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11/9 掲載
11/13 午後五時掲載予定
ここからファルディール湖へ向かう為、俺達はこの一本道をただひたすら進む。
俺とメアリーは荷馬車の左右に分かれて辺りを警戒し、ミラは不満そうな顔をしながら前の席に座って馬の手綱を掴み、エレナは後ろの荷台の樽詰めされた商品の上に座って本を読んで居るのだった。
ここまで無事何もなく、数時間かけてやっと南の街が見えてくる。
大きな湖が広がり、幾つもの船や建物が見え、遠目で見ても街は賑わいを見せていた。
「あそこがファルディール湖の北に位置する港街。ディアグロスよ」
「南に向かってたのに、北なのか……」
「フロスト王国が北に位置する国なんだから、そうなるのは当たり前でしょ?」
「まあ、そうだな……」
そんな会話をミラとして俺達はディアグロスに向かって、また進みだす。
ディアグロスの街並みはカイスの様に人で賑わっていた。主に湖の港、船が停泊している船着き場辺りには沢山の武器を持った冒険者が目に映るのが印象的だった。その途中でエレナとメアリーは別行動の為、何処かへと魚の買い付けに行き。残った俺とミラは港の端に在る倉庫の様な大きな建物の前までやって来ていた。
「ここは?」
「ここはファルディール商業組合。各国の物流を支えている商業組合よ」
「なんというか漠然としすぎてよくわからないな……」
「簡単よ、ファルディール湖の東西南北にはこの商業組合が建てられているの。ここに各国の商人は商品を卸し、ここで商品を仕入れる。そしてファルディール商業組合は船を使って、各国で卸された商品を各港の商業組合に移動させ、それを別の国の商人に売る。そうやってここは成り立ってるのよ。どう、素晴らしいと思わない?」
「もっと噛み砕いて教えてください……」
「自国の商品をここで売って、他国の商品をここで買える。そんな場所よ」
「おお、わかりやすい」
そこまで、噛み砕いてもらえると小難しい話を無しに簡単に理解できた。
「で、ここに肉とチーズを売りに来たって訳か……にしても、俺達以外に商人が見当たらないな。いつもこんな感じなのか?」
そう、この商業組合の前には俺達以外、荷馬車も、商人の姿さえも無かった。俺は初めてここに来たので、コレが当たり前なのかと思っていたが、ミラの説明を聞いてこの光景に疑問を感じ始めていた。そして当然の事ながらミラもそれには思う所が在るらしい口振りでこう言うのだ。
「いつもはもっと賑わってるわよ……まあ、理由ならすぐにわかるでしょうね」
そう言いながらミラは荷馬車を降りて倉庫の中へと入って行き、俺もミラを追いかける様に中へ入って行った。すると、そこに広がっていたのは巨大な棚に並ぶ沢山の商品が視界一杯に広がっていた。
壁の仕切りが無いとても広い空間に、三段作りの巨大な棚が幾つも並べられ、その棚の上中下段に商品が仕分けされて並べられている。大量の商品がそこに在り、ここならば何でも売っているというのは頷けるほどに豊富な品揃えに見て取れた。
そして中央の方では数人が立ち話をしている姿が見え、その中の一人が俺達に気が付き、困った顔をしながらこちらへ近づいて来るのだった。
「商品取引のお話でしょうか……?」
男は申し訳なさそうな顔をしながら低姿勢な口調でそう言うと、ミラはこう返答する。
「食料品の取引を、積み荷は北で育った牛肉に熟成チーズ。とりあえず質を確かめてから、値段交渉に……」
その慣れた口調で淡々と交渉を始めるミラの言葉を遮り、男はこう返答するのだった。
「申し訳ありません。今現状……商品の取引は最小限に留めるというのが商業組合の見解でございます。ですので、申し訳ありませんがお引き取り頂けないでしょうか……?」
「最小限、ということは買ってはくれるのでしょう?」
「はい……ですが買い取りできるのはそちらのチーズだけになり、価格は商品の質を見て査定させて頂きます」
「牛肉を買い取れないのはなんでかしら? 他国じゃ値が張る高級品で単価の利益も十分なはずよ?」
「どうやら……湖の事はご存じでないのでしょうか?」
「湖? 魚の水揚げが芳しくないのは知っていますけど……それに関係が?」
「困ったことに……ファルディール湖に住み着いていると言われていた水龍が暴れているらしいのですよ……」
男はそう言って苦笑いを俺達に向けるのだった。
