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生きてるだけで宝物

 楽しい夜が過ぎて次の日の朝。いつもよりかなり早めに目が覚めたの外からボスボス音が聞こえたからだ。

 外を見に行くとサリー母さんとエイリが何かしている。


「あら、おはようマキナ。起こしちゃった? ごめんね」


「いいよ別にサリー母さん。それより何してるの?」


「弓の練習。危ないからあまり近づいちゃダメよ。後ろにいてね」


 エイルが矢をつがえ弓を引き絞る。弓が硬いのか矢がプルプル震え安定していない。あれではちゃんと飛ばないんじゃないだろうか。


「こら、腕の力だけで引かない。意識は矢に向けるんじゃない。まずは姿勢に向ける。ちゃんと胸を張って背筋を伸ばす」


「はい」


 エイリが矢をつがい直し放つ。矢は木に立てかけられていた的へ向かって進みカンっと音をたて刺さる。しかし、矢が着地した所は枠の外側である。あれはハズレだろう。

 見ると的にいくつかの矢が刺さっているがどれも枠の外側であり、木の周囲には的に刺さっている矢の何倍もの数の矢が地面に刺さっている。


「今は矢を的に当てることよりも正しい姿勢で射る事を意識して。正しく射ることが出来れば自然と的に当たるようになるわ。100本まで残り73本。これが終われば朝ごはんにしましょう」


「はい」


 エイリが再び矢を番え弓の練習に入る。そうか、修行はさっそく始まっているのか。なら武術方面を鍛える話しを1度してみようか。


「ねえ、サリー母さん。お願いがあるんだけど」


「ん? どうしたのマキナ」


「僕もさ、参加していい?」


「参加するって……え? 猟師の修行に?」


「と言うかは、武術全般と言うか。弓とか剣とか色々と。サリー母さんは狩りに行くとき剣も一緒に持って行くよね。だから剣術とかも使えるのかなって勝手に思ってるんだけど」


 森に入るんだから刃物は必須だと思うから剣を持っていくのも変な話では無いだろうが、サリー母さんの持っていく剣は明らかに兵士が使いそうなちゃんとした剣だ。普通森に持っていく刃物はナタとかじゃないだろうか


「そうね、矢が無くなった時とか獲物に近づかれた時なんかにはたまに使ってるわ。剣だけじゃなくてある程度一通りの武器は使えるわよ。

 武術を習いたいね……。ダメ……じゃないんだけど。ねえマキナ、覚えてる? アナタが魔法を教わってるって話を聞いた時なんて言ったか」


 あの時か。えーと、なんだっけ、あ! 確か相談して欲しいだっけ? あっぶね、忘れてた。ギリギリセーフじゃねえか。もう1つあったな確か……。


「事前に相談して欲しい。それとあまり危ない事をして欲しくない。であってる?」


「そうね、正解よ。今度はちゃんと相談してくれたわね。ありがとう。それでさっきも言ったけどマキナにはあまり危ないことはして欲しくないと私は思ってるの。だから武術の訓練をするのにあまりいい顔を出来ないんだけどなんでなのか分かる?」


 すいません偶然です。事前に相談することは完全に忘れてました。ごめんなさい。

 武術をさせたくない理由? 何だろう? 危ないから? いや、違うな。あの聞き方は別のちゃんとした理由がある。うーん……わからん。


「訓練自体が危ないから?」


「いいえ、違うわ。確かに安全ではないけれどそうじゃない。私はねマキナ、アナタにはなるべく戦って欲しくないのよ」


 戦って欲しくない……か。うーん、痛いところ言われてしまった。俺だって好き好んで戦う気はない。穏便に平和的解決が出来れば最上の結果だろう。だが必要になることは目に見えている。だからこそ子供のうちに学ぼうとしているんだし。


「ねえマキナ、聞いてくれる。人が危険に襲われてしまったら必ず行動を起こす。逃げるかうずくまるか戦うか。大きく分けてこの3つに分けられると思う。

 最初の2つは誰にでも出来るわ。危険から身を守るために逃げること。危険に対してなすすべなくその場でうずくまり助けを待つこと。多くの人はこのどちらかだと思う。

 最後の戦うと言う選択肢はね、戦う術を持っている人にしか選べない。戦う術を持ってしまったら危険に対して戦うと言う選択肢を選べてしまう。私はそれがとても怖い」


「でも、逃げてるだけじゃあどうしようもない事ってあるよ」


「そうね、その通りよ。だからねマキナ、言わせてちょうだい」


 サリー母さんが膝を折り俺と目線を合わせる。次にその暖かな両手で俺の顔を包み、目を真っ直ぐと見つめる。


「お願いよ、マキナ。危ないことをしないでちょうだい。逃げてはいけない理由なんて無いの。誰かに助けを求めてはいけない理由なんて無いの。ましてや戦わなきゃいけない理由なんて無いの。アナタは生きているだけ、生きているだけでいいの。アナタは私の宝よ。お願いだから危ないことなんてしないで」


