未来が別れた日
ガラハザード・ヴァルクホルン。
堀の深い顔立ちに、相手を威圧する鋭い瞳、強さを象徴する筋骨隆々とした体。
ゲーム クロニクルシリーズ 一作目のラスボスにして、シリーズ屈指の敵。
その後のクロニクルシリーズにおいても隠しボスとして、あるいは伝承としてファンサービスの一環として登場し続ける存在。
神々や精霊の排除を宣言し、人類のみの世界を築くことを生涯の目的とした男。
最後には自らがいらぬと切り捨てた神々や精霊の祝福を受けた主人公たちに倒される存在。
そのガラハザードは今、眉間にしわをよせ、自室の椅子に深く腰掛けていた。
考えることはただ一つ。
数十年後自分は年若い未熟者共に殺されるという事実をどう処理するかということである。
目覚めた瞬間に流入してきた未来の知識と余分な意識。
俺、ガラハザードになっちゃってるとか妙に軽薄な声で騒いでいた意識は今はもうない。
ガラハザードがはっきりと意識を取り戻した時には、その意識が息絶えるのをはっきりと知覚している。
別世界の人間であるということは流入してきた知識で把握しているが、ガラハザードからすればそんな手の届かない場所のことなどどうでも良かった。
いずれ手の届く自分の死ということのほうが、重要なのだ。
争いを無くすために争いの理由となるべくものを排除する。
掲げる神々や精霊によって争いが起こるのであれば、それを排除する。
魔物が人の脅威となるならば打ち倒す。
人類が安穏として暮らせる世界を手に入れる。
そのために人類を統一し、神々を排除し、魔物を根絶やしにする。
その思想を掲げ、ガルドラン帝国の武の頂点 元帥とまで一度はなっているのだ。
自らの才能を疑うということを知らないガラハザードはそれをもう一度やれと言われても容易く行う自信があった。
だが、その先にあるのが自らの敗北というのは許容できない。
そもそも、未来の自分はなぜ誰も彼をも敵に回すような選択をしているのかがガラハザードには分からない。
もしかしたらこれから先それらの考えになるような出来事があるのかもしれないが、今のガラハザードには関係のないことだ。
「何を掲げるかで争いになるのならば……」
掲げるものを一つにすればいいではないか。
皇帝を頂点に掲げ存在するガルドラン帝国の貴族として、その答えに行き着くのは単純なことであった。
問題なのは皇帝自身が自らを神の体現者としており、己よりも神が同等ないしは上位者であることを認めているところだ。
故に異なる神を掲げる隣国 フィルドラ王国との軋轢が無くならない。
神に祈ったところで、精霊に感謝したところで、魔物を崇拝したところで、争いは無くならない。
ならばそれらを排除するのではなく、飲み込んでしまえばいいのではないか。
このガラハザード・ヴァルクホルンであればそれが出来る。
完璧なものとは言えないが未来の知識も得た自分であれば、それは可能だとガラハザードは結論を下す。
この瞬間に未来は分かたれた。
かつての自分は敵を増やし自滅したが、これよりは違う。
世界はこのガラハザードの手によって一つとなるのだ。
そこまで思考を纏めたところで、ガラハザードの自室の扉が叩かれた。
「ガラハザード様。カグヤ様がお見えです」
扉の前から声をかけたのはヴァルクホルン家に長年使える執事 ロイ・リドックであった。
ロイが来訪を告げたカグヤ・ティストニアとは、未来の知識によればガラハザードの妻でありながら、弟のレナードと不義密通の上に、自分を殺す青年 フェイム・瑠璃・レゾルテに自らの情報を流す女であった。
現時点では妻ではなく、両家によって決められた婚約者である。
知識によればカグヤと弟のレナードは幼少の頃より互いに惹かれ合っていたとなっていた。
長年婚約者として相対し、ガラハザードもカグヤに対して少なからぬ想いがあったが、ガラハザードはそれを自らの内に飲み干した。
「所要が出来たが故に、レナードにでも相手をさせておけ」
その言葉に嘘はなかった。
ガラハザードに治世の才は無い。
それは自他共に認めるところであった。
武による統治による秩序を築くことをできるだろう。
しかし、後に続く太平を築けるかといえば、ガラハザードに秀でた才は重ねて言うが無いのである。
無いのであれば、他で補うほかない。
知識の中に治世の天才と呼ばれている女性が存在する。
幸いなことに自分と同年代でもある。
隣国 フィルドラ王国の姫であるクリシュナである。
直接話したことはなく、たいそうな美姫であるとの噂のみを聞いている。
どういった容姿であるかを思い浮かべても、絵でしか浮かんでこないのでどこまで本当かは分からないが。
まずはクリシュナとのつながりを作らなくてはならない。
