日常
いつもと同じ日常、いつもと同じ生活、いつもと同じ幸せ…
それがこんなに簡単に崩壊してしまうだなんて知らなかった、だけど立ち止まることはできない、勿論諦めることも。
いつかまた、いつもと同じ世界を取り戻す為。
20x1年 4月15日 7時35分
けたたましいばかりの携帯のアラームが鳴り響く自室で俺は目を覚ました。
嫌な夢を見たような気がする。
大量の寝汗が寝巻き代わりのTシャツに吸収され、それがぴったりと肌に張り付いているようで不快だ。
携帯のアラームを止めてシャワーを浴びに自室から浴室へと向かう。
片田舎にある古びた小さな一軒家の中の廊下、その短い道中に誰かと朝の挨拶を交わす事はない。
それもその筈、この家には俺しか住んでいないからだ。
この家は亡くなった祖父母の家であり、小さい頃に少しだけ住んだことのある思い出深い場所。
何故一応は学生の身である俺が両親とではなく一人で、しかも寮が完備された学校のある都会ではなく、こんな地に住んでいるのかと言えば、それにはいくつか訳がある。
俺は一年前までは普通通り両親と街に住んでいた。
しかし、その街に俺は馴染めなかった。
そこで一年前の俺は両親に無理を言ってこの家に一人で住まわせて貰っている。
今では都会の喧騒など思い出しただけで吐き気がする程だ。
さて、シャワーを浴びたらすっきりした。
心なしか先程より気分も優れている様な気がする。
新しく下着を身に付けた俺は自室で鞄と制服をクローゼットから取ってからそれを着た後に台所へと赴き、スポーツドリンクを一杯飲んだ。
俺は朝食を取らない主義なので、いつもスポーツドリンクで朝の栄養を補給する。
寝汗が酷かったからか、体中に水分が行き渡るような感覚がして爽快感はMAX。
あとは歯を磨いて髪を整え、いつも迎えに着てくれる学友達を待つだけ。
同日 8時02分
あれから20分程経ってからだろうか。
静まり返っていた屋内に玄関先に設置してある古びたチャイムの音が何度も繰り返し鳴った。
どうやら連打しているようだが、こんな下らない事をするバカは一人しかいない。
急いで鞄を肩に掛けて玄関のドアを開けるとそこにはいつものメンバーである男一人と女二人が立っていた。
「や、おはよう涼介」
馴れ馴れしい様子で朝の挨拶をしてきたこの明るい茶髪の男前は相模信二。
同じ学年で同じクラスに所属しており、恐らくは先程のチャイム連打の犯人だが、唯一無二の親友とも呼べる人物だ。
外見こそ軽そうに見えるが、中身に至っては真実剛健そのものである……と思いたい。
「おはようございます酒匂先輩、あの……寝癖ひどいですよ?」
せっかく上手くセットできた髪型を悪気も無しにけなしてきた黒髪ロングで七三ぱっつんの美少女は月野夏音。
俺や信二よりひとつ下の後輩で、非常に礼儀正しい可愛い後輩だが、悪気なく毒を吐く事さえ無ければ完璧だ。
信二がかなり好意を抱いている様だが、鈍感な為それには気付いてはいない様子だ。
「寝癖って…!」
夏音の言葉によって込み上げる笑いを必死に抑えて涙目になっているこの背の小さい黒髪ポニーテール美少女の名は神崎彩乃。
まだ俺が祖父母や涼介とあの家に暮らしていた小さい頃、いつも一緒に遊んでいた幼なじみだ。
年は夏音と同じ年…つまり一応は俺の後輩にあたるが、本人からすれば自分を兄の様に思っているようで、いつもタメ口で非常にフレンドリーだ。
しかし俺は彩乃の事を妹のようには思っていない。
これは信二にしか言っていない事だが、既に異性として認識してしまっている。
「ほら、何ぽけーっと突っ立ってんだよ……早く行くぞ」
信二の言葉で俺は我に返った。
「おう、悪いな」
俺は素直に謝り、三人に加わって学校への道を歩き始める。
まさかこれが最後の登校になるなんて……四人の中で誰一人として考えていなかった。