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11/6 掲載
11/9 午後五時掲載予定
雷斧亭にやって来たミラを見送った後、俺とメアリーはすぐに南門へ向かった。
南門に付くと、見計らった様に西の道から荷馬車に乗ってこちらへ向かってメアリーがやって来た。
荷台には数十の樽が隙間なく並べられ、中身は先日北で仕入れた肉とチーズが樽詰めされているそうだ。
なんでも北の寒い地域で作られた熟成チーズに、北の厳しい環境で育った牛肉はとても美味しいらしく、他の国で高値が付くほどの商品なのだそうだ。今回はこの商品を南へ運び、全て売り捌くのがミラの仕事らしい。そして、その行きと帰りの護衛を俺とメアリーの二人で引き受けることになった。
南門で合流した俺達は、南へ続く一本道を進んでいた。
ミラは荷馬車の前の席に座りながら馬の手綱を手に持ち、俺とメアリーは左右に分かれて荷馬車の横で辺りを警戒しながら歩くのだった。その途中、視線の先に一軒の建物が見えて来たので俺はミラに近づいてこう言った。
「あそこに見える家の近くで少し待っててくれないか?」
「ええ、いいけれど……どうかしたの?」
「剣を取って来るんだよ。護衛には必要だろ?」
そう言いながら俺は剣を腰に差してない事をミラに見せながらそう言った。
「準備出来たらって言ったじゃない……」
「仕方ないだろ? いきなりの仕事の依頼だったんだから」
そう言いながら俺は荷馬車よりも先の方へと走り出し、少し離れた場所に建つ家の中へと入って行った。
駆け足でドアを開けて中に入ると、広間にはいつもの様に黒髪の彼女がソファーに座り、本を読んで居た。長い黒髪に黒のドレスを着た少女は、突然入って来た俺に向かって少し驚いた様子を見せながら不思議そうに尋ねてきた。
「どうしたのかしら?」
「ああ、剣を取りに来たんだよ」
「何か在ったの?」
「ああ、ちょっと護衛仕事を頼まれてな……」
俺がそう言うと、黒髪の少女は呆れた口調でこう返すのだった。
「アナタ……この前の出来事をもう忘れたの? やめておきなさい」
「なんだ、心配してくれてるのか?」
「心配じゃなくて、忠告よ」
「なら、忠告どうもありがとう」
そう言って俺は彼女の言葉に軽口で返答し、自分の部屋に置いてある剣を手に取って腰に差す。
そしてそのまま家から出て行こうとしたが黒髪の少女は俺の事を呼び止めるのだった。
「待ちなさい……」
「なんだよ?」
「アナタは……一体何がしたいの?」
「何って……言われてもな……」
「アナタ、自分から危ない事に巻き込まれに行っている事が理解できてないの?」
「いや……まあ、そう言われればそうなんだが……」
「理解してるなら、厄介な出来事になる前にやめておきなさい……。今すぐに……」
彼女の言葉は確かに俺に対する忠告だった。だが、一度受けてしまった仕事を今更投げ出す訳にもいかないし、ミラを護衛無しで南へ向かわせるのも気が引けてしまう。だから俺は彼女にこう返す。
「お前の言う通り……俺は自分から厄介事に巻き込まれに行ってるな……でも、今回はどうしても行かなきゃ行けないんだ。だから……」
その言葉の途中。後ろのドアが突然開き、怒った口調の声が俺に向かって飛んでくるのだった。
「遅い!! いつまで私を待たせ……るの……よ……?」
そう言ってミラの声は徐々に疑問形へと変わって行く。そして次の瞬間、彼女は驚きながら大声上げた。
「アンタ!? エレナ・エドウィン!?」
そう言ってミラは俺とエレナを交互に見てから、続けて大声を上げる。
「なんでアンタがシンジの家に居るのよ!?」
