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従者召喚  作者: 六手
三章
42/46

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1/27 掲載

「誰かぁぁぁぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇぇ!!」


俺が腕に抱える青い長髪の少女がそんな叫び声を上げていた。彼女の救出に来たというのに、これではこっちが悪役だ。俺はそんなことを呆れ顔で思いながら、腕に抱える少女に対して、何故俺達がここに来たのかを走りながら説明しようと試みた。


「おい、落ち着け!! 俺はファルディールに頼まれて、お前を救出に……」


「いやぁぁぁぁぁぁ!! 誰かぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「だから落ち着け……」


「助けてぇぇぇぇぇ!!」


俺の言葉を一切聞かず大きな悲鳴を上げる少女にイラッときた俺は、思わず空いた手の平を握りしめ、抱える少女の頭にゲンコツを喰らわせた。すると少女の叫び声は止まる。だがその代りだと言わんばかりに、少女はこちらを睨んで怒鳴り散らすのだった。


「女性を殴るなんて最低です!! 暴力反対!!」


「だから、話を聞け。俺はお前を……」


「変態の言葉なんて聞きたくありません!! それと何処触ってるんですか!! この変態!!」


「もうヤダ……」


どうせこのクソガキは人の話を最後まで聞かなそうだと悟りを開いた俺は、彼女への説明は諦めてひたすらに階段を使って城の一階へと向かう。その途中の階段には、フィオナの叫び声を聞きつけたのだろうか、数人の兵士達が俺達の行く手を遮る。


「そこの変態!! 腕に抱えた少女を離せ!!」


「だから、俺は……」


完全にこちらが幼女を城から誘拐しに来た変態になってしまっている……。まあ、もういい。変態だろうが、ロリコンだろうがこの際どうでもいい。俺は俺のすることをするだけだ。そして俺は先導するメアリーに指示を出す。


「メアリー!! 退路の確保は任せた!!」


そんな俺の言葉を聞いたメアリーは瞬間的に加速し、階段で俺達の行く手を遮る兵士達を瞬く間に制圧する。数では向こうの方が上だが、メアリーの圧倒的な力の前には無意味。これならば余裕で城を抜け出し、ミラと合流して逃げ切る事は容易だろう。

先陣を切るメアリーは俺達の行方を遮ろうと待ち構える兵士達を次々と薙ぎ払い退路を作る。そして一階へと到着した俺達は外へ続く城の扉を開くのだった。


「そう簡単には行かせてもらえないか……」


扉を開けたその先の広場には沢山の兵士達が集結していた。その数は先程の足止め程度の人数では無い。ざっと見積もって百人以上は軽く超えているであろう。その光景を見た俺は、初めて国を相手にしているということを再認識した。


「メアリー……行けるか?」


「問題在りません」


俺の言葉にメアリーはいつもの様に無表情な顔をしながらいつもの口調でそう答えるのだった。あれほど沢山の兵士が目の前を立ち塞がるというのに、このメイドは身じろぎ一つしない。本当に頼もしい限りだ。


「そこの裏切り者とメイド!! お前らの連れ去ろうとしてるそこのガキはこの国の王子のモノだ、今すぐ返せば鞭打ち一万回位で勘弁してやるぞ!! どうだ、悪く無い話だろう?」


