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13/17

ドラマ制作発表

 ドラマ『Prisoner of Love~あなたが現れたあの日から~』の前評判は、上々らしい。

 ヒットメーカーの最新作な上に、今を時めく若手注目俳優が多数出演することも相まって、期待値は高く、SNS上でも話題になっている。

 というのは全て、友人知人(主にアビー)と、世海(シーハイ)本人から教えてもらったことだ。

 海帆(みほ)は台北MRTに乗り、スマホを操作して、まだ確認していない情報をチェックしていた。

 ピコンッとメッセージアプリが通知を知らせる。

 世海からだ。

―今どこにいる?―

 つい十分前にも、同じメッセージを貰ったばかりだ。

 海帆は、呆れつつ微笑んでスマホをタップする。

―MRT乗ってるとこ。もうすぐ着くよ―

 返信すると、秒で次のメッセージが来た。

―会場の場所、間違えるなよ―

 分かってますよ。行き方は、昨夜から何度も確認させられたのだ。いい加減覚えてしまっている。

 大丈夫だよ、と送信し、海帆は次のメッセージが来てしまう前に、スマホをしまった。

 今日は、いい天気だ。車窓を流れる景色を眺め、海帆はちょっとした小旅行気分だった。

 最近は仕事が忙しく、正直、休みを取るのが申し訳なかったが、今日この日を休んでいいだろうかと聞いたら、日付から何かを察したらしく、アビーを始めほとんどのスタッフから「行ってきてください!」と言われた。

 彼らの中に、海帆の知らない連帯感があるようだ。ちょっと気になるところではあるが、海帆はありがたく休みを申請した。

 車内アナウンスが、目的地の駅名を告げる。

 海帆が降りた駅は、台北市内の主要な乗換駅で、ブランドショップが点在し、ドーム型イベント施設も徒歩圏内という、オフィスエリアだ。

 そこから、徒歩十分ほどの所に、本日の目的地がある。

 Vネックノーカラージャケットにテーラードパンツという、上品でライトフォーマルな出で立ちの海帆が訪れるのは、市内屈指の知名度を誇る高級ホテル。

 今日そこで、世海のドラマ『Prisoner of Love~あなたが現れたあの日から~』の制作発表が行われる。

 世界的にも高い評価を獲得している、台湾の最高峰レベルのホテルの一つに訪れるということで、海帆は少しばかり引き締まった気持ちで、ヨーロッパの様式を反映したクラシックでエレガントな外観の建物へ向かった。