そんなミラの質問にエレナは何も答えず、代わりに俺に向かってこんな事を聞いてくるのだった。
「ねえ、そこの喧しい生き物は何かしら?」
「あ~えっと……」
さて、どうしたものか。普通に護衛仕事の依頼人と説明すればいいのだろうが、何故だかミラはエレナの事を知っている様子だ。だから俺は少し戸惑いながらもミラについて説明しようとしたが、俺の言葉を遮る様にミラはこう言った。
「誰が喧しい生き物よ!! アンタ、昔から変わってないのね。見た目も、中身も昔のまんまじゃない!!」
どうやら、ミラの口振りから察するに彼女達は知り合いらしい。
「えっと、知り合い?」
「知らないわ」
だがエレナはミラの事を「知らない」と即答する。このよくわからない状況の中、そんな言葉を聞いたミラはエレナの目の前に立ちこんな言葉を口にするのだった。
「アンタ、相変わらず本ばっかり読んでるのね? それで、元気にしてた?」
「……」
だがエレナはミラの質問には何も答えず。少しミラと視線を合わせた後に、彼女の事を無視して手元で開く本へと視線を移した。
「アンタ、やっぱり変わってないわね」
ミラは呆れた口調でそんなことを呟きながら、エレナが視線を落とした本を奪い取る。するとエレナもミラの行動に呆れた表情を浮かべながらも、近くのテーブルに平済みされていた別の本を手に取って読み始めた。だが、ミラは再度エレナの手元から本を奪い取り、それに嫌気が差したエレナはミラに対して不満気な表情を浮かべてこう言うのだ。
「アナタ……まるで構って貰いたくて悪戯する子供ね……」
「人が心配して声を掛けてるのに無視するのも子供っぽくない?」
「心配するフリなら見飽きたわ。さっさと出て行ってくれるかしら?」
「心配するフリって……まあ、いいわ。元気でやってそうで何よりよ……それじゃあね」
そう言ってミラはエレナから奪い取った本を近くのテーブルに置き、外へと出て行こうとする。
「じゃ、行くわよ。シンジ」
「ああ……」
そう言いながら外へ出て行こうとするミラの後を追う様に俺は歩き出す。だが、エレナが俺を呼び止める。
「待ちなさい」
「えっと……なんだ?」
「アナタ……本当に護衛をするつもりなの?」
「悪いか?」
「そこの女にはちゃんとした専属護衛が居る筈よ。なのに、なんでわざわざアナタがその女の護衛をするの?」
「さあ? 俺は頼まれただけだからな……」
俺がそう言いながらミラの方に視線を向けると、ミラはエレナにこう説明するのだった。
「そうよ、アンタの言う通り。私には専属の護衛が居る。でも、それは私が選んだ護衛じゃない。私は、私が選んだ護衛と一緒に商売をしたいの。わかる?」
「なんでよりによってそこの男なのか? と聞いているのよ。はっきり言ってそこの男は護衛として役不足よ」
「そうね、確かに役不足かもしれないわ。でも、タダの護衛じゃ捕まった私の事を助けには来なかった」
そう言ってミラはエレナに向かってこう続ける。
「私は捕まって、見捨てられてもおかしくない状況に陥ってた。でも、この男は私の事を助けに来てくれたわ。弱くても信頼できる私の護衛よ。信頼できる護衛を雇うのは商人として当たり前のことじゃない? それに、私が誰を雇おうがアンタには関係ない話じゃない?」
「ええ、アナタが何処の誰を雇おうと勝手よ。でも、そこの男は私の従者なのよ? 勝手に人の従者を護衛に使わないでくれるかしら?」
「……どういうこと?」
そう言ってミラは俺に不思議な眼差しを向けるのだった。特に隠す必要は無い事なので、俺は彼女に今までの経緯を当たり障りなく答えた。ここに召喚された原因、この世界から戻りたい事、なんで雷斧亭で働いているのか。それを聞いたミラはこうまとめる。
