表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏野ハイツ幻想  作者: 松宮星
第1話 203号室の謎
5/14

まどかのために

 俺の妹は可愛い。


 けど、可愛くない。

 無愛想だ。

 ニコリとも笑わねえ。


 家に帰ったら、まずは「ただいまー」だろうが。


 いきなりTV消すなよ。くっだらねードラマでもさー 母さんが見てんだぜ?


「んもう、今いいとこなのに〜」

 母さんがソッコーでTVをつけ直す。


 まどかは冷蔵庫からペットボトルのお茶を出して、ゴクゴク喉を鳴らしてる。



 あ〜 そーいや、おまえ、知ってる?


 今日気づいたんだけどさー


 裏野ハイツって築三十年だろ?


 三十年前!

 1986年といえば!


 そう! メキシコ・ワールドカップの年だ!


 この大会と言えば、アルゼンチンの……


 優勝は…………


 かの有名な…………


 神の手…………

 

 なんか感動だよなー あの大会から同じだけの歴史を、裏野ハイツは重ねているわけで、そう思うとボロアパートも……


 って。


 ちょ。


 おま。


 聞いてる?


 おにーちゃんの相手してよ!



 さっきから何ゴソゴソやってんの?


 あ〜 晩飯の準備か。

 また、レトルトカレーかよ。

 炭水化物ばっか食ってると、太るぞ〜 つーか病気になる。もっと野菜食えよ。



「ただいま」


 オヤジが帰って来た。


 いつもの時間だ。

 クソ真面目なオヤジは、昔っから生活習慣(スタイル)を崩さない。

 定時にあがり、寄り道しねえで帰って来る。



 オヤジの方をチラッと見て、まどかがご飯をよそる。


 まずは俺らの分、それから自分の分だ。


 俺らのは、白いご飯だけ。

 三人分だが、器は1コ。まどかはケチなのだ。


 けど、今日は……


「はい。おにーちゃんの好きなプチトマト」

 そう言って、プチトマトも供えてくれる。


 サンキュウ。


 でも、おまえこそ、野菜食えよ。


 手を合わせるまどかに、俺は微笑みかけた。



* * * * * *



 部屋に帰ると、TVがかかっていた。


 いつものことだ。


 出がけに消しても、帰れば必ずついている。


 消してもボリュームを落としても、すぐにもとに戻ってしまう。


 ママのせいだ。


 せめて、もう少しボリュームを絞ればいいのに。


 近所から苦情がこないか心配だ。


 もっと壁が厚い部屋にしておけば良かったかも。



 スマホをテーブルの上に置くと、画面がパッパと変わってゆく。


 次々といろんなことが検索されるのだ……私が触れてもいないのに。


 今日は、メキシコワールドカップについて……?


 どういうこと?


 何が言いたいの?


 私、エスパーじゃないのよ。

 言いたいことがあったら文字にしてよ、おにーちゃん……。




 なまあたたかい風を感じた。


 パパが帰って来たんだ。


 今日もきっちり同じ時間に。




 死者というものは……

 生前の行動をなぞるみたいだ。


 ママは一日中TVを見てて、

 おにーちゃんはネットが大好きで、

 パパは夜に現れて、私が起きる前に部屋から姿を消してしまう。


 ママやおにーちゃんは、たまに外までついて来る。

 非常識なことに、昼にまで……。

 私の後ろを、どこまでもどこまでも追いかけて来るのだ。


 私にしか、家族の姿は見えないけれども……


 外にいる間ぐらい、一人になりたい。


 そう思う私は、わがままだろうか?




 四年前の春、自宅にトラックが突っ込んだ。


 生き延びたのは、二階にいた私だけだった。



 それから、叔母さん()にひきとられ……


 家族とずっといっしょにいる。


 つきまとわられている。



 最初は怖かった。


 ぐちゃぐちゃな死体のくせに……

 ひどい姿の幽霊のくせに……


 パパとママとおにーちゃんで……


 私に話しかけてくる。


 触れようとしてくる。


 幽霊の声は、聞き取れない。

 たぶん、喉まで潰れているからだ。


 血まみれの死体が、ゴーゴーヒューヒュー風のような音を漏らしつつ迫って来るのだ。


 恐怖のあまり、何度気を失ったことか……。



 でも……


 今は平気。


 正視できる。


 毎日ともなると、感覚も鈍化する。


 見慣れてしまったのだ。


 轢死体のくせに、ゆがんだメガネをかけ続けるパパ。

 TVばかり見てるママ。

 隙あらば、私からスマホを奪うおにーちゃん。


 笑っちゃうほどに、ユーモラスだ。


 怯えるのも、バカらしい。



 それに、家族は私を護ってくれる。


 裏野ハイツ203号室には、何か得体のしれないものがいた。


 内覧の時、背筋がゾッとした。

 見えなかったけれど、感じたのだ……何かを。

 ものすごく嫌な気配があったのだ。


 けれども、今はまったく感じない。


 みんなが追い払ってくれたのだ……そうに決まっている。



 のんびりやの家族は、きっと……


 自分の死に気づかぬまま……


 仲良く暮らそうとしているんだ。


 私につきまとうのも、私が心配だから。


 愛されているのだ……


 そう思う事にしている。



 住むなら、広いLDKがある部屋が良かった。


 パパとママとおにーちゃんの居場所をつくれるから。


 LDKが広ければ、何処でも良かった。お家賃が高くても、構わなかった。みんなの保険金や遺産が、まだまだいっぱいあるもの……。



 裏野ハイツにしたのは、おにーちゃんへのサービスだ。


 私のスマホで、おにーちゃんはこの部屋の物件情報ばかり何度も何度も見ていた。

 猛烈な『ここにしろ』アピール……。

 仕方がないから、リクエストに応えてあげたのだ。


 おにーちゃんは、この部屋の何処を気に入ったんだろ? さっぱりわからない……。




 ご飯といっしょにプチトマトを供えたら、おにーちゃんはひときわ大きいうめき声を漏らした。


……喜んでくれてるのだ、たぶん。



 四年前の春……

 あの事故が一日遅ければ……


 おにーちゃんは助かっていた。


 東京の下宿に引っ越してたから。



 いつの間にか私はおにーちゃんの年を追い越し、おにーちゃんが通うはずだった大学に通っている……。



 ほんとは、ののしられてるのかもしれない。『なんでおまえだけ生きてるんだよぉぉぉ』って。


 でも、いい。

 どうせ、なに言ってるのかわからないのだ。

 好きなように、解釈しとく。


 いいわよね、おにーちゃん?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