背中の傷跡が癒えるまで
主な登場人物
・山村美里
美人なのに口が悪く無愛想。空手の有段者。
・川上友弥
馬鹿か付く位お人好し。勉強好き。料理、おやつ作りが趣味。
子どもの頃、背中に大怪我を負った。
・中田由利
友弥に気がある。美人でいつも友弥の傍に居る美里が気に入らない。
・中尾健治
不良グループのリーダー。美里が気に成って、度々言い寄ってくる。
もっと短い話しのつもりだったのですが、長く成ってしまいました…。
美里達の話しの後に、不良少年中尾の話しを載せました。
全然ラブストーリーでは無いですが、そちらもどうぞ!
体育の後、教室の外に声がもれる。
「友弥、相変わらずグロいなその背中」
「うへ~キショ~! 良くそれで生きてられたな」
友弥は、えへへへっと笑っている。
それを聞くたびに俺の心はズキズキ痛む。
「どんな巨大生物に襲われたんだよ」
「う~ん。僕もよく憶えていないんだよね~。目撃者もいなかったみたいで。本当、助かったのって奇跡だよね」
まるで他人事だ。
友弥の背中には、大きな傷跡がある。肉を鋭い爪で裂いたかの様な大きな傷が、幾筋も。
……あれは俺を庇って付いた怪我。友弥は三日間生死の堺をさ迷った。
大人達には自分のせいだとは……言え無かった。
あれから……あの日から、俺は友弥の為だけに生きている。
その事は、友弥も知らない事……
「おっ。美里が男の着替え覗いてる!!」
「ば~か、誰が覗くか。お前達の着替えが遅いんだよ。入れねぇだろ」
「あ~ぁ、美里 美人なのにその性格……勿体無いよな~」
「うっせえんだよ、黙れ。早くしないと脱がすぞ!!」
「わ~美里変態だ!」
「俺、脱がされても良い!」
「俺も!」
そう言った奴等は、俺と友弥にはたかれた。
放課後。
「あっ、美里ちゃん」
友弥が美里の姿を見付け、駆け寄って来る。
「お前どこ行ってたんだよ。捜したぞ」
「あのね、由利ちゃんが探し物してたから手伝ってたの」
又、由利かよ……
「……ふ~ん」
「……美里ちゃんは、由利ちゃんの話しすると、機嫌悪いよね」
友弥が首を傾げる。
「……別に……」
俺は友弥を置いて歩き出す。
「僕は、人が困っていると助けたく成るんだもん」
友弥も俺にならって歩きながら続ける。
……そんな事は解ってる。
……痛い程に……
「で、見つかったのか?」
「うん。教室の隅っこの方に落ちていたよ」
友弥の満面の笑顔に固まってしまった。
コイツは、突然蕩けそうな笑顔を向ける。
心臓に悪い。
「顔覆ってどうしたの?」
顔を覗き込まれた。
「あっ、真っ赤じゃん。熱でもあるの? お医者さん行く?」
「別に何でも無い。ただ暑かっただけだ! 病気じゃねぇ」
俺は友弥の視線から逃れる様に止まった足を再び動かした。
「本当に大丈夫?」
友弥も、歩調を合わせる様に付いて来る。
「何でもねぇって言ってんだろ。まとわり付くな! ウザイんだよ!!」
俺たちのやり取りを、周りの人間達は遠巻きに見ている。まぁ、親分と舎弟、そんな風に見えているのかな……
ボンヤリと考える。
「ねぇ、病院行かなくて大丈夫?」
「……もう治った」
「嘘?」と友弥は目を真ん丸にしている。
ははっ、こんな顔も可愛いな……
あっ、いかん、いかん。又、見とれてしまった。
友弥とは、産まれた時からお隣同士。良く言えば幼馴染み。悪く言えば腐れ縁だ。
幼い頃からコイツはこんな性格だから、『俺が守ってやらなくちゃと』心に誓ってしまった。
そのために空手の道場に通って日々の鍛練を積んで来た。
なのに、あの日迷い込んだ森の中で、突然目の前に巨大生物が現れた。
……熊、だったのかな……ハッキリ憶えていない。
大きく振りかぶった手が振り下ろされた時、とっさに友弥が覆い被さって来た。そのまま二人共川に落ちて、流れ付いた岸で大人に助けられた。
でも、友弥は酷い怪我だった。俺自身、丸二日目を覚まさ無かったらしいから……
アイツは夏休みの間中、ずっと病院て過ごした。俺は毎日病室に通った。
……もうあんな思いをさせたく無い。
……俺もあんな思いしたく無い……
アイツの寝顔を見ながらそう思った。
もう二度と辛い思いは、させない……
ボンヤリ歩いてたら、いつの間にか自宅の前に居た。
あっ、着いたのか。
「じゃあね、美里ちゃん」
「あぁ、又な」
手を振る友弥に、右手を軽く上げ家の中に入る。
そもそも俺の話し方がこう成ってしまったのには訳がある。
幼い頃から俺は、良く人に連れて行かれそうに成った。赤ちゃんの頃からだったらしいが。
何かと人懐っこい笑顔で近付いて来る大人達。中高生のお兄ちゃん。その顔は恐怖以外の何物でも無かった。
ある時、余りのウザさにブチッと切れて「うるせぇんだよ、てめえら!」と口走ったら、大人がひるんだ。これは行けると思った俺は、その言葉使いを定着させた。
笑顔何て物は人に向けない。常に無表情。ウッカリ笑ったら最後、拐われそうに成るのだ。無表情も板に着いて来た。
……俺が笑うとすれば、それは……友弥の前だけだな……
何つうか、あれだよな。
アイツ、仕草から何から まるで女だよな。俺は男みたいだし。反対なら良かったのに。まぁどうでも良いか、そんな事……
ジーパンとティーシャツに着替え、ベッドに寝そべっているとインターホンが鳴った。
面倒くせぇなぁ~と思いながら玄関に向うと「美里ちゃ~ん。僕だよ、一緒に勉強しよ~」と友弥の声。
