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従者召喚  作者: 六手
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43/46

南の貴公子 1

2/1 掲載


次話 2/2 掲載予定

茶髪の前髪を後ろに掻き上げた白い服の青年は、ラクシャサ近くの水辺でのんびりと釣りを楽しんでいた。今日の彼は非番で特にやることが無かった。だから何となく童心に帰り、釣りでも楽しもうと思っていたが、魚は一匹たりとも釣れることは無かった。

退屈だ、飽きてきた。そんなことを思いながら不満気な表情を浮かべ、彼は視線の先に広がる広大なファルデール湖を見つめていた。そんな時、後ろの方で草を掻き分け誰かがこちらにやって来る音が聞こえて振り返る。草木生い茂る木々の間から姿を現したのは、白み掛かった金髪で自分と同じ様な服を着る青年だった。そして釣りをしていた青年は、やって来た彼に対して見知った様子でこう尋ねる。


「なんだ、アルスか……王子の警護はいいのかよ?」


その言葉に対してアルスと呼ばれた青年は軽く手を上げた後、その言葉に返答する。


「今日は一日部屋で書類整理だってさ。暇になったからロイドの方に来てみたけれど……何か釣れたの?」


アルスは茶髪の男をロイドと呼び。本日の釣果(ちょうか)について尋ねると、ロイドは呆れた顔をしながら竿を釣り上げる。


「いいや、釣れねぇ……」


ロイドは残念そうな口調でそう呟きながらも、宙に浮く釣り針に視線を向ける。そこには先程まで付いていた筈の餌が無くなっていたのだった。


「確かに魚は居る筈なんだ……なのに釣れねぇ……」


ロイドは嘆く様に呟き、諦めた様子で釣竿をその場に置く。


「さて、魚は釣れない……王子も何処にも出掛けない……。俺達は暇だ……どうするよ、アルス?」


そんな問いかけに対して、アルスは少し考えてこう提案する。


「それじゃあ……剣の稽古でもするかい?」


「そうだな、その方がいいかもしれねぇ」


そんな会話をして、次にやることを決めたロイドは釣り竿を持ってその場を去ろうとした。その時、湖の水面に突然発生した気泡が目に入り、ロイドは足を止めて泡立つ水面に目を凝らした。


――なんだ?


水面に突然現れた気泡はしばらくして止まる。特に何も起きないか……そう思ってその場を再び去ろうとしたが、ゆっくりと水面に浮上したモノが視界に入り、ロイドの顔が困惑した表情から驚きの表情へと変わった。


「おい、アルス!! 大変だ!! 何か浮かんでるぞ!!」


一足先にその場から去ろうとしてたアルスは、不思議そうな顔を浮かべながら慌てた声を上げるロイドの方へ近寄る。そしてアルスもまたロイドと同じ光景を目の当たりにして、慌てた様子で声を上げた。

何故なら、陸から少しばかり離れた湖の水面、そこには長い青髪を水面に漂わせて浮かぶ少女の姿が在ったからだ。


「と、とにかく助けよう!!」


「ああ、そうだな!!」


ロイドは手に持った釣竿を湖に浮かぶ少女目掛けて釣竿を振る。飛んで行った釣り針が少女の服に引っ掛かった事を確認すると、即座に釣竿を引っ張って湖に浮かぶ少女を岸へと引き寄せる。そして岸まで急いで引き寄せた少女を二人は陸へ引っ張り上げ、ロイドは仰向けの状態で倒れる彼女に声を掛けて生存を確認する。


「おい、大丈夫か!?」


ロイドは声を荒げて仰向けになる少女の頬を軽く叩いて意識を呼び戻そうと試みる。

すると数秒後、彼女は目を開け、辺りを見回してから呟く。


「私は……」


意識を取り戻した彼女は自分の身に何が起こったのかを思い出した様子で「ああ、そうか……」と呟いてから、近くで叫び声を上げる男に視線を向けるのだった。


「おお、目が覚めたか!!」


「アナタ方は?」


「ああ、俺達はルガン兵だ」


「ルガン兵……そうですか……」


少女はそんな弱々しい口調でまた納得した様に呟きながら身体を起こして立ち上がる。

青い長髪に水色の一枚布で出来たシンプルなスカート服。そんな格好の少女は立ち上がって片手を前に出し、目を瞑って何かを念じ始める。その途端、少女の身体に纏わり付いた水滴が前に出した手の平へと集まって行く。手に吸い寄せられるように集まった水は球状になり、彼女はそれを湖へと投げ捨てた。

