sub イグナシオが生まれた日 2
10/26 掲載
次話 10/29 午後五時予定
紫藤龍。彼は人を殺して生きてきた『人殺し』だ。
それは彼自身も理解している。そして彼はそれを容認している。
仕方がないこと、やらなくてはならないこと、自分にしか出来ないこと……。
何も殺しが楽しくてやっている訳ではないのだ。生きる為に仕方ないことだから……殺してる。
それが紫藤龍という青年だった。
黒髪の背の高い青年は虚ろな目をしながら、椅子に座って荒れ果てた店内を見回していた。
青年が座る椅子と近くに在るテーブル以外の家具は全て壊されたまま放置され、部屋が散らかっている。辺りには大量の血が飛び散り、極め付けには血で描かれた大きな魔法陣が在る狂気的な殺人現場だ。それをみた青年は、その光景に溜息を一つ吐いてから少女にこう尋ねるのだった。
「何処なんだここは?」
青年は気怠そうにしながらも現状を把握しようとしていた。だが尋ねられた少女は、青年の事を怖がっているのか、話す事が苦手なのか、ぎこちない口調でこう返答する。
「えっと……ここは私の……お父さんとお母さんの……お店です……」
「じゃあ、そのお父さんとお母さんは何処にいるんだ?」
「その……殺されました……」
そう言いながら彼女は涙を流し始める。そんな彼女の事を特に気にも留めず、青年はまた辺りを見回すのだった。血に染まった店内の様子から、青年は少女が言うであろう事は予め予測はしていた。テーブルや椅子が壊れるほど激しく抵抗したに違いない。それほどまでに、ここで死んだ者は生きていたかったに違いない。青年がそんな事を考えていると、少女は泣きながら青年にこんな事を頼むのだ。
「だから……お父さんとお母さんを殺した人を……殺してください……」
「……」
殺された両親の仇を取ってくれ。幼い少女は何を思ってそう言ったのか青年には理解できなかった。
何故なら彼にとって、親という存在、家族という存在は、無いに等しいものだったからだ。
でも彼女にはとても大切なモノなのだろう。復讐したい程に、殺してやりたい程に。
そして丁度良い事に青年は自分自身に出来る唯一の事を知っている。
だから青年は少女にこう答えるのだった。
「ああ、別に構わないぞ……」
「お……お願いします……」
そう言って少女は青年に頭を下げる。だが青年はそんな少女の姿を見ても、何も感じてはいなかった。
可哀想だとか、不憫だとか、不幸だとか、救ってやりたいとか。そんな感情は一切無い。
そんな彼が少女の依頼を受けた理由。それは少女が頭を下げてまでお願いしたい事は、青年にしてみればほんの些細なお願いに過ぎなかったからだ。彼にとって殺しとは息をするのと一緒。だから「息をしてくれませんか?」などという些細なお願いを断る理由が無かった。それ程までに彼は殺しに慣れていた。
だから彼は人を殺す。だから彼は少女の願いを聞き入れる。だから彼はこの世界に召喚されたのだ。
青年は少女の話を聞いて大体の事情を把握した。
「つまり、お前の両親を殺したのはその貴族の護衛なんだな?」
青年がそう聞くと少女は辛そうに頷いた。
「まあ、大体事情は呑み込めたよ。俺はお前に召喚されて、お前の代わりに親の仇を取って欲しいって事だろ?」
青年がそう確認すると少女はまた頷く。
「まあそれなら簡単だろ。適当に潜り込んで、適当に殺して帰ってくるだけだ」
そう言って青年は余裕な素振りを見せながら、悠長に欠伸を掻きながら背筋を伸ばす。
そんな青年の姿を見ながら、少女はぎこちない口調で彼にこう尋ねる。
「その……アナタの名前は……なんていうんですか?」
「ん? ああ、俺は紫藤龍。じゃあ、お嬢ちゃんの名前は?」
「ロナ……です……」
「ロナ……カタカナ二文字だと犬みたいな名前だな」
「い、犬じゃないです……人間です……」
どうやらロナには冗談は通じないらしいと思いながらもリュウはこう続ける。
「それじゃあ早速、その貴族様の所に偵察でも行って見るか……」
そう言ってリュウは席を立ちあがり店の外へ出て行こうとするが、上着の端っこを後ろで掴むロナに気が付きリュウは振り向く。
「なんだ? まだ何か用か?」
「その……一人にしないで下さい……」
そんな言葉を発する今にも泣きそうなロナを見て、リュウは一人孤独に生きてきた事を思い出す。
