ピンポーン
深夜。静まり返った部屋に、その音は響いた。
『ピンポーン』
ベッドの中で、ぼんやりと目を覚ます。
「あ、誰かきた……?」
脳が状況を処理するのに10秒。それから、一気に血の気が引いていく。
(待って。今、夜中の何時……?)
時計は午前0時をとっく回っていた。常識で考えれば、こんな時間に訪問者などあるはずがない。
恐怖が時間差で津波のように押し寄せてきた。
「……あ、でも」
私はバクバクと脈打つ心臓を抑えながら、ふと思った。
うちのマンションはオートロックだ。鍵を持たずにゴミ出しに出て、締め出されてしまったご近所さんかもしれない。
自分も経験があるからわかる。
以前寒空の下締め出され、泥棒よろしく柵をよじ登って非常階段から侵入したことがあった。
春先といえどもし顔見知りの人なら、このまま無視するのはかわいそうだ。
確かめるために、私はベッドから抜け出し、暗い部屋の中を感覚で動いき、壁のインターホン端末に手を伸ばした。
この機種には訪問者が画像で記録される機能がある。
履歴を見れば、誰が立っているか一発でわかるはずだ。
画面を操作し、履歴のページを開く。
「……え?」
目を疑った。
画面に表示された『最新の訪問者』は、昨日の昼間に来た宅配業者の顔だった。
さっき鳴ったはずの記録が、どこにも残っていない。
全身にゾワゾワと鳥肌が立つ。
機械のバグ?
それとも、ただの夢だったのだろうか。
「なんだ……考えすぎか。あーあ、馬鹿らしい」
そう自分に言い聞かせ、張り詰めていた肩の力を抜いてベッドに戻ろうとした。
その時、気づいてしまった。
インターホンの、音の違いに。
うちのマンションのシステムは、1階のエントランスから呼び出された時と、自室の玄関前で押された時とで、鳴る音が明確に違う。
今さっき聞いた音は、エントランスの電子音じゃない。
私の部屋の、ドアのすぐ横にあるボタンが押された時の音だ。
つまり、誰かがすでにオートロックを突破して、この薄暗い共有廊下を歩き、私の玄関のすぐ前に立っていたのだ。
そして、そこにあるカメラなしボタンを押したからこそ、室内端末には履歴が残らなかった――。
やめておけばいいものの、心臓が口から飛び出そうになるのを堪えながら、私は意を決して玄関へ向かった。
ドアスコープに目を近づけ、息を潜めて外を覗き込む。
……誰も、いない。
外は静まり返っており、ただ冷たい廊下が街灯に照らされているだけだった。
「なーんてね」
私は静まる玄関で小さく呟いた。
張り詰めていた物語の糸を、そこでぷつりと切るように。
もしあの瞬間にドアを開けて外に出ていたら、私は何と遭遇していただいたろうか。
そんな想像を頭の隅で転がしながら、私は二重ロックの鍵がしっかり閉まっていることをもう一度だけ確認し、温かいベッドの中へと潜り込んだ。
『ピンポーン』