それを黙って傍観していたロイドとアルスは、少しばかり驚いた表情を少女に対して浮かべる。そしてロイドは少女に向かってこう尋ねる。


「お前、魔法使いなのか……?」


だが、その言葉を少女は首を横に振って否定する。


「いえ、私は魔法使いでは在りません。水龍です」


その言葉を聞いたロイドとアルスは顔を見合わせ、真剣な表情で水龍と名乗る少女に視線を向けるのだった。


「大変だ……」


そんな言葉をロイドが呟くとアルスも賛同する様にこう呟く。


「うん、大変だね……」


そんな言葉を呟く二人の真剣な表情を目にした少女は、自分が水龍という凄まじい存在なのだから、彼らが驚いた表情を浮かべることは仕方がないことだ……そう思っていた。だが、二人の考えと少女の考えは大きく食い違っていた。


「溺れたショックで頭がおかしくなっちまったのかもしれないな……」


「そうだね……まずは城の医者に見せた方が良さそうだ……」


そんな二人の言葉を聞いた少女は目を丸くしながらこう返す。


「あの……私の頭は正常なのですが……」


「そんな訳あるかよ。まともな人間が「自分は水龍です」なんて言う訳がないだろう。とにかく一緒に来い。城の医者に一回見せに行くぞ!!」


そう言ってロイドは少女の腕を無理矢理引っ張って何処かへ連れて行こうとする。だが、それに対して少女は必死に抵抗する。


「待って下さい!! 私は本当に水龍で……」


「わかった、わかった。とにかく医者だ」


「ちょ、ちょっと待って……」


そんな少女の言葉を無視して、二人は頭のおかしな少女を連れて城へと向かうのだった。
















ファルデール湖の港町ラクシャサから早馬で数時間、そこにルガン王国の王都が在った。

溺れた少女を連れ、慌てた様子でルガン城に到着した二人は真っ直ぐ城の医務室へ向かい、医者に少女を診て貰うのだった。


「アナタのお名前は?」


「フィオナです」


「では……何故、湖で溺れていたのかしら?」


「龍の姿では目立つので、水面近くで人間の姿に変身しました。それで人の姿で泳いでいたら、途中で足が吊ってしまって身動きが取れず。龍の姿に戻る間も無く溺れてしまいました……」


フィオナと名乗る少女は女医の質問に答える。その話を聞いた女医は、少女の後ろに立つロイドとアルスに深刻な顔を向けながらこう告げる。


「どうやら……記憶が混乱してる様子ですね。外傷は特に見当たりませんので、やはり溺れたことが原因でしょう……」


「どうにかならないのか?」


「そうですね……魔術を使った治癒という方法も在るかもしれませんが。東のレイナ―王国にでも行かない限り記憶を取り戻す方法は見つからないでしょう……」


「東か……」


そんな会話を聞いていたフィオナは困った表情を浮かべながらも、訴える様に声を上げる。


「だから、私の頭は正常です!! 何処にもおかしな所は……」


慌てた声で女医の言葉を否定するフィオナに対し、アルスは優しい笑みを浮かべながらフィオナの肩に手を置いた。


「安心して……僕達が責任を持って君の記憶を取り戻してあげるからね……」


「あの……だから……」


それに続く様に、ロイドはフィオナに対して高らかにこう宣言する。


「安心しろ、俺とアルスがお前の記憶を取り戻す方法を必ず見つけ出してやる!! どうせ暇だしな!!」


「そうだね。どうせ暇だし」


「いや……だから……」


フィオナは二人の傍迷惑な善意に困惑しながらも、これからどうすればいいのだろうかと悩ましい表情を浮かべる。だが二人はそんな彼女の気持ちなど知ることもなく、意気揚々に東へ出発する為の旅支度について話し始めるのだった。


「金と馬だけ在れば十分だよな?」


「そうだね、後は現地で情報収集すれば良さそうだ」


そんな二人の会話を他所にフィオナは諦めた表情を浮かべて落ち込む。

そうやってフィオナを蚊帳の外に置いて二人が東へ向かう算段を立てていると、コートの様な白い服を着た煌びやかな金髪の青年がやって来るのだった。


「なにやら騒がしいじゃないか? どうしたんだい? ロイド、アルス」


やってきた青年に名前を呼ばれた二人とフィオナを診て居た女医は、金髪の青年が視界に入ると即座に姿勢を正し、右手で握り拳を作り胸元に寄せて敬礼する。それを見た金髪の青年は、彼らの行動に慣れた様子でこう告げる。


