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ハロウィン・ナイトメアパーティー

 ロケバス車内のメイク台前、エリック・スン担当の女性にメイク直しをしてもらいながら、孫世海(スンシーハイ)は携帯電話をいじっていた。

 慣れた仕草でメッセージを作成して、送信をタップする。しばし、それを繰り返して連投後、じっとそのままスマートフォンの画面を凝視した。

 返信は、なかなか来ない。

 焦れてきて、もう一回メッセージを送ろうとしたら、受信の通知が来た。

 いそいそと画面をタップし、内容を確認したのだが、送られてきたメッセージを見て、世海は顔をしかめた。

 思っていたよりも簡潔な返信に、期待が外れたのだ。

「エリックどうしたの、急にしかめっ面になって。メイク乗り悪くなるよ」

 メイク担当の女性から注意をされ、世海は睨みつけていたスマホ画面から目線を上げた。

 鏡には、美しく仕上がった自分の顔が、明るくライトアップされて映っている。

 眉間に現れそうな縦皺を見て、世海は自分に言い聞かせた。

 海帆(みほ)は真面目な仕事人間だから、仕事中に私用のメッセージは基本的に送らない。休憩中か退勤後に返信してくるのが常だ。だから、勤務時間中に返信を寄こしてきたのは、彼女にしては例外的な行動だ。きっといい兆候なのだ。

 たとえそのメッセージが「わかった。楽しみにしてる。連絡ありがとう」の三文のみだったとしても。

 ……………………ていうか、絵文字もスタンプも無しなんて、そんなことあっていいのか?

 ますます仏頂面になる世海の顔を見て、メイク担当の女性はため息をつき、あきらめてヘアセットを始めた。

 髪型が整ってくるにつれて、世海の不貞腐れ顔が、徐々にエリック・スンへと変わっていく。

 『Prisoner of Love~あなたが現れたあの日から~』の放送が開始されてしばらく。SNSを中心にした積極的な番宣活動の成果か、評判は上々で、相変わらず世海は忙しく、目まぐるしい日々を送っている。

 だが、どんなに多忙で疲れていても、世海は張り合いと充実感を感じていた。

 自分が認められていく実感というのは、何よりも気持ちに余裕をもたらすものなのだ、とつくづく実感している。

 それでも、グロンブル台湾を出て家に戻ってからは、自分でも呆れるほど不安定になっていた。

 ホテルでの日々が、海帆という存在が、世海に影響を与えていたということは、悔しいが間違いない。

 会いたい辛さに耐えかねて、コミュニケーションアプリでメッセージを送ったら、海帆はすぐに返事をくれた。

 それからはほぼ毎日、世海はメッセージを送り続けている。

 その事で分かったのは、海帆はかなりメッセージが簡潔だということだ。

 世海も、親友の呂俊宏(ルージュンホン)から文章が素っ気ない、とよく言われるが、海帆のメッセージはそれに輪をかけて短い。しかも、一回で終わる。連投は無しだ。

 世海は衝撃だった。

 絵文字を使うことも、無駄な文を入力することもない。

 返事が「了解」だけだった時は、何事かと思った。この後にまたメッセージが来るものだと信じて、しばらくスマホを見つめ続けたものだ。

 だが、もう慣れた。

 世海は、海帆の三倍は軽く超える文章を高速でタップし、送信する。

 ヘアセットも、同時に終わる。

 エリック・スンは立ち上がり、今日の撮影のために乗っていたロケバスから、ホテルグロンブル台湾へと降り立った。

「エリック! 今日はよろしく!」

 早速、本日の共演者に声をかけられる。

 お昼の情報バラエティ番組の、生活・トレンド情報を紹介する人気コーナーでリポーターを務める女性だった。明るくはきはきとした口調で、今日の出演者達に挨拶をして回っている。

