a particle effects... 私たちの世界はきっと、いくつもの出来事が少しだけすれちがって、二度と調和しない。
雨に、原石はうたれて
手の皺に入り込んだ砂が、AKのグリップに馴染むようにこすれた。水に濡れた靴下のように、ぼくの心に不快感を生み出す。
ぼくの祖国は、僕の祖先は、僕の家族は、罪に塗れている。黒く輝くぼくの肌はダイヤモンドの原石で、生き物の中でも一つ頭がでる程度に上等だ。となりの部族との争いでぼくらは飽きもせずに戦いを続けている。
ダイヤモンドの原石同士の戦いだ。
そうやって戦っているうちにぼくたちは「切磋琢磨」して、「他山の石」で磨き合う。黒く輝くぼくらの肌は、こうして価値を高め合って、市場に並ぶわけだ。生き残ったぼくは、特に上等なヤツなんだと言える。きっと、そうだ。
*
ベッドの脇で泣き叫びながら、男が頼み事をしてくる。ぼくはその声に愉快になって、もう一回言ってくれないかと聞き返す。頼み事を頼み事で返すなんてマナー違反だが、気にしないことにした。質問に質問で返す人みたいで少しかっこ悪いけれど、楽しみには代えがたい。
女の人の息がぼくの顔に掛かる。今日、さっき初めて会ったばかりのステキな人だ。彼女はマペットみたいに、ぼくの手の先の動きで、操られているみたいに、不自然に生き物らしい姿を、見せた。それがどうしてかいとおしくて、彼女の口をぼくの口で塞ぐと、また、ベッドの脇がやかましい。少し頭にきたけどそれを無視して、犬みたいにひっくり返した彼女に、ぼくを口にさせる。右手にトカレフをもてあそんでいるだけで彼女はやけに従順だ。撃ったりなんかしないのに。笑ってしまうじゃないか。気持ちを抑えるのに一苦労だ。ベッドサイドに向けて引き金を絞ったら、男が腕で受け止める。けなげな男だ。
「……すけて」
よく解らない発音をするとなりの部族の人達の一人は、なにやら必死の形相でぼくに語りかけてくる。
口いっぱいに頬張る彼女は情感を込めて、それを続ける。変な音を立ててぼくは抜き取ると、コイツを今度は犬みたいな彼女の中に放り込む。勢いよく入り込んだコイツは行ったり来たり、糸を引くみたいに。
マチェーテで手足を切り取った男は本格的に泣きわめいてぼくを煩わしい気持ちでいっぱいにする。
「……ろして。殺してくれ」
ひどい。これはひどい。そんな恐ろしいことを一方的に頼まないでくれ。
「金を払うから! もう、お願いだ」
こうやって、いくらつらいからって金を払ってでも死にたいなんて、諦めないでくれと、ぼくは言ってあげた。親切からだ、もちろん。
恋人の脇で、殺してくれと叫ぶ血まみれの男と、穴という穴を塞がれてうめく女。ぼくは心配になってきた。そろそろ終わりが近づいてきたのを予感する。さあ、終わりにする頃合いか。
「もっと!」
ぼくはそう叫んで、ぼくの中身を彼女の中に吐き出すと、同時に拳銃を撃つ。男は額から血を流しながら、間抜けに孔を開けた顔を、ぼくに向けた。
犯されながら、豊作と花の色を神に感謝する歌を歌い彼女は、終わって寝床に放り捨てられたまま、狂ったようにぼそぼそと。詩に合わせた良く聞き取れないメロディーを口から漏らし続けた。
「薬をあげ過ぎちゃったな」
ゴメンね。と彼女に伝えると、ベトベトになった体を拭きながら帰り支度を始めた。平和な町だ。そう、本当に。
――――ドアが、はじけて。飛んだ。
。
ひどく乱暴な音と一緒に、粉々になった蝶つがいが飛んで。
金属音を小さく立てるよりもほんのちょっとだけ先に、筒のような、固まりのような何か。それが爆ぜて。
衝撃音がぼくの鼓膜を破った。どうしようもない光が目に入る。
今日、ぼくは、ぼくの仲間とこの町をぼくらの物にするって事に賛成した。ほんの数日前の事だったけど、そのとき。いよいよぼくたちは、ぼくたちが価値のあるダイヤモンドみたいなもんなんだって、本当に誇らしい気持ちになった。
だってそうだろう? 隣の部族のヤツらと来たら、同じ町にすんでるぼくらの事をひどく軽くあしらうし、何よりも同じ仕事をしているって言うのにぼくらに文句ばかり言う。そうであればちょっと、もうこの町から出て行ってもらおうよと、ぼくらを導いてくれるリーダーはそう言うんだ。
頭の中で、なんとかって言う麻薬を勝手にいくらでも作ってくれるって言う魔法の藥を、ぼくらの先生は仕入れることが出来たんだとかいう。しっかりと食事をしているなら、その薬を注射するだけでぼくは幸せってわけだった。
ベッドの上でぼんやりと歌い続ける彼女にもさっき打ってあげたその薬は、良く効くだろう? 昨日までセックスし続けていた邪魔な男も死んだし、ぼくらの部族に迎えるのに丁度いいじゃないか。
「で、誰なんだ、あんた達は」
ぼくは丁寧な口調で話しかけたけど、全然聞いてくれない。
ぼくの彼女の家に押し入ってきたのは、アメリカ軍らしい綺麗な戦闘服を着ている男が四人。その格好いい服の上に、さらにねたましいほど格好のいいベストを着て。ぼくらがさわったことがないような色々な器具がついている。感心してしまう。
映画の撮影でもしているのか? あんた達は。
精密機械みたいな正確な動きの彼らは、失礼にも彼女の家のドアを蹴破ってしまった。話しやすそうな東洋人の彼がぼくに無表情で小銃を向けている。これは直してくれるのかい、と彼らの一人に訊ねようとすると、鬼のような形相をして、俳優みたいにこぎれいな白人が、英語でぼくに怒鳴りつける。
とても話がかみ合わない。
「殺してしまおうかな」
ぼくも、母国の美しい言葉に怒りをのせる。
でももう帰るんだ。AKを持って行かないと、ちょっとどいてくれないか。
ぼくらのAKよりもずっと精密な小銃がうらやましくもあるけれど、こっちにそれを向けないで。怖いじゃないか。そっとAKを手に持って、彼女にさよならを伝えようとした時、
「助けて。神様、私を殺して」
彼女が涙を流して、やけに綺麗な顔をした兵隊に、そう言う風に口を動かしている気配を感じた。
どうしてだろう。ぼくの目も耳も、全然ぼんやりとしてしまっているのに。
静かにしてくれ、ぼくは忙しいんだ。それに君たちは、部外者じゃないか。ぼくらの間に入ってこなくたっていいんだ。
そうか、君もお前らも、みんな。この世に絶望してしまったのか。それならそう言ってくれたって良いのに。ぼくがもらった薬を分けてあげたって構わない。
いっそ死にたいんだろうか。君の恋人も、そう言う風に言ってたね。殺してって。
君たちはすぐに死にたがる。明日も君と会って、愛し合おうと思っていたのに。
「それじゃしかたがない」
と、ぼくは彼女にお別れを告げるためにAKのグリップに手をかける。
それが最後のぼくの自意識だった。
ぼくの視線は動かなくなって、黒く、閉じた。
ほんの僅かな、一瞬の記憶は胸を小突く衝撃だった。残念だけれど、君にもう一度会うことはなさそうだ。あの無粋な人達の仕業でぼくは、とうとう。
このとき、とうとう本当のダイヤモンドになってしまったらしい。
了
読了ありがとうございました。