「楽にしてくれ。それで……その娘は一体?」


そんな疑問を青年は抱き、その問いかけにロイドが答える。


「ファルデール湖で溺れていた所を救助したのですが、溺れた際に頭をやられたそうで……おかしなことを口走るんですよ。だからここまで連れて来ました」


そしてアルスがロイドの言葉を付け加える様に続けて説明する。


「目立った外傷は無く。魔法を使った治療ならば彼女を正常に戻せるかもしれないと聞きましたので、東のレイナ―王国に向かおうと話していた所です」


そんな説明を聞いた青年は、女医の目の前に座るフィオナの元へと近づきながら二人に対してこう尋ねる。


「おかしなこと……とは?」


「はい、自分の事を水龍だと名乗っているんですよ……何処からどう見ても人間なのに……」


「そうか……」


そう言って青年はフィオナの目をじっと見つめながら、少女にこう尋ねる。


「君は水龍なのかい?」


「そうですよ……でもどうせ信じてはくれないのでしょう?」


「そうだね」


そんな簡単な返事をして金髪の青年は女医にこう指示を出す。


「この娘に使用人を付けてくれ。部屋は……母上の部屋が空いているからそこへ、食事・衣服も用意する様に……これは私の命令だ。いいね?」


「は、はい。かしこまりました」


青年の言葉を即座に了承した女医は、即座にフィオナを連れて医務室を出て行く。そして、そんな命令を下した青年に対して、二人は驚いた表情を浮かべていた。溺れていた見知らぬ少女にそこまでの優遇をする青年に二人は疑問を感じ、困惑した表情を浮かべながらアルスは青年に尋ねる。


「何故そのようなご命令を……」


「さあ、何故だろうね」


金髪の青年はアルスの質問をはぐらかす様な言葉で返して、医務室から去って行こうとする。その去り際に、青年は戸惑いながらその場に立ち尽くす二人に指示を出す。


「それじゃあ、行こうか。二人共」


そんな言葉を口にして金髪の青年は再び前へと歩み出す。その言葉を聞いたロイドとアルスは「はっ!!」と敬礼をしながら声を上げ、青年の後ろをついて行くのだった。
















医務室を後にした三人が向かった先は、ロイドとアルスが少女を助けた場所だった。

ファルデール湖の南、ラクシャサの街から少し離れた水辺。そこで金髪の青年は、広大な湖が広がる景色に視線を向けながらロイドに問いかける。


「ロイド、ここで一つ質問だ。この湖に住み着く水龍の名前を君は知っているかい?」


「それは……水龍ファルディールですよね? そこらのガキでも知ってることをなんで今更……」


「そう、ここには水龍が住み着く。その水龍から名前を取った、だからここはファルデール湖と呼ばれている。では、君はその水龍を実際に目にしたことは在るかな?」


「ないですけど……。水龍なんて居る訳が無いじゃないですか……」


「居る訳が無い……その前提が間違っているかもしれないだろ?」


金髪の青年がそう返すと、ロイドは少しばかり困惑した表情を浮かべる。そしてアルスが青年の考えを述べる様に言葉にする。


「この湖には水龍が居る……そうお考えですか?」


「居るかもしれない。私も実際に水龍を見た事が無いからね……何とも言えないよ。でもここには水龍が存在する可能性が少しでも在る。ならば、それを簡単には否定はしないというだけの話さ」


「だから、あの女の子が水龍の娘で在る可能性も考慮している。ということでしょうか?」


「そういうことさ。なんせ、この湖のこんな所であの娘が溺れて居たんだろ? そんな突拍子の無い話が真実ならば、少女の言っている突拍子の無い話も真実なのではないかと思ってね……」


そして金髪の青年はロイドにこう命令する。


「それじゃあ、ロイド。君の大声でこの湖に住み着く、水龍ファルデールを呼び出してくれないか?」


「はぁ!?」


ロイドは青年のおかしな指示に驚いた表情を浮かべ、そんな言葉を口にする。

それを横で聞いていたアルスは無礼な言葉を口にするロイドを注意する様に睨み付け、それに気が付いたロイドは握り拳を胸元に当てて敬礼をしながら「失礼しました!!」と青年に謝罪する。そしてロイドは青年が口にした指示に困惑した表情になりながらも確認する。