 見目好く、姿勢正しいドアアテンダントが、荘厳な扉を開け、海帆を館内へスムーズに案内する。

 天井から吊り下がるシャンデリアと大理石が出迎えてくれるロビーは、モダンヨーロッパ風スタイルにどこか東洋を感じさせた。

 華麗で上品なエントランスを抜け、イベントホールを目指す。

 さすが、台湾屈指を誇る高級ホテルだ。館内は広く、レベル事のイベントホールが多数存在している。

 案内表記もあるし、なにより予習を散々させられたので、海帆は迷わず目的の会場へたどり着いた。

 入り口に立つスタッフに、世海から事前に送られていた入場用QRコードを提示し、会場内に入る。

 中は広く、撮影機材や音響設備が完備され、座り心地の良さそうな張りぐるみの椅子が整然と並べられ、その前列に多数の報道陣がスタンバイしていた。

 ドラマ製作陣の、意気込みの強さを感じさせられる。

 海帆は後方の、人があまりいないエリアに向かい、端の席に腰かけた。

 携帯電話を取り出し、サイレントモードにしてから、メッセージを入力する。

―着いたよ―

―どこにいる?―

 間を置かずに返信が届いて、海帆は慌てて次のメッセージを作成した。

―後ろの右端の席。窓側―

―わかった―

 携帯電話を睨み付けているのか。世海の返信の早さに、大事な日なのにスマホばっかり見ていていいのか、と心配になる。

 何かを送ると、世海は必ず返信をしてくる。海帆は携帯電話をしまい、制作発表が始まるまで、周囲を観察して時間をつぶすことにした。

 注目ドラマの制作発表ということもあるのか、会場内にいるのは業界人のような人たちばかりで、一般人の参加者は少ない。

 その中に、海帆と同じように一人で来場している女性がいた。

 海帆とは反対側の壁際で、微動だにせず静かに座っていた。

 サングラスをかけ、ジャケットの襟を立てており、一見するとお洒落だが、纏っている雰囲気がなんだか不穏だった。

 関係者だろうか、報道関係の人とは思えない。

 海帆は気になって、もっとよく見ようとしたが、その時、会場内の照明が落とされた。

 ライトアップされた壇上に司会者が現れ、挨拶を始める。

 ドラマの説明をジョークを交えつつ説明し、注目度の強さを強調した話術は引き込まれやすく、海帆はサングラス女性の事を忘れ、壇上に意識を持っていかれた。

「さあ、それでは! 彼らに登場してもらいましょう!」

 高らかな声の後に、割れんばかりの拍手が起きる。

 盛大に迎えられ、俳優陣が登壇する。

 参列者と一緒に拍手をしながら、海帆は壇上に釘付けになった。

 当然のことだが、全員、普段の生活では滅多にお目にかかれないような、見目麗しい人達ばかりだ。

 主役の二人はもちろんの事、脇を固める俳優たちも、ハッと目を引くような印象強さを持っている。

 人間が放つ、華やかなオーラを目の当たりにして、芸能人てすごいな、と海帆は感動した。

 その中でも、特に輝いている人物がいた。

 ネイビースーツに、ブラックのタートルネックを合わせた世海は、紳士な装いの中に色気を漂わせていた。役柄を意識しているのか、髪を軽くアップにセットし、装飾をブラックで統一して、優雅で少し冷たい大人の男の雰囲気を醸し出している。

 初めてエリック・スンの美しさを目の当たりにした海帆は、あまりの輝きに圧倒されてしまった。

 世海はキラキラしていた。

 人間って発光するんだ。

 呆然と見惚れながら、海帆はそんなことを考える。

 見惚れたのは海帆だけではない。

 隣に座った女性は、頬に手を当てて、ほおっとため息をついている。

 その気持ち、わかる。海帆も、思わず手が顔に伸びそうになるのを、なんとか堪えているのだから。

 司会者が俳優一人一人の名前を呼び上げて紹介していく。その間、何かを探すように目線を動かした世海と海帆の目が合った。

 世海の顔に、柔らかい笑みが広がった。

 ひいっと隣の女性から、小さい悲鳴が上がる。

 海帆も悲鳴こそ上げなかったが、気持ちは一緒だった。ぐっと顎を引いて耐えなければ、そのまま仰け反って倒れていたかもしれない。

 なんとか口の端を上げて、微笑みのようなものを作る。

 そして、どうか世海がこっちばかりではなく、司会者の方を向いてくれますように、と祈った。

「それでは、このドラマに出演した俳優の皆様から、ご自身の役柄とドラマの見所をお聞きしましょう!」

 司会者の掛け声により、俳優陣にそれぞれマイクが渡された。

 まずは、主人公の一人である、林子凱(リンズーカイ)。二十四歳とはとても思えない、まるで高校生のような若々しさ初々しさで、晴れやかに挨拶した。

夏思洋(シァスーヤン)を演じました、林子凱です。ずっと出たいと思っていた、周音(ヂョウイン)先生と李寅峰(リーインフォン)監督のドラマに出させてもらえて、本当に光栄です!」

 そして自身の役柄についての説明をし、司会者からの質問にもはきはきと答え、まるでお手本のような会見をした。

 その次に、夏思洋の恋人・王偉(ワンウェイ)役のジェフ・チェン。

 生真面目なスポーツマンという見た目の通り、少々緊張気味に挨拶を始めた。

「僕が演じる役は、外見は硬くて強面だけれど、内面はとても柔らかくて愛情深いキャラクターです。寡黙で多くは語らないけど、思洋のことを深く愛し、彼を守るために全力を尽くす、という役どころです」