 世海も挨拶を返し、ふうと息を吐いて気を引き締めた。

 今日は、ホテルグロンブル台湾で開催される、パティシエであるジョナス・リーのスイーツイベントの収録があるのだ。

 世海は番組の独占取材のゲストとして、出演することになっている。

「今日は、よろしくお願いします!」

 スタッフと出演者一同が集まり、軽い打ち合わせを行う。

「はい、では間もなく本番です! スタンバイお願いします!」

 掛け声がかかり、本番が始まった。


「皆さん、こんにちはー! リポーターのレニーです! 今日はルーシーとコナンと一緒に、ホテルグロンブル台湾に来ています! 実は今日から、ここグロンブル台湾で、スイーツイベントが行われるんですよ。そのスイーツを作るのはなんと! 本場パリで修行し成功を納めた、我が国が誇るパティシエ、ジョナス・リーなんです!」

 リポーターのレニーが、カメラに向かってハイテンションで話しかける。

 そばには、レニーの補佐としてよく一緒に出演する女性タレントのルーシーと、番組の主要キャストであり、コメディアンでもあるコナンがおり、レニーの紹介を盛り上げている。

「さあ! 今日は、ジョナス・リーの格調高いスイーツイベントに相応しいゲストをお招きしております! 今、放送中のドラマも凄く注目されている、本人も人気急上昇中の超絶美形俳優エリック・スンです!」

 出演者達の拍手に迎えられて、世海はカメラの前に、優雅な足取りで現れた。

 遠巻きにしている見学者達の中から、歓声とため息が聞こえてくる。

「ヤバい! 顔がいい! スタイルがいい! 彫刻みたい!」

「わたし隣に立ちたくない!」

「俺だってヤダよ!」

 出演者達の少々大げさなリアクションを、控えめな笑顔で受け流し、世海はまず挨拶をした。

「こんにちは、エリック・スンです。今日は、スイーツイベントということで、すごく楽しみにして来ました。よろしくお願いします」

 短い挨拶だったが、また周囲から歓声やため息が上がった。

「声までもいいなんて、あなたは色々持ちすぎよ、エリック」

「ありがとうございます」

 レニーのからかいにも、世海はペースを崩さずに答える。

 しばらく、出演者同士で掛け合いを交わしながら、本日の収録の趣旨や目的の説明がされていく。

「ジョナス・リーと言えば、モンブランが有名だけど、今回のイベントでは出してくるのかしら。どういったスイーツが出てくるのか、一切、公表していないんですよ!」

「気になりますよね! エリックはどう? 食べてみたいスイーツはある?」

「僕は、プリンが好きですね」

「プリンはどうだろう!」

 楽しそうに会話をしながら移動をし、やがて一同は、ホテルグロンブル台湾のエントランスへと到着した。

 機能的で洗練されたエントランス入口では、ホテルスタッフが一人、彼らの事を待っていた。

 一瞬、期待で胸が膨らんだ世海だったが、すぐに誰にも気づかれないように息を吐く。

 立っていたのは、彼の幼馴染の姿ではなく、彼女の側によく一緒にいた女性だった。

 確か、アビーと言ったか。

 アビーは、誇らしげな笑顔を浮かべ、堂々と彼等を迎えた。

「ホテルグロンブル台湾へようこそ。わたくしが、案内役を務めさせていただきます。どうぞアビーとお呼びください」

「アビー、よろしくお願いします! 胸のコサージュがカワイイですね!」

「わあ、本当だ。かわいい!」

 女性陣に褒められて、アビーはますます胸を張った。

「ありがとうございます。イベント期間限定のコサージュで、全スタッフが身に着けております」

「売ってはいないんですか?」

 アビーは少し困った顔をしたが、すぐに、にこやかに返事をした。

「申し訳ございません。こちらはスタッフ限定のもので、非売品になります。ですが、イベント期間中は、これよりもさらに素晴らしいグッズを、ご来館されたお客様へご用意させていただいておりますので、楽しみにお越しいただければと思います」