はぁ~と溜め息を付いて、ドアを開けるとニコニコした友弥が紙袋を持って立っていた。
「それ、何?」
「朝ね、作ったの。美里ちゃんと食べようと思って、ゼリーだよ」
ニコニコして紙袋を差し出す。
……だから、……その笑顔は止めてくれ……
「まぁ、入れよ」
「うん。お邪魔しま~す」
その無邪気さに溜め息が出る。
友弥は我が物顔で台所に入り、持ってきたゼリーを冷蔵庫にしまう。
ドアポケットからボトルを取り出し、戸棚からグラスを出して麦茶を注いでリビングに座る美里に手渡した。
「サンキュー」と美里は受け取り、口に運ぶ。
まぁ、これは友弥の仕事と言うか何と言うか。どっちの家であっても、接待するのは友弥なのだ。
「美里ちゃん勉強しよう?」
「……ヘイヘイ……」
自室に戻り、苦手な科目を手に戻って来る。コイツのお陰でテストで悪い点を取った事は無い。
何だかんだで、何でもそつなくこなすんだよな…。おっとりしている様で、運動も出来る方だし、足もそこそこ……。
「何?美里ちゃん。僕の顔に何か付いてる?」
余りにもじっと見つめられて友弥が質問する。
「…何でも無い」
「そう? 判らない処があったら、遠慮なく聞いてね」
「…あぁ…」
ニコニコ顔の友弥に短い返事をした。
「もうすぐ三者面談だね」
「あぁ…、友弥どこ行くの?」
「教育学部のある処。美里ちゃんは?」
「う~ん、まだ解んない。…就職‥かな…」
「えっ…、そうなの?僕と同じ大学行こうよ。…離れるなんて嫌だな…」
友弥がしゅんとする。
「馬鹿だなお前。いつまでも一緒なんて有り得ねぇだろ。それぞれの道に進むんだし、結婚だってするだろうし、…今までが異常だったんだよ。腐れ縁にも程がある」
「そう思うの?」
悲し気な顔だ。
コイツにもその内、彼女が出来るのか‥。優しい子だと良いな。友弥を大事にしてくれる奴じゃ無きゃ俺は認めない! …由利だけは嫌だな…。どうかアイツだけは選びません様に! 神頼みの様に、思わず二回手を叩いてしまった。
「何やってるの?」
驚いた友弥に質問される。
「…何でも無い…」
「そう?変なの。休憩にする? ゼリー持って来るね」
はい。とオレンジと白のグラデーションにフワフワのホイップクリームが乗っている。見るからに美味しそうなゼリーが目の前に置かれた。
頂きます。と言って一口すくって食べてみる。
「んっま~い」
「本当? 良かった」
ニコニコ顔の友弥も食べながら頷く。
「うん。ちゃんと出来てる」
「お前、パティシエにでもなるのか?」
「うんん、保育士になるの」
「ふ~ん、そうなのか」
「美里ちゃんは?」
「俺か?…俺はまだ…。…そうだな…トラックの運転手とか…」
「えっ…?」
突拍子も無い発言に友弥が驚く。
「バスの運転手とか…」
「えっ?」
更に驚く。
「タクシーの運転手とか?」
「ダメッ! それだけは止めて!」
「何で?」
「だって美里ちゃんは女の子だよ。男の人がお客さんで、恐い人とか、危ない人だったらどうするの?」
凄い剣幕で捲し立てる。友弥もこんな風に焦ったりする事あるんだ…。
「大丈夫だよ。俺、強いし…」
「そんな問題じゃ無い!!絶対ダメだからね。そもそも、どうして運転手ばかりなの?」
「う~ん。…あんまり人と会わなくて良いじゃん」
「………それだけ?」
「……うん……」
友弥は、深~く溜め息を吐く。
「人に会わない仕事なら他にも沢山有るでしょ? 運転は、事故の危険が付き物だから止めてね!」
と言われてしまった。
「お前は過保護なんだよ!」
「そんな事無いもん。心配なだけだもん!」
と膨れる。
はぁ~…本当に可愛い奴だな。膨らんだ頬っぺたを両手の平で、バンと叩く。口からブッと息が漏れる。
「あははは…ブッだって…あははは」
「も~う。美里ちゃんの意地悪!!」
膨れっ面をするが、直ぐに真顔に成る。
「じゃあさ僕のお嫁さんに成る?」
「えっ? あはははは…。ば~か」
美里はふざけて、友弥の頭を小突く。
友弥は真面目な顔で見つめてくる。
ドキッとした。
「なっ、何だよ。急に真面目な顔して…」
「いけないの?」
「…駄目だ…そんな顔されると…。どうして良いか、解んない…」
友弥は、暫く考えて
「そっか…。じゃあ、笑う」
へらっと笑った。
「友弥には、その顔の方が似合ってるぞ」
と美里も笑った。
それから又、勉強して夕食を食べてから友弥は帰って行った。
ベッドの中。
はぁ~。友弥のあんな顔、…初めて見たかも…。
ドキン。
わわっ…。何だよ。どうした…。何でこんなにドキドキするんだ? あ~っ困る。あんな顔…見られないよ…
「おはよう美里ちゃん」
次の日。いつもの笑顔だ。…昨日あんな事言った癖に…
「おはよう…」
直ぐに仔犬の様に付いて来る。
俺より15センチも背が高いのに、俺の目線に合わせて話す。
「昨日クッキーを作ったんだよ。帰ってから一緒に食べようね」
「お前。まめだな…良い奥さんに成れるよ…」
と溜め息を吐く。
「ははっ。僕を美里ちゃんのお嫁さんにしてくれるの?」
ニコニコと笑っている。
「!!」
突拍子も無い言葉と笑顔に何も言えず、早足で歩く。
「もう、美里ちゃん。怒らないで。待ってよ~」
友弥は急いで俺の隣に並んで歩く。
「もうすぐ夏休みだね」
「まだ二週間近くあるだろ?」
「え~、もうすぐだよ~。夏休みも一緒に勉強しようね」
友弥はにこりと笑う。
「…お前、何でそんなに勉強出来るの?」
「う~ん何でかな。好きだからかな?」
