キャンプの終わり
その日の夜は色々なことを教わった。火の点け方から扱いから、夜の過ごし方、気を付けるべきこと知ってお得なことなど実に多くのことを教わった。
1番興味深かったとこは火の扱い方だろうか。夜に火を点けることは間違いでないらしいが、魔物によっては火を見て近づいてくる者もいるらしい。1人の時と団体の時で扱いが大分変わる。場合によっては火を点けない方が安全なこともあるらしく見極めにはやはり経験や知識が必要不可欠なのだとか。
今回は交代で見張りをして火を絶やさないようにする。なので最初の見張りに志願したら、6才の子供に夜更かしさせるわけにいかないと言われ免除された。
なのでお言葉に甘え一足先にお休みを頂いた。体が体だけに夜はまだ弱いのだ。
やはりと言うか何と言うか枕も無い地べたに直接寝るのはしんどかった。寝づらそうにしているとサリー母さんが隣に来てくれて膝枕をしてくた。
やはり子供というのは親が側にいると安心するのだろうか、とても安眠出来た。
目が覚めるとサリー母さんの膝枕ではなく腕枕になっていた。隣で俺を抱いて横になって寝ている。
大きな胸の包容力は凄まじくすっごく安心できて気持よく寝れるのだが、自慢できる美人の母親にこういうことされるとドキドキするのでちょっとやめて欲しい。
いや、ほら、みんなも分かるでしょ、なんとなく。本当にやめられても絶対寂しいだろうけど。
日は出てるが少し肌寒かったので夜明け直後ぐらいだろうか。
周りを見てみると焚き火の近くでエイリが三角座りで膝に顔を埋めている。どうやら火の番はエイリのようだ。明らかに寝てしまっているが。当然火も消えている。
おいおい、何してんだよ、寝てんじゃねーよ。と言う資格は俺にはないだろう。見張りもせずに寝ていたのだから。恐らく慣れないサバイバルで疲れていたのかもしれない。サリー母さんに怒られるかも知れないがそれまで寝かせてあげよう。
少し名残惜しいがサリー母さんの腕から逃れ起こさないようにそっと起きる。流石に俺だけ何もしないのは居心地が悪いので朝ごはんは俺が作ることにしようと思う。
最初に薪をくべて焚き火の火を点ける。昨日火の付け方を習ったが正直魔法を使える俺はティンダで一発で点けれる。なんなら薪が無くてもお湯ぐらいなら余裕で沸かせる。
次は料理だ。献立はすでに決まっている。昨日の余りである骨付き肉を使ったスープだ。
煮込み時間が少ないと思うがそれでもやっぱり美味しいらしい。これはエイリの好物なんだとか。魔法を使えば圧力鍋に近い物は作れそうだが流石にやめておく。失敗したら大惨事になる。火力調節はいくらでも出来るので蓋して火力高めに設定しておけば少しはマシになるだろう。
野菜や香辛料には森で取れた山菜やハーブを使う。果実が実っている木も昨日見かけた事がある。日本の森との違いに感動する。豊かな森には命の恵みがたくさんあるようだ。なんだか凄い。
いい匂いが鍋からしはじめた。そろそろ完成だろうか。やはりこういった匂いでも魔物が近づいてくる原因になったりするのだろうか。なんて思っているとあることを思い出した。グアーラさんに頼まれていた魔物除けの薬だ。
結局昨日は使わずに過ごしてしまったのだ。すぐに鞄に手を伸ばし薬を手に取る。
使いたかは確か撒けばよかったはずだ。野営地から大きめの円を描くように薬を撒いていく。薬はドロドロしていて、ほんのりと甘い匂いを放っている。動物避けの薬って基本的に臭いイメージだけど大丈夫なのだろうか。甘い匂いは余計集めてしまいそうだが。
「ん、うぅん、あらいい匂い? 朝ごはんかしら、エイリちゃんが作ってくれたの?」
どうやらサリー母さんが起き始めたようだ。体感だが約1時間以上鍋に火をかけていたから、味の方も多少は期待できるのではなかろうか。
「おはよう。そろそろごはん出来るよ」
「あれ? マキナ? あなたが作ってくれたの? ありがとう。とっても美味しそうな匂いね。……あれ? 料理の方法教えたっけ私?」
「いや、けどいつも隣で見てたから見よう見まねで」
実際は日本で一人暮らしをしていた時の経験だが。
よくよく考えれば今俺料理するのにナイフ使ったよな。何処かに滑り飛んだり、指を切ることも無かった。同じ刃物でもナイフはいけるのか?