「いや、何処ら辺が悪くない話なのかが判らねえよ……」


そう呟きながらも俺は腕に抱えたフィオナにこう告げる。


「俺達が奴らの注意を引く……その隙に城の外へ逃げろ。門を出たら右へ向かって、ポーチを下げた茶髪の女か、黒髪で黒いドレスの女が乗った荷馬車を探せ……いいな?」


「な、なんで私がアナタの言うことを聞かなくてはいけないのですか……」


「ここからファルディールの元に帰りたいなら俺の言うことを聞くんだな」


「何故……父の名前を……」


「いや、さっきからファルディールの名前出してるんだけど……」


そう言ってこの命の掛かった緊張的な場面で、フィオナから真顔でそんな事を言われるとは思わなかった俺は呆れ顔でそう呟くのだった。


「俺はファルディールと約束……。いや、利害関係の一致か……。あの水龍との利害関係が一致したからお前を助けにここに来た。ただそれだけだ」


そう言って俺はフィオナをその場に降ろして鉈を構えるメアリーの横に立つ。


「俺達二人が退路を作る、だからお前は逃げろ。いいな?」


そう言って俺は後ろに立つフィオナが首を縦に振る姿をチラリと見てから前を向く。


「さて、メアリー……援護は任せろ。先陣はお前に任せる!!」


「随分と締まらないご命令ですが……喜んでその御命令、遂行させて頂きます」


そんな他愛の無い掛け合いをした後、俺とメアリーは待ち受けるルガン兵達に向かって駆け出した。

俺は鞘の付いたままの剣を構え、メアリーは鉈を構えて先陣を切る。待ち構えていた兵士達は、たった二人で無数の兵士達に挑む俺達の事を嘲笑っていた。だが、その油断こそが俺達が勝利する為の付け入る隙だ。

先陣を切ったメアリーはルガン兵の集団に飛び込み、鉈を一振りして大量の兵士達を撒き込みながら薙ぎ払う。円状にドミノ倒しにされた兵士達はそのメイドの圧倒的な力を目の当たりにして臆するのだった。


「こりゃ、メアリーだけでも十分な気がするな……」


そんなことを呟きながら、俺は中央のメアリーに視線を向ける兵士達を外側から兵士の真後ろを取って鞘の付いた剣で頭を強打する。――まずは一人。そう思った矢先、周囲の兵士が俺に気が付いた様で、視線を俺に向け、腰に差した剣を抜いて即座に構えるのだった。


「ああ、もう嫌だ……帰りたい……」


数十人の兵士が剣を構えてこちらに視線を向けて俺を狙う。まともに戦っても勝てないと理解している俺は後ろへ引く様に後ずさりをする。そして俺に狙いを定めた兵士達が剣を高らかと掲げ、大声を上げながら襲い掛かって来る。


「うがぁぁぁぁぁ!! こっち来んなぁぁぁぁ!!」


メアリーの様に数を圧倒する程の力を持たない俺は今にも泣きそうな叫び声を上げながら退却する。だが、それと同時に俺を追いかけようとした数人の兵士が音も無く倒れる。俺はそれに気が付き振り返ると、そこにはメアリーが数人を仕留めてくれていた。そしてメアリーは再度兵士達を制圧しに行動する。

メアリーの魔の手から逃れた運の良い兵士が三人。俺を取り囲む様にして剣を構える。


――敵の数は三人、これならまだ勝機は在る筈だ……。


「お前はあのメイドと違って、不意打ちと逃げ回るだけが得意の腰抜けらしいな」


そう言って俺を取り囲む兵士の一人が余裕の表情を浮かべてそんな言葉を口にする。確かに、目の前の兵士が言って居る事は正しい。俺には戦闘力など皆無、だがそれを補う為の方法は知っている。勝つ為には手段を選ばない。それがコイツらに勝つ為の俺の戦い方だ。