「その……呼び出すって……ここで叫べってことですよね……? 本当にやるんですか?」


「ああ、当たり前だろ? まあ、呼び出す言葉は君に任せるよ」


「うぐっ……」


ロイドは不満そうな顔をしながらも青年の指示に従い、湖の端に立って大声でこう叫ぶ。


「出てこ~い、水龍!!」


ロイドの遠慮がちな声が湖に広がった後、辺りは静寂に包まれる。ロイドは何も起きないことを確認し、青年の言葉が間違っていることを証明されたと言わんばかりに、後ろへ振り向いてこう尋ねる。


「水龍なんて居ません。もういいですよね?」


「水龍ではなく、ちゃんと名前で呼ばなくては姿を現してくれないだろう?」


「えっ、マジで……それってもう一回叫べってことですか?」


「そうだ。次はもっと大きな声で、ファルデールという名前を叫べばきっと現れてくれるはずだ」


「……」


ロイドの言葉に青年はそう答える。そんな二人の会話を聞いていたアルスは口元に手を当てながら、笑いを堪えていた。ロイドはそんなアルスの姿を見ながらも、コレは仕事だと割り切って再び湖に向かって叫び声を上げた。


「出て来い!! ファルディール!!」


しかし、先程同様に何も起きる気配は無かった。静寂が広がり、風に揺れる波音と微かに聞こえるアルスの笑いを我慢する声が聞こえて来る。そしてロイドは不満そうな顔をしながらも、金髪の青年に問いかける。


「あの、もういいですか……? もういいですよね?」


だが、金髪の青年は笑顔を向けてロイドにこう告げる。


「もう一回、もっと大きな声で」


「……」


その言葉を聞いたアルスは近くの木に拳を軽く叩き付けながら必死に笑いを堪えようとしていた。そんな姿を見たロイドはもうどうにでもなれと言わんばかりに、なりふり構わず叫び声を上げた。


「出てきやがれ!! ファルディール!! テメェが出てこないせいで俺はイイ笑いものだぞ!! ゴラァァァァァ!!」


そんな怒声と罵倒を織り交ぜた叫び声が湖に広がった。だが、それでも当然の様にファルデールは出てくる様子は無かった。アレだけの大声を出せばもしかしたらと思ったが、やはり所詮は大昔の伝説なのだろうと諦めた様子で金髪の青年は独り言を呟き始める。


「じゃあ、あの娘の言っていた言葉は嘘……なのか? でも彼女が嘘を吐いている様な素振りも見えなかった。ならば本当に溺れた拍子に記憶が曖昧になった可能性も……」


そう何かを考える素振りを見せながら、金髪の青年は悩ましい表情を浮かべて自問自答する。

そんな姿を見たロイドは湖に向かって叫ぶ事を止め、さっきまで笑って居たアルスに向かって不満げな顔で言葉を投げかける。


「おい、アルス。次、ファルディールを呼び出す時はお前が担当だからな。俺はお前の後ろで笑っててやるよ」


「でも、もう諦めたんじゃないかな? 流石にフィオナちゃんが水龍の娘っていうのは、幾らなんでも在り得ないと思うよ」


「そりゃ、そうだろうよ。人間の子供は人間。なら水龍の子供もまた水龍なんだろうにな」


ロイドは呆れた表情を浮かべながらそんな言葉を呟き、何気なく湖に視線を向けるのだった。

すると……岸と湖の堺から妙なモノが現れた。二本の煌びやかな棒状の何か、それは徐々に上へと延びて行く。更にその下からは青い岩の様な何かが見える。水音を立てながら湖に現れた『何か』は、水面から姿を現した。


「……」


二本の長い珊瑚の角、蒼い鱗に覆われた伝説上の生き物がロイドとアルスの視界に入る。

突拍子の無い出来事が目の前に突如として現れたからなのだろう、彼らは目を見開いて絶句する。そして、その水音に気が付いた金髪の青年も、その姿を目にして少しばかり驚いた表情を浮かべながらこう呟くのだった。


「水龍ファルディール……」


湖の水面から顔を出した水龍は、その場に居る三人を睨み付けながら口を開く。


「人間よ……我が娘の名を口にしたな?」


その水龍の言葉に、アルスは自分が「フィオナちゃん」と口にした言葉を思い出すのだった。それと同時に本当に彼女が水龍の娘だったのだろうか? などとまだ信じられない様子だが、アルスは水龍の問いに返答しようとする。だがその前に金髪の青年が水龍に質問する。