「勉強が好きとか…有り得ねぇ~」
そんな会話をしながら校舎に入った。
「美里ちゃん。お弁当食べよ!」
「おう。」
二人で屋上に上がる。いつも屋上で食べるグループは決まっている。二人はいつもの定位置に腰を下ろし、友弥が作った弁当を広げた。
「あ~、やっぱ友弥の弁当は旨いな。冷食は買った事無いんだよな。全部一人で作ったのか?」
「うん。でも朝から全部作るのは大変だから、暇な時に沢山作って冷凍してるんだ」
「そっか、凄げ~な。やっぱり友弥は良いお嫁さんに成れるな」
「うん。僕、家事全般好きだし。どう?お買い得だと思うけど?」
「へっ、俺?」
「うん」
ニコッ。
俺は、深く溜め息を吐く。
「お前ってどこまでが本気か解んねぇよな…」
それを聞いて、友弥はヘヘッと笑った。
教室に戻る途中、二人はトイレに立ち寄る。
「ねぇ、美里」
由利だった。
「何?」
「美里と友弥君て、どう言う関係?」
「幼馴染みだけど?」
「そう、良かった。私、友弥君の事が好きなの。邪魔しないでね」
「…邪魔なんてする訳無いだろ」
「じゃあ、いつも一緒に居るの、止めてくれる?」
「アイツが勝手にすり寄って来るんだから仕方無いだろ?」
「じゃあ美里から離れてよ」
「何でそんな事しなきゃなんねんだよ」
段々眉間にしわが寄って行く。
「じゃあ、協力して」
「はぁ?知るかよ面倒くせぇ。勝手にやってくれ。俺には関係ねぇだろ。俺を巻き込むなよ」
まだ由利は何か言いたげだったが、俺は無視してトイレを出た。
はぁ~、全く女ってやつは面倒くせぇ。男の方が単純明快で楽だよな…。
苛々した気持で午後の授業を受け、放課後に成った。
俺も友弥も、違う相手に呼び出された。
「何の用だよ。早く帰りてぇんだけど」
「いい加減俺の女に成れよ。友弥みたいなの止めてサ」
不良グループのリーダー、中尾だった。
ちっ、又その話しか…ただでさえ苛々してんのに…
「うっせぇな、お前には関係無ぇだろ。俺に構うな」
行こうとする手を掴まれ、壁に押し付けられる。
「何すんだよ、離せ!」
「フフフッ、そんな言葉を吐いてもお前は女なんだよ。力で男には敵わねぇ。力ずくでモノにしたく無いんだよ。やっぱりエッチは合意じゃ無いとな」
耳元で囁かれる。
「鳥肌立つんだよ!」
と言いながら、俺は中尾の股間を蹴り上げた。
短く呻いた後あぁぁぁぁと、中尾は身体をくの字に曲げ、股間を押さえジャンプする。
その隙に俺は逃げ出した。
「…諦めねぇからな…」の声を背中に受けながら…。
中尾は、自分の事を格好良いと思っている。見映えが良いからってだけで、俺を口説く…。俺を好きな訳じゃ無い。
はぁ~と溜め息を吐いた。全く、何て日だ!
でもこのままじゃ、友弥に中尾達の手が及ぶかも、友弥と距離を置いた方が良いのだろうか…。
その帰り道。
「…なぁ友弥」
「何?美里ちゃん」
「…えっと…」
何て言えば良いのだろう。
『俺達、距離を置こうゼ』
って…付き合ってる訳じゃ無ぇし
『別々に登下校しよう!』
って言うのも…隣に住んでるし…
避けるって言うのもな~
「何?美里ちゃんどうしたの?恐い顔して」
「えっ、恐い顔してたか?」
考え事してただけなのに…
「うんとね、眉間に縦じわが二本くっきりと! 後、目付きも鋭かった!」
はははは…父親似だからな…
「何か深刻な悩み? 僕、相談に乗るよ。任せて!」
ニコニコして胸を叩く。
……頼り無ぇ~。
でも俺は正直に話す事にした。
「中尾に告られたんだけど…」
「えっ、不良グループのリーダーの?」
「そう」
「それで、何て?」
「断ったけど…」
「けど?」
「お前、あんま、俺の側に居ると、アイツ等にやられるかも知れ無いだろ。だから離れた方が…」
「何で? 大丈夫だよ」
ニコニコしている。
「…………」
本当に大丈夫か?
「…僕も今日告白されたよ」
友弥が俯きながら言った。
「えっ、誰に? まさか由利?」
「うんん、違う。隣の組の子」
「それで…何て?」
「好きな子がいるからって、断ったよ」
ニコッと笑う。
「お前…好きな子、いたのかよ」
「うん」
「…女の子?」
「当たり前でしょ?」と友弥は口を尖らす。
「…お前…、男が好きなのかと思った……」
「え~~~~っ、そんな事無いもん! ちゃんと女の子好きだもん!」
「へぇ~、そうなんだ。誰だよ、教えろよ。協力してやろうか?」
「うんん。これは僕が一人で、頑張んなきゃいけないの!」
「へぇ、意外と男らしいんだな」
「見直した?」
「ん~、少しだけ」
「…少しだけか…。まぁ良いや、頑張ろう!」
「?」
友弥はニッコリ微笑んだ。
好きな人がいたのか…。俺、コイツの近くにいて良いのかな…。離れた方が良いのかな…。
胸がズキッとした。
「へっ?」
何…今の…胸を押さえる。
「どうしたの?」
「…何でも無い…」
夏休みの前日。下校時間。幾ら待っても友弥は現れ無かった。
トイレに行って来るって言った切り、戻って来なかった。
携帯にも出ない。
校舎の中や、体育館、至る所を捜したが、どこにも居なかった。
「どこ行ったんだよ友弥…」
もう一度、同じ場所を念入りに捜した。実験室、図書室、音楽室、準備室、倉庫、運動部の更衣室まで…。でも、どこにも居なかった。
「一度家に戻ってみるか」
家への道のりも、公園や、コンビニ、本屋、色んな場所を覗いたが、居なかった。
「友弥…」
夕方に成り、携帯が鳴った。友弥からだ!!
