表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/9

第五話 狼の目から見ても知性が感じられない。

今週の投稿はここまでです。月曜からまた更新を再開します。

 まずはこの狼の群れをなんとかしなければ、容体(ようだい)()ることもできない。サマトの手から離れた()を拾い上げ、剣を地面に突き刺す。

 右からウチナリの様子を(うかが)っている狼の口に狙いを定め、素早く踏み込み両手で握った戈の刃先を突き入れる。頬肉(ほおにく)に突き入れた刃先を引っ掛けて、横並びになった狼たちと自分を戈の柄で隔て、地面に突き刺していた剣を引き抜く。狼の動きに合わせて柄を上下左右に動かし、前後の動きも加える。それでなんとか狼たちの突進を(はば)むことができた。戈の柄を掴んだ左手を(すべ)らせて狼との間合いを(はか)りながら、左端の狼から順に剣で突き刺していく。

 殺到していた狼は片付いた。伏兵もない。全身から汗が吹き出す。無理に整えていた呼吸も乱れる。

「サマト、ヨミヤさん、ヒウチ!」

 倒れた三人に駆け寄るが、誰の反応もない。サマトの貫頭衣(ふく)の腹や太ももには血が滲んでおり、まだ固まっていない。(ひも)(ほど)き、傷口を確認するが腹の傷が特にひどい。村長たちが帰るまで持ちこたえてくれるだろうか。戻ってもどうにもならないのかもしれないが。

 ヨミヤは、首を()まれている。守られるようにして抱かれていたヒウチは首を噛まれたうえ、すでに事切(ことき)れていた。まだあたたかいが、深く貫かれた首の傷口から血は流れきってしまったようだ。一瞬、殺されたウチナリの両親の姿が脳裏(のうり)にちらつく。

「……」

 ヒウチを抱えていた手が震えていることに遅れて気づく。腕に触れられ、振り向くとヨミヤに腕を(つか)まれていた。まだ(かろ)うじてヨミヤには息があるようだ。口を開いてかすかに動かしたので、ウチナリは耳を近づける。

「お(なか)の子……お願い……ウチナリ……」

 空気が抜けるようなか細い声だった。

「はい……任せてください」

 ウチナリは、そう応えるしかなかった。お腹の子が無事に生まれてくるかどうかわからない。すでに死んでいるかもしれない。それでも、これが最期だから。

 ウチナリの言葉が届いたのだろうか。ヨミヤの手はウチナリの腕から(ほど)けて落ちた。


 オオシは大人の人の背丈を超えるほど大きな身体を持つ狼で、タカマ山の(ふもと)縄張(なわば)りとして数十匹の群れを従えていた。

 数年前。まだ今ほど身体が大きくなかった頃、当時の仲間だった群れ八匹で鹿を追いかけていて運悪く熊に遭遇した。

 獲物を横取りされた上に怪我(けが)を負わされ動けなくなっているところを、何者かに助けられた。赤い剣を腰に差した男の姿をしていたが、あれは人のように見える別の何かだ。警戒もせず熊に近づき、片手で放り投げて見せた。たとえ怪我をしていなくても男を捕食する想像ができない。それどころか、男はオオシを警戒する対象とすら見ていなかった。

 それから男は群れから(はぐ)れたオオシとともに暮らしたが、傷が()えるといつのまにか姿を消していた。目的は不明だ。ただの気まぐれだったのだろうか。オオシが一匹狼に戻ると、徐々に体が大きく動きは俊敏に変化していった。一匹でも苦労せず獲物を獲ることができるようになったが、同じようにまだ群れを作っていない若い狼たちと自然に群れを作るようになり、その群れの長となった。

 獲物の豊富さと水場が近いことからタカマ山の麓を縄張りに決めた。もともとそこを他の狼の群れが縄張りとしていたが、オオシには(かな)わないことがわかったのだろう。オオシの群れに(くだ)り、行動をともにすることになった。同じようにして近くを縄張りとしていた群れがいくつかオオシの群れに加わり、仲間は数十匹に膨れ上がる。

