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裏野ハイツ幻想  作者: 松宮星
第3話 タクシーの怪談
9/14

幽霊

 タクシーの怖い話?


 お客さ〜ん、今、それ聞いちゃいます?

 真夏ならいざ知らず、この年の瀬も押し詰まった真冬日に、物好きですねえ。

 車の中に何か来ちゃっても知りませんよ?

 シャレにならない何かがね……いいんですか?



 あ〜 そうそう。

 消える女は、有名ですよねえ。



 深夜、病院の前で、女の客を拾うんですよねー

 墓地の前のパターンもありますねー

 長ぁい黒髪の白い服の女。

 女は無口でねー 行先だけ告げると黙っちゃうの。

 運転手が話しかけても、うんともすんとも言わない。

 そのうち、運転手の方も黙っちゃってさー

 車内がシーンとしちゃうんですよね。

 それからどれぐらい経ったのか……

 ふと気がつくと、寒い。車内が耐えがたいほどの寒さになってる。

 エアコンの故障か?

 運転手は、ルームミラーでお客さんの様子をうかがうんだけど……

――女の姿がない。

 慌てて振り返れば、居る。うなだれて、長い黒髪を垂らして、うつむきながら座っている。

 なのに、何度直しても……ルームミラーに女は映らない。


 叫びたいのを必死に堪え、運転手は前だけを見て運転する。

 どうにか目的地まで車を走らせて、おそるおそる振り返ると……

 女は消えていた。

 ただ、女が座っていた座席だけが冷たく湿っていたという……。



 怖いですよね……。


 え?

 ぜんぜん怖くない?

 オチを知ってる?

 車内が暖かくて、ゾ〜っとなれない?


 そうですかねー わたしゃこの話を聞く度に、背筋がゾ〜っとしますけどねー


 だってねえ、お客さん。


 この話……

 深夜に、青山から横浜の先まで走ったりするんですよ。

 青タンタイムに……あ、すいません、深夜割増料金タイムに高速のっちゃってるんですよ。

 1万円は超えてます。

 それで、乗り逃げされちゃたまりませんよ。


 幽霊に逃げられたって言っても、会社はそれがどうしたでしょうし。


 幽霊の乗車料金、ドライバーが穴埋めさせられます……。


 あ〜 怖い!


 それにねえ……

 女が座ってたとこ……何で濡れてたと思います?

 湿ってただけならいいんですけどねー

 女が墓から出て来たんなら、泥まみれかもしれない。病院から来たんなら、血まみれ薬品まみれかもしれない。

 その日はもう営業できませんよ。

 掃除と洗車、場合によってはシート交換まで。幽霊にやられましたって報告しても絶対ダメです。こっちも身銭切らされる。


 おおお、怖い怖い怖い!




 ハハハ。


 怖くない?


……じゃ、こういうのはどうです?



 近頃はあっちこっちで忘年会やら飲み会がわんさと行われてるじゃないですか。

 ボーナスで懐が暖かくなったお客様が普段よりぐ〜んと利用してくださるんで、わたしらの業界じゃかきいれ時なんですよ。


 わたし、おとといも出勤だったんですがね……


 例年なら、昼はボチボチでも夜になりゃ歓楽街が賑わうんですけどね……


 ところが、どうしたことか……。

 夜も更けたって言うのに、人の気配がほとんどない……。

 歓楽街は、空車のタクシーであふれている。

 奇跡的に誰かの手が挙がっても、ライバルにとられる。

 そんな馬鹿な……。

 このシーズンだけは、不景気知らずのはず。お客さんがそこらじゅうにあふれて、タクシー難民になるほどなのに……。


 しばらく粘りましたが、まったくダメで。

 あきらめて、わたしゃ流す場所を変えることにしたんです。


 でもね……

 そのせいで……

 わたしは出会ってしまったんですよ……


 何よりも恐ろしい……

 そう……


――渋滞に。


 空車のまま、身動きできず……更に夜は更けてって……


 売り上げは、昼の八千でおしまい……。



 ひぃぃぃ、怖いッ!




 てな夢を見たんですよ、おととい、仮眠中にね。

 蓋を開けてみれば、久々の6万台。ほくほくでした。



 ハハハ。


 これもダメ?


 笑える小噺が聞きたいんじゃない?

 いえいえ、タクドラにとっちゃ本当に怖い話で……ああ、そんな睨まないでくださいよ。



 もっと怖い話……?


 何か知ってるだろう? 今日なんかあったんだろうって……


 え? なぜ、そんな……?



 幽霊にあったみたいな顔……?


……そうですか……わたし、そんな変な顔してたんですか……。


 すみません。

 たいへん失礼いたしました。


 いえね……お客さんにはまったく関係のない話なんですがね……


 行先を聞いたら、ゾ〜ッとしちゃいましてね……。


 裏野ハイツだなんて……。



 実はね……これで五度目なんですよ。


 お客さんをお乗せする前に、わたし四連続であそこへ行ってるんですよ。



 あまりにもね、行先が被るし……

 気味が悪いことが続いて……


 もうすっかりいやんなって……


 遠くに離れて来たってぇのに……


 わざわざ東京駅まで来て付け待ちしてたら、乗って来たのはお客さんだ。


……また裏野ハイツに戻らなきゃいけない。


 ほんとに……わたし、魅入られちゃったんですかねえ……。

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