「シンジはエレナに間違えてここに召喚されて、シンジは元の世界に戻る方法を探す為に、冒険者が集まる雷斧亭で働いているってことでいいのね?」
「まあ、大体そんな感じだ」
「ふ~ん」
何となくだが納得した様子のミラは、その話を聞いた上でこんな話を持ちかけて来るのだった。
「ねえ、シンジ。それなら私の所で本格的に働きなさいよ。その方が色々な場所に行って情報が集められるし、生活にも困らないわよ? 勿論、私もアンタが元の世界に帰れる手伝いもする。どう? 悪くない話じゃないかしら?」
その提案は俺が元の世界に帰る方法を探す手段の一つしてはミラの言う通り悪くない話だった。ミラの護衛として各地を回る事が出来れば、色々と情報が手に入る可能性も在る。それに彼女は商人なのだから、その伝手から有益な情報が手に入る可能性も在った。だが、その代り護衛仕事をしながら彼女について行く事になるのだから危険が付き物になるというリスクが在る。だから俺は彼女にこう返答するのだった。
「その……少し考えさせてくれないか?」
「ええ、勿論よ。まあ、すぐに返事が欲しいって訳じゃないし、気が向いたら返事を頂戴」
ミラはそう言うと、視線をエレナの方へ移してこう言う。
「まあ、今日はアンタが間違って召喚した従者を護衛として借りて行くわね」
「駄目よ」
「別にいいじゃない。シンジが自分で行くって決めてるなら、アンタの許可は必要ないでしょ? だって間違って召喚されたんだから、アンタがシンジのやることに対して口出しするのはおかしくない?」
「それは……」
ミラのその言葉にエレナは口ごもり、その姿を見たミラは話はこれで終わりという口振りでこの話を切り上げようとするのだった。
「アンタが納得してなくても、私はシンジを護衛として連れて行くわ。それじゃあ、私達は急いでるからここら辺でこの話は終わり。それに、借りるって言っても一日だけよ。南のファルディール湖に商品を卸して、野菜を仕入れて来るだけなんだから。それじゃあね」
そう言ってミラはエレナに手を振りその場を去ろうとした。だが、それを聞いたエレナはミラの事を名指しで呼び止める。
「ミラ……少し待ちなさい……」
「私の事を名前で呼ぶなんて珍しいわね……で、なに?」
「南へ行くのなら、魚を大量に仕入れてきなさい」
「なんでよ?」
「今、カイスでは魚の供給量が極端に少ないと聞いたわ。なら南で沢山魚を仕入れて来れば、儲かると私は言っているのよ」
「まあそうね……確かに魚の供給量は少ない。殆ど皆無って話は聞いているし、王都の方でも実際にそうなってるって聞いたわ。でも、私はそんな話に飛びつかない」
「それでもアナタ、商人なの?」
「商人だからこそ、危ない橋は渡らないのよ」
そしてミラはその儲け話に飛びつかない理由をエレナに説明するのだった。
「今現状、確かにフロスト周辺での魚の供給量は少なく、価格は高騰している。でもその分、仕入れ値も当然高騰している。高い値段で仕入れた分、利益は大きくなるでしょうね。でも魚っていう商品は痛みやすいのよ。つまり、仕入れてすぐに売り切らなければ損をしてしまう。それに商人でもないアンタがそんな事を知っているということは、既に沢山の商人達にその情報は知れ渡り、魚の買い付けも始まっているわ。多くの商人が高騰する魚を買い付け、儲けを出す為に一気に売り出す。そして一日に魚を消費する量は限られているのだから、乗り遅れた商人は不良在庫を腐らせ損をしてしまう可能性が高い。動くにも遅すぎるし、そんな賭け事に近い商売を私はしないわ。だって確実な利益が見込める堅実な商売こそ、商売になりえるのだからね」