「ちょっと、タンマ」


「は?」


俺が空いた手の平を前に出す様にして三人の兵士に向かってそんな言葉を発すると、兵士達は不思議そうな顔をして俺を見つめる。そして俺は即座にこう続ける。


「三対一は卑怯だと思わないか? 責めて一対一でお願いします」


そんな言葉を俺が口にすると俺を囲む兵士達は大きく笑いながらこう返すのだった。


「何言ってるんだお前? お前らはこの城の侵入者、罪人だ。そんな奴と正々堂々一対一で戦う馬鹿が何処に居るんだよ?」


「まあ、それもそうだな……。だが、剣の素人相手に三対一で襲い掛かるのは人としてどうかと思うわ。いや、マジ無いわ」


「うるせぇ!! 罪人は黙ってやられてろ!!」


まあ、最初から一対一などは期待はしていなかった。だが淡い希望は捨てたくは無かったから、俺は今の発言をした。こちらが罪人だろうが、何だろうが、相手の兵士はこう主張した。正々堂々と一対一で戦う馬鹿が何処にいるのか? 本当にそんな奴はいないだろうな、この戦いは命賭けの戦いに正々堂々なんて要らない。必要無い。だから俺もその兵士の考えに賛同することにしよう。

三人の兵士が俺に向かって襲い掛かって来る。そんな最中、俺はしゃがみ込み、空いた手で地面の土を握りしめる。そして剣を構えて襲い掛かる兵士達の顔面目掛けて握り締めた土を投げつけた。


「ぐあっ!!」


三人の兵士達は俺の投げた土に目をやられ、その場で立ち止まって目に入った土を取ろうとする。剣を下げ、無防備な姿で顔を擦る兵士達に向かって俺はニヤリと笑みを浮かべて襲い掛かった。

相手を殺さない様に鞘の付いた剣で、目に入った土を必死で取ろうとする兵士の顔面目掛けて思い一切り剣を振り抜く。一人、また一人、俺の剣の餌食になって行く。そして俺を囲んでいた兵士の最後の一人がこんな叫び声を上げる。


「卑怯だぞ!!」


「おいおい、正々堂々戦う馬鹿が何処の世界に居ると思ってるんだよ」


俺は満面の笑みを浮かべ、先程言われた言葉をそっくりそのまま兵士に返してやった。そして鞘の付いた剣を兵士の顔面に向かって思いっ切り振り抜くのだった。兵士は軽く空中に身体を浮かして、鈍い音と共に地面に倒れ込むのだった。


「ふぅ、死ぬかと思った……」


「あの……本当に私を助けに来たのですか? どう見ても悪人にしか見えないのですが……」


そんな声に反応して視線を後ろへ向けるとそこにはフィオナの姿が在った。


「お前、なんでまだここに居るんだよ? 逃げる気が無いのか?」


「あの中をどうやって通り抜けろって言うんですか!?」


そう言ってフィオナは叫び声を上げながら城から街でる門の手前で激しい戦闘をするメイドとルガン兵士達に指先を向けるのだった。ああ、あれじゃ通り抜けるのは無理だな。だが、先程まで沢山居た兵士達も今や数十人程度となり、メアリーが全ての兵士達を制圧するのも時間の問題だろう。


「あとはメアリーに任せるか……」


そう呟いて俺はフィオナに向けて手を差し伸べた。するとフィオナは若干引き気味にこう聞くのだ。


「な、何ですか……その手は……」


「ああ、手を引っ張って出口まで連れて行こうかと思ったが……それよりこっちの方がいいな」


俺は不思議そうな顔をしながら首を傾けるフィオナに近づき、最初に彼女と出会った時と同じ様にして、腕に抱えてフィオナを持ち上げた。


「うん、こっちの方が動きやすいな」


「動きやすい以前に、何故か屈辱的な何かを感じがします……降ろして頂けないでしょうか?」


「駄目だ。お前の運動神経がダメダメで走っている最中こけたりしそうだ」


「アナタは、私の運動能力の何を知っているというのでしょうか……?」


「何となく、見た目から判断した。じゃあ一応聞いておくが、走るのは得意か?」


「まあ……得意ではないのは認めましょう……」


「ならいいじゃないか」


「屈辱です……何故だか知らないけれど屈辱的です……」


「それじゃあ行くぞ」


片手でフィオナを抱え、もう片方の手には鞘の付いた剣を握りしめながら俺は城の外へと繋がる門へと駆け出した。メアリーが戦う中央よりも外側から、なるべく兵士達に目を付けられない様に走る。だが、一人の兵士が怒鳴り声を上げてこう指示を出す。