「ワオ、それは楽しみですね!」

 アビーはにっこりと微笑み、一行をエントランスへと誘導する。

 ドアアテンダントが厳かに開けた正面入り口から、ホテルグロンブル台湾へと入ると、飛び込んできた光景に一同は唖然とした。

 エントランスホールには、豪勢なハロウィンオブジェが設置されていた。

 リアルに作成されたオブジェは、作り手のこだわりが容易に想像できるほど精巧に作られており、人間の背丈よりも大きなハロウィンゴーストが、そびえ立っていた。

 だが、そのハロウィンの主役であるジャック・オー・ランタンは、腕を振り上げているフランケンシュタインに盛大に踏み潰されて、無残にも半分砕けてしまっている。

 辺りには、ジャックの破片が散らばっていて、なんとも物悲しく不気味な様相を醸し出していた。

 このフランケンシュタインは相当な暴れ者らしく、破壊したのはカボチャのジャックだけではなかった。

 周囲にある墓石群にまで、その被害は及んでいて、欠けてしまったり打ち壊された、おどろおどろしい墓場の中で、腕を振り上げているフランケンシュタインの足元で半分以上砕けたジャック・オー・ランタンの姿は、とても強烈なインパクトがあった。

「このフランケンシュタインは、かなりの乱暴者だな! ハロウィンの主役を踏みつぶしてるよ!」

 出演者の一人が、少し大げさな口調で言い、みんながオブジェの細部を興味津々で見学する。

 世海も一緒になって、フランケンシュタインを見上げていたが、ふと目線を落としたその足元に、何かが列を作っているのを見つけた。

 それは、小さなネズミだった。

 ネズミ達は、それぞれが背中に欠けてしまったジャックの欠片を背負い、運び出そうとしているようだ。

 よく見ると、コウモリや小さなゴーストまで、欠片の重さに耐えながら、ネズミ達と同じ方向へフラフラと飛んで行こうとしていた。

「なに? なに? なんかカワイイ」

「本当だ、カワイイ! どこに行くんだろう?」

 本当に、小さな運び屋たちは、せっせせっせと一生懸命で、とても可愛らしい。

 思わず世海も微笑んでしまった。

「彼らの後を、着いて行ってみてください」

 案内役のアビーが、にこやかに出演者たちを促す。

 一行は、ジャックの欠片を運ぶ行列を、興味津々で追いかけた。

 運び屋達はそれぞれ表情や仕草が違っていて、自分よりも大きい欠片に悪戦苦闘しているものや、こっそりとカボチャをかじっているものまでいて、出演者達は一つ一つをじっくり見るのに忙しい。

「この子カワイイ!」

「ほんとだ!」

 特に女性陣は、小さくてまあるいフォルムの運び屋に夢中で、お気に入りを見つけてはカメラに見せていた。

 のろのろとした歩調で、行列の案内に従って歩いて行くと、ロビーラウンジの入り口で、大鍋を煮込む魔女が現れる。

 どうやらここが、小さな運び屋達の目的地のようだ。

 運び屋達は、よいしょよいしょとジャックの欠片を大鍋まで運び、ぐつぐつと煮込まれている鍋へと、背中の荷物を投入していく。

 鍋の中は、毒々しい紫の煮汁の中に浮かぶカボチャの欠片のオレンジで、とても鮮やかだ。

「これ、もしかして料理してるんじゃない?」

「え、じゃあ、ここ通り過ぎたら……?」

 魔女の大鍋を通り過ぎ、ラウンジへ入ると、案の定、また新しい列が現れた。

 彼等が運ぶのはカボチャの欠片ではなく、様々なスイーツだった。

 ケーキ、プリン、マカロン、ドーナツ、モンブランにババロア、カヌレなど、カボチャのジャックの欠片は、魔女の大鍋に煮込まれて、色とりどりで美味しそうなスイーツに生まれ変わったのだ。

 それらを運ぶ小さな運び屋達も、地を這い空を飛び、欠片を運んでいた時とはまるで違う、弾むような足取りでスイーツを運んでいく。

 そして、彼等が目指す先にあるのは。

「うわあ、キレイ!」

「美味しそう!」

 ディスプレイには、規則正しく陳列された様々なスイーツが、庫内灯の灯りに照らされて、神々しく輝いている。

 つやつやとしてみずみずしく、見た目にも美しいスイーツ達は宝石のようだ。

 そのディスプレイの向う側に、人好きのしそうな男性が、誇らしげに胸を張って立っていた。

 彼は腕を大きく広げ、少し芝居がかった仕草で言った。

「ハロウィン・ナイトメアパーティーへようこそ!」

 ジョナス・リーはにこやかな笑みを浮かべて、一行を迎えた。

読んでいただき、ありがとうございます。

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