「フィオナ……それが君の娘の名前かな?」


「確かに、我が娘は何処に居る?」


「君の娘ならば、私が預かっているよ」


「ならば、こちらに引き渡して貰おう」


「断る」


そういって青年は水龍の言葉を即座に拒絶した。その言葉を聞いていたロイドとアルスは驚いた表情を浮かべ、青年に抗議するようにロイドが言葉を並べる。


「待って下さい……俺達は……」


「ロイド、口を閉じろ。これは命令だ」


そう言って青年は真剣な表情をロイドに向けて命令する。そして隣のアルスもロイドと同じ様に抗議しようと口を開こうと考えたが、口を閉じろと命令されることが目に見えて居た。だから二人は黙り込んで水龍と青年の会話の行く末を見届けることしか出来なかった。


「我が願いを断るということは、私を敵に回すということだぞ……理解しているか人間?」


「そんなことは重々承知の上での返答だ……水龍ファルディール」


「そうか……では仕方がない……。今すぐ娘を返さなければ貴様らをこの場で殺す……それでもまだ娘を返すつもりはないと口にするか? 人間」


そう言ってファルデールは金髪の青年を脅迫する。だが青年はそんな水龍の言葉に屈する様子は微塵も見せることなくこう返す。


「それでも私は構わない。だがそんなことをすれば君の娘も死ぬことになるだろうな」


「貴様らが死ねば私の娘の命が無いという訳か……」


「まあ、私が死ねば少なからずそうなることだろう。だからこそ、お互いに歩み寄ることが必要だと思うのだが、どうだろうか? ファルディール」


「歩み寄る?」


「ああ、私の条件はこうだ。少しの間だけ私の命令を聞いて欲しい」


「命令? 一体何をさせる気だ?」


「なに、そう難しいことじゃない。ただファルディール湖に行き交う船を全て沈めて欲しい。ただそれだけだよ……」


そう言って金髪の青年は湖を移動する一隻の船に視線を向けながらこう続ける。


「まず手始めに、あの船を沈めて来てくれないか?」


青年の視線の先で移動する船は、進行方向から察するにラクシャサの港から出港した船だった。そして水龍もその船を視界に捉えて確認する。だがそう簡単に青年の命令を聞くほど、水龍の方も容易くはなかった。


「貴様の命令を聞いて、我が娘が返って来る保証はないであろう?」


「でも、このまま首を横に振っていても、君の娘は返っては来ない。そうは思わないかい?」


「……」


そんな青年の一言でファルディールは黙り込んでしまう。ここで青年の言うことを聞かなければ自分の娘が死ぬ。目の前の青年を殺しても娘が死ぬ。自分の娘が捕えられた時点で、ファルディールに最初から拒否権は無かったのだ。それを理解したファルディールは金髪の青年を睨み付ける。そして無言で水中へと沈んでいくのだった。それを確認したロイドは青年に向かって声を上げる。


「何を考えてるんですか!?」


「……」


だが青年はロイドの言葉を無視し、遠くの湖に浮かぶ一隻の船を見つめていた。

数秒後、湖を浮かぶ船を水龍が襲った。ほんの一瞬、水面から姿を現した水龍が口から魔法の様な何かを発射し、船は縦半分に分かれて沈没する。それを遠目で見ていた青年は不敵な笑みを浮かべる。勿論、傍に居たロイドとアルスは青年が浮かべた不敵な笑みを目撃し、困惑した。そして船を沈めた水龍は金髪の青年の前に戻って来るとこう告げる。


「娘を返して貰おうか……」


だが青年は笑顔でこう返す。


「私はこう言った筈だ。この湖の上を移動する船を全て沈めて行ってくれ……そうすれば、君の娘を返してあげると。それじゃあ、少ししたらまた君に会いに来るよ」


「……」


そう言って青年は用件は全て済んだとその場を去ろうとする。だが、それを水龍は呼び止めた。


「待て……人間……」


「なんだい? 何か質問でも在るのかな? ファルディール」


「人間……貴様の名は?」


「ああ、そう言えば……名を名乗って居なかった……。この国じゃ私を知らない人はそう居ないから、いつだって名乗ることが遅れてしまう……」


そう言って金髪の青年は水龍に向かって自分の名を告げる。


「カラグール・ルガン。それが私の名前だ……」


カラグール・ルガンと名乗った青年はその場を去って行く。そして困惑した表情を浮かべ立ち尽くすロイドとアルスは彼の後ろを追うことしか出来なかった。

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