「友弥! どこに居るんだよ、捜したぞ。心配掛けるな!」
「………」
無言だ。
「…友弥?」
「友弥は預かった」
低い声。
「…中尾か?」
「くっくっくっ…『友弥なんか止めて俺にしろ』って忠告したよな…」
「友弥は無事なんだろうな。手を出すなよ」
「それはお前次第だろ。お前のせいで友弥はここに居るんだ」
「…くっ…」
「誰にも言うな。タチバナ倉庫だ。お前一人でこい」
「…解った」
友弥…友弥…友弥…。
胸が締め付けられる。祈る想いで美里は走った。
指定された倉庫の中に足を踏み入れる。
男が二十人程か…その中央に縛られた傷だらけの友弥が、コンクリートの上に転がっていた。
「友弥!!」
コンクリート倉庫に声が響く。
「美里ちゃん…駄目だよ…来ちゃ…」
友弥は傷が痛むのか、顔を歪める。
美里の中に、何かが沸き上がってくる。
「てめえら…よくも俺の大事な友弥に…」
いつもよりドスの効いた声。地べたを這って出て来た声に、男達はジリッと後退る。
「大人しくしろよ、コイツがどうなっても良いのか」
友弥の頬に銀色のナイフが当てられる。
「黙れ、卑怯な事しやがって。これ以上友弥に触れてみろ、ただじゃおかねぇ」
そう言いながら、角材を叩き折った。拳から血が滴り落ちる。それを目にし、男達は更に後退った。
「たかが女一人だ、お前等、怯むな」
「うおぉぉぉぉっ」
男達は、自身を奮い立たせる様に大声を張り上げ、美里に向かって行った。
「美里ちゃん」
と言った小さな声は、掻き消されてしまった。
俺はたった一人で全てを返り討ちにした。途中で警察官が突入したお陰で、美里はかすり傷だけで済んだ。
倉庫に向かいながら、通報したのだった。
中尾達は、警察でこってり絞られる事に成るだろう。
「友弥!」
駆け寄ると友弥は、力無く笑った。
「ご免ね、美里ちゃん…捕まっちゃった…」
「大丈夫か? 怪我は?」
そう言いながら抱き起こし縄を解く。二人は救急車に乗って救急病院に搬送された。幸い怪我は大した事もなく、でも友弥は一晩入院する事に成った。
ベッドに横になる友弥に美里が付き添う。
「大丈夫か? 友弥」
「もう、心配性なんだよ美里ちゃんは」
友弥は苦笑する。
「…友弥…やっぱり俺達、離れた方が良いと思うんだ」
「どうして?」
「もう俺のせいで、危険な目に合わせたく無いんだ」
「あの人達ならもう大丈夫だよ。警察沙汰に成ったんだから」
「逆だよ! 警察に言ったから、余計に仕返しされると思うんだ!」
「大丈夫だよ」
どこからそんな自信が起こるのか、友弥はへらっと笑う。
「大丈夫なんかじゃ無ぇよ!」
俺は声を荒げる。
「お前は、アイツ等の恐さを分かって無いんだ! 俺は、もうお前の辛そうな顔見たく無いんだよ! 解れよ! 馬鹿!」
そう叫んで俺は病室を飛び出した。
友弥の馬鹿! 俺は友弥の為に言ってるのに!! 何で解らないんだ!
あのまま…。喧嘩したまま、友弥と連絡を取っていない。
どうしよう、こんな事は初めてだ。喧嘩自体した事無いのに…もう一週間に成る。
取り敢えずメールしてみる。
『何してる?』
返事が来ない。
『どこ居るの?』
やっぱり返事が無い。
あんな事言ったから、怒ってるのかな…。…どうしよう…謝った方が良いのかな…。このまま…会え無く成ったら…
ズキッ…
又だ…
胸を抑える。
何だこの締め付けられる感じ…病気? かな…
はぁ~、何かモヤモヤする。気に成る事が沢山…。嫌だなこんなの…
あ~も~~!こんなの、俺じゃ無ぇ! 早く謝ってしまおう。
隣に行ってみる。インターホンを鳴らす。誰も出ない。肩を落とし、とぼとぼと帰る。
毎日メールしているが返事は無いし、隣のベルを鳴らしても返事は無い。
どうしたんだろう、何かあったのかな…不安が募る。…会いたいな…
今日も誰も居ないかも、と思いながらインターホンを鳴らす。
ガラガラと、玄関扉が開いた。
「あっ、おばさん」
「あら美里ちゃん、こんにちは。どうしたの?」
「あの…友弥、いる?」
「友弥は…お婆さん家へ行ってるの、美里ちゃんには言って無かったのね。ご免ね」
「うんん。それは良いんだけど…携帯が繋がらなくて、どうしたのかなと思って…」
「あぁ…携帯ね…。メールでも良いのかしら」
「うん。メールしてくれる様に伝えて貰える?」
「解ったわ。伝えておくわね。それじゃね」
「お願いします」
早速、その日の午後メールが来た。
『美里ちゃんご免ね。携帯が見つから無くて、やっとさっき見つかったんだ。今、田舎のお婆ちゃん家にいて、毎日畑仕事の手伝いしてるんだ。けっこう忙しくしてる。心配しないで、大丈夫だよ』
何だよ、人が心配してるってのに…。楽しそうだな…。
俺は、声が聴きたく成って電話をかけるが繋がらない。何で電話は繋がらないんだ…。
『別に心配してた訳じゃ無い。ペットが居なく成ってつまらないだけだ』
『僕に逢え無くて寂しいの?嬉しいな』
むむっ。
『そんな事無い。馬鹿!』
『相変わらず、素直じゃ無いね』
あっ、…あの日の事…謝って無かったんだった…。どうしよう…。
『えっと、病院では…ご免。…言い過ぎた』
『気にしなくても良いよ』
それを最後に、その日のメールは途絶えた。
毎日友弥からのメールは夕方。仕事が忙しいのかな…。
『俺も、そっちに行っても良いか?』
『ご免ね美里ちゃん。今、下のおじさん家に泊まっているの。だから泊められないんだ』
下のおじさんは、友弥の母親の末の弟。独身で1LDKのアパート住まい。
…泊まれ無いな…
『お前、親戚巡りでもやってんのかよ』
『ははっ…、泊まりに来いって言われたからね。断れ無いよ』
『そっか…。早く帰って来いよ』
『僕も…会いたいよ』
その文字を見たら、涙が溢れて来た。
止まらない。何で? …訳解んない…。俺も会いたいのか…?
会い…たいのか…
『帰って来れば良いだろ』
『会いたいよ』
『馬鹿…』
今までは鬱陶しい位、傍にいた。いつでも…どんな時でも…。
会えない事がこんなに辛い事だとは思わなかった。
…友弥…会いたいよ。笑顔見たいよ…
その日から、メールさえも来なく成ってしまった。
どうして? 何でメールも来ないんだ? 友弥…何かあったのか?どこに居るんだ?