 ゆっくりと俺を抱きしめる。

 生きているだけでいい。そんな事言われたのは初めてだ。

 日本の俺は別に悲惨な過去なんて無い。普通の家庭で生まれて普通に育って事故に巻き込まれて死んだ。親との仲も別に悪いわけでは無かった。

 それでもこんな事を言われたのは初めてだ。そうか、生きているだけでいいのか。


「うん。わかったよサリー母さん。俺は死なない。絶対に」

 元々死ぬ気なんて無かったが、命を惜しむつもりも無かった、2度目だから。ただそこに死ねない理由が出来てしまった。


「ありがとう、マキナ。

 まぁ、いづれこういった事も教えなきゃいけないとも思っていたのよ。どうするかはまだ決めてなかったし、こんなに早いとは思ってなかったけど。でもそうね、本人のやる気のある時に教えるのが1番よね」


 膝を伸ばし、立ちながらサリー母さんが言う。

 ということはもしかして?


「マキナ、アナタに戦い方を教えます」


 よっしゃー! これで剣も弓も使えるようになる。いやいや、それだけじゃないぞ。確か一通り使えるって言ってたから槍なんかも出来るようになるかもしれん。魔法戦士も夢じゃないな。


「こらこら、喜ぶのはまだ早いわよ。昨日も言ったけどこういった事は中途半端なのが1番危険なの。だから教えるならちゃんと教えるわよ。覚悟してね。

 そうね、まずはエイリちゃんと一緒に弓から覚えましょうか。待ってて、家に子供用の弓があった筈だから取ってくるわ」


 サリー母さんが小走りで家に戻って行く。

 最初は弓からか。アスレチックのアーチェリーなら数回やったことがあるがきっと全然違うんだろうな。ちゃんと出来るだろうか。


「マキナも一緒に修行することになったんだ。ならこれで本当に姉弟よ。これから一緒に頑張ろうねマキナ。これからよろしく」


 本当に姉弟? あ、そうか姉弟弟子になるのか。


「こちらこそよろしく、エイリ姉さん」


「サリーさんの息子だからって手加減しないんだからね」


 それは俺だってそうだ。やはり競う相手がいると意気込みが変わるね。

「こっちだって負けないよ」


「おまたせマキナ。2人で何話してたの? まあ、仲良くしてくれて嬉しいわ。

 はい、マキナ。弓と矢筒」


 貰った矢筒をたすき掛けにして矢を左手に持つ。おぉ、一気にそれっぽくなってきてテンションが上がる。


「まずは矢を番えないで射って見ましょうか。構えはこんな感じで……」


 サリーさん母さんが俺の後ろに周り構えを修正してくれる。

 エイリは自分の練習に戻っており規則的に音が聞こえてくる。殆どの音だドスだが時たまカンっと乾いた音が聞こえる。


「そうそう、そんな感じよ。さっきも言ったけどまずは姿勢が大事。そして十分に弓を絞ったら、放す」


 右手に持っていた弦を放す。矢を番えていないので当然何も飛ばず、ビヨーンと音だけがなる。

 そのままサリー母さんの指示の下、何度か素振りを行った。


「じゃあ次は実際に矢を番えて見ましょうか」


 さっきと同じようにサリー母さんが後ろから直接教えてくれる。


「視線は的に向けて、十分引き絞ったら……放つ」


 指を放し矢を飛ばす。矢は真っ直ぐ飛び、そこへ向かうのが当然であるかのように的へ吸い込まれ……ず、俺の手前5メートル辺りの地面に突き刺さる。

 ……あれー? おかしいな。やっぱり弓は難しいのかね。


「初めてだし仕方ないわ。大丈夫、大丈夫。気を取り直してもう一度しましょ」


 背中から矢を取り出し弓に番える。姿勢に気をつけながら引き絞り、的を真っ直ぐ見つめ集中する。

 矢尻はちゃんと的へ向かっている。よし今度こそ大丈夫だろう。最悪的に当たらなくても近くまでは飛ぶはずだ。最後に少し息を止め矢を放す。


 今度こそ矢は真っ直ぐに飛んで行った、エイリの足元へ。


「キャアッ! 危ないじゃない、マキナ。ちゃんと的へ向かって飛ばしてよ」


 少し離れているが俺の右横にいたエイリに怒鳴られた。ごめん、悪かったよ。

 俺だって別にフザケてないよ。なんでそんな所に飛んでくんだ? ほとんど真横だぞ。