「罪人が一人逃げるぞ!! 逃がすんじゃねぇ!!」


その言葉に反応した数人の兵士達がフィオナを抱える俺に視線を向ける。メアリーと戦っていた数人の兵士達が俺に向かって剣を振るが、メアリーとの戦いで疲弊したのか兵士達の斬撃はそれほど速くは無かった。遅い斬撃を剣で弾き、反撃しながら俺は街へと繋がると門の前まで駆け抜けた。


「さあ、先に行け!!」


門の手前でフィオナを降ろし、そう叫び声を上げて急かす。その声に即座に反応したフィオナは首を縦に振ってその場去って行く。それを視界の端で見送った俺は鞘の付いた剣を構え、向かってくる兵士達と対峙する。勿論、複数人の兵士を相手取るのだから地面の土を空いた手で握り、投げつける。俺の投げた土によって視界を潰された兵士達はもがき、唸り声を上げて目に入った土を取ろうとするその隙を付いて、俺は兵士達を倒していくのだった。

百以上居た兵士達は今やほんのわずか、指で数え切れる程の人数になって居る。さっきまで余裕を見せていたルガンの兵士達は苦い表情を浮かべながら目の前のメイドに向かって剣を振るう。だがその全ての攻撃は防がれ、逆に渾身の一撃を叩きこまれて沈んでいく。残された兵士は数人、これ以上の兵力は無いのだろうか増援がやってくる様子も無い。もう、これくらいにして俺達もフィオナの後を追って逃げよう。そうメアリーに提案しようとしたが、その前にメアリーが俺の方に近寄って来てこんな言葉を口にする。


「シンジ様、この中で一番強そうな相手を残しておきましたので……少しばかり実践稽古を致しましょう」


そのメアリーの放った唐突な言葉に俺は青冷め顔で絶句した。


「あそこの大柄な男と一対一で剣を交えて下さい。それ以外の兵士は私が引き受けます」


「待って、メアリーさん……逃げた方がいいんじゃないかな? もう救出作戦は無事終了するんだし……」


「戦闘は……殺意の籠った者同士の戦い、同格以上の敵と剣を交える事によって磨かれます。私との稽古では得ることが出来ないモノを、この場で学んで頂きたいのです」


「そのですね……マジでやるんですか?」


「別にここから逃げても構いません。ですがその場合、私がシンジ様に殺意を持って剣を交える稽古をしなくてはならないため……行き過ぎた場合、私を止める者が居ません。ですから五体満足で稽古が終わる保証はできないですが……それでもよろしいのでしょうか?」


「……」


メアリーは有言実行するタイプの人間で在り、冗談が少しばかり通じない所が在る。つまり、彼女が言葉にした出来事は俺が彼女と剣の稽古をする際、いつかは訪れる試練の様なモノなのだろう。稽古の相手がルガンの兵士かメアリーかの違いなだけだ。そしてメアリーの殺意の籠った攻撃など絶対に対面したくない俺は諦めた表情を浮かべて、体格の良いルガン兵の前に出て行くのだった。


「鞘も抜いてください。こちらも殺す気で行かなければ、殺されますよ?」


俺は溜息を一つ吐いて鞘から剣を抜く。そして刃が剝き出しになった剣を構え大柄な兵士と対峙する。


「もう一つ、先程の戦いを見て居ましたが……土で相手の視界を潰すのも禁止です」


「……」


メアリーは俺の思考を先読みする様にそんな事を念押しする。――これは詰んだな。

そんなことを思っていると真っ先に動き出したのはメアリーだった。メアリーは俺の相手に選んだ大柄なルガン兵士以外を次々と倒して行く。それに続く様に俺も剣を構え、大柄なルガン兵に向かって駆け出した。


