魔力の変異 万物の操作
グアーラさんから魔法を教わるようになって1ヶ月が経ち、元素魔法の四属性の初級を少しだけ使えるようになった。
魔法を教えてもらう様になったが住み込みの修行とかグアーラさんのお着きとかは無く、生活習慣に変化はあまりなかった。
農業の手伝いが終わった後、勉強の時間が魔法の修練に変わったぐらいだ。グアーラさん曰く、「田畑の耕仕方、家畜の世話の仕方。それらは生きてく上でとても重要なことだからちゃんと続けなさい。それに四六時中あんたの世話出来るほど暇じゃない」とのこと。
グアーラさんはこの村唯一の薬師だ。けが人や病人は多くの場合彼女が診察する。なので当然忙しい。その上自分の部屋で何かしらの研究もしているみたいだから忙しさはとてつもないものなのだろう。
基本的な指導方針は結構放任だ。課題を出すから達成しろ。分からないことがあれば自分で考え編み出すか調べろ、無理なら聞け。これの繰り返しだ。
理由を聞けば「魔法というのは生きた技術よ。平均な形はあれども絶対は無い。人の真似しか出来ない魔術師なんて二流以下。自分の考えを持って磨きなさい」との事。なかなか厳しいご意見である。
真似をあまりさせてくれないので魔法をモノにするのに非常に時間が掛かる。最初はもうちょっと教えてくれてもと思ったが質問を続ける内にグアーラさんの言っている意味が理解出来た。
例えば、魔法を発動させる際にはイメージが大事なのだが、俺とグアーラさんのイメージは必ずしも一致しない。例えばストーンバレット。これは石の礫を飛ばして攻撃出来る魔法だ。
俺がこれを使う際にイメージするのは銃弾だ。銃が弾を飛ばすようなイメージで、石を飛ばすのだがグアーラさんのイメージは違う。
グアーラさんは石を思いっきり投げる様なイメージらしい。
同じ魔法でもイメージの仕方やどんな効果を重要視するかで結果がある程度変わるのだとか。だから自分に合った方法を磨くのが大事なんだそうだ。
やはり簡単には物に出来なさそうだ。いずれは詠唱の短縮も目指したい。破棄とかは無いのだろうか? いつか聞いておこう。
実践で使えるレベルまで中々遠そうだ。まあ、時間ならあるので変に焦る必要もないのだが。
今日もまたグアーラさんの元へ行き魔法の勉強をしに行く。
自分で調べなければならないので、ある程度グアーラさんの研究室にある本を読んでいいことになっている。今日は土属性について書いてある本を借りる約束をしているので本棚を漁り探している。どこにあるだろうか。ここらへんかな?
探しているとある1冊の本に目が止まった。「魔力の変異 万物の操作」。
そういえば最初に忍び込んだ時も見つけたな。なんだろうかこれは。気になるな。ちょっと読んでみようかな。
本を手に取り適当な椅子に座りページをめくり読み始めようとする。
「あら、マキナ。来てたのね」
グアーラさんが奥の部屋から出てきて話しかけてきた。ちょうどいいからこの本について聞いてみよう。
「こんにちは、グアーラさん。今日もお邪魔しています。ちょうどよかった、聞きたいことがあるんですよ。この本なんですけど、何について書かれている本なんですか?」
「はい、こんにちは。また変わった本に目を付けたわね。それは変異魔法について書かれた本よ」
変異魔法?何それ?
「ふふ、頭の上にハテナマークでも浮かべてるみたいな顔してるわよあなた。変異魔法っていうのはね、簡単に言えばモノの性質を変える魔法よ」
モノの性質を変える魔法? それって
「卑金属を錬成して貴金属に変える的な話?」
「なんであなた錬金術のこれ知ってるの? そうね、それも変異魔法の分野の1つよ。でも本流は魔法の変異よ」
日本では錬金術って有名だからね。あるマンガのせいで。
それはそれとして、魔法の変異? どういうこと? 意味分からん?