いや、刃物は関係無いのか。木剣の時点でダメだったもんな。……まあいいや、よくわからん。
「そ、そう……。教えなくてもできちゃうのね。なんだか寂しいわ。まぁ、いいわ。エイリちゃんはどうしてる?」
残念だよエイリ、君の事は忘れない。味見した感じだと悪くない感じだから頑張って怒られてくれ。
「あらら、エイリちゃん寝ちゃったかー。最初は仕方ないかもしれないわね。夜中に何も出来ずにただ起きてるだけって難しいもんね」
膝を抱えて眠るエイリを見つけるも俺の予想に反して怒らないサリー母さん。確かに夜中にただ起きてるだけって難しそうだよな。
漫画だとみんな簡単そうにしてるけど絶対あれ眠くなるよな。もっと鬼気迫っていたら変わるのだろうか。
「起きてエイリちゃん! 朝ごはん、マキナが作ってくれたから食べましょ」
「ほぇ? ……あ~、はぁ」
サリー母さんに揺り起こされてやっと目覚めるエイリ。寝ぼけてんなーこいつ。
「朝ごはん、……ん、朝ごはん?」
目を大きく見開いて周りを見渡す。ようやくわかったか今置かれている状況に。
「あれ? もしかして私寝ちゃ……、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。すぐに火をます」
いやいや、もう点いてるから。誰も怒っとらんから落ち着け。
「大丈夫よエイリちゃん。最初だし仕方ないわ。でも覚えていてね、見張りが寝てしまうと魔物に襲われても気づけずそのまま全滅なんて事になってしまうわ。これは全然珍しくなく普通のことなの。
だから自分の役割の責任をきっちり理解して果たす事の重要さをよーく考えて覚えてちょうだい」
「はい……」
サリー母さんの発した言葉は字面以上の重みがあるように感じられた。俺もよく覚えておこう。人事では無いのだから。
「さ、朝ごはんにしましょ。マキナの料理なんて初めてだから楽しみだわ」
俺は3つの大きめのコップにそれぞれスープを入れ渡していく。
旅の時は皿とコップの役目をこの大きなコップ1つで兼用すること多いんだとか。
配り終えた辺りでみんながスープをすすり始める。俺もスープをいただくことにする。
うん、さっきから味見をしてるので知っているがそれほど悪い味ではないだろう。野菜にも肉にもちゃんと火が通ってる。よし、良い感じ。
「……美味しい」
エイリが苦い顔をしながら感想を言ってくれた。美味しいならもうちょっと良い顔してくれないだろうか。
「あら、なかなかいい味出してるじゃない。美味しいわよマキナ」
ありがとうございます、お母様。
褒めてくれたがやはりお袋の味には全然届かないだろう。別にコックにも趣味にもするつもりは無いのでどうでもいいが。
その後はみんなで談笑をしながら朝食をつつき、今日の予定を話し合った。
みんなが食べ終わったので後片付けを始める。
鍋の中は空っぽだ。残さず食べる。当たり前の事かもしれないがして貰った側としては何やら嬉しい。料理を趣味にする人の気持ちがちょっとわかった気がする。
後片付けをするため立ち上がるとサリー母さんも立ち上がった。
「エイリちゃん、マキナ。申し訳ないんだけどちょっと任せてしまったもいい? ちょっと森の様子を見てきたいのよ」
「いいよ、いってらっしゃい」
「任せて下さい」
俺もエイリも快く引き受け。もともと俺がやるつもりだったしな。
サリー母さんが弓矢等の道具を装備して準備を進めている。
「じゃあお願いね。すぐに戻ってくるわ」
森のなかに消えるサリー母さんを見送りながら食器を集める。
「食器とか鍋とか重いでしょ。川まで私が持って行くよ」
エイリも手伝ってくれるようだ。気持ちはありがたいが川までなんてめんどくさいので御免こうむる。
「魔法で水出すからここで洗っちゃおう」
くぼみのついた大きめの石を魔術で出してそこに水を貯める。
「洗い場作ったからコップとかお願いしていい? 僕が鍋洗うから」
「うん……」
鍋に水を入れて洗っていく。洗剤とか無いし量も多くないからすぐ終わりそうだな。
「ねえねえマキナ。マキナって勉強が得意なんでしょ。」
人に褒められるほど得意ではないよ。流石に小学校レベルの勉強ぐらい元日本人なら出来るってだけで。
「そうでも無いよ。魔法の事なんかまだまだ全然でしょっちゅうグアーラさんに質問してるし。
それでも流石に村長さんの家で教わることは全部出来るけど。」
「凄いじゃない。でもね、私だって凄いよ。なんてったって私が他の子に勉強を教えることもあるんだから」