「おい、デカブツ!! お前の相手はこっちだ!!」


「逃げ回ってたクソガキが、調子に乗るなよ!!」


俺が振り下ろした剣とルガン兵が振り下ろした剣が激しく衝突する。だが体格の違いか相手の斬撃の方が重く、俺は相手の力任せの斬撃に押し切られて後退させられる。体勢を立て直す。だが、その隙を与えない様に敵は追い打ちを掛ける為に俺に向かって剣を振るう。その斬撃は稽古時のメアリーの斬撃よりも遅い、だが殺意の籠った斬撃に怯み、反応が少しばかり遅れてしまった。


――こういうのを気圧された……っていうんだろうな


ギリギリで不格好にルガン兵の攻撃を交わした俺はすぐさま体制を立て直し、追撃の手を緩めないルガン兵の斬撃を受け止める。重く、力と殺意の籠った斬撃は強かった。再度、力任せに振るわれたルガン兵の剣を防ごうとするが受け止めきれずに身体が後退する。そしてルガン兵はそんな俺に対して連撃で攻め立て、俺は後退しながら攻撃を防ぐだけで精一杯だった。


――このままじゃ……


ルガン兵の連撃を防ぎながらも、俺は徐々に危機感を感じていた。手が痺れ、柄を握る力が徐々に弱まっている。このままでは奴の攻撃を受けきることが出来なくなるのも時間の問題。そう思った。――その瞬間。

圧倒的に有利な状況の中で、余裕の表情を浮かべるルガンの兵士は俺の剣を宙へと弾き飛ばした。

俺は体制を崩し、宙を舞う剣に視線を向けた後、目の前のルガン兵の顔を見つめる。体格の良い剣の腕に自信の在りそうな中年の男で、全身を銀色の鎧で覆い、その姿は荒ぶる戦士といった所だろう。体格も剣の腕も、正々堂々戦ったら俺がまともに勝てないことは判っていた。これがメアリーの言った実戦なのだろう。

力と技がモノを言う、剣士同士の真剣勝負。その勝負に俺は負けた。

ルガン兵の刃が俺の胴体に向かって振り下ろされる。その様子を見つめていた俺は目を閉じた。


「ちっ!!」


そんなルガン兵の舌打ちと共に金属同士が衝突し合う様な激しい音が聞こえた。俺が閉じた目を開くと、メアリーがルガン兵の剣を鉈で受け止める姿が視界に入った。体勢を崩した俺はその場で尻餅を着き、彼女の後姿を見上げる。


「もう一度、剣を掴んで下さい。シンジ様」


「まだ……やるのか?」


「はい、シンジ様の実力ならこの程度の相手に遅れは取らない筈です」


「そんな訳ないだろ。どう考えたってそこのおっさんより、俺の方が弱い。勝てる見込みはゼロだ」


「はぁ……」


そんな溜息を一つ吐き、メアリーは対峙するルガン兵の剣を宙へ吹き飛ばす。それと同時にルガン兵に強烈な蹴りを放ち、数メートル後方へと吹き飛ばして俺の方へと振り返る。


「いいですか? 私と戦った時、勝てる見込みの無い筈の私にアナタは勝った。そうでは在りませんか?」


「それはお前が俺の事を殺さないのを計算に入れて……」


「そう、アナタは考えて戦う。ならばあそこの体格の良い兵士にも、アナタのその考えを使って勝利して下さい」


「じゃあ、土を使っていいか?」


「それは駄目です」


「……じゃあ、どうしろってんだよ!!」


「考えて下さい……何故あの兵士に勝てないのかを……」


――何故勝てないか……。


俺と体格の良いルガン兵の違い、それは体格に寄って生まれた力の差だろう。握力、腕力、足腰の強さ、それがあの兵士の斬撃に重みを与えている。それに対して俺は脆弱だ。雷斧亭の仕事、メアリーとの訓練でそこそこ動けはするだろうが、あの兵士程の力は無い。


――だが、それ以外はどうだろうか? 