何…してるんだ…
携帯を握り締める。涙が溢れた。
会いたい…。会いたい…。会いたい…。
瞳を閉じれば友弥の顔が浮かんで来る。余計に会いたさが募ってくる。
…俺、どうすれば良いんだよ…
美里は時間を持て余した。何をしても、手につかない。何をする気も起こらない。胸を占める想いはただ一つ。
…友弥…
隣の家には毎日行ってる。でも…誰もいない。
こんな、音信不通に成るなんて、この現代で…有り得無いよな…。本当に何かあったのか? 俺の知らない処で、大変な事が起こっている…とか…?
…友弥…
確か、お盆明けの課外に申し込んでいたはず。その日なら学校、来るかな…
…会いたいよ…
◇◇◇◇
話しは、少々遡る。
ここは、大学病院。
あの日美里が病室から飛び出して行った直後、友弥は背中の傷跡が疼いて息も出来ない程に苦しみ出した。そしてそのまま大学病院へと運ばれたのだった。
「美里ちゃんには言わないで!」
友弥は両親に懇願する。いつもの事だ。
毎年、大怪我をした八月の始めに成ると背中の傷跡が疼いて、転げ回る程にに痛がっていた。
「美里ちゃんには言わないで!」
必ず友弥が口に出す言葉。
「風邪をこじらせて、移ったらいけないから、会わないでね」
いつも美里にはそう言って一週間は、会わせ無い様にした。
「大丈夫だよ、移らないから」
と笑う美里を、どうにか言いくるめるのに苦労していた。
「本当に知らせ無くて良いの? 喧嘩したままなんでしょ?」
「うん、良いんだ。こんな姿見せたく無い」
「でも、今年は痛み出すのが早いし、いつもより酷いじゃ無い。知らせた方が…」
「嫌だ! …心配掛けたく無いんだ。美里ちゃんには、いつもの様に伝えて。…ご免ね、母さん」
「良いけど…、いつも風邪って言うのもね…、お婆ちゃん家に行ったって事にしましょうか」
「うんそうだね、それで良いよ。宜しくね」
「分かったわ」
それから何日か経った。
「今日、美里ちゃんに会ったわよ。友弥と連絡が取れないって随分心配していたわ。メール頂戴って」
「…病院で携帯、使えないよね…どうしよう…」
「私が来た時に車椅子で、屋上に連れて行ってあげましょうか? 夕方に成るけど、それで良い?」
「うん。有り難う」
その日から、痛みに耐え車椅子に乗って屋上に上がった。
美里からは何通もメールが来ていた。
『何してる?』
『どこ居るの?』
『まだ怒っているのか?』
『連絡しろよ』
『どこに居るんだ?』
どれも短い文だが、凄く心配している事が解る。
嬉しくて笑みが零れる。
う~んと、何て送ろう。
『美里ちゃん、ご免ね』
う~んと、…あっ、そうだ。
『携帯が見つから無くて、やっとさっき見つかったんだ。今、田舎のお婆ちゃん家に居て、毎日畑仕事の手伝いしてるんだ。けっこう忙しくしてる。心配しないで、大丈夫だよ』
送信っと。直ぐに返事がきた。早っ…
『別に心配してた訳じゃ無い。ペットが居なく成って寂しいだけだ』
ふふふっ。美里ちゃん可愛い!
『僕に会え無くて寂しいの?嬉しいな』
文字を打つだけで痛みが走る。時間を掛けて打ち込む。
良し、送信っと。又直ぐに返事がきた。早っ。
『そんなこと無い!! 馬鹿!』
きっと、真っ赤な顔をして恥ずかしがっているんだろうな。
『相変わらず素直じゃ無いね』
『えっと、病院では…ご免。…言い過ぎた』
あぁ…、あの日の事か…。まだ気にしてたんだ。
『気に…
あっ…
もの凄い痛みが走る。
堪らずに、身体をよじる。
「友弥? 大丈夫?」
ハァ、ハァ、ハァ、
肩で息をつき、痛みをやり過ごす。
「大丈…夫」
『気にしなくても良いよ』
と、送信した直後に又痛みに襲われた。
「わぁぁぁぁっ」
「友弥、大丈夫? 直ぐに病室へ戻りましょう」
「…うっ…」
…美里ちゃん…
そのまま気を失う様にして、眠りについた。
次の日の夕方も、その次の日の夕方も、痛みに耐えられ無く成るまでメールを送り続けた。
「お願い友弥、もう止めて。お母さん、見ていられない」
母親は、泣きそうな顔をする。
「ご免ね母さん。…でもお願い。連れて行って…お願い…」
「もう…今日だけよ」
友弥の必死さに“駄目”とは言え無かった。
母親は、今日も友弥を屋上に連れて行った。
『俺もそっちに行っても良いか?』
えっ?…どうしよう。お婆ちゃん家に居ないって、ばれちゃう。えっと、う~んと。
「母さん、どうしよう。美里ちゃんがお婆ちゃん家に行っても良いかって…」
「えっ…、そうね。…あっ、和弘の所に居るって書きなさい」
「あぁ、おじさん家か。うん、それで行こう」
『ご免ね、美里ちゃん。今、下のおじさん家に泊まってるの。だから泊められないんだ』
良し。送信。
『お前、親戚巡りでもやってんのかよ』
は~良かった。誤魔化せた。
『ははっ…。泊まりに来いって言われたからね。断れ無いよ』
『そっか…早く帰ってこいよ』
美里ちゃん…会いたいよ…
『僕も…会いたいよ』
『帰って来れば良いだろ』
「美里ちゃん…会いたいよ」
涙が零れた。
『会いたいよ』
そう送信して、友弥の手から携帯が落ちた。
「友弥?…友弥!」
気を失っていた。
その日から、友弥は目を覚まさない。
◇◇◇◇
お盆が過ぎ、夏期講習が始まった。
友弥とは連絡がつかないまま。やっぱり学校にも、来て無かった。
「先生、あの、川上友弥君は来ないんですか? 連絡が取れないんですけど…」
担任は暫し無言だったが
「さあな。夏期講習は休ませてくれって、親御さんから連絡が有ったぞ」
と言った。
「そうですか」
と美里は肩を落とした。
そのやり取りを、由利に見られていた。
講習が終わって、美里は由利に呼び止められた。
「何か用かよ」
俺はあからさまに嫌な顔をする。
今、コイツと話したく無い…
「私、友弥君がどこに居るか知ってるわよ」
「えっ…?」
由利は職員室の前で『友弥』と『入院』と言う言葉を耳にしたのだった。
「貴方達、いつも一緒に居たんでしょ? なのに、どうして何も知らないの?」
由利は意地悪く笑う。
「……くっ……」
…悔しい…
「私、会ってるわよ」
「えっ?」
「毎日会ってるの。どこに居るか知りたい? ふふふっ…教える訳無いでしょ?」
これは嘘だ。友弥がどこに入院しているのか先生に尋ねたが、由利には教えてくれなかった。
