始動 Ⅱ
「おい、涼介!」
不意に後ろからかけられた声に、一瞬体がびくっと反応する。
振り返ってみるとそこには信二が立っていた。
息が上がっている。
どうやらあの後に俺を追い掛けて来た様だ。
「信二、面白い事になりそうだぞ」
その時……俺の心を支配していたのは沸き上がる恐怖心と不安、そしてそれを覆う程の異様な興奮だった。
これは極めて個人的な意見だが非日常に対する願望、それは言葉には出さないだけで誰しも持っている物だと俺は考えている。
現に俺がそうであるように。
しかしその考えは次の瞬間否定された。
「何も面白くねぇよ、ニュース見ただろ?
暴徒が勢力範囲を拡大してきてるって……きっとここら辺一帯にも押し寄せて来る、その前に逃げなきゃ!」
俺の目の前にいる男の心を支配しているのは圧倒的な恐怖。
発言を聞く限りには好奇心や興奮など信二は持ち合わせていない様だった。
「分かったよ……だけどこんな所で逃げるかどうかを話し合っても意味はないし、先生達もその事に関して職員会議もしてるようだからとにかく教室に戻ろう」
俺は怯える信二を一先ず落ち着かせ、教室に戻る事にした。
教室の中の空間はいつもの様な明るい喧騒ではなく、異様な雰囲気だった。
何だか居心地が悪い。
同日 11時08分
そんな雰囲気に包まれた教室は不意にがらりと開けられたドアの音により静まり返る。
入ってきたのはクラスの担任である中年の教師だった。
彼は黒板の前に立ち、話し始める。
「えー、隣の街で大規模な事件が発生しました。
この地域まで影響はないかと思いますが、大事を取って全員下校とします。」
どうしてこの男はこんなぼかした言い方をするのだろうか。
素直に言ってやれば良い、“隣街で大規模な暴徒集団が暴れていて危険なので下校にします”と。
同日 11時21分
生徒達はそれぞれ自分の家に帰宅していた。
勿論、俺達四人も例外ではない。
その頃には先程は半ばパニックに近い状態にあった信二も、いつもと同じとは言えないがそれなりに落ち着きを取り戻していた。
しかし何故か四人一緒に帰路に着いているにも関わらず、誰一人として口を開かなかった。
同日 12時05分
「ねぇ、涼くん」
信二と夏音は方向が違う為、畑と森の境目のT字路で右側の道へと別れて行った。
二人で取り残されたのは俺と彩乃。
家へと続く左側の道へ踏み出そうとした刹那、隣に居た彩乃が口を開いた。
「涼くんの家泊まりたい、今日うち誰もいないから」
普段ならばこの展開、俺は有頂天になるだろう。
しかし彩乃の声色はそれを許さない、震えた低いトーンだった。
怯えている、子供の頃から長く一緒にはいた訳ではなかったが俺にもそれくらいは理解できた。
「分かった、いいよ」
断る理由もなく特に嫌な訳ではなかった俺は二つ返事で承諾した。
不謹慎かもしれない、だけど俺は何だか彩乃に頼られている様な気がして嬉しかった。
同日 12時28分
俺は自宅の玄関先の石段に座り、彩乃が必要な物を持ってくるのを待っていた。
もしも暴徒がこんな場所にも集まってきたらどうなるだろう、きっとひとたまりもない筈だ。
だがこの古びた祖父母の家も伊達ではない。
老朽化しているとは言え、庭を含む家の周りは2m程の石垣の壁に囲まれており、木製ではあるが頑丈そうな門もある。
一筋縄ではきっと入れないだろう。
そんな事を考えていると気付けばもう彩乃が到着していた。
「ごめんね涼くん、待たせちゃったでしょ」
「気にすんな、中でTVでも見ようか」
俺を待たせてしまった事を謝る彩乃に気にしないようにと伝え、俺達は家の中へ入った。
勿論門はしっかりと閉めて。