「その「はぁ?」って顔やめなさい。見てて腹立たしいから。特に教える気は無かったけど、興味を持ったんなら少しだけ講義でもしましょうか。覚えるかどうかは、あなたが決めなさい」
希によくあるグアーラさんの講義である。この人基本的に素っ気ない態度醸し出してるけど説明好きな所があるんだよな。試験の時だって聞いてもないのに補足説明バンバンしてくれてたし。
「この世の多くは魔法によって再現、あるいは干渉する事が出来るわよね。火属性の魔法を使えば物を燃やせるし土属性を使えば鉱物を作れる。そして神聖魔法なんかは傷を癒す事が出来るわね。つまり命に干渉する事が出来る。死霊魔法は魂についても深く研究されているわ。じゃあマキナに聞くわね。魔法の源は何?」
「魔力ですか?」
「そう、魔力。どんな魔法でも魔力は必ず使われる。ならば、その魔力を自由に変え、操る事が出来るならば、この世の全てを操ることが出来る。そういう思想の元に作られたのがこの変異魔法よ」
なんと言うか、すごい屁理屈だ。もし仮に電気を自由に操ることが出来たらどんな機械でも自由に操れる事が出来るよね。そんな事を言っているように聞こえる。出来る訳がない。機械語だけでOSを作ってみるといい。絶対に発狂する。
「最初に目指したのが魔法の性質の変化よ。さっき言った本流がこれね」
「魔法の性質?」
「いろいろあるから一括りにするのは難しいけれど、簡単な物なら逆にすることね。冷たい炎や柔らかい石よ」
なにそれ。地味に凄くないそれ。いろいろ妄想がはかどるんじゃね。いや、別にやらしい意味じゃなくてね。
「そして変異させる対象が魔法だけでなく物体になったのがさっきの錬金術の大本ね。まあ、本当に金を練金出来た人は過去に1人か2人しかいないけど」
「え、出来るんですか? 金を作っちゃうの」
「伝承として残ってるのよ。ある魔術師が傷や錆で使えなくなった大量の武具が一夜にして金に変えた話が」
「それは同じ量の金と入れ替えたとかじゃなくてですか?」
「傷や欠け、汚れがそのまま残って、鉄の部分だけが金に変わってたらしいわ。その技術は一切残ってないから誰も再現出来てないけどね」
本当に凄いな。それが出来たら大金持ちなんてもんじゃない。それこそ無限の財宝が手にはいるだろう。経済とかやばいことになりそうだな。インフレが止まらなくなるんじゃね?
「あら、そろそろ時間ね。私はもう行くわ。変異魔法を覚えたいなら本は持って行っていいわよ。ただオススメはしないわ。もう落ち目の廃れた魔法だからそれ」
「え、何でですか? 話からは結構便利で凄そうに聞こえましたけど」
魔法や物体を自由にあれこれ出来るなんてまさに夢のようだが。
「手間が掛かりすぎるのよ、その魔法。やれば分かるわ」
最後にそう言ってグアーラさんが鞄を持って出て行ってしまった。
なんだか言いたいことだけ言って行かれてしまった。とりあえず気になるから本は借りて行こう。それにグアーラさんがいないなら少し早いが今日はもう帰ろうかな。村はずれにある我が家は近くに森もあってヨニーさんの家の裏庭より広い空間が多いのだ。ここは村長の家なので村の中にあり、思いっきり魔法をぶっ放すのは怖い。そうと決まればさっさと帰ろう。
変異魔法の本を借りて家へ帰る。これで本を借りるのは結構な数になる。まえまえから不思議ではあったがグアーラさんの部屋にある本の数が多すぎる気がする。活版印刷が無いなら本は結構貴重な気がするがどうなんだろう。俺が知らないだけで実は似たような技術があるのかな? こんど聞いてみよ・・・・・・あ、土属性の本借りるの忘れてた。まあいいや、今度で。
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場面は変わって2日後の昼。今は家の少し離れた森の入り口あたりに居る。俺がよく魔法の練習に使う場所だ。平野になっており遮蔽物があまりなく広い。そして的が欲しければ森から持ってこれるのでなかなか重宝している。
今日はここで変異魔法の練習を行う。本を全部読めたわけではないが、理解しているところだけでも実践してみるつもりなのだ。
今日使う変異魔法は「反転」だ。これは名前の通り、その魔法の性質を逆にする事ができるらしい。
例えばティンダ。これは火種を作って対象を燃やすことが出来る魔法だ。出すのが小さな火なので燃えやすい物ぐらいしか燃やせない。精々生活が便利になる程度の魔法だ。ではこれを反転させるとどうなるか。本には冷たく燃える種火だ出来るらしい。
規模も小さく葉っぱや枝がそこらへんに落ちているのでとりあえずこれを試そうと思う。
「火の力よ、その恩恵を貸し与えたまえ。我が願いにより反転せよ。ティンダ」
目の前に積んである薪に火種が点り次第に燃え広がる。うん、普通に着いてるな。火の色が青くなったりとかは特にない。あれ? 失敗?