俺は顔を歪ませる。その表情に、由利は満足した様だった。
悔しい想いを抱いたまま、俺は家に帰った。すると偶然にも友弥の母親と出会えた。
「おばさん…」
「…美里ちゃん…」
俺は、吸い寄せられるように友弥の母親に歩み寄った。
「何で…」
「えっ?」
「何で友弥は居ないんだよ! 友弥はどこに居るんだよ!!」
俺は、友弥の母親にしがみついた。
「教えてくれよおばさん…友弥に会わせろよ!!」
涙をぼろぼろと零しながら、美里は必死に訴える。
「分かったわ。一緒に来て」
友弥の母親は観念した様に肩の力を抜いた。
二人はタクシーに乗り込む。暫く走って病院に着いた。
「病院?」
「集中治療室に居るの」
「…何で…まさかアイツ等にやられた傷で?」
「違うわ。…口止めされていたんだけど…」
一緒に階段を上がり、ナースセンター奥の集中治療室の前に立つ。酸素マスクを着けた友弥が、横たわっていた。
「何で?どうして?友弥に何があったの?」
「…毎年、八月の始めに風邪をひいて、一週間位会わなかったでしょ?」
「うん」
「あれはね。十年前の傷が疼いて、痛みが激しかったから、美里ちゃんに会わなかったの」
「何で…黙ってたの?」
「美里ちゃんには言わないでって、苦しみながら毎年…」
「そう…だったのか…。でも今年は、何でこんな事に?」
「良くは解らないけれど、不良達に傷跡を刺激されて、いつもより酷いのかも知れ無いって、…余りの痛さで気を失ってしまって、そのままなの…」
「俺のせいだ…俺の…せいだ…。友弥は毎年苦しんで居たのに、俺は全然気付か無いで…」
俺は込みあげる涙を止められなかった。
「そんな顔しないで。友弥は美里ちゃんに、そんな顔をして欲しく無かったから、言わなかったのよ…貴女のせいじゃ無いわ」
「でも…俺は、何も知らないで…。友弥は苦しんで居たのに…」
「中に入って、友弥に声を掛けてあげて!きっと待ってるわ。気を失う前、うわ言でずっと美里ちゃんの名前呼んでいたから、…会いたがってるわ」
俺は、しゃくり上げながら、コクリと頷き。エプロン、マスク、キャップを身に付けて中に入った。
「…友弥?」
「友弥…」
ベッド脇に有るイスに腰掛け、友弥の手を握った。
「友弥…会いたかったよ…どうしたんだよ友弥、何で目を覚まさないんだよ」
美里は、友弥の頬にそっと手を沿える。
「友弥…俺はお前が居ないと駄目なんだ。お前が居ないと生きて行けない」
「…だって…俺はお前を守る為に生きて来たんだから…だから…これからも…。だから目を覚ませ…友弥…」
「又、俺に笑い掛けてくれよ」
俺は、涙をこらえながら少しだけ笑みを浮かべる。
「ともっ…」
堪らなく成って瞼を閉じる。涙が頬を伝う。
幾ら呼び掛けても、友弥は目覚め無い。美里は涙で何も言えなく成ってしまった。
俺は、夏期講習には行かず毎日病院へ通った。それでも友弥は目覚め無かった。
それから四日目の事だった。
「友弥…このままお前が死んだら、俺も…一緒に連れてけよ…ずっと…一緒にいよう…」
俺はそう言って、布団に顔をうずめた。
「…だ‥め‥だ‥よ…みさ‥と…ちゃ‥ん…」
俺は、ガバッと起き上がる。友弥は、まだ目を閉じたままだ。
「友弥…友弥…」
友弥の身体を揺すってみる。
「…美‥里‥ちゃん…」
「…友弥!!」
俺は友弥に抱き付いた。
友弥…友弥…友弥…
友弥は、か弱く笑った。
友弥の…笑顔だ!
「友弥!!」
「…美‥里‥ちゃん…」
「何だ?」
「…くる‥しい…」
ハッとして、離す。
「ご免。大丈夫か?」
「あは‥はは…。相変わらず‥だね‥」
直ぐに看護師が気付いて、医師に知らせる。
診察を受け、もう大丈夫だと、その日の内に一般病棟へ移された。
「僕…憶えていたよこの傷のこと…。あの時僕は、美里ちゃんを守らなきゃと思ったんだ。美里ちゃんが傷付く姿を見たく無かった。…だから…」
「憶えていたんなら、何で誰にも言わなかったんだよ」
「美里ちゃんに辛い思いして欲しく無かったんだ。怪我の事を話したら美里ちゃんと離れ離れに成りそうで、…怖かったんだ…」
「…友弥…」
俺の目からボロボロと涙が落ちる。
「あ~あ。せっかくの美人が台無しだよ」
と言って、友弥はタオルで優しく顔を拭く。
「馬鹿やろう…涙なんかじゃ無ぇよ…」
「ははっ…負けず嫌いだね。たまには素直に成ったら?」
ニコニコと笑う友弥の顔。
「…有り難う…。私を助けてくれて…。有り難う」
「わっ、俺じゃ無くて、私って言った!」
ポカンとした友弥の顔を見て、カーッと赤くなる。
「わっ、今の無し、止めだ!聞かなかった事にしろ!」
「もう一度言ってよ」
「嫌だ。もう言わねぇ。二度と言わねぇ、忘れろ!」
と顔をそむける俺の腕を引き寄せ、バランスを無くした身体を抱き止める。
「友弥?」
「好きだよ美里ちゃん。ずっと前から大好きだよ」
俺の、身体の緊張が解けてゆく。いつの間にか逞しく成った、友弥の胸に顔を埋めた。
「…反則だ」
俺は、ボソッと呟く。
「ん? 何?」
「…何でも無い」
「美里ちゃんは、僕の事嫌い?」
「……」
「僕、美里ちゃんが振り向いてくれるまで待ってるから。強く成って欲しいなら、僕頑張る。空手でも柔道でも…」
「友弥は、強いじゃ無いか…」
「あははは、不良達にボコボコにやられちゃったじゃん。美里ちゃんに助けられて…、カッコ悪いでしょ?」
「そんな事無い。友弥は昔から強い心を持ってたよ。だから逃げ出さずに俺を庇ってくれたんだろ?」
涙で濡れた瞳を大きくして訴える。
「でも好きな女の子は、守って上げたいでしょ?」
柔らかく微笑むその顔に俺は身体が熱くなった。
「その顔は、反則だ…」
「反則?」
「お前の笑顔見ると…何も言えなく成る…」
俺は、これ以上赤面した姿を見られたく無くて顔を覆う。
「駄目、隠さないで」
腕を掴む。その力の強さに俺は驚いた。
「…やっぱり、友弥も男だね…」
「ん? 何?」
「アイツに言われたんだ。どんなに強がっても女なんだからって、腕を押さえられた…」
「そっ…それで、何かされたの?」
焦った友弥の声。俺はフッと笑う。
「タマ蹴り上げてやったから、大丈夫だった」
「…蹴り上げてって…。あんまり心配させ無いでね」