「とっても頼もしかったです!」

 子凱が横から茶々を入れ、場を和ませる。ジェフの表情も硬さが無くなり、リラックスした様子で記者の質問に答えられるようになった。

 俳優陣の会見はスムーズに進み、いよいよ世海の番となる。

「さあ最後に、このドラマのキーパーソンとも言える敵役を演じた、この人にお話をお聞きしましょう!」

 司会者に振られ、世海は、バラードを歌う歌手のような優雅さで、マイクを持った。

「ご紹介にあずかりました、張俊凌(ヂャンジュンリン)役のエリック・スンです。まずは、BLドラマというジャンルに挑戦する機会を与えてくださった制作陣、関係者の方々に深く感謝を申し上げます」

 そう挨拶をしてから、世海は自身の役についての紹介を始めた。

「僕が演じる張俊凌という男は、とても複雑な多面性を持つ人間です。礼儀正しく紳士的なのに、冷酷で残忍で、平気で愛する人を傷つけ、その人が幸せになろうとするのを全力で妨害して阻止する男です」

 世海の口調はとても静かで、聞く側の人の意識に、深く染み込んでくるようだった。

 海帆の隣に座っている女性も、うっとりと聞き入っている。

「とても難しい役だったんですね。正直なところ、今までのエリックのイメージとはまるで違う役だという印象を受けました。かなり暴力的なシーンもあったかと思いますが、自分ではどう演じてましたか?」

 司会者の質問に、世海は答える。

「仰る通り、かなり難しかったです。試行錯誤の繰り返しでした。ヒール役は初めてということもあり、本当に挑戦の連続でした。ひどい言葉、乱暴な扱いをする時は、あえて表情は作らず、感情を表すのではなく、押し込めて熟成したものが滲み出てくるような、思洋への止められない激しい思いを持て余す、そんな表現を目指しました」

「なるほど。それは成功していたかもしれないですね。張俊凌が夏思洋に固執する思いは、見ているこっち側にも、すごく伝わってきましたから。あんなに見事に演じることができるなんて、もしかしてあなたも、誰かに対して激しく執着するタイプなんですか?」

 キワドい質問だ。海帆は冷や冷やした。

 世海は「そうですね……」と言葉を切り、おもむろに顔を上げ、真っすぐ海帆へ目線を向けて、言った。

「僕は頑固な性格なので、そういう所はあるかもしれませんね。一度決めたことは、滅多なことでは覆しません。諦めが悪いんです」

 隣の女性は、失神寸前だ。もしも倒れたら、どうやって介抱をしようか。海帆は救急対応のマニュアルを頭の中でそらんじた。

 そうでもしなければ、とてもじゃないが世海の視線を受け止められなかった。

「なんて情熱的なんでしょう。演じるのが難しかったそうですが、案外ハマリ役だったのでは?」

 興奮気味に言う司会者とは反対に、世海はあくまで落ち着いていた。

「どうでしょうか。僕は乱暴な性格ではないので。暴力的なシーンでは、かなり疲弊しましたし」

「そうかな。僕の髪を掴んだ時は、むちゃくちゃノリノリだったじゃない!」

 子凱が口を挟むと、世海はにやりとした。

「あれは刺激的だった」

 場が再び、和やかな雰囲気になる。

 海帆はほっとして、いつの間にか詰めていた息を吐いた。

 世海が話す間中、海帆はずっと手を握り締めて緊張していた。授業参観に来た保護者みたいに。

 世海の会見が終わると、壇上に釘付けだった意識が正常に戻る。

 その時、視線を感じた。

 世海ではない。彼は今、報道陣の方へ向いて、質問をしている記者を注視している。

 それに、世海が寄こす柔らかい視線とは違い、いま感じているのは、もっと強い、敵意さえ感じるものだった。

 海帆は、ゆっくりと目だけで会場を見渡した。

 薄暗がりの中、ジャケットの襟を立て、サングラスをかけた女性が、こちらに顔を向け、海帆の事を見ていた。

 先ほど、不審に思っていた女性だ。

 なんだろう、世海のファンだろうか。

 世海の視線の先を追って、海帆にたどり着いたのかもしれない。だが、それにしては、こちらを見つめる時間が長い。暗いし、サングラスをしていて分からないが、睨まれてるような気もする。