ここの湖の名前はファルディール湖。なんでも大昔にここに住み着いた水龍がそう名乗り、この名前が付いたらしい。大昔の嘘の様な伝説、それが今になってファルディール湖に現れたという話だった。
その水龍が湖で大暴れし、東西南北の水路を完全に塞いだそうだ。
船を出せば水龍に沈められる。その結果、水路は塞がれ交易もままならない状態になったという話だった。
そしてその間接的な被害者は俺の目の前で頭を抱えながら荷馬車に乗る彼女だった。
「えっと、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわよ……」
「そうか……」
頭を抱えていたミラは本当に困った様子で、いつもの明るい口調は何処かへと去り、落ち込んだ言葉でこう
呟くのだった。
「とにかく、どうにかして大きな損失だけは避けなきゃ……」
彼女のそんなつぶやきに対して俺はこう提案した。
「何処でもいいから近くの街にでも売ればいいんじゃないのか? 商人ならそのくらいの伝手は在るだろ?」
「何処でもって……アンタ、簡単に言うけど。そう簡単に売り捌ける商品じゃないのよ……」
「牛肉とチーズだろ? なら食事処にでも売ればいいだろ?」
「アンタね……牛肉を出す食事処なんてそう無いわよ……値が張るし、安価で美味しい豚肉や鳥肉の方がいいに決まってるじゃない。アンタだってそうでしょ?」
「まあ、そうだな……じゃあ、なんでそんなもの仕入れたんだよ……」
「売れるからに決まってるでしょ? 牛肉は高級食材よ、しかも北の寒い地域で育った牛は赤身と脂身の乗りが均等で各国で評判の逸品。だから、この積み荷は船に乗せて各国の王都向けに販売される商品だったってこと……でも水路は断たれ、各国への運送路は陸路のみになってしまったわ」
「なら、陸路で……」
「別の王都に持っていく? それでもいいでしょうけれど、牛肉は安値で買い叩かれて終わりよ。積み荷の牛肉が美味しく食べられる時期は七日。ここまで来るのに二日半、ここから東西どちらかの王都に向かうのに二日、四日半掛けて到着したら、今度は王都で買い手を探さなければならない。そう考えると、今から動いても五日は掛かる。そうなると、買い手側はこの牛肉を二日で捌かなければならなくなるわ。それを過ぎれば何処にでも在る粗末な商品になっちゃうのよ」
そう言ってミラはこう尋ねて来る。
「アンタ、もしも二日で価値の無くなる高級品を大量に買ってくれって言われたらどうする?」
「それは……」
「私なら普通は買わない。買うとしても相場の半分以下でなら買い取るでしょうけどね。つまり、陸路でわざわざ東西の王都に足を向けても、買い叩かれるのは目に見えているのよ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「それを今、考えているの……アンタも何か考えてよ……」
そう言ってミラは困った表情を浮かべて考え始めるのだった。
今まで彼女はこの方法で利益を出していたのだろう。彼女が前にも言っていた、南で野菜を仕入れて、北へ売りに行く。そして北で肉やチーズを仕入れて、南へ売りに行く。そんな事を言っていた。
確立され、安定した商売の筈だった。だが湖で水龍が暴れ、各国へと繋がる水路が断たれ、彼女の商売は危機に瀕している。そもそもの問題は水路が使えないことであり、水龍が湖で暴れている事だ。
「なら、水龍をどうにかすればいいんじゃないのか?」
そんな言葉を俺が呟くと、ミラは呆れた表情をこちらへ向けてこう続けるのだ。
「アンタ、真面目に考える気がないの?」
「俺には商売の事は判らないんだから仕方ないだろ? そもそも、水路が使えない原因を排除すれば済むことだって言ってるだけだ」
「じゃあ聞くけど、どうやってその水龍を排除するのよ」
「さあな? 規模によるし、その水龍とやらを見ないことには何も思い浮かばないっての」
「まあ、ここで悩んでいても何も解決しないことは事実よね。とりあえず、その水龍ってのが本当に暴れているのか見に行ってみましょうか?」
そんな事を言って、俺とミラは船と人で賑わう船着き場へと向かった。
船着き場には先程見かけた武器を持つ大量の冒険者達で賑わっていた。そんな冒険者達がこんな所に集まっているのは、湖で暴れまわる水龍退治の為だそうだ。何処からか聞こえる男の声から察するに、なんでも水龍に相当な懸賞金が掛かっているらしく。それを聞いた冒険者達は我先にと水龍討伐に乗り出そうとしている様だった。
「で、肝心の水龍の姿が見えないな……」
