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裏野ハイツ幻想  作者: 松宮星
第3話 タクシーの怪談
12/14

視線

 あー、雪がちらついてきたな……

 雪や大雨の日は、お客様が増えるんですけどね。

 もともと夜のお客さんが見込める今日みたいな日には、いらないなー ロングのお客様を送った後、大渋滞で身動きとれなくなったら、もう悲惨悲惨。

 そういえば、去年……


 え? ……さっきの話の続きが聞きたい?

 へー

 お客さんも物好きですねえ。


 えーっと、次のお客様は、お若い女性でしたね。

 病院で付け待ちしてたら、乗っていらっしゃったんですよ。


 どんな女性かって……


 化粧っ気のない地味……あ、いえ、真面目そうなお嬢さんでした。

 ダウンのコートに、セーター、パンツルック。

 左手首に包帯を巻いて、顎から左頬に大きな絆創膏をしてました。


……そうですね。まあ、可愛いかったですよ。

 二十歳ぐらいですかね。

 目鼻立ちがすっきりしてて。

 ショートボブで。



――結城さん? 203号室?


 はぁ……もう、お客さんには何もかもバレバレなんですかねー



……そうです。

 そのお嬢さんの行先も、裏野ハイツだったんです。


 またまた裏野ハイツ!


 あれ? とは思いましたよ。

 駅向かいから、【裏野ハイツ】。

 無線うけて【裏野ハイツ】から病院。

 その病院からまた【裏野ハイツ】だ。

 三連続でしたからねえ。


 そりゃあね。続く時には続きますよ。

 でもね、大きなイベントがあるわけじゃなし、有名な観光スポットでもない、人がいっぱいのタワーマンションでもないんですよ。

 そんな場所に続けて行くのは……変でしょ?


 ちょいと気味が悪いなあとは思いましたが。

 仕事は仕事なんで。


 先に裏野ハイツに忘れ物を取りに行って、そのあと◇◇駅まで走って……

 そう、急行の停まる◇◇駅ね。

 そこで、お客様を降ろして、わたしは次の……




 え?


……それだけじゃないだろう?


 何かあっただろう……?


 ハハハ……


 名探偵ですか、お客さん?


 え? ルームミラーに、わたしの目元から鼻まで映ってるって……?

 その顔は、隠し事をしてる顔だ……?


 参ったなあ。


 いや、でもねえ……

 お知り合いなんでしょ? その203号室のお嬢さんと。


 こんなこと話したら、あとあとトラブルに……



……絶対ここだけの話にする?

……運転手さんには迷惑をかけない?


 う〜ん。


 どうしようかな。


 いやね、実は……正直に言うと……

 誰かに話してスッキリしたいっていうか……

 厄を落としたいっていうか……


……ひとりで抱え込んでるのが怖かったんですよ。


 聞いてくれます?


 で、すぐに忘れてくれます?



 ありがとうございます。



 じゃあ話しますが……



 そのお嬢さんね……

 何というか……気味が悪かったんですよ。


 乗り込んで来た時から不機嫌そうでね。


 ルームミラーで覗くと……

 据わったような目で、こっちをジーッと見続けてるんですよ。


 ええ。睨まれてたんですよ、わたし……ず〜っとね。


 荒い運転してたわけじゃなし。

 何でそんなおっかない顔されるのか、さっぱり……。


……へ?


 いやいやいやいや。

 セクハラなんてまさか。オヤジトークも炸裂してませんって。


 わたし、空気が読めるドライバーなんです。

 話しかけるなオーラを出してるお客様の時は、口にチャックしますよー

 あのお客様、イヤホンしてましたからねー 『話したくない』サインをキャッチして、静かぁにしてたんですよ。


……ああ、まあねえ。

 臭いは、あったかも。

 香水臭。だいぶ薄れてましたが、後から入って来たお客様には気になったかもですねえ。


……は? 香水臭じゃなくて、加齢臭? わたしの体臭がキツくて、お嬢さんは具合が悪くなったんじゃないかですって?

 ひどいなあ。

 まさか、まさか。わたしゃ、まだそんな年じゃ……


……臭くないですよね、わたし?



 まあ冗談はそれぐらいにして。


 聞こえてないかもしれないけれど、話しかけてみたんですよ。遠回しにね、ご不満はありませんか? とお伺いを立てる感じでね。


 大丈夫ですか? わたしの運転、お怪我に響いてませんか? ってね。


 お返事は無かったです。

 ただ睨まれてるだけ。

 しつこくしたら余計ご機嫌を損ねると思って、口を閉ざしました。



 裏野ハイツのそばまで来たら、お客様、ようやくイヤホンを外したんですよ。


「五分程度で戻ります。ハイツの前で待っていてください」って。

 感情のこもってない淡々とした声でした。

 むかっ腹立ててるって感じじゃあなかったです。

 まあ、睨まれたまんまでしたけどね。


 かしこまりました、ってなもんですよ。


 ただね……お客様、降り際に妙なことをおっしゃいましてねえ……。


「私が戻って乗り込む時、しばらく扉を開けたままにしてもらえますか?……三十秒ぐらいでいいです」とかね。


 生返事を返したら、「閉めて良くなったらお伝えします」とだけ言って降りちゃってねえ。

 ひょこひょことハイツに向かって行きました。


 左足をちょっとひきずってましたね。


 左足も怪我してたみたいです。

 いや、まあ……ズボンに隠れてたので何とも。

 でも、ふつーに階段昇ってらっしゃいましたし。さほどひどくないと思います。軽い捻挫とかじゃないんですかね?


