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レオンハルトの証明  作者: 楽機
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されど我らは

【されど我らは】


 翌朝、レオンハルトはベッドの中で丸くなっていた。昨日あまりにも多くのことが起こって、自分の中で整理ができず、体を起こす気力が出ない。

 カタリーナと結ばれるために必死にやっていたことが、逆に彼女の心を自分から遠ざけてしまっていたことを、思い知らされた。きっと、彼女も自分のことを想い続けてくれている。そう思っていたが、結果として彼女の心を自分に繋ぎとめておくことはできなかったのだ。

 ザロメは良い娘だ。それは、カタリーナと違い気さくに話せる間柄だったこともあり、彼女の事をレオンハルトは良く知っていた。気さくに話せる間だからこそ、ある意味でカタリーナよりもお互いがお互いのことを良くわかっている。

 ならば自分も、カタリーナのことを諦め、ザロメと結ばれた方が良いのだろうか。その方が、自分もカタリーナも幸せなのだろうか。

 そんなことを堂々巡りに考えていると、部屋のドアがノックされた。黙ったままでいると、部屋の中にメイド姉妹の姉が入って来た。メイド姉の方に顔を向けると、その顔は何やら怯えていた。しかし、それはレオンハルトに対するものではない。

 「勝手に入ってしまい申し訳ありません、レオンハルト様。旦那様がお呼びです。至急下までいらしてください」



 メイド姉に連れられ食堂まで下りていくと、中には家中の人間が集まっていた。使用人やザロメ、カタリーナ、ヨハン、そして男爵も。男爵の顔には明らかな怒りが見て取れた。

 何が何やらさっぱりのレオンハルトに、男爵が静かにしかし怒気のこもった声で言う。

 「レオンハルト・オイラー。これはどういうことなのか、説明してもらおうか」

 そう言って男爵が突き出したものに、レオンハルトは見覚えがあった。自分が偽装した大学の卒業証書だった。

 「ヨハン君から話を聞いたぞ。彼の証書と見比べてみればよくわかる」

 ヨハンが一歩前に出る。

 「君の卒業証書には学長の印と国王陛下の印が押されている。しかし残念でしたね。数年前から王立大学の卒業証書には修了学部の学部長の印も押されるようになったのですよ。あらかた、どこからか古い卒業証書を手に入れてそれを模倣したのでしょうが。卒業年が違うという言い訳はできませんよ? ここに自分で私と同じ卒業年を書いているのだから」

 勝ち誇ったように、尊大な態度で言うヨハン。レオンハルトは完全に茫然自失の状態になった。

 「白状してしまいなさい。嘘を吐いてもどうせ、大学に問い合わせてみればわかることです」

 しばしの沈黙。そしてレオンハルトは顔を上げた。

 「男爵、申し訳ありません。私は嘘を吐いていました。その証書は偽物です。本当は、大学を中退してここにやってきたのです」

 ヨハン以外の全員が息を飲む。

 「君は私達を騙していたのか。何が目的だ」

 レオンハルトを睨むその顔つきは険しく、鋭い眼光が彼を貫く。

 「初めは、食扶持を得る為でした。しかし、この屋敷に来た時。初めてカタリーナに出会った時、私はここに居る意味を見出したのです」

 「――生意気申すな!」

 男爵はそばに控えた老執事から剣を荒々しく受け取ると、レオンハルトに詰め寄る。

 「貴様のような薄汚い男が、私の娘と結ばれようとは。この私が許さん!」

 剣を鞘から抜き、剣先をレオンハルトののど元に当てる。

 「命が惜しくば、すぐにこの屋敷から出て行け。そして、もう二度と私の領地に足を踏み入れるな」

 周りのはっと息を飲む音が聞こえる。

 「お父様、待って!」

 カタリーナが駆け寄ろうとする。それをヨハンが止めようと肩に優しく手を置こうとするが、

 「離して!」

 その手はカタリーナに弾かれた。

 それでも駆け寄ろうとするが、老執事が彼女の前に立ちふさがる。

 「じい……!」

 老執事は何も言わず、その場で深々と頭を下げた。それでも、決してどこうとはしない。

 その様子を見ていたレオンハルトは、再び語り出した。。

 「確かに。私は嘘を吐いていました。それは紛れもない真実であり、私の罪であります。私は彼女にふさわしい男ではないのでしょう。……ですので、出直してまいります」

 「レオン様!」

 駆け出そうとするも、老執事に捕まえられる。その腕の中でもがきながらも、カタリーナは叫ぶように訴える。

 「レオン様、これまで私のために頑張ってくださってたのではないのですか? 決して10になることのない数字同士である私達を、理を曲げて、結ばれるように! 私、待っていましたのよ……」

 顔をくしゃくしゃに歪めて、泣き叫ぶ娘の姿を見て、男爵は剣を下ろす。

 「まさかこの一年間君が部屋に閉じこもりやっていた研究というのは……」

 「私はただ、5と6を足して10にしたかっただけなのです。しかし、どうしても上手くはいかなかった。そこで色々小細工を使って何とかしようと思いましたが。でも、もう決めました。私はもう一度大学に戻ります。そして、彼女にとってふさわしい男になって帰ってきます」



 翌日、レオンハルトは荷物をまとめた。王都までは行商人に乗せていってもらうように頼んだ。見送りには老執事とザロメ、そして男爵に内緒でついて来たカタリーナの姿があった。

 「それでは行ってくるよ」

 「ええ、頑張ってね」

 そう言うザロメの目は、赤くはれ上がっていた。声も枯れていて、なんだか居た堪れない気持ちになる。

 「レオン様」

 カタリーナは帽子を深くかぶり、その表情は見えない。

 「レオン様は私に嘘を吐いていらっしゃいました」

 「うん」

 「でも、私の為に毎日朝から晩まで数式を解いていらっしゃっていたことは、まぎれもない真実です」

 レオンハルトに抱きつき、顔を埋める。

 「必ず、戻ってきて……」

 長い抱擁の後、老執事が一歩前へと出る。

 「レオンハルト様、これを」

 差し出されたのは一枚の封筒だった。

 「これは?」

 「旦那様が書かれた、大学への紹介状でございます」

 「これを男爵が?」

 老執事はニヤリと笑って深くお辞儀をした。


 「それじゃ、行ってきます」

 馬車の荷台に最小限の荷物と共に乗り込み、馬車はゆっくりと走り出す。

 レオンハルトとカタリーナ達は、お互いが見えなくなるまで手を振り続けた。




そしてそれから数年が経ち、お屋敷に一通の手紙が届いた。


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