「おぉー、それは凄い。僕も魔法を教わるまで他の子に教え回ってたよ。そう言えば、エイリ姉さんってそろそろ卒業?」
そもそもあれは学校じゃないので卒業自体無いし、強制でも無いので登校義務なんてないんだけどね。それでもやっぱり自分で行かなくなるのと、来る必要が無いと言われるのとでは違ってくる。村長達に来なくてもいいよと言われる事を勝手に卒業と俺達子供が勝手に言っている。
それに本当に優秀な子には村長から推薦を貰い国が経営している学校の入学試験を受けられるらしい。まだ見たこと無いけど。
「そうよ。いくらマキナが優秀でもまだまだこれからでしょ。私が勉強教えてあげようか?」
「うーん、大丈夫かな。エイリ姉さんの方は大丈夫? 今回は結構難しくするって噂を聞いたよ。」
今回からはグアーラさんの意見も取り入れるらしい。仕事が増えると本人が愚痴っていたので間違いないだろう。そしてあの人が絡む以上絶対難易度が上がる。間違いない。
「うそ! ホントに? いやいや、その話しは後でするとして。
マキナはずいぶん余裕じゃない。そんなに自信があるなら問題出したげる。上には上がいることを教えてあげる。」
えぇ、なんでそんな話しになるんだよ。この村の授業レベルって小学6年生ぐらいの内容なんだよな。文字が書けない人も多いこの世界なら確かに高レベルなんだろうけど元日本人としては余裕すぎて……。
「じゃあまずは小手調べよ。ある4人家族の家があります。そこのお母さんは今からパンを買いに行きます。一週間分の量を買うならパンはいくつでしょうか? 尚、1人1食パン1つ食べるとします」
1週間はここだと10日。1日3食として4人分だから……。
「120個」
「正解。まぁ、これぐらい序の口だよね。じゃあ次は……」
「交代で問題を出していこうよ。次は僕の番。
袋が3つあります。1つ目には果物が7個。2つ目には3個。3つ目には5個入っています。果物は平均いくつですか?」
割り算は習うはずだから答えられると思うんだが大丈夫だろうか。グアーラさんは多分分数とか最小公倍数とか最大公約数まで出してきそうなんだよな。
「平均!? えーと……へいきんよね、へいきん。……へいきんってなんだっけ?」
おぅ……。大丈夫だろうか。こんどそれとなくグアーラさんに問題内容聞いてレベル下げるようにそれとなく言っておこうか。
「均等に分けるって意味。袋の中の果物を全部同じ数にするには1つの袋にいつくの果物を入れ直せばいい?」
「そういうこと! ならそう言ってよ。えーと、まず果物の合計を出してそれを均等にするんだから……。
わかった。5個!」
「正解」
「どう? 私だって頭いいんだよ。でもマキナもなかなかね。じゃあ次は私の番よ。問題はね……」
この後問題を出し合って何巡かした。エイリが出した問題を俺は余裕で答えて、俺は答えられるかギリギリの問題を出していく。
ガサガサ
ん?今物音が聞こえた?後ろかな。
振り返ってみるが特に何もない。気のせい?
魔物かもと思ったが今は魔物除けの薬を蒔いていたので魔物は寄ってこない。きっと気のせいだろう。
「ちょっと聞いてる? 答えは7分の2でしょ」
「ちゃんと聞いてるよ、不正解。分数の足し算は分母を足すんじゃなくて同じ数になるように掛けてから分子を足す。だから答えは12分の7が正解。」
ちなみにエイリは負けが込んでいる。俺の圧勝だ。流石にこんなので負けるわけにはいかない。恥ずかしすぎる。
「ぐぬぬ……。嘘でしょ、なんでこんなに頭良いのよ……、まだ6歳なのに……。料理もおいしくて魔法も使えて……。このままだと姉としての威厳が……。
ええい! 次は私の番よ。ここから隣町まで3日掛かり……」
「危ない! 後ろ!」
「え?」
エイリの後ろから鋭利な牙と爪を持った小さなカンガルーの様な魔物が襲いかかってくるのが見える。
さっきの物音はこいつか。魔物除けはどうしたコラ。
エイリはまだ状況に気づけていない。
すぐに右手を魔物に向け魔法で攻撃を試みる。
「大地のかけら、その力……」
駄目だ、間に合わない、遅すぎる。
魔物の牙がエイリを襲う直前に拳ほどの石が勢いよく魔物にぶつかり飛ばされる。
ん? 今のはストーンバレット? 俺の詠唱はまだ途中だ。出るはずがない。でも確かに見えた。俺の右腕から石で飛んでいく様を。そして魔力も確かに減っている。今の魔法は俺がやった。間違いない。なんで? 短詠唱? いや、あれは詠唱を短くした呪文であって、詠唱を中途半端に区切った物では無いはず。グアーラさんからそう聞いている。ならなんだあれは?