 見ず知らずの人に睨まれる覚えはない。

 海帆は、ぱっと顔を向けて、サングラスの女性の視線を真正面から見つめ返した。

 二人の視線が、つかの間からみ合う。

 女性は、すっと顔を正面に戻した。

 海帆は、まだしばらく女性を注視していたが、彼女がこちらを見ることは、二度となかった。

 会見が終わり、場内の照明が点いて明るくなると、俳優たちが、拍手に送られて降壇する。

 海帆も拍手をしながら、目が明るさに慣れるのを待って、サングラスの女性が座っていた辺りに視線を走らせた。

 女性の姿は、すでにそこにはなかった。


「ミホさん」

 名前を呼ばれて振り返った海帆は、そこに知り合いを見つけて笑顔になる。

「宇翔さん」

 世海のマネージャー陳宇翔(チェンユーシャン)が、手を振っていた。

 海帆は宇翔の元へ行き、挨拶を交わす。

「お久しぶりです、宇翔さん。お元気そうですね」

「元気ですよ! ミホさんこそ、今日もシュッとしてますね。カッコいいです」

「ありがとうございます」

 こっちこっち、と手招きする宇翔に着いていくと、人気のない控え室のような場所に連れてこられた。

「もう早く連れて来いってうるさくて」

 ボヤく宇翔がドアを開けると、思っていた通り、そこは先ほどドラマ制作発表で登壇した俳優陣の控室だった。

「やっと来たな」

 世海がソファから立ち上がり、ドアの付近で呆然としてる海帆の元に近づいてきた。

「久しぶりだな」

 未だ、エリック・スン仕様の世海に微笑みかけられて、海帆は自分が砂になるのではないか、と思った。

 発光どころの話しじゃなかった。光線を発してる気がする。眩しすぎて目がつぶれそうだ。

「毎日メッセージしてたけどね」

 そう答えてる自分の声が、やたら遠くに聞こえる。

 世海は、ムッとしたようだ。

「会うのは久しぶりだろ」

 そう言って口を尖らせると、いつもの世海の表情になる。海帆は、ホッとして、ようやく砂から復活した。

「そうだね、会うのは久しぶり。元気だった?」

「うん」

 返事はしてくれたが、まだ不満そうだったので、海帆は「登壇カッコよかったよ」と褒めておく。

 世海の口元が、もごもごと動く。嬉しいらしい。

「あれ~エリック、その人だれ?」

 世海の後ろから、林子凱がひょこっと顔を出して、海帆の事を興味津々で見てきた。

「幼馴染だよ」

 世海の短い紹介に、ふーんと林子凱は頷く。

 制作発表の時も感じたが、十代にしか見えない。髪はつやつやで、肌はぴかぴか光っていた。

 おそらく、うんざりするほど聞かれてると思うが、使っているシャンプーと化粧品を教えてほしい、と海帆は思った。

「幼馴染なんだ、綺麗な人だね。エリックがプライベートな人を招待するなんて、珍しい。初めまして、林子凱です」

「初めまして。橘海帆です」

「タチバ……ええ! もしかして日本人?」

 林子凱の大きな目が、さらにまん丸になる。

 その声を聞きつけて、その場にいた何人かが、三人の元に集まってくる。

「なんだ? エリックに日本人の知合いがいるのか?」

「日本人? へ~知らなかった」

「エリックにそんな人がいるんだ」

 続々と人が集まってきて、少々戸惑ったが、持ち前の営業スマイルで海帆はゆったり構える。

 逆に世海の方が、こんなに人が集まってくるとは思っていなかったのか、少しばかり動揺しており、海帆の前に体を置いて庇うようにしている。

「日本の人に見てもらえるなんて嬉しいな! 絶対おもしろいから、ぜひ見てね。日本の友達にも広めてね!」

 林子凱の熱を入れた売り込みに、海帆はにっこりと笑って頷いた。

