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第六話 大きな狼が口を開けて子どもに迫る。

 ミヒルとイセイは故郷で下された使命を帯びて、この地に辿り着き舟を降りた。今までのところ、旅は順調と言えた。難なく、と評価してよいだろう。時間をかけず三つの使命のうちの一つをすでに果たすことができた。いま、彼らは導かれるままに森の中へ()()ろうとしている。

「ミヒル様、見て下さい。山に雲がかかっていますよ。まるで月まで届きそうですね」

 確かにその山は月まで届くという表現にふさわしい高さだった。早すぎると思うが、彼女は郷愁に誘われてそんな言葉を紡いだのだろうか。それとも、彼女の言葉にそんな感想を抱いたミヒルが、故郷を遠く離れた旅に不安を感じているのだろうか。

「そうですね。どうやら、目的地はあの山なのでしょう」

 季節は晩春。もうすぐ夏に入ろうというところだ。冬の登山とはならず、体への負担は小さくなりそうなのがありがたかった。


 彼らが森の中を歩いていると、目の前の小枝から数羽の小鳥が飛び立つ。茂みから姿を現した仔鹿を警戒したのかもしれない。イセイは興味深そうに近づく。仔鹿もイセイに興味を持ったのか、逃げずに見つめている。イセイが仔鹿に手を伸ばすと、仔鹿も首を伸ばしてイセイの手に鼻をつける。仔鹿は頭を()でられると、気持ち良さそうに目を細めた。微笑(ほほえ)みながらイセイは振り返る。

 ミヒルはその光景に、(つか)()のあいだ心を奪われた。彼の頭はいつも使命に縛られていたが、目の前の温かな空気はそれを忘れさせた。仔鹿が口をもぐもぐと動かし始めたのを見て、イセイの顔は(わず)かに(かげ)名残惜(なごりお)しそうに頭から手を離す。

「あまり関わることができないのは残念です」

 イセイは悲しげに(まゆ)を寄せる。

「それは仕方がないでしょう。わたしたちは本来、ここにいるべきではないのですから」

 自分たちは使命を果たすために(つか)わされた。イセイに同調したいが、目的を見失ってこの地に不要な影響を与えることは避けなければならない。

「はい、わかっています」

 ミヒルとイセイがまた歩み始めると、仔鹿は立ち止まったままイセイたちを見つめている。近くに親鹿がいるのかもしれない。


 彼らがさらに進んでいくと、時折(ときおり)殺気立ったような狼を見かけた。こちらには見向きもせず一方を向いたまま何かを警戒しているようだ。

「狼が狩りでもしているんでしょうか?」

 ミヒルに問いかけるイセイ自身にも納得がいっていない様子だ。狩りというよりもこれは。

「縄張り争い……?」

 ミヒルにも確信はない。無意識に首から下げた勾玉を握る。進むべき道はこの先で間違いない。だが、このまま進めば無関係な争いに巻き込まれそうな予感がした。

「ミヒル様!」

 前を行くイセイが何かを見つけたらしい。いつの間にかやっかいごとに片足を突っ込んでいたようだ。歩みを早めて獣道に沿って角を曲がると、異様に大きな狼の姿が見えた。さらに進むと、狼の影に隠れていた子どもが姿を現した。その(かたわ)らには、血を流して倒れている別の子どもが一人。

 子どもは未来の可能性だ。守るべきだろう。ミヒルは小さく一つため息をつく。

「仕方ありませんね。イセイが悲しむ姿は見たくありませんからね」

 腹をくくって踏み出し、腰に下げた剣の(さや)に手を添える。大きな狼が口を開けて子どもに迫る。もう猶予(ゆうよ)がない。シラスは走り出し、叫ぶ。

「その子のそばから離れなさい!」

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