ガラハザードの脳裏にクリシュナから拒絶されるという考えはなかった。
つながりを作るにおいても、都合のいい催しが近くにあった。
皇帝の生誕祭である。
隣国との友好の印として、クリシュナ姫もガルドラン帝国に来訪する。
そして知識によれば、その際にガラハザードが生涯忌み嫌っていたリドル・ペイルロードが親善としてフィルデラに派遣され、クリシュナ姫と並々ならぬ知己を得ていた。
父に具申し、皇帝に後押しをしてもらえば容易にガラハザードが望む展開は現実となるだろう。
今の時間ならば父は執務室にいるだろうと扉を開け、ガラハザードは眉を顰めた。
「ガラハザード様。 御機嫌麗しゅう」
「これは、カグヤ殿」
自室から出てきたガラハザードに花のような笑顔を浮かべるカグヤとは対照的に、ガラハザードは鋭い視線を側に控えていたロイへ向ける。
ロイはその視線に顔を青くしながらも、汗をかきながら弁明の言葉を述べる。
「か、カグヤ様がガラハザード様とご挨拶をなされたいと」
「そんな怖い目でロイを見ないでくださいましガラハザード様。私が我儘を申したのです。せめて、ご挨拶だけでもさせていただきたいと」
カグヤの手がガラハザードの体に触れる。
女性経験がさほど豊富ではないガラハザードは、こうして献身的に触れてくるカグヤがいたからこそ他の女性に対して興味を持たなかった。
まずは大義があるという考え方の男だとしても、だからこそ不義が明るみに出た際に感情のままに怒り狂い彼女を殺したのだろう。
「申し訳ありませんカグヤ殿。父に少しばかり用がございまして、それが終わり次第カグヤ殿の元へ参りますので、弟のレナードに相手をさせます。あれもカグヤ殿との語らいを楽しんでおりますがゆえ、喜ぶでしょう」
「その所要はいかほどの時間がかかりますか? ギザロ様への御挨拶も兼ねて、私もご一緒しては駄目でしょうか」
寂しそうにそう呟くカグヤは、ガラハザードより5歳年下の13歳である。
だが、妙に女を感じさせる所作を最近するようになってきていた。
だからどうだ、という訳でもないがあまりその視線を自分に向けていてはよくない気がした。
意図を読まれるとは思わないが、未来ではガラハザードの懐深くで裏切り続けた女である。
警戒するに越したことはない。
「すぐに済みますゆえ、レナードとお待ち下さい。ロイ。レナードの元へ案内して差し上げろ」
「はっ、かしこまりました」
ロイが畏まってそう答えるのを見届けると、ガラハザードはカグヤに会釈し父 ギザロの執務室へと足を向ける。
ガラハザードの背中が視界から消えるまで見送ったカグヤはすっとそれまでの笑顔を消す。
光のともらない瞳で、そばに控えるロイに視線を向ける。
「ねぇ、ロイ。おかしいわ」
「は、何がでしょうか」
「ガラハザード様、私が目の前にいるのに私のことを考えていらしゃなかったわ。これは、どういうことでしょうね」
言葉だけを捉えれば婚約者に素気無くされて寂しがっている歳若い少女であるが、ロイは寒気が止まらなかった。
カグヤしかり、レナードしかり、ガラハザードに対して妙な執着を持っていることを老年のロイは気づいている。
それを可愛らしい幼年の感情であると片付けていたが、今ロイの目の前にいる少女から発せられる気配はそうではなかった。
「ロイ。ガラハザード様にここ最近変わったことはありましたか?」
「いえ、思い当たることは何も」
「そうですか。では、以後ガラハザード様のことで変わったことがあればすぐに知らせなさい。わかりましたね」
「ガラハザード様のお許しがあれば」
「ロイ」
ゾッとするような冷たい声音で名前を呼ばれ、ロイの視線がカグヤの瞳をとらえた。
老年の執事の心はこの時確かに自分より一回り以上年下の少女に折られた。
「分かりましたね」
「……かしこまりました」
「無理を言ってすいませんねロイ。ですが、私のガラハザード様になにかあってからでは遅いのです」
そういってまだ幼いはずの少女はニコリと微笑んだ。
自らの知らぬところで幼年の婚約者と老年の執事がそのようなやりとりをしているとは露とは思わずガラハザードは自らの父であるギザロ・ヴァルクホルンにフィルデラへの自らの派遣の後押しを了承させていた。
ギザロはガラハザードとは血の繋がった親子であるが、その風貌は全くと言っていいほど似ていなかった。
温和そうな雰囲気はむしろ弟のレナードに引き継がれている。
この温和な仮面を持って帝国中枢の貴族社会を生き抜いてきた男。
協力の了承の言葉に礼を述べる息子に、ギザロは微笑む。
「それにしても、ガラハザードも美姫 クリシュナには興味があったのだな。そのようには見えなかったが」
「父上。どのような形であれ、フィルデラを担うクリシュナ姫とのつながりはもっておいて損はございません」