親に勘当され、働き口の無いままに人を殺して生活してきた。そんな彼には家族も兄弟も友達も恋人も居ない。いつだって一人ぼっちで、いつだって孤独だった。その寂しさは理解できる。だからリュウはこう呟く。
「そうだな、一人は寂しいもんな……」
リュウはロナに優しい笑顔を向けながら、彼女の手を握って外へと出て行った。
「いいか? 料理っていうのは相性の良い食材同士の組み合わせだと、何処かの誰かが言っていた。つまりだ……どうすればいいんだ?」
「あの……よくわかりません……」
「まあ、仕方がない。とりあえず切るか……」
そう呟きながらリュウは不慣れな手つきで野菜を切り始める。
リュウとロナは最初に出会った料理屋の厨房で調理をしていた。何故なら、少女の両親を殺した貴族が住んでいる場所は、ここからかなり離れた所に在る王都という事を外へ出て行った二人は初めて知った。移動には馬車で一日掛かり、徒歩では二、三日は掛かるそうだ。そんな情報を手に入れた頃には日が暮れ、お腹を減らした二人は自分達の晩御飯を作る為に包丁を手にしていたのだった。
「とりあえず野菜は切ったぞ。で、次はどうすればいいんだ?」
「あの……何を作ろうとしてるんですか?」
ロナはリュウが何を作ろうとしているのか聞いていなかった。だから彼が何をどうしたいのか判らず、何を言って良いものなのかと困った表情を浮かべて居た。そしてリュウはロナの質問にこう答える。
「そりゃ、料理だよ」
「……」
その漠然とした返答にロナは困った表情を浮かべながら「この人、大丈夫かな?」などと思うのだ。
リュウの言動に困ったを通り越し、呆れた顔をしてロナはこう言うのだ。
「い、いいですか……まず何を作るか決めましょう。それから料理をしなきゃダメですよ?」
「って言っても、俺は料理なんて作ったことはないぞ?」
「じゃ、じゃあ……私がやってみます……」
そう言ってロナは小さな身体でまな板の前に立とうとする。だが背の低い彼女はまともに包丁を握ったり、調理したりは出来ない様子だった。そして諦めた様子で、不甲斐無い自分に対して涙を流しながらリュウにこう言う。
「うぅ……どうしましょう……手が届きません……」
リュウは困った顔をしながら、おもむろに彼女の身体を持ち上げる。
「これでどうだ?」
「おお、凄いです!! これなら頑張れます!!」
そう言ってロナは元気な様子で調理を始めるのだった。その手捌きは中々のモノで、とても手慣れている様子だった。
「なんだ、お前、料理できるんじゃないか。最初に言えよな……」
「は、初めてですよ……でも、毎日お父さんが料理を作る姿を見てますから、何となくでやってるんです……」
「それは凄い才能だ。きっとお前も良い料理人になれるんだろうな」
「なれますかね……私なんかが……」
「さあな? でも、俺よりまともな料理は作れそうだ」
そう冗談を言いながら二人はまるで実の兄妹の様に仲睦まじく、楽しそうに料理を作るのだった。
食事を終えたリュウは、ロナと共に明かりの無いベッドで横になっていた。
ロナはリュウの服を掴み、甘える様にリュウに寄り添っている。そんなロナの頭をリュウは撫でながらこう話掛ける。
「料理、美味しかったな……」
「うん……」
一緒に料理を作り、一緒に料理を食べ、一緒に眠ってくれて、一緒に居てくれる。そんな安心感からなのだろうか、さっきまでロナがリュウに対して使っていた敬語はいつの間にか無くなっていた。
「明日は王都へ向かうけど……お前はどうする? ついてくるのか?」
「うん……ついてく……」
「そうか……なら、馬車を用意しなきゃな……そうなると金が必要になるな……」
「お金なら……お母さんがタンスに隠してたのが在るから、それを使ってもいいよ……」
「わかった……」
そんな事を話しながら、ロナは唐突にリュウにこんなことを聞いた。
「ねぇ……その……リュウお兄ちゃんって呼んでいいですか?」
「……」
リュウはロナのその言葉に困った表情を浮かべた。別にどう呼んで貰っても構わないが、「お兄ちゃん」などと呼ばれるのは、彼にとって少しばかり恥ずかしいモノがあった。だからリュウはロナにこう答える。
「好きに呼べばいいさ……」
「うん、わかった……リュウお兄ちゃん……」
そう言いながらロナはリュウの身体に顔をくっつけ、安心しながら眠りにつく。
リュウはそんな彼女の寝顔を見て、自分は一体何をしているのだろうかなどと思いながら、ロナと一緒に眠りに着くのだった。