スピードは互角、いや相手が鎧の分こちらが上回っている筈だ。相手の斬撃もメアリー程の速度は無い。

問題なのは純粋なパワー勝負の部分だけで、他はそう変わらない筈だ。それならば、その重い斬撃をどうするか。その対処法さえ思いつけば……。


「そうか……」


俺は辺りを見回し、空中を飛び地面に刺さった自分の剣を見つけて駆け寄って引き抜く。

そして軽く剣を振り回し、自分が振るう剣の感覚を掴む。そして俺はメアリーの横を通り過ぎて、吹き飛ばされた体格の良いルガン兵の前に立って剣を構える。


「おい、おっさん。もう一回だ」


「あ? 懲りねぇガキだな……」


体格の良いルガン兵は近くの地面に刺さった剣を抜き、俺に向かって襲い掛かって来る。


「死ね、クソガキ!!」


罵倒と殺意が籠った斬撃が俺に向かって振り下ろされる。それを俺は剣を使わずに、ただ身体を使って回避する。そしてルガン兵が振り下ろした剣の間を縫う様に、自分の剣を振り抜きながら男の横を通り過ぎる。激しい衝撃音と激しい振動が手に響く。俺の攻撃が見事に体格の良いルガン兵の胴体を覆う鎧に命中した。


「あ?」


何が起きたのか理解していない声を漏らしながらも、ルガン兵は再度俺に向かって剣を振り下ろす。

だが、その斬撃は俺を捕えることは出来ず。宙を斬る。そしてまた、俺は男の剣の間を縫う様に自分の斬撃を男の鎧に当てるのだった。


「てめぇ……」


今にも怒りが込み上げそうな顔をしながらルガン兵はそんな言葉を呟く。

目の前のルガン兵には、俺に無い屈強な力が在る。だが、それ以外では俺の方が上手(うわて)だ。相手は重そうな銀色の鎧を身に纏い、こっちはルガンの街で見回る見習い兵士の軽装装備。身軽な分、移動速度はこちらが有利。そして相手の斬撃の速さはメアリーよりも少しばかり遅い。だから俺はそんなルガン兵の斬撃を全てを受け止める事が出来ていた。相手の斬撃を見切り、対応出来ていたからこそ、俺はルガン兵の斬撃真正面から馬鹿正直に受け止めていた。だから俺は負けた。手が痺れ、防御するのに精一杯で、攻撃する暇が無かった。ならば相手の攻撃を受け止めなければいい、回避すればいい。ただそれだけのことだった。そして、そんな男を煽る様に俺はこんな言葉を口にする。


「アンタ……実は大したことなかったんだな……」


「ぶっ殺す!!」


ルガン兵は怒りに満ちた言葉を発し、怒声を上げなが力任せに剣を振るう。怒涛の連撃、その全てを俺は剣を使わずに回避する。相手が振るう斬撃の軌道を見ながら、回避し続ける。攻撃を回避する合間に、余裕の出来た所で俺はルガン兵の鎧に向かって斬撃を放つ。そんな俺の攻撃が当たる度にルガン兵の怒声は増して行く。怒りに任せたルガン兵の斬撃は徐々に早くなる。だがそれと同じ様に俺の目もルガン兵の斬撃に慣れて行く。そして体格の良いルガン兵が俺に向かって剣を振り下ろした所を見計らい、ルガン兵が振り下ろした剣に向かって、俺は全力の力を込めて自分の剣を振り下ろす。

激しい音と共にルガン兵が手に掴んだ剣は地面に叩き落とされる。それと同時に俺はルガン兵に詰め寄り、首元に剣先を突き付けてこう告げる。


「俺の勝ちだ」


首元に剣を突き付けられた体格の良いルガン兵は、先程までの怒声は何処かへと消え去っていた。そして苦い表情を浮かべてこんなことを訪ねて来る。


「お前、名前は?」


「ああ、俺は……」


その時、俺は口を閉じて一瞬考えた。本名を名乗れば後で大変なことになる。なんせ国に侵入した罪人で在り、殺してはないにしろこんなにも兵士達を倒したのだから、正直に名前を告げればお尋ね者の仲間入りだ。だから自分の本名を隠して、代わりにとある名前を男に告げた。