「はい、ぜひ拝見させてもらいます。日本に台湾ドラマにハマっている友人がいるのですが、彼女はもうすでに、このドラマに注目していました」

 おお~、と集まってきた人達から、声が上がる。

「言葉が自然ですね。台湾で育ったんですか?」

 控えめに話しかけてきたのは、林子凱の相手役をしたジェフ・チェンだ。元スポーツ選手と聞いていたが、体育会系特有の礼儀正しさがあって、海帆は仲間に会ったような共感を覚えた。

「五歳の頃までです。最近、台湾で働くことになり、来台しました」

 また別の方から質問があった。

「どこで働いてるんですか?」

 一瞬、答えようか迷ったが、ここまで来て拒否をするのも体裁が悪い。

「ホテルです。グロンブル台湾で働いています」

 そう答えると、またも、お~と歓声が上がり「今度遊びに行くよ!」と口々に声をかけられた。

「そう言えば、エリック、この間グロンブル台湾の事、褒めてたよね。料理もうまいし部屋も快適だって。もしかして泊まってた? ミホさんいるから?」

「まあ……」

「はい! それでは、エリックはこの後、別の仕事が控えておりますので、我々はここで失礼させていただきます! 皆様、今日は本当にお疲れさまでございました! それでは、また!」

 林子凱の質問に、世海が答えようとした所で、宇翔が割って入って、海帆と世海を控室の外へ連れ出した。

 宇翔に急かされて、廊下を足早に歩かされる世海が、不満そうにぼやく。

「なんだよ」

「下手なことは、言わない方がいい。どこに誰がいるか分からないんだから」

 不満そうな世海に、宇翔が強めに言う。

 二人の後を追いながら、海帆は会場で見かけた、サングラスの女性の事を思い出した。

 報告した方がいいだろうか、と思ったが、何かをされたわけでもないのに、疑いをかけるような真似をするのはよくない、と思い直す。顔もよく知らないし。

 ホテルのエントランスホールに出た。海帆はお暇をするべく、先を歩く二人の背中に声をかける。

「それじゃあ、私はここで失礼します」

 海帆がそう告げると、世海は驚いた顔で振り返った。

「なんで? この後、どっか食事に……」

「そんな時間はないぞ、エリック」

 冷静に指摘する宇翔を睨みつける世海。

 そんな二人を苦笑しながら眺め、海帆は世海を宥めるよう言った。

「ごめん、せっかく誘ってくれてたんだけど、実は職場から呼ばれてるんだ。なんか問題が起きたみたいで」

 嘘ではない。宇翔に会う少し前に、アビーから問題発生のメッセージを受け取っていたのだ。

 できれば、ホテルまで来てほしい、とそこにはあった。

「だから、これからホテルに行くことにする」

「なら送っていく」

「エリック……」

 尚も何かを言おうとする宇翔を、世海は一睨みで黙らせる。

 宇翔はやれやれと首を振りながら、駐車場がある方向へ歩いて行ってしまった。

「世海くん」

「ホテルまでは通り道だ。次の仕事には間に合う、絶対に遅れない」

 そう言われてもな、と海帆は正直困った。

 海帆としては、一人でゆっくりMRTに乗りながら、アビーが送ってきた、問題に対しての対策を考えたかったのだが。

 だが、世海の顔には一歩も引かないという頑なさがある。

「アリエル」

 そう呼ばれて、海帆は固まってしまった。

 動揺を悟られないように、精一杯平静を装って目線を上げると、ひたむきにこちらを見つめる綺麗な目とぶつかる。

「送らせて」

 そう言う世海はどこか幼くて、結局、海帆は頷いてしまった。

読んでいただき、ありがとうございます。

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