と抱き締める。
「はっ、離せよ…」
狼狽える俺を「駄目、離さない」と、又、ギュッと抱き締める。
そこへ、友弥の両親と俺の両親が、駆け込んで来た。
「目が覚めたんだって?…あっ…」
二人の姿を見て、一瞬四人は固まった。
「わっ、馬鹿。離せよ」
「駄目、離さない」
頬ずりする。
「ちょっ…お母さん達がっ…離せ」
ジタバタする俺を見て
「そのままで良いわよ。もう、友弥ったら、昔から美里ちゃんと結婚するって言っていたものね」
「家にも来たわよ。美里ちゃんと結婚させて下さいって、私達に土下座して…」
俺の母親も言う。
「えっ…、いつ?」
「えっと、友弥君が背中に大怪我して、その後からだったかな」
「そうね」
両親は頷き合っている。
「その後からって?」
「十年前から毎年来てたわね。今年はまだだけど…」
「友弥の気持、やっと話したの?十年掛かったわね」
「だって、男として見てくれなかったからね…」
俺は、もう何が恥ずかしのか解らなく成った。
やっと友弥の腕が緩んだ。その隙に、俺はスルリと抜け出した。
「でも、まだ返事貰って無いんだ…」
友弥の沈んだ声に、皆の視線が集まる。
「えっ…、いや‥あの‥俺は…」
「駄目だよ。僕一人で聞くんだから、美里ちゃんの返事」
狼狽える俺を遮る。
「そう。それならお邪魔虫は、退散しましょうか」
と、両家の親達は帰って行った。
「大体さ、美里ちゃんに悪い虫が付かない様に、ずっと僕が纏わりついていたんだよ。気付か無かったの?」
「…ずっと…?」
「うん。登下校、休み時間、昼休み、移動教室の時も。小学生の頃からずっと」
「!!」
「えっ…、小学校?」
「うん、ずっと」
「………」
そうだったのか…知らなかった…。
「美里ちゃん、こっちに来て」
悲し気な顔で懇願される。
「…解ったから…そんな顔するな…」
ベッドに近寄ると、又、引き寄せられ抱き締められた。
「…よせよ…」
「二人きりだから平気でしょ。…美里ちゃん大好き」
「………」
「美里ちゃん、大好きだよ」
「………」
「美里ちゃん…」
「わぁ~~っ、もう解ったから、黙れ、それ以上言うな!」
「美里ちゃん?」
「…何だよ」
「僕の事どう思ってるか、聞かせて?」
「……」
「ねぇ、お願い」
「……」
「…何も言ってくれないと、泣いちゃうよ?」
今にも泣きそうだ。
「解った。解ったから。…泣くなよ…」
「うん」
「…す…き…」
「聞こえない」
と、俺を抱く腕に力を込める。
「だから…すき…」
「だから、しか聞こえ無かった」
「‥うっ…もう、好きだよ! ずっと前から!!」
友弥は満面の笑顔に成る。
「本当に、本当?もう一回…」
「言わない! もう二度と言わない!!」
「え~~っ、そんな~」
「泣きそうな顔しても駄目!」
友弥は「うっ…」と呻いた。
それから、俺達は付き合う事に成った。
二学期が始まって、中尾を見かけた。初めは誰か気付か無かった。自慢の茶髪無造作ヘアーは、丸刈り黒髪に成り。ピアスもネックレスも着けてない。制服も乱れ無くキッチリ着ていた。
もはや毒気も抜かれ、友弥に害が及ぶ事も無いだろう。
由利はと言うと、登校初日に友弥を呼び出し告白した。
「ご免ね由利ちゃん。僕、性格の悪い娘、嫌いなんだ」
ニコッと、バッサリ斬り捨てられたらしい。
「だって。僕が好きなのは美里ちゃんだけだから」
と笑っていた。
何かちょっとだけ、由利に同情した俺だった。
俺達は、又、一緒に勉強した。いつもの様に友弥が手作りのおやつを持参して。
「あ~くたびれた」
と、伸びをする俺に「よし。美里ちゃん、休憩しよう?」と言って、身体を近付けてくる。
「ちょっ、ちょっと待て…」
俺は後退るが、素早く掴まれる。
「今まで我慢したんだから」
と友弥は、顔を寄せてくる。
「まっ…待てってば」
防御する手を押さえ込み、唇を押し付けてそのまま一緒に倒れた。
友弥は今まで以上に「好きだよ」「美里ちゃんが欲しい」「綺麗だよ」
と、言葉で俺の事を翻弄した。抵抗しようと思えば出来るのにそれをしないのは、アイツの悲し気な顔を見たく無いからか…。惚れた弱味と言うやつなのか…。
俺は、アイツを守って来たつもりだったけど、か弱いと思っていたアイツの方が、ずっと俺の事を傍で守っていてくれたのかも知れ無い。
アイツが居なかったら、友達も出来ず、独り孤立していたかも知れ無い。
「美里ちゃん、高校卒業したら結婚しよう?」
「は~? 駄目だよ、大学行くんだから」
「良いでしょ?籍だけでも入れよう?」
「駄目だ。絶対に駄目!」
「どうして?」
友弥は、口を尖らす。
「自分達で生活出来る様に成ってからじゃ無いと、結婚はしない。そんなだらしない事させるなよ」
「…うん…、ご免」
しゅんとした友弥だったが、直ぐに立ち直る。
「じゃあ、大学卒業したら結婚してくれる?」
「…就職して、稼げる様に成ってからだぞ」
「うん。それで良い」
満面の笑顔だ。
「…じゃあ…、良いぞ」
「やった~」
友弥は万歳している。
…本当に、こんなんで良いのだろうか…俺はちょっと、不安に成った。
友弥は保育士に成った。
「たくみ君のママがね…」
と、園での話しをよくする。
俺の、眉間のシワが深く成る。
「嬉しいな。美里ちゃんが妬いてくれてる!!」
抱き締められた。
友弥の職場は女ばっかりだ。…ちょっと心配だったりする。
俺はと言うと、女性ばかりの職場に就職出来た。勿論、外回りの仕事は無い。愛想笑いも覚えたし、会社では普通の話し方をしている。
社長も女性だ。だから育児休暇も快く取らせてくれる。働き易い場所だ。出来ればこの会社に骨を埋めたいと思う程に、辞めたく無いと思っている。
取引先の相手は、男も居る。たまに、勘違い野郎が、セクハラをしてくる事がある。
「てめえ、何、人の身体触ってんだよ!このハゲが!!」
…やってしまった…
案の定、苦情の電話が入る。クビに成るのかと思いきや。
「くぉら てめえ、人の会社の社員に手ぇ出してんじゃ無ぇよ」
「は? そっちが誘っただと? お前みたいなハゲ、誰が誘うか! あほんだら~。てめえん処の取引は止めだ!止め!」
ガチャンと、受話器を置いた。
格好良い~。俺、社長に付いて行く!!