「俺の名前はイグナシオだ……」


今の戦闘によって頭の冴えた俺はそんな言葉を口にしていた。これでアイツへの恨みはチャラにしてやろうなどとも思いながらも、首元に剣を突き付けられるルガン兵は自分の名を名乗る。


「俺の名前はエイゴフ……。それじゃあイグナシオ、お前に一つ良い事を教えてやるよ……」


そう言ってエイゴフと名乗ったルガン兵の男は、首先に剣を突き付けられているにも関わらず少し前へと身を乗り出した。そのせいで首元からは血が少しばかり滴り落ちる。それを見た俺は咄嗟に剣を下げて退いた。


「お前には人を殺す覚悟が無い。それじゃあ意味がねぇ……そうは思わねえか?」


そう言いながらエイゴフは地面に叩き落とされた剣を掴み、再度俺に向かって襲い掛かる。


「さぁ、俺を殺してみろよ!!」


「なら、何度でも……」


俺は再度、エイゴフの攻撃を回避して同じような戦法を取ろうと身構えた。だがその前にメアリーが俺とエイゴフの間に入って、エイゴフの斬撃を受け止める。


「もうアナタに用は在りません」


そんな一言を告げ、メアリーは鉈をエイゴフの胴体にめり込ませながら遥か彼方へと吹き飛ばすのだった。

そしてエイゴフを吹き飛ばしたメアリーは俺の方へ振り返ってこう告げる。


「お疲れさまでした、シンジ様。では参りましょう。きっとミラ様とエレナ様がお待ちになっている筈です」


そう言ってメアリーは何食わぬ顔をしながら街へ繋がる門の方へと歩き始めるのだった。

辺りには大量の兵士が倒れ込んでいる。その数は百以上だろう。そして奥には、俺が初めて正々堂々と戦った男が仰向けに倒れている姿が見て取れた。

エイゴフの剣を叩き落として、本当はあそこで参ったと言わせて終わるつもりだった。だが現実はそう簡単に決着が着くモノでは無かった。俺が人を殺せないこと、殺したことがないことを見透かされて反撃を許してしまった。もしもあそこで俺がエイゴフを殺していたら、どうなったのだろうか? そんなことを頭の隅で考えながら、俺はメアリーの後を追う様にしてその場を立ち去った。









明るい日が昇るディアグロスの港町。俺は欠伸を掻きながら、眠そうな顔をして外の景色を眺めていた。

俺が泊まった宿の部屋からは沢山の船が停まる港と、日差しに照らされた青く大きな湖が見て取れる。

昨日は疲れた……。水龍に殺されかけたり、城へ侵入したり、殺し合い紛いの事もした。

まあ最終的には全て良い方向に進んだみたいだから、結果オーライって奴なのかもしれない。

フィオナを救出した後、俺とメアリーはミラが逃走用に用意した荷馬車に乗ってすぐさまファルディール湖へ向かった。そこでフィオナをファルディールに引き渡して、このディアグロスの街まで戻って来た。

自分の娘を救ってくれた恩人だ。などとファルデールは言って居たが、そんなことはどうでも良かった。まあ……感謝されたことは素直に喜んでは居る。だがそれよりもファルデール湖の海路が元通り使える様になり、ファルデール商業組合の商売が再開されたこと、漁業が再開されたこと、それが何よりの収穫だ。ミラはいつも通りの商売をして収入を得て、エレナは魚料理がまた食べられると柄にも無く喜んでいたのを思い出す。そして俺は……戦いというモノを初めて学んだのかもしれない。

