階段は昇らなくてもいい
「更に言えば、階段が気持ち悪い」
オヤジが間取り図を指さす。
「直進階段を昇ってすぐ右手が玄関……階段の床板いっぱいに開く玄関扉……2F共用通路の表記は無い。つまり、この階段は203号室専用の階段となるわけだが……」
オヤジがフレームをもって、メガネをかけ直す。
「201と202の階段はどうなってると思う?」
それぞれ専用階段を持ってる……?
けど、アパートで、2F全室に専用階段有り? すげぇ無駄くさい造り。建築基準法的にどうなんだ?
そんな建物って見たことないような……
あ!
あったな!
1Fの玄関あけるとすぐ階段で、2Fの居住部まで一直線って物件あったあった。1Fに全戸の玄関がずらりって造りだったな。
……その造りなら、階段の横に隣室を配置できる。
203 202 201 って廊下から見た並びじゃなくても、
201 202 203 でもいけるってことじゃん?
なぁんだ、そういうことか……
「違う。1Fに玄関があるのなら、間取り図にも表記されるはずだ」
よく見ろと、オヤジが間取り図を指さす。
「第一、これは外階段だ。LDKに面した玄関にタタキがあるだろ? ここで靴を脱ぐんだ」
たしかに。
「それに、LDKと風呂場の窓が階段に面してるんだ。階段が屋内だったら、わざわざそこに湿気を逃す窓をもうけると思うか?」
思いません。
この階段は、外階段で間違いなさそう。
つーと、2Fの全室に専用外階段付き?
謎なつくりだ。
共用通路をもうけられないほど、敷地が狭いのか? 裏野ハイツの周囲は、すぐ隣家の壁? 道路?
「階段、8段なのね〜 えっと……2階までの高さって……だいたい……」
首をかしげた母さんに、「2・5mから3mぐらいだな」とオヤジがアシスト。
「3mね。3m ÷ 8だと、一段の高さは……」
チラシの裏をつかって、母さんが筆算をする。
「あらやだ。37・5センチだわ」
1段あたりの高さは、ほぼ40センチ?
「急すぎて、危ないわねえ。まどちゃんが怪我しちゃうわ」
いや、それ、お年寄りだと昇れねーし。引っ越し業者が死ぬから。
仮に2階まで2・5mだとしても、8段じゃ……1段あたりの高さは30センチ以上。
建築基準法違反だろ、ぜったい。
表記されてないだけで、8段以上あるに決まってる。
階段ってふつう……
何段だっけ?
十三階段の怪談があるから、そんぐらいか?
「段数省略のマークがない。おれは、この階段は8段だと思う」
フフンと笑みをつくり、オヤジがフロントを手で覆ってメガネを持ち上げる。
ぉい、こら。
なに中二病ポーズとってんだ。
きめーよ。
ほらな。まどかにもガン無視されてっぞ。
とっとと、そのズレやすいメガネ直せよ……。
「正樹、まどか。常識にとらわれすぎては駄目だ。真実が見えなくなる。若者らしく、もっと柔軟な発想をしてみろ」
ドヤ顔のおっさんが、俺の目を見つめる。勿論、まどかには無視されているからだ。
「2Fへの階段は、昇りとは限らない」
は?
「階段は昇らなくてもいいんだ」
オヤジが、母さんからチラシを奪う。
「図に描くと、こうだ」
チラシの裏に描かれたのは、裏野ハイツ203号室の間取り。
その左側、つーか西面だな、階段と風呂場の横に斜線を引き、オヤジは漢字でデカデカと『高台』と書き加えた。
「つまり! 裏野ハイツとは、特殊な場所に建てられたアパート! 崖に面したアパートなのだ!」
部屋の中がシーンとする。
反応待ちのオヤジ(ドヤ顔)。
ニコニコ笑ってる母さん。
『だからなに?』を貫くまどか。
……かわいそうなんで、俺が反応してやった。
ようするに、だ。
裏野ハイツの西側には高台があって、2F部屋にはそこから下り階段で行く……そう言いたいんだよな、オヤジ?
そうだ、とおっさんが頷く。
オヤジよ……
推理小説マニアなのは、知ってっけど。
『常識を覆す建物』を想像するのが楽しいんだろうけど。
曇った目で、世の中を見ないでくれ……
いや、濁った目と言うべきか……?
崖の手前に、わざわざアパートつくるかぁ? 土砂崩れこぇぇぇだろーが!
つーか、風呂場の外が崖? 窓あけたら、崖とご対面ってか? 嫌すぎるぞ、その景観!
そんなアパートあるわけねーだろ、バーカ!
「現地に行けばわかることだ……」
オヤジがキメ顔になって、まどかに微笑みかける。
「まどか、お父さんに任せとけ。このおれの目で、一番いい物件を選んでやる。向こうに行ってみなければわからないが、裏野ハイツはおそらく無し……」
「あら〜 それは無理よ、お父さん」
母さんが、おっとりと言う。
「あさって、内覧だもの」
そう……内覧は、木曜の昼間。
平日の日中なのだ。
この世の終わりが来たかのような顔だな、オヤジ……
ま、可愛いまどかの為だし。
おにーちゃんはついてくよ。
オヤジの名推理が合ってるかも、ついでに見て来てやらぁ。