しばらく眺めていると燃える物が無くなり火が消えていく。別になんの変哲もない普通のティンダだ。
これは失敗かな? 冷たい火とか言われてもいまいちイメージが曖昧だったし、最初だし仕方ないか。もう一度やってみよう。燃えカスを集めて埋め、次の薪を用意しなければ。
「冷たっ!!」
燃え尽きた灰に手が触れた瞬間、氷を触った様に冷たかった。
あれ? 灰って冷たかったっけ? そんな訳ない。そうか、これが反転した結果か。
次は用心しつつ恐る恐る燃えカスに触れる。冷たい、確かに氷のように冷たい灰がここにある。
細かく触って調べてみてもこれは確かに灰であって氷ではない。水分が全然無くパサパサだ。
物を凍らした訳ではなく確かに燃やして灰化している。本当に火の熱だけが反転して冷たくなっている。
凄い、凄い!! これってかなり凄くないか。本当にマンガやアニメにしかない冷たい火だ。この火に水を近づけたら氷になるのかな?どうなんだろ。
いや、待て待て。次は逆を試してみよう。つまり、物を燃やすではなく冷やすだ。
「冷たき姿、その力、我が手に集え。我が願いにより反転せよ。バライス」
これは氷を作る魔法だ。それ以上でも以下でもない。本当に目の前に氷が出来るだけの魔法。大きさは力量次第で調整できる。
俺の目の前に手のひらに収まるくらいの氷が出てきて地面に落ちる。
恐る恐る触れてみる。熱い、やっぱり熱い。触れた氷は熱いお湯を入れた湯呑みの様に熱かった。火のように熱が広がらず触れた部分だけが熱く感じた。
おぉー! なんか凄い。感動だ。これをさっきの反転ティンダで冷ます。すると氷が段々溶けてきて水に変わり周りを濡らしていく。
やっぱり水が熱く凍ってるのか。もう自分で何言ってんのか分からなくなってきた。
それにしてもグアーラさん、凄いじゃないですか変異魔法。こんな事出来る魔法が廃れてきてるとか信じられん。みんなバカなんじゃねーの。
この後は夢中になって色々な初級魔法を反転させ試してみた。
作った石は肉の様に弾力を持ち、わき出た水はゼリーの様に形を保った。風はどうなったかというと、逆に吹いてきた。風を追い風になるように魔法を使ったが向かい風に変わっていた。
結局その日は日が暮たことも気づかず、サリー母さんに迎えにこられるまでずっと実験していた。
あとで聞いた話だが、家の近くで奇声を上げながら笑い、魔法をぶっ放してる怪しい奴が見えたから近づいてみたら自分の息子でビックリしたらしい。恥ずかしいところを見られてしまった。反省。
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数日経ち、本も読み進め理解が深まり、魔法も色々試してみた。結果分かったことがある。この変異魔法は面倒くさい。
最初のほうは興奮していて分からなかったが落ち着いてきて変異魔法の欠点が見えてくるとグアーラさんの言っていた事が分かった。
この変異魔法は「魔法を変異させる魔法」なのだ。つまり、変異魔法を使うにはこれ以外の魔法を覚えている必要がある。
どれだけ変異魔法の理解を深めても変異させる対象が無ければ意味ないし、元の魔法がしょぼければどれだけ変異させても結果がしれている。と言うか、威力はほとんど変わらなかった。
変異させたファイアボールも変異させないファイアボールも燃える結果は変わるが火の大きさや燃えるスピードは変わらなかった。おそらく俺の力量も関わってくるのだろうが本にも似たような事が書いてあり、魔法の威力を強化するなら、元の魔法を強化するか高位の魔法を使った方が早いのだ。
これは俺の勝手な考えだが、この変異魔法は例えるなら加工技術だ。元素魔法は火や水を生み出す生産技術だとすると、結果を変化させる変異魔法は加工技術だと言える。
かまぼこで置き換えよう。かまぼこを作るには魚が必要だ。元素魔法は魚そのものを生み出す事が出来る。変異魔法はその魚をかまぼこに加工するものだ。
美味しい魚を頂くのにわざわざ手間の掛かるかまぼこにする必要な無く、そもそもの魚を美味しくする工夫の方がずっと早い。そして、どれだけかまぼこを美味しく作れる技術を持っていても魚がクソ不味かったら意味はない。
少しは分かりやすかっただろうか。
廃れる理由が分かってしまった。こんなに手間の掛かる魔法を好き好んで覚える人は少ないだろう。
だって、冷たい火が有効な場面ってなんだ? 結局あれ燃えてんだぜ。水かければ消えたし。それに熱い氷ってどこで使うんだよ。寒いの? なら火を起こせよ。薪なんて無くても火出せるよ。
この事実に気づいてしまった時は本当にがっかりだった。知りたくなかったこんな事実。
さっきからネガキャンしかしてないが全くの無価値と言うわけではない。変異魔法は反転しか出来ないわけではない。今の俺が反転しか出来ないのだ。変異魔法の真価は可能性の広さにある。本にそう書いてあった
いつか自分のオリジナルの変異が出来れば使いやすさもぐっとよくなるはずだから一応覚えておこう。
今日の練習も一通り行ったので日が暮れる初めあたりに家に帰ることにする。
家の前に着くと家から生活音が漏れて聞こえてきた。もうサリー母さんは帰ってきているのか。それに夕食も作っているのだろう。いい匂いも漂って来ている。おいしそう。
ドアを開けて中に入る
「ただいまー、サリー母さん。今日の夕飯何?」
話しかけながらリビングへ入ると見知らぬ少女が机にお皿を並べていた。
え? 誰これ?