ある商法
午後の二時をまわると眠気がいっせいに襲ってくる。休憩しようと哀川は会社を抜け出してスターバックス珈琲店へ向かった。
二階のルームでは長いすに円いテーブルの席に座った。窓の前にある大きなソファーでは眠っているひともいた。そこへいかにも胡散臭そうな男が話しかけてきた。年代物のハットに黒の三つ揃えのスーツだった。
「喪黒福造さんですか」
と聞いたがキョトンとした顔をした。
冗談は通じなかったようだ。
「この筒で珈琲をのぞくと産地が見えるんですよ。やってみませんか」
ニセ喪黒は先端が斜めに切った円筒のようなものを手にしていた。この先を珈琲につけるだけでいい。あとは反対側からのぞけば、そこに映像が映るのだという。
「ははん、これはガテマラですな。それにモカも入っている。産地からその流通ルートまで、過去のことはすべて見えます。でも、ありもしない未来は見えません」
男はそう言って五センチほどの筒を哀川に向けたが、手にすることができない。
「信用していらっしゃらないみたいだ」
男はそういうと立ち上がった。
「いやそう言うわけじゃなくて、急に話しかけられたものだから驚いているだけで。フツーこんなところで話しかけられたら詐欺師かと思うでしょう。何を売りつけようとしているのですか」
それが精一杯の対応だった。
「これを売りつけようとなんかしていませんよ。この筒は分析器でありながら産地まで特定してくれます。その映像が見えるんですから。液体なら何でもOKです。先端をちょっと液につけるだけでいい」
男はそれだけ言うと立ち去ろうとした。それを押しとどめて、哀川はうちの商品がどこから来たのか見てほしいと男に頼んだ。
会社にとって帰して、手じかにあった商品サンプルを小瓶に詰め込んだ。もどってくると男はOL達と話しこんでいる。ケラ、ケラと笑い声が聞こえる中で、男はすこし待っておけと言わんばかりにあごをしゃくった。
元の席に戻って待つこと三十分、男は戻ってきた。差し出すサンプルを見てこれは果汁かそれとも別のものかと尋ねた。これは食品サンプルでこのたび弊社で扱うことになったが、業者のいうとおりの産地かどうか知りたいのだと付け加えた。
「これは放射能に汚染されていますな。ほれこのように覗くと周りが黄色くキラキラしているでしょう。これはセシウムです。これがストロンチュームなら青色ですよ」
男は筒をこちらに向けた。
暗い映像の中に時折黄色い光がスパークしている。そして山林の中で実を付けている果実が見える。そうか、このようにして見えるのかと思った。
「やはり、偽装されていたんだ」とつぶやいた。
「もうひとつのサンプル、これは見ないほうがいいですよ。あなたもひとが悪いな。これはあなたの尿でしょう」
ずばりと心を見抜かれて、哀川の悪意が見て取られた。
「でもあなたの健康に何の問題もありませんよ。ただし未来はよくない」
「でもあなたは先ほど過去は見えるが、未来は見えないと言ったじゃありませんか?」
そういった哀川に向かって男は言った。
「これは特別の場合だからありえるんです」
「えっ、これって特別なんですか」
「あなたがあまりに願うから、特別に見せてあげましょうというのです。あなたの尿をみてもいいですが見ないほうがいいと思うなあ」
「いやぜひ見たいんです」
哀川はそう言って男にせがんだ。