俺は荷台の商品の上に乗り、遠くの湖の方を眺めるがそこに水龍が暴れているという様子は見られなかった。
「どうやら、水龍は湖に向かって出港した船に引き寄せられる様に出て来るらしいですよ」
俺が立つ荷台の下の方から、そんな聞きなれた声が聞こえて来た。
声の方に視線を向けるとメアリーがそこに居て、少し後ろにはエレナの姿もそこには在った。
「見たのか?」
「はい。先程一隻の討伐船が出発し、港から少し離れた場所に水龍が現れ無残に沈みました」
「ここに居る奴らも、それを見てるってのによく立ち向かおうなんて思うもんだな……」
「なんでも、次は五隻ほどの連隊を組んで討伐に臨む様です。先程、一隻で出発した討伐船は懸賞金を独占しようと先走ったなどとも小耳にはさみました」
「で、倒せそうなのか?」
「そうですね……恐らく無理でしょう。何も出来ず沈むのが落ちでしょう」
「だよな……」
メアリーの話を聞いて水龍討伐は無理そうだと悟った。まあ、初めから正攻法でなんとかなる相手ではない事は確かだった。だが、小細工を使ってなんとかなる方法もないだろう。龍なんて生き物を相手に人間が勝つなんて事は出来やしない。だから俺はミラにこう言うしかなかった。
「水路は諦めるしかなさそうだな……」
「そんなの最初から期待してないわよ」
そして、近寄って来たエレナは不思議そうな顔をしてミラにこう言うのだった。
「積み荷は売れなかったのかしら?」
「そうよ、水路が使えないお蔭でこっちは大損しそうよ」
「そう。こっちも魚が調達出来なかったわ。水龍のせいで漁が出来ないらしいのよ……」
そしてエレナはこう続ける。
「だから、アナタが水龍をどうにかしてくれないかしら?」
エレナがそんな言葉を発する視線の先に居たのは俺だった。流石に俺は彼女の言葉に困惑しながらこう返す。
「なんで俺なんだよ……」
「アナタなら姑息な手段の一つや二つ、思いつきそうじゃない?」
「姑息って……まあ、一応は考えては居るけど……」
「なら、その考えを言ってみなさい」
まあ、言うだけならと思いながらも俺は適当に考えを述べるのだった。
「まず思いついたのは、湖に毒を撒くことだな」
「アンタ、本当に最低ね……」
「最低の方法だが良案だ。水質汚染すれば例え水龍でも生きてはいけないだろ? でも、湖の魚も生きていけなくなる訳だから、これは最終手段だろうな」
ミラは不満気な視線を向けるが、エレナは俺に話を続ける様に促す。
「続けなさい」
「ああ、次は水龍をどうにかして陸へ引っ張る方法だ。魚釣りみたいな要領で陸へ引っ張り上げるとか」
「それは無理でしょうね。大きさが大きさよ、人の手で陸に引っ張り上げるには無謀ね」
「なら、湖を陸に変えればいい」
「どういうこと?」
「炎を操る魔法が在るなら、水を操る魔法だって在る筈だ。その魔法を使って、湖の水を抜き、陸にする。で、水を失った水龍とまともに戦う事が出来るってことさ」
「だけど例え水を操る魔法を使えるとしても、この湖全ての水を移動させるなんて事が出来る人間は居ないでしょうね」
「だよな……まあ、とにかく水龍を小手先の技でどうにかするなんて事は無理だって事だよ」
「まあ、最初からそんなに期待はしてなかったわ」
「人に考えさせていて酷くないですか……それ?」
エレナの言葉に俺は不満気な表情を浮かべ、こう続けた。
「で、どうするんだ? ミラの荷物は売れない、魚は買えない。諦めてもう帰るか?」
そう彼女達に俺は問いかけた。それと同時に大きな男のこんな叫び声が聞こえて来るのだった。
「さあ、行くぞ!! 野郎共!! 水龍対峙だぁぁぁぁぁ!!」
その大声に反応するように、冒険者達は次々と船の中へと向かって行くのだった。
どうやら、メアリーが先程言っていた連隊での水龍討伐が始まろうとしている様だ。
「なあ、俺とミラはまだその水龍とやらを見てないんだ。だからちょっと見て来てもいいか?」
「なら、一人で行ってきなさいよ。私は興味ないから」
俺の言葉にミラはそう返し、俺はミラ達を置いて見通しの良い場所に移動しようとした。
だが、その途中一人の男に腕を掴まれこう言われる。
「おい、兄ちゃん!! 水龍対峙の船はこっちだぜ!!」
「えっ、ちょ……待って……」
「その腰に差した剣は飾りじゃないだろ? ほら行くぞ!!」
「いや、飾りだから!! 模造刀だから!!」
「大丈夫だ、問題ない」
「いや、問題しかないよ!?」
俺の話を聞かない男は俺の腕を無理矢理掴み、水龍討伐の冒険者達の列の中に混ざって船に乗る羽目になるのだった。




