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裏野ハイツ幻想  作者: 松宮星
第3話 タクシーの怪談
10/14

密室

 昼過ぎまではねー

 普通だったんですよ。


 無線の集中砲火で、○○線沿線ばかりでしたけどね。

 わたしの車しか近くにいなかったんでしょうね。無線が続いちゃって。

 △△駅と□□駅の辺りを行ったり来たり。

 ワンメ、ワンメ、ワンメーターの嵐。

 まあ、それでも空車(ヒマ)よりはマシですから。ボチボチやってましたよ。


 ただねー 千円札がピンチになっちゃって……


……客商売なんだから、釣銭ぐらい用意しとけ?

 おっしゃる通りです。

 けどねー 釣銭って自前なんですよ。

 出庫前に営業所で両替してはもらえるんですけど。

 ほら、タクシー強盗とか。いろいろと物騒ですからねえ。多額の現金は車内に置いておけないんですよ。警察の指導もありますしね。


 万札ワンメが続くと、すぐに顎あがっちゃうんです。


 今ですか……?

 ありますよ、お釣り。

 でも、細かいのをお持ちでしたら、そちらから出していただけるとたいへんありがたいです。タクシーはね、お客様の思いやりに支えられているんですよ。



 で、まあ。

 それでね。

 コンビニに行ったんですよ、ホットコーヒーを買いに。

 今日、ほんっと寒いですからねー


 で、万札崩して車にもどったら、窓コンされましてね。


「……いいかしら?」ってね。


 安っぽい旅行カバン抱えて、布の手提げ袋を持ったオバ……女性でした。

 暖かそうな分厚いコートに、マフラー。旅装っぽい。

 ロングか? と期待したんですが、

「裏野ハイツまで……」って言うんですよ。


 正直、は? でした。

 東京タワーとかならともかく。その辺の建物名を言われてもねえ。


 まあ、番地のメモみせてもらったんで、ナビ入力で場所はわかりましたが。


 △△駅そば。て、いうか、駅向かい。踏切渡って2分の距離。

 またまたショートかいなって……ほ〜んともう、がっかりでした。


「……改札、間違えたのね……昔、一度来ただけだから……。ごめんなさい、ここまで、お願い……」

 小さい声でそう言って、黙っちゃうし。

 話しかけても、小さく頷くだけ。うんともすんとも言ってくれなくてね。

 そのうち、わたしの方も黙っちゃってさー


 車内が、こうシーンとなっちゃって……


 それからしばらくして……

 ふと気がつくと、車内が耐えがたいほどに……


 ハハハ。

 違いますよ、車内が寒くなったんじゃない。消えた幽霊の二番煎じじゃないですよ。


 車内がね、耐えがたいほど……


 臭くなったんですよ。


 そのお客様、香水がキツくてねー

 暖房入れてるから、臭いがこうむわむわ〜っと籠っちゃって。

 これみよがしに窓を開けるわけにもいかないじゃないですか。


 狭い車内に、お客様の香水の匂いが充満しちゃったんです。


 そのくせ妙に生臭い。香水臭の中に、魚河岸みたいな臭いまで混じってて……。


 たとえるなら……生魚に香水ふりかけた感じですかね。


 なんなんだって、ルームミラーでお客様の様子をうかがったんだけど……

 特にねー 変なところも無いんですよ。


 うなだれて、床を見てるんですよ。荷物は座席に置いて、左腕に布バッグをかけてね。


 で、よく見ると……


 布バッグから木製の柄がのぞいてるんですよ。


 それがね、大きさといい、握りの形といい……


 何度直しても……包丁にしか見えなくって……。




 いやー

 どくんと、心臓が鳴りましたよ。




 落ち着け……包丁とは限らないぞ……


 あれが包丁だとしても、強盗なら隠し持つだろう。あんな目につきやすい場所に、無造作に放り込んでおくものか。


 強盗なわけがない……そう思いながらも……


……防犯灯のスイッチを意識しました。



 よしんば強盗だとしても、走行中には仕掛けてこないはず。

 わたしがハンドルを誤ったら、自分も道連れですからね。


 走ってる間は、何かしてくるはずがない……まともな人間ならね……。


 だけど、世の中には……そうじゃない人間もいっぱいいますでしょう?



 もうね、心臓がバクバクしましたよ……。



 後部座席のお客様とわたしの間には、防犯パネルがありますけどね。

 それでも、刺そうと思えば隙間からやれちゃいますからね……。



 とっととお客様を降ろしたいのに。


 こういう時に限って、踏切につかまっちゃうんですよ。


 カンカンカンカンやかましい音を聞きながら、嫌な汗をかいていました。


 密室(くるま)の中に、わたしとお客様だけ。


 二人っきり……。


 早く踏切あがってくれ。早く早く早く……って念じてました。


 ルームミラーで見たらね……

 お客様の右手がね、ゆっくりとあがって。

 ゆっくりと、ゆっくりと……柄をつかんだんですよ。


 ぎゅっとね。


 で。


 それまで静かだったお客様が、突然、

「ねえ、運転手さん……」って話しかけてきたんですよ。



――その瞬間、空気が凍りましたね。



 で。

 おっしゃったんですよ。


「運転手さんは……どんなお肉料理がお好き?」って。


 は? でしたよ。


「ステーキ? しゃぶしゃぶ? それともハンバーグ?」って薄く笑いながらね。


「……今晩は、なににしようかしら……?」って。



 何でもね。


 息子さんに会いに、来たらしいんですよ。

 東京(こっち)で就職して一人暮らししてる息子さんに、ね。


 手料理をつくってあげるために、地元の野菜とかお肉とか、わざわざお持ちになったみたいで。


 包丁もね、使い慣れた包丁の方がいいからって、それで……。



 ハハハ。


 バカバカしい。

 気が抜けちゃいましたよ。


 いちおね、言いましたよ。そんな見える所に包丁入れちゃ駄目だって。銃刀法違反で捕まっちゃいますよーってね。


 けどねー 「平気……。持って来たの、お料理のためだから……」とか言っちゃって。

 暖簾に腕押し、だ。

 女の人は、そーいうとこ、ほ〜んと逞しいというか、無頓着というか。



 ただね……

 変なんですよ。


 わたし、言ったんですよ。作るんなら、息子さんの好物にしたら?って。


 そしたらね、

「嫌いなのよ……肉……あの子……」って。


 ん? って、思うでしょう?

 なら、なんで、肉を持って来たんだ? 田舎からわざわざ? って。


「私一人じゃ、食べきれないから……」とかおっしゃってねえ。

 うっすら笑いながら。

「肉だらけになったの……あの子のせいだから……。あの子が帰って来なかったから……お父さんがうるさくて……グダグダグダグダ……グダグダグダグダ、毎日毎日毎日毎日……だから、私……」


 ご自宅の冷蔵庫も冷凍庫も、お肉で一杯なんだそうです。


 息子さんの所にも既に宅配してあるらしいんだけど、まだまだいっぱいあるんだそうで……。



「せめて半分は明弘に食べてもらわなきゃ……食べたら、あの子だってきっと……胸がすっとするわ。……気分がよくなるはずよ。……ざまあみろってね」


 ほんと……。


――何の肉なんでしょうね?



……何号室のご家族かって?


 さあ?


 そこまでは、知りませんよ。

 裏野ハイツの前で降ろしましたからね。どの部屋に向かったのかはまったく。


 お客様は大きな荷物を抱えて、クスクス笑いながら降りて行きました。




 それが裏野ハイツへ行った一回目でした。

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