「この絶望的なまでの不器用感。そして物理的に疑問を持つレベルのあり得ない失敗。……間違いない、あの人に似たのね」

 口に手を当て小声でサリー母さんが何かつぶやいている。え? 何? よく聞こえないんだけど。


「ねえ、マキナ。弓は一旦置いておいて剣の方を先にしましょうか」


 え? なんで? エイリと別々の事するのは効率悪くないか? エイリだっていづれは剣の練習もするんだろうし。


「え? いや、効率悪くない? 先に弓の練習しようよ。まだ2回しかしてないんだし次は大丈夫だよ」


 次に矢を取り出し弓に番えさせる。時間ならあるのだ。一度や二度の失敗、気にする必要も無いだろう。


「待って待って。その……えっと……あ、そうだ! ほらマキナは魔法使えるじゃ無い? マキナにとっては弓より剣の練習の方が必要よ。ね、そうしましょ。さっき弓を取りに行った時に、練習用の木剣も持ってきてるの。まずは基本的な素振りからよ。両手でしっかり剣を持って、そのまま剣を頭の上にして……」


 有無をいわさず剣の練習が始まってしまった。まあ確かに、魔法を使えるのなら弓より近距離の戦いが出来る剣の方が大事だという理由は納得のいく話だ。


「……以上が基本的な素振りの説明ね。コツはやっぱり腕だけで剣を振らないことよ。体全体の動きを意識するといいわね。じゃあ、一緒にやってみましょうか」


 隣でサリー母さんが構えを見せてくれているので、俺もそれを真似る。


「そうそう、そうしたら剣を真っ直ぐ振り下ろす」


 ヒュッと切れ味のいい音を鳴らし剣が振り下ろされる。おぉ! 凄い迫力だ。ただの素振りなのにそれだけで強そうに見える。正直カッコいい。


 俺も真似て上段で構えられていた剣を振り下ろす。カランと気持ちのいい音を鳴らしながら剣が地面に転がる。エイリの足元で。


「……ねえ、わざとやってる?」


 次は流石に見えていたようで驚いておらずちゃんと避けていた。ごめんなさい、わざとじゃないんです。

 あれー? おかしいな。子供の体だから剣を握る力が弱いのかな?


 次はしっかり握ってもう一度。


 もう一度上段に剣を構え勢い良く振り下ろす。

 ちゃんと目で見て手元を確認する。よし、ちゃんと剣は俺の手が握っている。


 今度はちゃんと出来ただろう。2人に顔を向け反応を見てみる。

 エイリは口元に手を当て驚愕の表情を浮かべており、サリー母さんは空を見上げていた。


 おい、なんだよその反応。ちゃんと出来てただろ?


「うそ、何そのヘッピリ腰。どうやったらそんなに気持ち悪く剣を振れるの? わざと……じゃないよね、きっと。わざとならそんないいドヤ顔向けてこれるはず無いもんね」


 小声であんまり聞こえないぞ、何を言っているんだ? ちゃんと出来てたろ? 不安になるからはっきり言ってくれよ。


「武器が自ら逃げていくかの様な空振り。そしてこっちが申し訳なってくるほどの壊滅的なセンス。……お父さん、本当に何してくれてんのよバカ」


 え、なになに? 俺ただ素振りしただけだぞ? なのになんでこんないたたまれない空気になってんだよ。あれ? そんなにダメだった?


「マキナ、大丈夫よ。アナタには魔法がある。プロって言うのはね、何でも出来る人の事を言うんじゃないの。その分野で何でも出来る人の事を言うのよ。

 だからマキナは魔法で何でも出来る用になればいいの。別にたくさんの事が出来るからと言って必ずしも強いわけではないわ。その歳で魔法を使える事は本当に凄いことなのよ。だから大丈夫、自身を持って、ね」


 優しい言葉で慰めてくれるが決して目を合わせようとしない。

 ダメだこれは。あきらめモードに入っている。

 さっきまでの感動的な空気はどこに行ったんだよ、おい。


 弓や剣だけでなく他の武器も教えてくれそうにない。エイリもサリー母さんもすでに各々の作業に戻ろうとしている。


 1人残された俺はただただ握っている剣を見つめるしかなかった。


 ……ちくしょう。

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