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裏野ハイツ幻想  作者: 松宮星
第3話 タクシーの怪談
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子供

 包丁のお客様を降ろしてから、窓を全開にしました。

 空気入れ替えないと次のお客様に迷惑だし、何よりわたしが耐えられない。

 いやー、めちゃくちゃ寒かったですけどね、こればかりは仕方ない。


 ですが、じきに。

 ほんの1キロもいかないところで、無線が入ったんですよ。

 香水臭はほとんど抜けませんでした。


 配車先は、なんと……


 裏野ハイツ。


 本日二度目の裏野ハイツです。


 この時は、へー ぐらいなものでした。

 珍しいこともあるもんだ、とは思いましたけどね。



 Uターンして、裏野ハイツの前に戻ると……


 ハイツの前で、お客様がお待ちでした。

 お子さんを抱いた、若いお母様。


 お子さんは、三才ぐらいの男の子。

 イタイよーイタイよーって泣きながら、お母さんの胸に顔を埋めてました。

 その泣き方がね、かすれ声で弱々しかったんです。

 さんざん大泣きした後で、身も心も疲れきったって感じでしたね。


 ひぃひぃ……って喉をつまらせたような声で、泣いてました。



 え?


 103号室の田神さんかって?


 さあ、どうでしょう……。


 覚えてる覚えてないじゃなくて……


……いえね。


 わたしらにも、守秘義務がありましてね。

 何でもかんでも話していいわけじゃないんですよ。


 お客様のお名前は個人情報ですからね。ホイホイ教えちゃマズイんですよ。


 クレームでクビになった同僚も居ますんで。


 どなたをお乗せしたかまでは……


 は?


 子供がいるのは、田神さん()だけ?

 乗せたのは、田神さんの奥さんとユウト君に決まってる……?


 あらら……


 そうか。

……そうですよね。

 タワーマンションじゃなし。他の住人とも顔見知りですよね。

 裏野ハイツ、全六室なんですか? それじゃあねえ……。



 ふー。



 お客さん……


 わたしゃ、お客様の個人情報を漏らしちゃいませんよ?

 お客さんが、察しちゃっただけだ。


……ですよね?


 そういうことで。



 ええ、行先は病院でした。救急指定の。


 さあ?

 どうでしょうね?

 お母さんにピタッとくっついちゃってて、お子さんのお顔は見えませんでしたので。

 まあ、見た感じ、大きな怪我はしてなさそうでした。

 急な発熱とかじゃないんですか?

 子供はね、すぐに具合が悪くなるから。


 奥さん、ですか?

 お子さんを胸に抱いて、ず〜っとうつむいてましたね。

 お子さんが「イタイ」って言う度に、「いたくない、いたくない」ってあやしてました。


 美人……

 だったかな?

 芸能人の○○にちょっと似た感じ?

 あ〜 黒髪ストレートロングだから?


 いやね。

 お顔はよく見てないんですよ。

 ほとんど、うつむいていらっしゃったんで。


 前髪も長かったし。

 髪がバサーっと広がって、顔や体にはりついちゃってましたしね。

 胸に抱かれてるお子さんも、毛の海に沈んでる感じでした。


……ですねえ。

 髪、結わいときゃいいのに、とは思いましたよ。

 あれじゃ、お子さんの目や口に髪が入っちゃいそうでねえ。



 え? いえいえ。

 めちゃくちゃ急いで飛ばしなんかしませんよ。

 具合の悪いお子さんを乗せてましたからね。

 なるべく車を揺らさないように、安全運転でいきましたよ。

 制限速度を守って、ふつーに急いでね。



 お子さんね、病院に近づくにつれて静かになりました。

 疲れちゃったんでしょうね。


 それと、お母さんの「いたくない、いたくない」に騙されたのかな。


 お子さんがひどい怪我をした時は、お母さんはドーンと構えた方がいいみたいですよ。

 ラジオで言ってました。

 お母さんが平気そうにしてたら、たいした事ないんだって子供も思い込むんですって。


 暗示にかけられちゃうんですよ。


 子供は、そういうところ純だし。

 小さい子にとっては、母親が世界の中心だったりしますからねー

 母親を無条件に信じちゃうんですよね。


 お母さんは低めの声で、「いたくない、いたくない」をゆっくり繰り返してましたね。


 まるで子守唄みたいに。


 それで「いたくないんだ」と思い込んだのか、思い込もうと頑張ったのか。

 お子さん、静かになったんですよ。



 あと5〜600メートルで病院ってとこで、お声がけしました。


 そしたら、お母さんが静かに頷いてね、


――髪がゆらっと揺れたんですよ。


 長い黒髪がゆらぁっとね。


「もうすぐ病院……。もうおしまいよ。裕翔はもう、ここにはいられない(・・・・・)のよ」


 お母さんがそう話しかけたら……

 お子さん、突然ギャーって泣き出してね。

 で、お母さんの腕の中で暴れる暴れる。首をぶんぶん振ってイヤイヤして、エビぞりしちゃってね。


 お母さんがしっかり抱きかかえて、逃がしませんでしたけどね。


「やだ。イタイ、イタイ、イタイ。イタイよー」って、お子さんは火がついたみたいに泣いて。


 逆にお母さんは、ものすごく落ち着いていてね。

 静かに諭してましたよ。


「残念ね……もうダメなの。裕翔は、もういかなくっちゃいけないの……おしまいなのよ」




……それで? って。


 それで、おしまいですよ?


 お二人を降ろして、わたしゃ、そのまま病院のタクシー乗車場へ移動しました。


 あらん限りの声をふりしぼって泣く子供を抱えて、お母さんは大変そうでしたけどね。

 付き添いは、わたしの仕事じゃないし。

 手を貸して、万が一お子さんに怪我させちゃったら怖いし。

 それに、会社からもお客様に触らないよう指導されてるんですよ。

 特に、女性のお客様はダメ。

 女の人はすぐセクハラだって大騒ぎしますから。まあ、男の人もおれの金を盗っただろうとイチャモンつけてきたりしますけど。

……親切にして、訴えられたらたまりませんので。


 何にもしませんでしたよ、わたしゃ。



 ただね。

 しばらくして、ふと思ったんですよ。

 あのお子さんの『イタイ』って……本当に『痛い』だったのかなあって……


 だとしたら……


 母親に『いたくない』と囁かれ続けたあの子は、『いたくない』と思い込んでしまって……


 もしかして、このまま……。



 いや、まあ。


 ただの妄想なんですけれどね。

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