序
化生ヶ沼には神様が居る、という言い伝えがある。
鬱蒼と茂る木々に囲まれた、鏡面のような沼である。光が遮られ、昼なお暗い。水面は深緑を湛え、底を見通すことは出来ない。
底など無いと言う者も居る。
この沼は、ひたすらに深い。その更に深く深いところで、黄泉の国に繋がっているのだ、と。
そして、現世と幽世を繋ぐ神が化生ヶ沼に住む。その姿は巨大な魚とも、大蛇とも、果ては大鴉とも伝えられる。黒の翼を広げて水中を飛ぶ大鴉とは、なかなか幻想的な光景であるが、未だその姿が確認されたことはない。
オサカナ様。
化生ヶ沼の神はそう呼ばれている。
「オサカナ」様とは言い条、件の神様の姿として最も信じられているのは大蛇だったりする。だから片仮名表記にでもするほかないのだけれども。
オサカナ様の祟りがあるぞ。
という理由で、化生ヶ沼での漁は禁忌となっている。魚を獲った者はオサカナ様に黄泉の国まで引きずり込まれ、生きながらにして亡者に腸を喰われる。その際に発せられる断末魔が毒の霧となり、村に疫病をもたらす、らしい。勿論、黄泉の国に行って無事に帰ってこれるのはスサノオノミコトくらいなものなので、本当のところは誰も知らない。知らないけれど、この村の人々はすべて、オサカナ様の祟りを信じている。
僕を除いて。
読んでいただき、ありがとうございました。
このあと、本編に移ります。