手加減なんてモノは一切無い、殺るか殺られるかの殺し合い。だがそれでも俺は相手を殺すことは出来なかった。首元に剣を突き付けてそれで終わりだと思っていた……。だが、殺し合いでは文字通りどちらかが死ぬまで続けなくてならない。今回はメアリーが居たから、彼女の圧倒的な強さのお蔭で何とかなった。だが、もしも俺が一人でそんな場面に出会った時のことを考えてしまう。相手が死ぬまで、こちらが死ぬまで、戦いが続く。そんな殺し合いになった時、俺はどうすればいいのだろうか? などと……。


「おはようございます。シンジ様」


窓から外の景色を見てそんなことを考えて居たからか、後ろに立つメアリーの声が聞こえるまで、彼女が部屋に入ってきたことに気が付かなかった。俺は顔だけ動かし、後ろに立つメアリーの姿をチラリと確認してから視線を景色へと戻した。


「なあ、メアリー……。俺はあそこで、相手の兵士を殺した方が良かったのか?」


戦いにおいてメアリーはプロ中のプロだ。殺しに関しても、戦闘に関しても。だから俺は彼女にそんな問いかけをした。彼女ならば……あそこで俺が何をすれば良かったのか、どうすれば良かったのか、その答えを教えてくれると思ったから。


「そうですね……人殺しになりたいのでしたら。あそこでは殺すのが最適だと思います。ですが、シンジ様は人殺しにはなりたくない様に思えます」


「ああ、そうだな……知らない奴を殺す程、狂った感性の持ち主じゃない……」


俺はそんな言葉を口にした。そして数秒後、俺が口にした言葉は後ろに立つメアリーへの皮肉にも聞こえたのではないかと思い、彼女に謝罪する。


「悪い、今のは忘れてくれ……」


「別に構いません。シンジ様の御言葉は正しいのですから」


そう言ってメアリーは俺を気遣うような言葉を俺に投げかけた後、こう続ける。


「アナタは手を汚すべきではありません。そういう汚れ仕事は私の役目でございますよ?」


「俺は……お前にもそういうことはなるべくして欲しくはない」


「ですがもう、私の手は沢山の血で染まっております。拭うことの出来ない血が、この手に、この鉈に……。私はメイドで在り、人殺しなのです。今更どう取り繕った所でその事実は変わらないのですよ」


「……」


そして彼女は何かを思い出した口調で話題を変え、こんなことを訪ねて来るのだった。


「そうでした。何か旅支度のお手伝いは致しますか?」


「いや、大丈夫だ」


「かしこまりました。ではエレナ様とミラ様が外でお待ちでございますよ」


「わかった。先に行っててくれ」


「かしこまりました」


そう言ってメアリーは俺の部屋から去って行った。

彼女はどれだけ沢山の人を殺したのだろうか? どれだけ殺し合いというモノをしてきたのだろうか? きっと彼女は俺以上に狂った人生を送って来たに違いない。幾度の死線を潜り抜け、幾度の苦境を乗り越えて……。だから、彼女はアレほど強いのだろう。

それならば俺が彼女と同じ位の強さを手に入れる為には、きっと同じ位の苦境に立たされることになるに違いない。きっとその強さを得る為には……誰かを殺したり、殺し合ったりしなくてはならないのだと思う。

誰かを守る為に強くなりたいというその言葉は、とても綺麗な言葉に聞こえる。だが綺麗事だけで強くなれる程、現実は甘くないのだろう――強くなるということは……。

ここまで読んで頂き有難うございます。


途中で内容を変更しようとしたり、休止など在りましたが、無事に三章はこれで完結となります。

次話投稿の予定はまだ未定です。二月の初め頃には更新をして行き、短編、四章へと繋げて行きたいと思っております。


では、次話2/2掲載予定。短編と四章の構想を練りますので少々お待ちください。

(進み具合によっては早めに公開する可能性も在ります。2/2日の午後五時までには最低限掲載できるように致します)

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