほら、よく言うじゃない、『かわいい子には旅をさせろ』って。あれを国ぐるみで実践しているっていうわけ。


 ぼくだって、いつごろ修業の旅に出ようかと真面目に考えてる。そのためにはぼくの将来を決める必要がある。修業の旅の目的の一つは自分の将来に役立てること。


 マース国の子供たちの教育は十四才で終わる。たいていの子供は学校を卒業した年に旅に出る。たまに早く旅に出る奴もいる。ぼくの両親がともにそうだ。ルイさんは八才の年に魔術士として、ノブユキさんは十二才の年、剣士としての腕を磨くためにそれぞれ修業の旅に出たそうだ。二人の出会いは、その旅の途中らしい。どうも、パーティを組んで、魔物やモンスター退治だの山賊やら、海賊やら、お尋ね者やらを捕まえたりしていたみたいだ。あの二人なら、やりそうなことだもの。才能のないぼくにはちょっと羨ましい。


 修業の旅といっても、一般には鍛治屋を志すものは鍛治屋に弟子入りするとか、花嫁修業のために貴族の家に行儀見習に勤めるとかいうのがほとんどである。そういった場合は成年式が終わった後もそこで修業をすることが多い。もっとも、その前にたいていの者が、このマース国内を観光目的で旅をする。冒険ガイドブックにもそういった観光案内は、抜け目なく書き込まれてある。


 ルイさんとノブユキさんみたいに冒険者として修業の旅に出る者は、殆どが城に勤める予定の騎士見習いとか魔術士見習いである。もちろん、成年式を済ませてからも冒険者として、そのまま身をたてている人もいる。エリシュオーネが今みたいに、北と南に別れる前-神代の遺跡を発掘して、王立研究所に売込んだり、傭兵として、辺境地のモンスターを退治したり、盗賊退治などの賞金稼ぎをしたりしているらしい。


 ぼくには剣士としての能力も魔術士としての能力もない。当然、不本意ながら、どこかへ弟子入りするか、行儀見習に行くか二つに一つの選択組の仲間入りとなる予定だ。どこに決めるにしても一度はマース国を旅するつもりであるけれどね。ぼくが旅に出るときはルーイ家からぼくの代わりに執事や侍女やコックなどが来る手はずになっている。ルイさんに任せたら、ぼくが家に戻った時に家がなかったという恐ろしい未来が現実になるのは必然だからだ。別名『破壊の魔女」とはルイさんの二つ名としてマース国では有名である。


「王家の人間はね、十四才の誕生日の日に修業の旅に出るのよ」


「だから何?」


「旅に出る前にせめて婚約をとかいう話がきたの。でも、ねえ、ほら、うちの場合はモエちゃんには既に三人も婚約者がいるし、一応は丁寧にお断りするつもりだったんだけど」


 ルイさんは楽しそうにぼくを見つめる。背筋に悪寒が走る。


「やっぱり、王家の意向には逆らえないでしょう。ウフフ」


「アァーーー、ウゥーーー」


 ぼくはわけのわかんないうなり声を上げて、テーブルの上に突っ伏した。三人でも持て余しているのに、また一人増えた。この年で四人も婚約者がいるぼくって、なんて不幸なんだ。また、おじいちゃんたちが騒ぎ立てて、今度は王家を巻き込んだ凄じいバトルが展開されたに決まっている。いつだって、当のぼくの気持ちを無視して、お家が大事なんだ、大人たちは。


 逆ハーレムなんて言わないでほしい。実はおじいちゃんたちが絡むので、婚約者に対する態度の調整もいろいろと大変なのだ。羨ましいという人に是非熨斗を付けて差し上げたい。


「でね、結局は皆まとめて修業の旅に出て、その旅を終えた時点で誰にするのか、モエちゃんが決めることになったの」


 ぼくはがばっと顔を上げた。バンとテーブルを叩いて、ルイさんを睨むと一気に二階の自分の部屋に飛び込んだ。目つきがきっと、恐ーい巡察士のおじさんみたいに三白眼になっていたらしい。ルイさんが大袈裟に退けぞっていた。


