始動Ⅳ
同日 20時01分
俺達二人は信二の話に耳を疑った。
とてもじゃないがにわかには信じがたい話だ。
話を要約してみるとこうだった。
昼間のパニックから何とか落ち着いた信二ではあったが、どうも夕方になってももやもやが晴れなかった。
そこで気分転換に散歩でもしようと思い、夏音に連絡を取って駅前で待ち合わせする事にしたらしい。
無人駅とは言え一応は駅前。
他よりも街灯が多く、少し遠くからいくつかの人影が見えた。
不審に思い、更に近付いてみると暴徒らしき数人の男に夏音が壁に追い詰められていたらしい。
最初こそ助け出そうとしたそうだが、その暴徒の一人が自分に掴み掛かってきて倒れてしまい、何とか近くにあった拳ほどの大きさの石で撲殺してしまった、と。
そこで信二は暴徒とは言え人を殺してしまったという罪悪感と、沸々と沸き上がる昼間の恐怖を抑えきれず、夏音を置いて逃げてしまった、という訳らしい。
最初こそ嘘だと思っていた俺と彩乃だったが、信二の思い詰めた様子にいつもとは違う事を確信した。
そこで一度俺一人で駅前に様子を見に行く事にした。
信二は今使い物にならないだろうし、彩乃を連れて行くには危険過ぎる。
心配して止めようとする彩乃を振り切って門をきちんと閉めておくように伝え、赤樫製の木刀を右手に備えて家を出た。
同日 20時51分
駅前に着いたが、夏音や暴徒はいなかった。
しかし帰ろうとした時、不意に俺は駅に近い農道の端にとんでもない物を見付けてしまった。
人間の死体である。
恐る恐る近付いてみると、腐った肉のような微かな異臭がする。
確かに頭は半分潰れている。
脳味噌だろうか、赤黒い血に混じって白い何かが死体付近に散乱していた。
血の付いた石もあった。
状況からして恐らくこの死体は信二が殺してしまったという人間である事はまず間違い無いだろう。
問題は死体の様子である。
まず腐臭について言えば、まだ気温は20度を下回っている中、ついさっき死んだ人間の腐敗がもう進行していると考えても早すぎる。
いや、真夏でもここまで早くはないだろう。
それに何度も殴り付けたとは言え、たかだか石でここまで損傷が酷くなるだろうか?
死体だけにしてもかなりショッキングではあるが、どうも違和感のある死体を見て俺は疑問を持たずにはいられなかった。
同日 20時38分
家へと戻った俺は取り敢えず夏音の件も信二の件も警察に伝えた方が良いと思い、その旨を信二に伝えた。
信二は静かに俯き加減で頷いた。
家の固定電話から電話を掛けてみたが繋がらなかった。
こんな事があり得るのかと思いつつ、今度は携帯から掛けてみた。
しかし繋がらない。
まさかと思った俺は遠い街にいる両親、離島に住む親戚、全てに掛けてみたが、一つとして繋がらない。
そこにはただ、不気味にも感じる無機質な自動アナウンスの声が受話口から流れるだけだった。