裏野ハイツに来てみれば……
「はじめまして。○×不動産の片桐と申します。本日はよろしくお願いいたします」
案内人は、おねーちゃんだった。
化粧がケバイ。おねーちゃんじゃなく、オバさんかも……。でも、まあ、そこそこ美人。営業スマイルが板についている
「本日は五部屋にご案内します。メールでお伝えしましたが、車ではなく徒歩で。駅から歩いて、周辺の様子を把握しながらお部屋を見て行きましょう」
気持ちいいくらいテキパキしてる。
颯爽と歩くおねーちゃんの後に、まどかが続き、俺と母さんが遅れじと追いかける。
街灯の位置と間隔、道幅、人通り、道の途中に何があるのか、チェックしておくべき事はいっぱいだ。
郵便局、コンビニ、コインランドリー……駅前にはスーパーも病院も銀行もあった。わりと暮らしやすそう。
「こちらが、裏野ハイツです」
俺達は裏野ハイツを見上げた。
オヤジよ……
ハズレだ!
崖なんか影も形もねーよ!
裏野ハイツは、崖そばのアパートじゃなかった!(てか、地図見りゃ一発でわかるよな!)
だが、しかし。
裏野ハイツは妙な形をしていた。
縦が短く横棒が長いL字型というか……
並びは……
203
201 202
だった!
「こちらのハイツ、もとは2階建て4室でした。203号室は増築後のお部屋ですので、201号室202号室とは階段が異なります。こちらの専用階段をご利用いただく事となります」
部屋の並びの謎は、解けてみれば謎でも何でもなかった……
真実とはいつもこんなものなのだよ、ワトソン君……
「え? 階段が8段? あぁ〜 すみません、この間取り図の階段数は間違ってますね」
不動産屋のおねーちゃんが、203号室への階段を数える。
……十三段だった。
「では、203号室に入ってみましょう」
入ってすぐがLDK。
「5年前にリフォーム済み。床はフローリングです。もともとは2Kのお部屋だったんですが、1室減らして広々としたリビングにしたんです。大正解って感じですよね?」
うん、広い。
家具がないから、いっそう広く感じる。
一人暮らしにゃもったいない広さだ。
俺だったら、奥の洋室だけでいいなー。料理しねえし。キッチンなんて、お湯わかせりゃ充分だし。
「あら〜 いいわね。ここなら、広いテーブルと大きなTVを置けるわ〜 ゆったりくつろげるわね〜」
母さんが、ニコニコ笑う。
いや。部屋借りるの、まどかだから。母さんじゃないから。一人暮らし用のテーブルやTVを買うに決まってるだろ?
まどかが、うるさそうに振り返る。
けど、何も言わない。睨むだけ睨んで、ぷいっと前に向き直った。
奥の洋室には、LDKを斜めにつっきらなきゃ行けない。
その生活動線の悪さにも理由があった。
リフォーム前は、玄関の南側がキッチン、東側が四畳半。キッチンからつづく廊下で洗面脱衣所エリアと奥の洋室がつながっていたんだそうで。
その名残で、洋室の出入り口は狭い一枚の引き戸だけになっているようだ。……リフォーム時に、扉位置も変えりゃいいのに。
風呂場広い、トイレも狭くない。収納そこそこ。
洗濯機も置ける。
隣部屋(201号室)に接してる面は、風呂とトイレと物入れだ。生活音トラブルは、大丈夫そう?
「エアコン? もちろん、OKですよ。室外機は壁面設置になります。東京の暑さをなめちゃ駄目ですよ。無かったら死にます。蒸し死にです。私なら、ですが」
不動産屋のねーちゃんの口調が、だいぶくだけてきた。
「いいお部屋でしょ? 周りは静かな住宅街、お家賃もステキです。ただ、女性の一人暮らしなんですよね? よ〜く考えてから決めた方がいいですよ、ぜったい」
まどかは小さく頷き、ポツリとつぶやいた。
ここは事故物件なんですか? って。
「違いますよ」
不動産屋のねーちゃんは、営業スマイルを崩さない。にっこりと微笑んだままだ。
でもって、指を一本たててそっと口元へもってった。
内緒ですよ、って感じに。
「前にお住まいの方もその前の方も、普通に退去されています。どなたもお亡くなりになっていませんよ?」
前とその前は……か。
……その更に前は?
って、聞きたかったんだけど。
「はーい。では、次のお部屋に行ってみましょう」
不動産屋のねーちゃんは、まどかを連れ出してしまった。
「駅から徒歩11分の1Kです。ここから歩いて、5分ぐらいです。お家賃は3万5千ほどアップしますが、その分……」
なんとなくだが……
やっぱ何かありそうだ、この部屋。
なにかあってから後悔しても遅いんだ。
セキュリティが万全なマンションにしようぜ、まどか。
って助言したのに!
なんで、裏野ハイツ203号室に決めちゃうんだよ、バカぁぁぁ!