「モエちゃん、怒ってるの?」


 ルイさんの声がドア越しに聞こえた。ぼくはベッドに潜り込んで、布団を被るといういわゆる不貞寝を決め込んだ。何度か、ドア越しにルイさんはぼくの名前を呼んでいたけど、そのうち諦めたのか、階下へ降りていく足音が聞こえてきた。ぼくはベッドの上に起き上がると、腕組みして考え込む。


 その気になれば、ルイさんは魔法で部屋に入ることもできるのに、昔から絶対にそういったことをしない。ぼくのプライバシーをひとまずは尊重してくれているらしい。この場合、そういう配慮がちょっと嬉しかったりする。


 それにしても、ぼくは大きくため息を吐いた。どうしてこんな風にぼくは不幸に見舞われるのだろうか?何かに呪われてでもいるのだろうか?三人でも持て余している婚約者が四人だなんて、大人たちは何を考えているのだろうか?ぼくは一人しかいないというのに。逆ハーレムが好きな人なら、喜ばしいことなのかもしれないが、ぼくはやはり、好きな人は一人だけがいい。男の子たちを侍らせて楽しむなんて、ぼくにとっては悪趣味としか言いようがない。それでなくとも、ぼくの婚約者たちは貴族の女の子たちから好物件として認識されているらしく、ぼくの耳に入るようにわざと嫌がらせをされるのだ。不幸だ。つくづくぼくは運がない。




 決めた!ぼくはベッドから抜け出ると、机に向かって、せっせと手紙を書いた。くよくよしていても、何かが変わるわけじゃない。これ以上、最悪な事態にならないためにぼくは逃げ出すことに決めた。


 デイパックに適当に着替えの二、三着詰込んで、ぼくはもう一度部屋を見渡した。ベッドにかかっているカバーは、マーサおばちゃんが死ぬ前に作ってくれた白地にブルーの小さな花柄、カーテンも同じ模様で、女の子の部屋らしく演出している。ノブユキさんは実用主義で華美なものを嫌う。ぼくに選んでくれた家具はシンプルで実用主義の最たる物だ。ぼくは友達のかわいい部屋に憧れて、マーサおばちゃんにねだった。それは今はもう懐かしい思い出だ。


 ぼくは滲んできた涙を手の甲で拭った。最後に机の引き出しにしまっておいた冒険ガイドブックを出した。いつ旅に出ようか迷っていたぼくは、これだけはきちんと準備しておいた。本当はぼくもルイさんやノブユキさんみたいに冒険者として旅をしてみたかった。才能は似なかったぼくだけど、本質的なところはあの二人の娘なのだと思う。


 ぼくはクローゼットの引き出しの奥に大切にしまっておいた服を取り出した。マーサおばちゃんがぼくの修業の旅のためにと用意しておいてくれた服、ぼくは着てみてちょっと気恥かしくなった。身体にピッタリとフィットした真紅のアンダースーツに純白のミニドレス。スカートの両脇にスリットが入っていて、動く度に太ももが丸見えになる。うっ、うう、やっぱり止めようかな?一昔前に流行った魔法少女の物語の主人公が着ていたような服だ。あのモデルはルイさんだともっぱらの噂だったが、あながち嘘ではないらしい。つまりこれは、マーサおばちゃんがルイさんと同じ魔術士になることを願って作ってくれたものなのだ。


 ぼくは鏡の前でしばらく硬直したように動けなかった。似合わない。無理無理絶対にこれは無理。


「しかたない。いつもので行くしかないかぁ。せっかく、マーサおばちゃんが準備しておいてくれたのだもの荷物として持っていけばいいか」


 自分に言い聞かせるようにぼくは呟いた。それでも、いつもと同じ白のシャツに黒のズボン姿になり、マーサおばちゃんの服は大切にデイパックの底に入れることにした。着ることはあり得ないと思うが、一応お守り代わりだ。


 家を出ることは簡単だった。ぼくの部屋の目の前に、樹齢百年ほどの大きな銀杏の木がある。うまいことに窓に枝を張ってくれている。ここに引っ越してきたのは、ぼくが五才の時だった。それまではエリシュオーネ山脈近くにあるマース国騎士団駐屯地にいた。あれから九年。早いようで短い日々だった。


 今日、ぼくは修行の旅に出る。そうぼくの未来のために。


つたない文章ですみません。

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