 そうですね……左頬から顎に大きな絆創膏、左手首に包帯、左足にも怪我。

 湿布臭も漂ってました。


 カン、カン、カンと、鉄の階段が鳴る音を聞きながら、わたしゃスマホを……。

 仲間内でね、交通情報とか、何処そこで今日は警察が取り締まりしてるとか、伝え合ってるもんで。

 暇ができた時に、ちょちょっと覗いてるんですよ。



 それから、じきに……


 又、鉄の階段が鳴る音がしましてね。

 ああ降りていらしたんだなあと思ったんですが……


 音がおかしい。


 さっきと音が違うんです。


 カン、ガン、コツン、カン、ガン、コツンって感じで……。

 複数の靴音が混じってるんですよ。


 カン、ガン、コツン、カン、ガン、コツン……。


 あれ? と思って見たんですが……


 近づいて来るのは、さっきのお嬢さんがお一人。右肩にバッグをかけている……。


 左足をちょっとひきずりながら、ゆっくりと、ゆっくりと近づいて来るんです……。

 険しい目で……。



 扉を開けて、お迎えすると……

「閉めないでくださいね」と言いつつ、お嬢さんが乗り込んで来る。

 左足を怪我してらっしゃるのに、後部座席をいざるように移動して、運転席の後ろまで。


 いや、それは、いいんですよ。


 ですが……


 お嬢さんが、後部座席の真ん中辺りまで移動した時にね……


……車が揺れたんですよ。


 お嬢さんが運転席の後ろまで移動したら、更に大きくドン!って感じに車が振動したんです。


 乱暴に誰かが乗り込んで来たかのように。


 慌てて振り返って見ましたが……わたしの後ろにお嬢さんが居るだけだ。詰めて乗ってる感じに、小さくなって座ってらっしゃる。バッグも自分の膝の上にのせている。


 後部座席には、お嬢さん一人だ。


 他には誰もいない。


 ルームミラーで見ても、同じです。


 なのに……


 車が少し後ろに傾いているような気がして……


 だから……

「もういいです」ってな、お嬢さんの声にびっくりしてしまって……。


「ドア閉めてください」

 もう言われるがままでした。



 ◇◇駅まで向かったんですが……


 走らせるとね……


 わかるんですよ。


 アクセルが、重い……。


 お客様が一人の時の重さじゃあない。

 三人以上乗せてる時の反応なんですよ……。



 でも、ルームミラーで見ても……


 他のお客様なんか居なくって……。



 どくんどくん、って心臓が鳴りました……。



 だって、走らせれば走らせるほどわかっちゃうんですよ。


 乗り慣れた車ですからね。

 微妙な差なんですが、わかっちゃうんです。


 ハンドリングが、コーナーが……何もかもが……お客様は一人じゃないって言ってるんですよ。



 わたしゃもう気味悪くって……

 口を開く気力もありませんでした。


 響くのは、携帯電話で話すお嬢さんの声だけだ。

「……叔母さん? まどかです。二十八日に帰るって伝えてたけど、今日からでいい? 階段から落ちちゃって……。うん、怪我はたいしたことないの。でも、このまま居たら……ううん、そうじゃなくて、急に叔母さんの顔が見たくなったの。……いい?……ありがとう。今から向かいます」


 お嬢さんが黙ると、車内はシーンと静まり返りました。


 けどね。

 お嬢さんがね……時々、口を開くんですよ。

 チッと舌打ちしたり、小声でぼそっと「……うるさい」とつぶやいたり……。


 誰かと話してるみたいに……。

 携帯は切ったのに……。



 暖房が効いてるのに……

 車内が……

 どんどん寒くなっていったんですよ。



 嫌な汗ばかり流れて……口の中がカラカラに乾いちゃって……




 それでもね、どうにか◇◇駅まで何事もなく行けました。


 左後ろの自動ドアを開けたら……

 そしたら、また……

 揺れたんですよ。

 ドン!って乱暴に、ね。


 その後、それよりは小さいけど、やっぱ車体が揺れてね。


 ああ……目に見えない客が降りてくれたんだなあって、ちょっとホッとしましたよ。



 なのに、お嬢さんがおっしゃるんですよ。

「一万円札しかなかった……。すみません、クレジットカードで」って。


 いや、もうね……

 万札でいいから、とっとと降りてくれ! って気分でしたけど。


 カード読み取り機を出して、ちゃんと対応しましたよ。


……仕事ですから。


「ありがとうございました。お忘れ物はございませんか? お気をつけてー」と、やけくそ営業スマイルを浮かべました。

 降りろ降りろとっとと降りろ!と心の中で叫びながらね。


 そしたら、お嬢さん……

 ちょっとうつむき加減に、こう……わたしの顔をのぞきこむように首をひねって、あの目でわたしをジロッと睨んだんですよ……。


 で、ぼそっとした声で……

「今日はもう……お仕事やめた方がいいですよ」

 なんておっしゃって。


 でもって……

 抑揚の無い声でこう続けたんです。


「運転手さん、魅入られかけてますから……」




 頭ん中が真っ白になりまして……


『何に?』って聞く前に、お嬢さん、降りちゃったんですよ。


 ひょこひょこっと左足をひきずりながら、駅へ駅へと向かって行かれました。


 その背を見送ることしか、わたしにはできませんでした。

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