 縄張りの近くには人里があった。家畜として豚や鶏が飼われていたので、オオシが率いる群れは時々襲って腹を満たした。


 その時に、気づいた。村人の言葉が理解できることに。


 十数年生きてきて、人に遭遇したのは初めてではない。人々が連携して狩りをしているところを襲い、獲物を横取りしたこともあるが、そのときは何を話しているのかわからなかった。

 人の言葉がわかるのなら、オオシも言葉を話せるのではないか。それから時々、狩りをしている人間の後をつけて、会話を聴くようになった。茂みの中に隠れていても体が大きいので時々見つかり、襲われたり逃げられたりすることが続く。

 そんな生活をしているうちに、言葉を話すことができるようになった。群れの仲間たちは言葉を話すことも理解することもできない。自分も、人に似た何かのように、狼の枠から外れた何かになってしまったのだろうか。


 村の家畜は襲うが、人の言葉を学ぶために人を襲うことはしなかった。それに、村の長が狩りをしているところを幾度も見かけたが、油断のできない相手だった。まともにやりあえば敵わないだろう。わざわざ群れを危険に(さら)すつもりはなかった。

 そうやって人と距離をおいて共存しているつもりだったのだが。数日前から、仲間が人から襲われるようになった。

 最初に気づいたのは五日前。オオシの群れは、四〜八匹程度の群れがいくつも集まって構成されている。その小さな群れの長が怪我をしていた。噛まれてできた傷ではなく、斬り傷。これは人間の武器によるものだ。

 その日からオオシは、朝の就寝時にも深く寝入らず、異変に注意するようになった。寝床も今までは小さな群れごとに(はな)(ばな)れになっていたが、なるべく近くで寝るようにし、単独の群れでの狩りも禁じた。

 すると次の朝、様子のおかしな人間が襲ってきた。目が(うつ)ろで、周りを警戒する様子がない。剣を引きずりながらとぼとぼと歩き、狼の目から見ても知性が感じられない。

 その男は突然走り出す。狙いは数か月前に生まれたオオシの仔だ。オオシは即座に反応する。男の側面から、剣を持っていない方の肩を狙って噛みつく。男はこちらを見ていない。しかし、体を(ひね)って(かわ)された。いつのまにか間合いを取られている。

 男はオオシに(ひる)む様子も見せず斬り掛かってくる。焦りも緊張もなく、どことなく眠そうな顔だ。しかし、その動きは素早い。オオシは男が剣を握る手を狙い、()()く。

 男の拳は傷つき、血が流れるが剣を離さない。だが体勢は崩れた。首を狙って噛みつくが、男は剣を手放して自分から倒れ込み、転がっていった。そのままむくりと起き上がり、逃げていく。

 オオシはその男から少し離れて追いかけることにした。まだ若い(おす)が一匹、男に飛びかかる。男は振り返ることもなく走り続け、若い雄の牙が男の首筋に触れるかと思った瞬間、男は素早く体を(ひね)る。

 そのまま若い雄は崩折(くずお)れた。男の手には短刀が握られていた。(のど)から血を流して絶命した若い雄を(うつ)ろな表情で見下ろしていた男は、ゆっくりと顔を歪めて嘲笑(わら)う。狼との争いで大きく(はだ)けた男の貫頭衣(ふく)。その胸に埋まった黒い珠は()の光を受けて鈍く光っていた。


 そのまま男はゆらゆらと来た道を戻っていく。オオシは怒りを飲み込み、男の後をつけていくと、人里に辿(たど)り着く。

 オオシの縄張りと交わる人里——村人は、その村をヤマク村と呼んでいた。

最後まで読んでくださってありがとうございます!

ブックマークと評価をいただけると励みになります。続きを読みたいと思っていただけたら、ぜひよろしくお願いします。


↓X(旧Twitter)

https://x.com/zaka_blog


↓個人ブログ

https://zaka-blog.com/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