「それはそうだが、お前の口から誰かとのつながりの重要性が聞けるとは」
「私とて、一人で生きていけるとは思っておりません。なにかしら、誰かしらの助けあっての今で御座います」
「まぁ、フィルデラには大迷宮も存在するし、若いお前の良き経験となるだろう」
ガルドラン帝国の貴族にとって帝国を離れるということにはリスクが伴う。
帝国内での自身の地位が約束されていない身からすれば当然だ。
社交界での人脈、皇室内の動きなどは当然帝国の首都にいたほうが耳に早い。
かつてのガラハザードもフィルデラへ赴くこととなったリドルを帝国から離れている内に帝国中枢に食い込んだ。
今回はそれが逆となり、ガラハザードが戻ってきた時にはリドルとどれほどの差が広げられているだろう。
だが、それを覆してこその自分である。
武の才をほしいままとするガラハザードも他の天才同様に驕っていた。
ガラハザードが他者と違った点とすれば、自信に溢れ、驕りを多分にもっているというのに、どこか臆病な面を持ち合わせていたことだろう。
楽観視とはかけ離れた男だったのだ。
ガラハザードのフィルデラ王国への派遣は二つ返事で決まった。
というよりも、前述したとおり進んで帝都を離れたいと思う貴族がいない中で、名乗り出るものがいればその者に白羽の矢が立つのは当然である。
なおかつ、ガラハザードはまだ若い。
その武が秀でていたとしても、今はフィルデラ王国との戦争も起きておらず、平和な世である。
後に起こるフィルデラとの戦争でガラハザードは名を挙げ、帝国大将まで登り詰めるのだ。
今、若く無名で扱いやすそうな男が誰もがやりたがらない仕事にあてがわれるのは自明の理であった。
皇帝の生誕祭においてガラハザードのフィルデラへの派遣が発表された際にはすこしばかりのざわつきはあったものの、それもまたすぐに綺羅びやかな演奏にかき消されていく。
腰に下げた剣の柄に手を置き、給仕の女性から与えられたワインで喉を潤す。
「ガラハザード様?」
やんわりと、柔らかく声をかけてくるのは婚約者であるカグヤである。
事前にフィルデラに赴くことを説明した時と同じようにどこか寒気のする声音でガラハザードに語りかける。
唯々諾々と従うだけの女ではないという知識があればこそ気づくが、かつての自分はこのようなカグヤの所作に一切気が付かず、いや意識の端にもとめていなかったのだろう。
好んだ女性を自分のものとしたいという独占欲はある。
だが、手にしてしまえば安心し目をあまり向けなくなる面がガラハザードにはある。
それがかつての不義を生んだ。
最愛だと思っていた女性の機微すら掴めなかった男に果たして女性を幸せにできるのか。
いや、今後を鑑みてあわよくばクリシュナをと考えている自分がなんと軟弱な。
「ガラハザード様!」
「…申し訳ありませんカグヤ殿。少しばかり考え事をしておりました」
「人前で珍しいこともあるものですね。……クリシュナ様のことでもお考えに?」
「いえ、話すほどのことではありません」
貴方のことを女々しく考えておりましたなどとは口が裂けても言えない。
演奏の中で少し離れた場所がざわつくのを感じ、ガラハザードはこれ幸いとそちらに視線を向ける。
戦乙女の生まれ変わりと称されるフィルデラの女騎士 レティ・グリムワードが注目を浴びていた。
クリシュナ姫の随伴でこの生誕祭に来ているとは聞いていたが、なるほど美しいものだとガラハザードは思った。
金色の髪も、その碧眼も、すらりとしたバランスの良い体も。
だが、レティに限った話ではないがガラハザードの心に響くものはなかった。
「カグヤ殿。テラスにて、少しばかりともに夜風にでもあたりませんか」
「そうですね。ガラハザード様の意識を奪い去る綺麗な花がここには多いみたいですし」
カグヤの可愛らしい嫉妬の言葉を受け止めながら、ガラハザードは綺羅びやかな空間に背を向ける。
女性に囲まれ困ったように微笑んでいる二枚目の男 リドルには目もくれず。
レティ・グリムワードが、皇帝の傍に座るクリシュナ・ラサ・フィルデラが自身を見ていることなど気にせずに。
後になって振り返ってみれば、この時のガラハザードの心境は沸き立っていた。
未来の知識を得てからずっと、沸き立ち続けていたのだ。
平穏な世の中で、一帝国貴族として終わるのかと漫然と抱いていた不快感が、
己が後に帝国の武を極め、世界すら変えようとするほどの男となる可能性があると知ったことで。
ガラハザードの顔に獰猛な笑みが浮かぶ。
満天の星空に向けて、まずは会心の笑みであった。
別に上げている作品と微妙につながっている本作品。
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