ドサっと音を立てエイリが尻餅をついている。考えるのは後だ、今は目の前の魔物に対処しなければ。
魔物は吹き飛ばされ横になっているが今にも起きあがりそうだ。動き回られる前にトドメを刺さなければ。
「熱き炎の一欠片よ、我が敵を撃ち穿て。ファイアボール」
「ギャアアア」
放ったファイアボールが魔物に当たり魔物自体が燃え上がる。
火の着いた魔物は高い悲鳴を上げながらその場で暴れている。
俺は次の魔法の準備をしながら警戒して見張っていたが次第に動きが小さくなり今はもうピクリとも動かない。
倒せたか? 警戒しつつ拾った石を投げ魔物にぶつけるが反応は無い。
よし、倒せた。よかったよかった。エイリの方へ向き直り様子を見る。
「エイリ姉さん大丈夫? 怪我は無い?」
息が少し荒く目をパチパチさせているが見た感じ外傷は無さそうだ。よかった。
しかし魔法の攻撃力はなかなか凄いな。小さめのカンガルーと言ってもウサギのように小さい分けではなく大きめの中型犬くらいはある。あれを素手で殴り倒すのはかなり骨が折れそうだが、魔法を使えば6歳の子供でも倒せるんだからやっぱり覚えて正解だったな。
だけど欠点も浮き彫りになってしまった。まぁ分かってはいたがやはり魔法は攻撃までの時間が長すぎる。
さっきの、感覚をよく覚えておいてグアーラさんに詳しく聞いてみよう。
「マキナ、エイリちゃん。さっき魔物の声が聞こえたわ。大丈夫?」
サリー母さんがもの凄い勢いで帰ってきた。
あれ? さっきまで見えるところに居なかったよね? 早すぎない?
「さっき魔物に襲われかけて。でも大丈夫だよ、もう倒したから。」
「魔物に!? 大丈夫? 2人とも怪我は無い?」
「問題なし。エイリ姉さんがビビって動けなくなってるだけ。2人とも無事だよ。」
「ビビってないわよ。ちょっと驚いただけよ。その……さっきは助けてくれてありがとう」
いえいえ、どういたしまして。無事でなによりです。
俺たち2人の無事を確認した後、サリー母さんが魔物に近づいて調べている。
「グーズー? どうしてここに? 彼らの縄張りはもっと奥のはず。それに1匹だけで?」
死体を調べながらサリー母さんが何か怪訝そうしている。そうか、あの魔物はグーズーと言うのか。
そういえば魔物除け全然機能してないな。後で文句言ってやろう。
「ここを引き上げるわ。みんな準備して」
「引き上げ? もう魔物倒してるよ。なんで?」
「さっきの魔物はグーズーと言って、1匹の強さはそれほどでもないわ。だからいつも群れで行動して獲物を狙う。
見たところ気配がまるで感じないから1匹で来たみたいだけど念のためここを離れるわ」
そう言ってものすごい勢いで野営の準備を潰して、さっさと撤収してしまった。
グーズーの群れが本当に村に近づいているならそれなりに大事になりかねないとのことで今回の野営はここで中断となった。
ちなみに後で知った話しだが別に群れは近づいておらず、前に確認した場所とほぼ同じであったようで、あの1匹だけがはぐれて来ていたようである。まぁ、野生の生き物のことだしそういうこともあるだろう。
今回の野営の訓練は実に有意義だったから続きをしたかったが仕方ない。別に焦って学ぶ必要も無いしまた今度お願いしてみよう。まずは無事に村へ帰る事に集中する。
あ! そう言えばさっきの戦闘って俺の初戦闘か!
なんかあっさり終わってガッカリだ。いや、みんな怪我もなく無事だし喜ばしいことなんだけどね。