俺達は結婚し、小さなアパート住まいを始めた。家事全般、友弥がやる。「俺もする」と言っても「僕の趣味だから」と、何でも一人でこなした。
何より不思議だったのは、俺達が付き合い出してから、背中の傷跡が疼かなく成った事だ。年々傷跡も薄く成っている。本当に不思議だ。
子どもが産まれてから、親達は両家の塀を壊し庭をリフォームした。そして、どちらからでも行ける小さな公園を造ってしまった。
…孫の力、恐るべし。
子どもの名前は、純弥と美優。三才に成る双子。
「ねぇ、美里ちゃん。父さん達孫の取り合いするから、子ども増やそうよ」
「えっ…、産むの俺だよな…」
「うん」
満面の笑顔だ。…仕方がない、友弥の望みなら叶えてやるか…
「でも、アパート狭いよ?」
「家をリフォームするって言ってたよ。両家共」
「えっ、マジで?」
「どうせ家は二人のモノに成るんだからって!」
「そりゃ、そうだけど…」
俺達は、一人っ子同士。いずれはそれぞれの家を相続する事に成る。けど…
両家の行動は早かった。何と、あろう事か、両家の二階部分を繋げてそこに俺達の新居を造ってしまったのだ!
すっげ~~~~っ!
「はい。美里ちゃん、お弁当」
大好きな笑顔で送り出してくれる。
「友弥、俺 今日残業だから」
「うん、分かった。純弥と美優のお迎えは任せて!」
「うん、宜しくな」
「美里ちゃん、愛してるよ」
「五月蝿い!…解ってる…」
真っ赤な顔で「行って来ます」と言って、家を出た。
終わり。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
『中尾の更生物語』
漸く警察から解放され外に出た。
中尾をはじめ他二十名は、ワゴン車三台に乗り込み、港に向かった。そのまま船で、離島にあるタチバナ自然少年の家へ連行されたのだった。
くそっ、こうなったのも美里と友弥のせいだ。絶対に仕返ししてやる。目に力がこもる。
それを見た生徒指導教諭、西嶋は
「…そうか、報復する気か…。仕方無いな」
と、当初一週間だった予定を夏休みの間中みっちりと鍛え直す事にした。
まずは、断髪式。皆の頭をバリカンで刈って行く。逃げようにも、西嶋以外に強面の教師が四人来ている。
まぁ、今だけ我慢すれば、何とか成るかと従った。
朝六時起床。砂浜をランニング。朝食後、勉強をする。そんな毎日。
まずやらされたのが、算数の足し算、引き算。掛け算、割り算。出来たら次に進むと言う方法。
馬鹿にしてんのか! と叫びたかったが、結構出来ていなかったりする。悔しいので、頑張った。
漢字も、小一からのテキストをさせられたし、日本地図、歴史も初めから、理科の元素記号、何もかも初歩から教えられた。
部屋割りは、四人プラス教師一人。ずっと、見張りが居る事に成る。
一度眠っている教師を縛り、皆で脱走した事があったが、離島の為船が無いと島から出られない。
上陸した時に目を付けていたボートは、繋がれていなかった。
島から逃げ出せず、食べる物も無く、断念して少年の家へ戻った。
中尾達を待ち構えていた教師達に、咎められる事も無く
「お帰り、飯だぞ」
と、迎えられた。
…かなわない…
そう思った。
親に反発してたからグレたんだと言う中尾に
「お前の人生はお前のモノだ。親は関係無い。自分の足でしっかり立てる様にここで学んで行け」
と、何度も西嶋に言われた。
「お前は出来る奴なんだ」と…
その言葉に乗ってみようかと思う様に成ってきた。
中尾は、この夏休みの間に自分の中にもたげて来た気持に狼狽えた。
自分に出来るのか…と言う思いと、恥ずかしい思いと……
でも、少年の家を出る時中尾は宣言した。
「俺、西嶋先生の様な教師に成る」
「そうか。中尾なら大丈夫だ。楽しみにしているぞ」
と言ってくれた。
その言葉を胸に、俺は頑張ろうと思う。
終わり。
読んでいただきまして、有り難うございました。
文中で書き忘れた場所が有りました。申し訳ありません。
友弥とやっとメールが出来る様に成って、美里が電話を掛けますが友弥は出ません。そこんとこ書きます。
§
お婆ちゃん家に居るって送信したあと、直ぐに着信があった。
あっ…美里ちゃんから電話だ…
友弥は出ようとして思い留まった。
駄目だ…電話に出たら、余計な事まで言ってしまいそうだ…
声が聞きたい…美里ちゃんの声が聞きたい…
友弥は携帯を握り締めた。
§
こんな感じです。
又、色んな物を書いて行きたいと思います。
有り難うございました。