得意気にそんな言葉を口にするミラを見て、俺は驚きを隠せず思わずこんな事を呟いてしまった。
「お前、本当に商人だったんだな……」
「アンタ、ぶん殴るわよ……」
その言葉を聞いてミラは軽く怒った口調でそう返すのだった。
そして、エレナはミラの言葉にこう返した。
「なら、私が資金を出すから払った分だけの魚を買ってきてくれないかしら?」
「どのくらい?」
「金貨十枚分」
その言葉を聞いてミラは呆れた様子でこう返答する。
「アンタねぇ……さっきの話を聞いてた? 今、魚の相場は大樽一つで約銀貨十枚。金貨十枚分ってことは、二十樽よ? そして樽の中に魚は約二十匹。つまり四百匹の魚を捌かなければいけない話になるの。それを今日仕入れて、最低でも明日までには捌かなきゃいけなくなる? そんなのは無理」
「何を言っているのかしら? 私はそれを売り捌くなんて言ってないわ……」
「じゃあ……どうするのよ?」
その言葉にエレナはこう答えるのだった。
「全て燻製にするわ」
「……なるほど、確かにそれなら日持ちするし各地に運んで売れるわね」
そう呟きながらエレナの考えに納得するミラは興味深い意見だと頷いていた。
だが、エレナはそんなミラの様子を見てこう続けて言うのだ。
「アナタ、何か勘違いしていないかしら?」
「勘違い?」
「私は全ての魚を燻製にすると言っただけで、各地に売るなんて一言も言ってないわ」
「つまり……それってどういうことなの?」
ミラはエレナの言葉を興味津々に期待した様子で聞き入る。そしてエレナはミラにこう言うのだ。
「全部、食べるのよ」
「……」
真顔でそんな事を言うエレナにミラの思考は一瞬停止した。
傍で聞いていた俺も何が何だか理解できず、二人の会話をただ聞く事しか出来なかった。
「何かの聞き間違え……じゃないわよね? 売り捌くんじゃなくて、全部食べるの?」
「そうよ」
「誰が?」
「勿論、私よ」
「……」
そう自信満々に答えるエレナを見て、ミラは目を瞬きさせる。そして驚きの余り声も出さず硬直していたミラは俺に振り返ってこう言うのだった。
「さあ、シンジ。南へ行くわよ」
「ああ、そうだな」
俺とミラはその場を逃げる様に去ろうとした。だが、エレナはそれを呼び止める。
「待ちなさい、アナタ達」
「何? まだ何か用事が在るの?」
「アナタ、いままでの話を全然聞いてなかったのかしら? 私はアナタに魚の買い付けを頼んでいるのだけれど?」
「……冗談よね?」
「冗談に聞こえるのかしら?」
「冗談と言って」
「冗談ではないわ」
そのやり取りを聞いて、俺はこう彼女達の会話に無理矢理入り込んだ。
「お前ら、冗談で遊ぶな」
俺がそう割り込むと彼女達は話を戻してこう続ける。
「いい? 魚という食べ物は身体に良い健康食なのよ? 知らないの?」
「例えそうだとしても金貨十枚掛けて、四百匹の魚を自分の為に燻製するなんて馬鹿じゃないの?」
「別にいいじゃない……私が資金を出すのだからアナタには関係いないでしょ?」
「そうよ、関係ない。というよりも、そんな事に関わりたくないわ。さようなら」
だが、エレナは再度ミラを呼び止める。
「アナタ、それでも商人?」
「なら、想像してみなさい。私が魚の買い付けに行って「こんな大量の魚をどうするんですか?」って聞かれて「全て、燻製にして食べるんです」なんて答えてみなさい。絶対、馬鹿にされるじゃない……」
「なら、そこは嘘を吐けばいいのではないかしら?」
「なんで、アンタの馬鹿な計画の為に私が嘘を吐かなきゃいけないのよ……そんなに魚の燻製が食べたいなら自分で買い付けに行きなさい」
「……そうね。そうしましょう」
「ちょっと……冗談でしょ?」
「私もアナタ達に付き添う事にするわ」




